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「花瓶(または箒乗りの物語)その10」

 ダイモンドは、傷の癒えないままの騎士に肩を貸しながらゆっくりと地下に降りていった。電灯は設置されておらず、手に持った松明で途中途中に設置された燭台に刺さったままのちびた蝋燭に火を点しながら階段を降りた。

 「なかなか秘密めいていい場所だ」騎士は、しわがれた声を出して言った。「竜は、一人だと臆病でな。こういう場所から離れたがらない」

 「あまりしゃべりなさんな、回復するまではできるだけ体力を温存していることだよ」

 「何か、話していないと気を失いそうでな」

 「ふーん、そんな酷いなら戻るかい?」

 「いや、大丈夫だ。竜にさえ逢えれば、今の状態から完全に治癒が可能だ」

 「私なら、じっと傷が癒えるのを待つけどね」二人の前には、金属の鋲で補強された重そうな木製のドアが現れた。ドアの上には奇妙な文字が刻まれていた。

 「さて、この先がドラゴンの部屋だからね。火を噴くから気をつけてな」

 「大丈夫さ、それに彼女はもう私がここに居ることを感じている。」

 「彼女だって?」ダイモンドは、そうなのかい知らなかった。と言うと左の掌を大きく広げてドアにぴたりと当て、大声で言葉を放った。

 「冥界の扉よ、遠方より来る友の為に開け」すると、それに応えるように扉の上の文字が輝き、どこかでガチャンと金属的な音が聞こえると共に扉が自動的に開いた。その扉の向こうの部屋からは熱い空気が流れだし二人の顔に当たった。

 <遠路はるばるご苦労>音の無い言葉が二人の脳の中に木霊した。

 「名は?」と青の騎士が言った。

 <蒼海の放浪者と呼ばれているわ、または、ビリディアン。あなたは?」

 「青方変移の星、または、ラピスと呼ばれている。ビリディアン中に入っていいか?」青の騎士は、ダイモンドに預けた体重を自分に戻しうっと一瞬うめき声を上げたものの、直立で正面を見据えた。彼は自力で中に入る気らしかった。

 <ダイモンド、彼を近くに来させて>

 「ま、無理すんなって」ダイモンドは、再び彼の腕を持つと自分の肩に回して、歩を進めた。

 「すまん」青の騎士は小さく詫びた。中は想像以上非常に広く空気は熱を帯びていた。あちこちに設置された、松明は薄ぼんやりと地底のぬらぬらとする壁面を照らしていた。

 そのわずかな明かりの中で、大きな蛇のような頭を持った竜が、うずくまっていた。その顎は広げれば立ったままの人を飲み込めそうな大きさだった。赤い目は、じっと騎士を見つめ。時折わさわさと背中にある体の割りには小さい蝙蝠のような翼をゆらしてみせた。

 <酷い傷を負ったのね、ラピス>ドラゴンは蛇のような舌を出して、騎士の体をかるく舐めた。

 <血の味がする>

 「追手にやられた」ラピスの息は楽そうではなかった

 <あなたの相棒は?>

 「死んだ。かなり前になるが」

 <じゃあ、私があなたの相手になるわ、ダメかしら?>

 「いや、それを頼みに来たんだ。ビリディアン、僕のパートナーになって欲しい。同胞達の敵を取るためにも」

 <その想いは私も同じ>

 「長い孤独ともオサラバだな」ダイモンドは、にやにやして言った。

 <あんたにも、早くいい相手が見つかるといいわね>

 「独りが気楽さ」ダイモンドは鼻を鳴らし「さぁ、早くあんたの相棒の下に行きな」とダイモンドは、衰弱しつつある騎士に肩を貸しながらドラゴンの傍に歩みよった。ドラゴンは、床に這うような体制をとった。そして、鼻からひとつ熱い息を出すと、背中に大きな切れ目が現れた。

 <さあこの中へ>

 「後はいい、自分で入る」騎士は、よろめきつつもダイモンドから離れ、そして着ているもの全てを脱ぎ捨てると、ゆっくりとした動作で、ドラゴンの背中にある切れ目にゆっくりと全身を沈めた。すると、その切れ目はゆっくりと閉じて、騎士をその中に完全に包み込んだ

 <これで、彼を回復させることができる>

 「よかったな」ダイモンドはそういってその場を去ろうとした。

 <ダイモンド>ドラゴンはその背中に呼びかけた

 <騎士が現れたということは、戦さが近いわよ>

 「そしたら、逃げるさ。」

 <花瓶の秘密が解けたら勝てるかもしれないのに>

 「さぁ、そのために一人のガキが来たが、ダメみたいだな」

 <でも、もし秘密が解けたら?>

 「もし、戦うのに見合う力が得られたのなら、先ずは 私達の住処を守るだろうな、それから、きっとプリモンドはオヤジを探す旅にでるだろうな、トリモンドも、あのふらふらするのが好きなだけに、どっか行きそうだし、まぁ私は、ここで食って寝て、そして空間のあちこちに穴でもあけて遊びたいねえ」

 <太るわよ>

 「痩せる気もないからね」

 <そうかい、でも花瓶の謎が解けるといいね>

 「ああ、しかし。本当にそれでいいのか分からない」

 <なんで?>

 「なんとなく」ダイモンドは、歩を進めた。

 「腹がへったから、上に行くよ」

 <食べすぎないようにね>

 「余計なお世話だ」


 ***


 トリモンドは、ベッドの上で転寝をしていた。パンをモーリィに預けて自分は手ぶらで帰ってきた事を、散々腹を空かした錬金術師に文句を言われ、ふて寝をしたつもりが、いつの間にか本当に寝てしまっていた。

 そもそも、箒で飛ぶことは彼女にとって楽しいことではあったが、それに見合った体力の消耗もあり、気が付かない無い内にかなり疲れていた。

 夢の中で、彼女はまだ小さい末っ子だった。二人の姉と共に一つのソファに座り、テーブルを間において対面には、若い頃の父親がいた。そしてテーブルの上には、あの花瓶が置かれていた。

「プリモンド、ダイモンド、トリモンド」と父親は一人づつの顔を見て言った。

「この花瓶に描かれている花はお前達を思いながら昔、お母さんが描いたものだ」

お母さん、昔、子守唄を歌ってくれた人。そしていつの間にか何処かに行ってしまった人。

「そしてお父さんは、この花瓶にお前達の秘密の力をここに封印しました。」その時の父の真剣な眼差し。

「もし、お父さんが、何処かに行って戻ってこないようなことがあったら、3人で協力してその力の秘密を探しなさい、あ、トリモンド触らないで。」とさしの伸ばした手の甲を叩かれた。

「暫くは、お父さんの秘密の場所に隠します。そして時期がきたらお前達にその場所を教えます」

「はい」と3人は声を揃えて返事をしたものだった。


 それで、何度父の書斎にこっそり忍び込んだものだろう。ダイモンドが空間に裂け目を作ってそっと部屋に入り、プリモンドとダイモンドが部屋の下の方を、トリモンドが箒に乗って上の方を探した。

 そのたびに見つかっては、閉じた部屋に閉じ込められたっけ。そこはダイモンドが空間に穴を開けても、その出口はその部屋に戻ってしまうという、嫌な場所だった。しかし、父が行方不明になってからは、そこは普通の部屋になってしまった。あの、晴れた日の朝、置手紙をしてそっと出て行ったきり。

「何処へ行ったの?お父さん」彼女の頬を涙が流れ落ちていった。



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