「花瓶(または箒乗りの物語)その11」
「えらく遅かったじゃない、何処に行ってたの?」とモーリィはプリモンドに
言われて、両手にパンの入った袋を抱えたまま顎をしゃくりながら
「あっち」と畑の方をさしてみせた。そこには、アーキィの車が停止したままだった。そして車の前には春の陽炎のようなものがゆらゆらと立ち上っていた。それが畑の何処までも続いている。
「あれが邪魔で通り抜け出来なかったの」
「なにあれ?」
「空間に裂け目ができかかっている。大きいぞ」後ろからダイモンドが言った。
「アーキィは?」と錬金術師が、なんだなんだと言いながらやってきていた。
「僕は小さいから、隙間を通って来たの。おじさんはあれをデコヒーレンス化して乱す試みをして隙間を大きくするって」
「なるほど、それなら有効かもな」錬金術師は、ふーーんと頷いた。光が車の傍で輝き、そして真っ黒に反転したかと思うと、アーキィが駆け出してきた。
「時間が無い」アーキィはドアの前でぜいぜいと息を吐きながら言った。
「明日には、口が開くぞ」
****
廊下をキャベツがごろごろと転がる中、皆顔を合わせて食卓についていた。オオムカデは床の上でじっとしながらキャベツをかじっていた。
「最後の晩餐かしらねぇ」プリモンドは、テーブルの中央に花瓶が入った箱を置いて各々のお皿にキャベツのスープと、ロールキャベツに、キャベツを炒めたものを置いた。
「ここまでキャベツばかりだと、呆れるばかりだ」錬金術師が、パンを切るとスープに漬けてから食べた。
「それより、どうするのあの空間は」プリモンドは、給仕をしながら言った。実際席が足りなくて彼女は立っているしかなかった。
「閉じるには、大きな力が必要だ。あるいはもっとパワーのあるデコヒーレンス装置が」アーキィは、ちらりとダイモンドを見た。
「私じゃ無理だね」ダイモンドは両肩をあげてみせた。
「花瓶の力が分かったらどうかなぁ」とトリモンドが言った。
「何年も分からなかったのに、今すぐに分かると思えないわ」プリモンドは、頭を振った。
「むしろ、どうやってここを逃げ出すか考えた方がいいのではなくて?」
「裏の森を抜けると何処にでるの?」とモーリィがスープをすすりながら聞いた。
「畑の向こうの森だよ」ダイモンドが言った。
「ここの空間は曲がっていてね」アーキィが説明をした。
「一本の道路だけが、正常な空間との通路でね。それ以外は、ここは閉じた状態だ。」
「えー、じゃあ上は・・?」とモーリィはトリモンドに目をやった
「上は何処までも上なの、町に行くには、空のルートも一本しかないし、みんなを連れて逃げるには私にはちょっと力不足だわ」
「上空も歪みが出ているだろうな、多分。」アーキィは、がっくりしているトリモンドを見た。きっともっと重いものを運べる力でも欲しいと思って自分の力不足に憤りを感じているのだろう。
「私は、この土地を買収して、そして正常な状態に戻す任務があったんだ。こういう空間は、裂け目が作りやすく、他の宇宙からの侵略を受けやすくなるからね」
「え、じゃあ、あれ。宇宙人の?」モーリィが言った。
「いや異星人じゃないだろう。異次元の方さ、尤もどこからでも湧いてくるだけになんとも始末におえない」
「そういうわけで、ここに逃げ場はない」アーキィは言った。
「あなたのデ・・なんとかで小さい穴でもあけられないの?」
「私のデコヒーレンス化装置は、もう機能しないんだ。さっきので内部のバッテリが切れてしまった」
「錬金術師さんのは?」
「俺の移動装置か、悪いが、まじめに何処かに行こうとするには、調整に時間がかかるんだ。それにあんなでかい空間の歪みを作られたんでは俺の小さい装置じゃ、とんでもない場所にすっ飛ばされるのが落ちさ」
***
「頼みの綱は、ドラゴンと青の騎士だな」と錬金術師は言った。
「そして、その花瓶に秘められていると言うあんた達3姉妹の力かな」モーリィは、その言葉にふっと顔を赤らめうつむいた。
「ごめんなさい」
「いいのよ、私達だってずっと分からないのですもの」プリモンドは、そっとモーリィの後ろに寄り添い、ゆっくりと彼の頭をなでつつ、錬金術師を睨むように見た。
「何か、この花瓶の秘密を解くようなヒントとかないのかい」とアーキィが訊いた。
「あればいいのだけど、一応父が失踪するときに残した手紙があるぐらいかしら」プリモンドは、そう言うと、そそくさとキッチンを出て行った。
「おい、ぼうず。本当に解けていないのか?花瓶のナゾは?」錬金術師は、プリモンドの姿が見えなくなってから訊いた。
「ちょっと、あんた」とトリモンドが横から声をあげたが少年は、静かに答えた。
「うん。何かが邪魔をしているみたいで…」モーリィは、うつむきながら言った。
「でも、おねえさんたち、本当に解けていいの?」
「なんでだい?」とダイモンドが言った。
「この花瓶には、この中のある秘密を隠したいという強い思いがあるんです。多分それはお父さんのだと思います。そしてお姉さん達の思いも…」
「なんで、私達が?…」とトリモンドが怒ったように言った。
「だいたい分かるよ」とダイモンドは言った。
「きっと、謎が解け各々が力を持ったらきっとそれぞれが違う道を歩みだすことになるだろう。そしてそうなったら、再び合うことがあるかどうか…」
「そんな、ずっと一緒だよね」トリモンドはダイモンドを見た。
「そうかな?」ダイモンドは、ゆっくりとパンをかじった。
「あったわ」とプリモンドは、一枚の便箋を持って駆け込んできた。
「どうしたの?」彼女はトリモンドがじっとダイモンドを睨んでいるのを見て一瞬たじろいだが、紙をそっとモーリィの前においた。
「これよ」それから、トリモンドを見た。
「何があったの?」
モーリィは、便箋を眺めた。
・・愛する我が娘達よ。突然ですまないと思うが、
私は、長い間旅に出る必要に迫られた。君達は
十分に分別が付く大人になったのだから、きっと
この世界でも上手にやっていけるであると
信じている。
長い間秘密にしていた花瓶は私の書斎にある
薔薇空間という本の中に閉まってある。
秘密を解くなら時間は十分にある筈だが、
決して得た力を無分別に使わないように。
人の中に埋もれて生きる以上、人は人らしく
花瓶は花瓶らしくなければならないのだからね。
・・さらばだ、愛しい子ら・・
モーリィは、そっと短い文章に指を這わせた。その瞬間、ふっと目つきが鋭く変わった。そして、またすぐに元の表情に戻って、回りを見回した。
「ええ、きっとずっと一緒よ」とプリモンドが、トリモンドに言うのが聞こえた。
「いいのかい?」ふっとモーリィが落ち着いた声で言った。
「え?なに?」その大人びた声にぎょっとしたようにプリモンドが言った。
「いいのかな?」モーリィは再び言った
「その声どうしたの?」というプリモンドをダイモンドが制した。
「感情移入したんだ。」皆は、ふっと黙り込み、モーリィの次の言葉を待った。しかし、モーリィが放った言葉は
「何かあったの?」だった。
「いいのか?」錬金術師は意味ありげにモーリィに言うと、部屋を出た。
<近いよ、もうすぐやつらが来る。明日の朝にでもね>皆の心に地下からの声が届いた。
「さぁ、今日は早く寝て、明日に備えましょう」プリモンドは、食器を片付け始めた。
「あの…」とモーリィはその脇に立つと一緒に食器を片付けたはじめた
「手伝います」
「有難う、じゃあ後で、布巾で拭いてね」
誰も居なくなった、ダイニングで。二人は静かに食器を洗い、すすぎ、拭いて。棚の中に入れた。そして最後の一枚を棚に仕舞い込んだあとでモーリィは、小さい声で言った。
「花瓶は花瓶らしく」
「え・・?」
「花瓶には、花を活けないと」
「そういえば、折角の綺麗な花瓶なのに、花を活けることは無かったわ…でも、花はあるかしら?」
と言うと、オオムカデが一本の白い小さい花を咥えて 壁の中から現れた。
「もうあちらこちらで、自分で空間の穴を開けているみたい」とモーリィは、ムカデがもってきた白い花を受け取った。
「なんで、花を?」
「さぁ?」モーリィは、花を花瓶に入れるとそっとプリモンドに差し出した。
「勿忘草ね・・・」 プリモンドはそれに水を差して、テーブルの上においた。
「きっと生きて帰ろうね」 彼女はそっと、モーリィの小さい体を抱いた。
「うん」
「さぁ寝なさい。歯を磨くのよ」