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資源ゴミの日

 春の雨が降り続いている。一時吹いた南風に喜んだのも束の間、季節は2ヶ月も戻ったように寒い。

 その雨音により寂しさを加えるように、テレビでは名前も知らない歌手がバラードを歌っている。その歌声をBGMにして僕は台所で、厚揚げをくりぬいたものにに鳥のひき肉や根菜を微塵にしたものに卵と片栗粉を入れて混ぜたものを詰めている。一人住まいの

割りに大目に仕込んでいるのは、こんな夜はあいつがやって来るような気がしていたからだった。

 やがてバラードは終わり、他の歌手の歌声に代わったが相変わらず物悲しいメロディが続いた。詰め物をした厚揚げは落し蓋をして出汁醤油で火が通る程度に煮付ける。肌寒い夜には、悪くは無いだろう。忘れないようにタイマーをかけて、部屋でひと時の一杯を味わう。

 泡盛にパイナップルの組み合わせ。それが不思議と好きだ。番組が終わり、次の番組との合間に流れる短いニュースでは資材置き場にあった数トンにおよぶ鉄資材が盗まれたと言っていた。それほどのものを盗むとなると大変だろうな、でもそれに見合う利益ってあるのかしらと思ってしまう。

 タイマーが鳴ったので台所に戻ると、いつの間にかお月さんが、大きな風呂敷包みを担いで入ってきて玄関から上がろうとしているところだった。

 印篭煮も丁度良く味をしみ込ませていたので、僕はそれをお皿に盛り付けにかかった。 お月さんも勝手知ったる他人の家なので、風呂敷を置くと冷蔵庫を漁ってから奥に入って行った。何を持ってきたのやらと思って振り返ると、風呂敷の縛り口から石が顔を出していた。

 「ゴミを持ってきたらダメだって言ってあるでしょ」僕は、奥に向かって注意した。聞いているのかいないのかお月さんはテレビのチャンネルを変えていた。直ぐに大きな笑いが、テレビから溢れでた。


 僕は、ちゃぶ台の上にお皿を置くと、「隕石はダメだって言ってあるでしょ」と台所の方を指して再度怒った。

「捨てるなら、河川敷の石に混ぜて捨ててよ」

「でも、明日は資源ゴミだろ?」お月さんは、一個の石をちゃぶ台に置いた。隕鉄だった。

「な、鉄だし」本当にいいのだろうか?僕は、役所から配られているゴミの分別表を持ってきた。レシートや噛んだガムから車のタイヤやソファーまで事細かく記載してあるが、流石に隕鉄は載って居なかった。

<不明な点は、担当まで>と電話番号も大きな文字で書いてあるが、そこはお役所だけに、月曜から金曜の9時から夕5時までとしっかり注意書きもある。当然、時間的に無理。 いずれにしても、こんなもの資源ゴミにはなりそうにない。見た目からしても石だし。「やっぱり川原に捨てよう」僕は、提案した。燃えないゴミに出すにしても1枚100円もする専用袋を使うには勿体無さ過ぎる。

「ま、俺はどうでもいいよ、どっちにしても要らないもの」お月さんは、印篭煮をパクパクと食べながら人事のように言った。

「しかし、わざわざ持ってくるかねぇ」僕は、泡盛をちびりと飲んだ。

「わざわざ、俺の所まできて石を盗みに来たのはあんたらのお仲間だよ。」お月さんはちょっと憤慨したみたいだった。

「えーそれって、どこかの国の調査チームかなにかじゃないの?」とは言ったものの、そういう事があれば、何かニュースでもやりそうだし、なんだろうと頭を傾げていると

「石ばかり沢山持って行こうとしているからちょっと驚かしたら全部置いて逃げちゃったんだ。それで石を返そうと、追いかけて来たのだけど、あまりに遅いから先に着いてしまったんだ」とお月さんはペロっと舌を出して笑った。

 確かにロケットの性能も上がったし、打ち上げの値段も安くなってきたから、決して宇宙に行くのは珍しいことでは無くなってきたけれど、それってどう考えてもどこかの国の科学者のチームだろうなぁ僕は、頭を抱えそうになった。しかしいまさらどうなるって事でもないし。ここは、こっそりと捨てるしかなさそう。



 とりあえず、僕は風呂敷包みを開いてみた。調査団と思しき人々が集めた貴重な試料だけにきっと珍しいものもあるように思えて、興味が湧いてきたのだった。その石の中にひとつ英文の金属プレートが一枚混じっていたのが不思議だった。

「なんだろね?」と自分で持ってきてそのプレートを不思議がるお月さんは

「これはきちんとした資源ゴミと思うけど・・」とも自信を持って一言付け加えた。

「何が書いてあるのかなぁ」と僕は辞書を持ってきて訳してみた。横文字はからっきし駄目なのだから辞書で単語の意味を繋げる程度だ。僕はプレートを胡坐をかいたひざの上において辞書を引いた。

<惑星地球からの人間、ここに月面への第一歩を記す>

それがプレートに書いてあった文面の内容だった。しかし、これってさ。ちょっとヤバくない?僕の心は警告を告げた。

「宇宙船の乗組員ってどこかのマニアだったのかな、それとも今流行りの金属泥棒?」

 そうつぶやく僕の脇でお月さんが、声をあげた。

「思い出した、最近おれっちの所に来た、地球人が置いて行った鉄の板だね。」お月さんの時間感覚にとっては最近だろうけれど、僕にとっては相当昔の事だ。少なくても、僕にとっては、関が原の戦いと人類が初めて月に行ったのは、どちらも遠い過去という点で

は大差がない。

「戻しておきなよ、人類が初めて月まで行った大事な記念だし」僕は、膝の上のプレートを手にとってお月さんに差し出した。

「まぁ、決して初めてという訳じゃないけれど」とお月さんはその金属のプレートを受け取った。

「初めてじゃないって?」僕は、言った。そんな筈はない。あるとすれば宇宙人だろう。


「いや、最初は、牛車で綺麗な女性が来たよ」お月さんは、それがどうしたという風に言ってのけた。そして唐突に立ち上がって

「おっ、雨が上がったみたいだ。仕事、仕事」とそのプレートを一枚だけ抱えて出ていった。僕は、重たい隕鉄とともに取り残されてしまった。


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