「花瓶(または箒乗りの物語)大団円」
プリモンドが、テーブルを外に出して。お湯を沸かしている間に、トリモンドは箒にまたがって屋根の上を飛びながら、裏の小屋にしまってあった大きなビニールシートを覆い被せていった。ダイモンドは、ふみゃあと啼くムカデをあやしながら あちこちの異次元宇宙を覗き見して、ムカデの行くべき場所を探していた。
やかんが甲高い音を立てると、各々はテーブルに着いたが、アーキィだけは、用事があると車に乗って帰って行ってしまった。
朝からすったもんだが続いて、ようやく3時のお茶の時間が来た。テーブルには白いレースのクロスが敷かれ、籐の籠にはまだ暖かい大きめのスコーンが山と積まれ、大きなガラスの壜には透明感あふれるマーマーレードが日差しを浴びて金色の輝きを振りまきながら置かれていた。
各々の椅子の前には花の模様が描かれた磁器のカップが置かれ、プリモンドはその一つ一つに大きなティーポットから紅茶を注いだ。
「さぁ、みんなお腹が空いたでしょ」
「もちろん!」と皆は、われ先にとスコーンを手にとってそれを半分に割ると、クロテッドクリームを乗せそれからスプーンをマーマーレードの壜に突っ込んでスコーンに塗りつけた。モーリィも、大きく口をあけて、それを頬張りもごもごしながら、「美味い」と言った。
「さて、モーリィまたの名をマンダリン・グリーンさん、あるいは、私達のお父さん…説明をして欲しいのだけど」
「あはっ!」モーリィは、あわててスコーンを飲み込んだので、すぐさまに紅茶をすすった。
「げほっ、慌てるな。プリモンド。とりあえず一口食べさせてくれ」と残りのスコーンをゆっくりと食べた。
「まぁ、食べるのはいいけど、あなたが私達のお父さんだという証拠はあるの、モーリィ?」
「証拠ってのは、とくに無いが。プリモンドの右のおしりには、魔法でしくじって、おおきな傷をこさえた跡がある。ダイモンドの頭の右がわに小さいハゲがある。トリモンドは 中学の頃にシュナイダー君を我が家に連れてきた事があるが、こっぴどく振られた。・・ってのは ダメか?」
「ひ・・人でなし!!こんな人の前で披露すること!」プリモンドが叫んだ。
「だってそんな事言われても、証拠なんて、記憶ぐらいしかないさ」モーリィは、両手をテーブルの上で組んでその上に顎をのせた。
「それとも、いろいろな事をもっと聞きたい?」
「結構」ダイモンドが、返事をした。「それよりなんで、餓鬼に戻ったわけだい?」
「そうだな」とモーリィは言った。
「たいした話じゃないけどね。」とモーリィの口調は大人びたものだった。
「そもそも、この空間は私と妻が作ったものだが、時とともに歪みが生じてきていたんだ。我々の種族は子供ができるとこうした歪んだ空間を作ってそこで育てる事が多いんだ。何時もは放浪ばかりしている我々だが、子育ての間はどうしても一箇所に落ち着くことが必要だからね。」そして3人の姉妹の顔を一つ一つ眺めた。
「末っ子のトリモンドも充分に大きくなってきたので、あちこちに歪みが出てきたこの空間を閉じるその時期を調べるために、置手紙をして未来に跳躍したんだ」
「え・・そんなことできるの?」
「いやいや、私もそれは始めての試みだった。出来ないことは無いと思っていたのだけど。実際やってみると、跳躍したまま、私はどこにでも存在してあって、どこにでも居ないような、奇妙な存在になってしまったんだ。」
「存在の波動化だな」と言ったのは錬金術師だった
「未来の全ては不確定だ、そのため未来への旅行者はありとあらゆる可能性に存在することになる。それは、外部の誰かによってその旅行者が観察されるまで、ずっと波動関数として存続することになる。最悪は全てが収束される宇宙の終わりに衝突するまでそのまま波動状態が続く事になるな」
「そうだった」とモーリィは言った。
「私は、あの大きな爆発によって運良く存在を収束する事ができたのだが、何故か体は子供に戻ってしまったんだ」彼は、自分の顔を指して、それから手を大きく広げた。
「多分、時空内のネルギー保存則の影響だな。あなたが、時空内から消えてしまったものだからその分の時間をあなた自身をもって購う必要ができたんだ」
「まぁ、そんなことかも知れない、ただいずれにしても、この私達の空間が心配だった。」
「それなら、さっさと来ればいいのに」プリモンドが言った。
「心配したのよ」
「すまんな、しかし。こんな子供がいきなりやってきてこの場所を閉鎖するなんか言ってみろ、お前らに追い出されるのが関の山だ。だから、博士経由でアーキィ氏に頼んだのさ。しかし、お前らは見事までに抵抗しやがった。そのせいで、空間の歪みは悲惨な状態になってしまった。そこで、ちょっと手を打ってな、トリモンドに手紙を出したんだ。物に宿る念を読み取る、若い男が居るが、派遣しようかってね」
「おまえなぁ」ダイモンドが、プリモンドの顔をじっと見た。
「よくまぁ、簡単にそんなのに引っかかるな」トリモンドはへへへと照れ笑いをした
「娘の性格を利用するのは親の特権だからな」モーリィはけらけらと笑った。
「お前らが、博士と面識があったことだしいけると思ったのさ、そしたら早速返事が来たのは、嬉しかったよ。俺の知っている娘達のままだと思ったからね」
「実際、若い男だわね。」トリモンドは両肩を軽く持ち上げた。
「後は、万が一に備えて竜の乗り手を探す事だった。」モーリィの後を錬金術師がつないだ。
「竜の乗り手は、大人になると大体ドラゴンと融合してしまう。単独の若い乗り手は、滅多に居ない。居るのはあの騎士の様に傷ついて融合が解けた騎士ぐらいなものだ。」錬金術師は、自前のフラスコを懐から取り出すと、それに入っていると思われる酒を一口飲んだ。
「戦場で彼を見つけたのだが、その戦場そのものが、この空間に迫ってきていたんだ。危険な状態だった。」
「なるほどね、あっち側はかなり乱戦模様だったわ」プリモンドは、新たしくお茶をポットに入れなおしてダイモンドの空になったカップにお茶を注ぎ、残りも皆のカップに注いだ。錬金術師は、目を細めて、カップを見て。それから、その中にフラスコの中身を垂らした。
「あの裂け目を閉じるのが遅れたらこうはしていられなかった。」ダイモンドが言った。
「花瓶の暗示が解けたのは?」
「粗忽なお前らのことだけに、花瓶を花瓶として使ってさっさと暗示が解けると思ったのだけどね」
モーリィは、スコーンを取って、それを二つに割るとチーズクリームを塗った。
「なんか知らんが、子供の体のせいかなマーマーレードが少し苦く感じる。」そして一口食べた。
「しかし、お前らは、後生大事に花瓶を扱ってしまっていた。仕方ないから、さっきプリモンドに言ったのさ。水を入れろってね。ありゃ、そもそも割ったものをにかわでくっつけただけだからね、ちょっと手荒に扱えばすぐに壊れるようになっていたんだ。」
「しかし、完全に忘れていたのね、不思議…」トリモンドは、スコーンにどっさりとマーマーレードをぬるたくった
「花瓶が壊れるまで、ある程度以上<力>を使わないように暗示をお前達にかけて、その時の記憶も思い出さない様にしたからね」
モーリィは、娘達を見回した。遠くから、砂煙をあげて一台のトラックがやってきた。
「アーキィが来たようだ」錬金術師が目の上に手をやって遠くを見るしぐさをした。
「ここもいよいよ無くなるのね」プリモンドもその車の行方を追った。
「手伝えることはあるの?お父さん」
「ああ、その為にも暗示を解いたのだしね」 モーリィも車を見ていた。
「寂しくなるわ」
「そうだな、しかし、我々の血を持つものは、いずれ漂泊する運命にある。お前らも一箇所に居られなくなるさ」
「ここを出たら、何処に行けばいいの?」とトリモンドが言った。
「当面は、博士の下で不味いキャベツでも食べて居ればいいさ。あとはそれから考えればいい」
***
それは、あまりにもあっけなく終わった。モーリィは臍と呼ぶ場所に、力をかけると。 畑や屋敷のあった風景はたちまちに薄れ。そしてそこには長らく何も無かったように、森に囲まれた小さい原っぱと錬金術師の、移動装置と呼ばれるものだけがポツン残っているだけになったた。そして、その原にはところどころに勿忘草が白いをつけていた。
「さぁ、今晩は町にホテルを用意してありますからそちらへどうぞ」 とアーキィは言った。
「俺と、俺の装置はここでいい、どうもこぎれいな部屋とかベットって苦手なんだ」錬金術師は そういって残った。
「それに俺は、今夜中にここを去るよ」
久々の満天の星だった。トリモンドは、ホテルの窓からそっと空に飛び立った。
飛翔!飛翔!飛翔!なんてステキな感覚。眼下には街に住まう人々の生活の灯火が窓から 漏れていた。ホテルのあの窓の明かりの一つにはプリモンドやダイモンドがゆっくりと寝ていることだろう。街の上空を駆け、河の上空を過ぎ、そして森の上空に入った。
故郷のあった小さい原っぱはすぐに見つかった。そこでは、錬金術師が小さい焚き火を焚いて寛いでいた。
「こんばんわ」とトリモンドは、彼の前にふわりと着地した。
「やあ、夜這いにでもきたか?」
「そんな訳ないでしょ」
「そうだな、俺に用があるとすれば、選択肢はあまり無いが…行くのか?」
「ええ」
「そうか、何処へだ?」
「何処でもいいわ」
「ちょっと、面白そうな場所にこれから行こうと思うのだが付いてくるか?」
「それでいい」
「わかった。」と錬金術師は焚き火を足で踏み消すと大きな、日時計の形をした装置の上に手をおいた。
「来い、俺と同じようにしろ」 呼ばれてトリモンドは箒を地面に放ると同じように
手を置いた。
「箒はいいのか?」
「いいの」 ごめん、お姉さん達。やっぱり何処かに行ってみたい遠くへ、そしてもっと高く。トリモンドは、離れてゆく悲しみに胸が一杯になった。
「ちなみに、お前さんが最後だ」
「え・・」
「プリモンドもダイモンドもとっくに他の異世界に行ったよ、二人とも俺がさっき運んだ」
そして装置が動いた。
***
星星が煌く夜。箒乗りは時々、部屋の隅に置かれた陶片をじっとながめることがあった。そこに描かれた白い百合の絵は闇の中でも映えているように見えた。
はるか上空の大気の薄い闇の世界。目を閉じるとにじんだ涙が、ゆっくりと落ちていった。
<寂しいわけじゃない
独りで生きることには慣れたから
ただ、逢いたい人に
逢えないせつなさだけは
慣れることができない>