「花瓶(または箒乗りの物語)その8」
「目を開けちゃだめよ」とトリモンドに言われたものの、やるなと言われると余計にしたくなるもので、モーリィは、爽やかな風が顔に当たる中で、そっと目をあけた。その途端。
「うわーーっ!」と叫んで、軽く掴んでいたトリモンドの体を思い切り後ろから抱きしめた。
「ちょ、ちょっとバランスを崩すから、暴れないでよ」トリモンドは大声を出した。
「怖いよぅ」モーリィが叫ぶのも無理はなく二人を乗せた箒は、高く舞い上がり姉妹たちの洋館も米粒のように小さくなっていたからだった。
「町の外れまで直ぐだから、いいと言うまで目をつぶっているのよ」
「わかった、でも早くして」
「これでも十分に早いけどねぇ、歩くよりましでしょ」実際に空を飛んでいるとはいえ、彼女の箒の速度は、自転車よりは少し早い程度だった。遠くに見える街は、二つの河に挟まれた中にあり、かつて水運業を中心に発展して出来たものであった。街が広がるには河が邪魔なためなのか、街は河に囲まれたその中だけに発展し、その限られた面積の中で
ひたすら上に伸びる建物を増やしたようだった。
「ねぇ、だれかに見られたりしないの?」目をしっかりつぶりながらモーリィは訊いた
「ダイモンドが迷彩呪文をかけてくれたから大丈夫と思うわね、最も余り長時間は持たないから人気の無い場所でさっさと降りないといけないのよね」
「でも、アーキィって人に合いに行くのになんでパンも買うの?」
「あんなごたごたがあったせいで、プリモンドがオーブンに入れたパンをすっかり忘れてね今日から一週間分のパンがすべてまる焦げなのよ」
「そういえば、焦げくさかったね、そうかパンが台無しなんだ」
「だから、帰りはしっかりパンを持っていかない皆飢え死によ」二人の乗った箒は高度を下げながら、街の外れにある公園を目指して降下していった。周りを大きなビルに囲まれたその公園は陽も当たらず、ひっそりとしていた。その不思議な陰気さは、都会のオアシスとはなり得そうにないほど酷かった。
「なんか暗い公園…」とモーリィは周りを見渡しながら言った。落ち着きがなく、早くこの公園を出たそうだった。
「ちょっと色々と仕掛けがしてあってね精神的にちょっと不安を持たせるように手を入れてあるの」
トリモンドは、箒を公園にある公衆トイレの裏に立てかけると、行こうかと、モーリィの背中をポンとたたいた。
「箒をあんな場所において盗まれないの?」と公園の門を通り過ぎたときに彼は訊いた
「ま、あれじゃないと駄目ってことないから箒でも自転車でもまたげるものならなんでもいいのよ、ただ、箒の方が軽いから扱い易いのよね」
「あの…トリモンド…さん」モーリィは小声でもじもじと訊いた
「なに、改まったりして」
「うん、もしも、あの花瓶の謎が解けたらどうなるの?」
「さぁ?私達にかけられた呪縛が解けて、もっと大きな力を使うことが出来るらしいから先ずは、私達の土地を取り戻して。それから世界征服かしら?」
「ええ!世界征服?」
「冗談よ。」二人は、人通りの多い道に出た。車も縦横無尽に走っている。
「そうねぇ、私は箒でもっと沢山の世界を見る旅に出てみたいな」
「世界一周?」
「ううん、宇宙を…平行宇宙を」彼女は小さくウィンクしてみせた。
「でも、夢ね。さぁ、現実問題は、とりあえず、パン屋に行ってパンを買い占めて。それから不動産屋かな」
***
「プリモンド」錬金術師はふっと目をあけた。プリモンドは、まだ男の手当てを続けていたが、男は、深い寝息をたてているばかりだった。彼女の足元にはオオムカデが、じっとしていた。どうやらそれも寝ているらしかった。
「何?」彼女の手は、血の滲んだ包帯を替えていた。そして壁によりかかったまま、よく寝ていられるものだと、プリモンドは感心して彼の方をみた
「ガキの手を触れたときに、こっちに意識の逆流があったんだがね」
「そう、それで何?」
「花瓶の秘密を探っているのだってな」
「ああ、それね。でも駄目みたい」プリモンドは軽く両肩をあげてみせた。
「そうかな?」
「秘密が解けるとでも思うの、あの子は確かに一流だけど、年季が足りないわ」
「そうか、年季がか…ふうん、本当にそう思うのか」彼は、床に座り込んだまま、プリモンドを見上げた。
「まぁいいか、で、もしも、万が一でもその花瓶の謎が解けたらどうするのかい?」
「先ずは、この土地を守りたいわね。私達の住処ですもの」
「その後で、そして…大きな力でどうする?あんたなら山でも動かせるかもしれない」
「そうね、惑星でもひとつ持ってきて、そこを終の棲家にするのもいいわ」
「そりゃ、剛毅だ」彼は、げらげらと笑った。
「でも、旅にでも出たいな。行方知らずのばかオヤジを探しだしてみたいもんだわ」
「そうか、消息を絶って何年になる?」
「さぁ、相当な昔としか言い様が無いわね」
「案外近くにいたりしてな」そして、錬金術師は、ふっと笑いを止めた。
「実は、ここに来たのは、他でもない、ある情報筋からここにドラゴンが居ると聞いてね」
「どこから、そんな根も葉も無いことを」
「とある、筋と言っただろう、それは言えない」錬金術師は、腕を組んだ。
「しかし、あの青の騎士にドラゴンを逢わせて欲しい彼が完全に治癒するにはドラゴンの存在が不可欠だ。」プリモンドはふっと彼の目から目をそらした
「居るのか」
「地下に、あとで見て欲しいものがあると言ったのもそれだったのだけど。」
「そうか、俺は別に見なくてもいいが、奴は見る必要がある」錬金術師は顎で寝ている男を指した。
「分かった。あとでダイモンドに頼むわ」彼は、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、何か食うものはあるか?腹減った」
「待ってね、パンを焦がしてしまって今は無いの、でもまもなくパンの方から飛んでくるわ」そして窓の向こうで何かが飛んで来るのが見えた。
「よかったわね、間もなく来そうよ」とプリモンドは、笑みを男に見せた。