「花瓶(または箒乗りの物語)その7」
外の空気は、きらきらと弾んでいるようだった。湿っぽくて、粘りつくような空気と、白い壁に覆われた海底の施設とは違って、どこもかしこも、命の息吹であふれ返っている。もっとも、季節感が奇妙にズレているのは、きっと彼女たちの能力のなせる技なんだろうが。
畑の中を歩くと、ある区画は地面から暖かさは登ってくるし、ある区画は涼しさが
漂っているのだ。
その不思議さを堪能しながら歩いているとその気温差のせいなのか、陽炎のようなものが立ち上っているのが見えた。そしてその陽炎の中に何か蠢くものが見えたような気がした。
蜃気楼みたいのかな?とモーリィはじっとそれを見ていた。やがて、その陽炎の中から最初はぼんやりとやがてはっきりと、人影と思しきものが出てくるのが見えた。
その陽炎が唐突に無くなると、黒ずくめの男が、一人の半裸に近い男を支えながらゆっくりとこっちに歩いてきた。男の現れた傍には、一つの石柱のようなものが置き去りにされていた。黒づくめの男は、モーリィの前に立つと、
「アーキィは何処だ?」と訊いた。モーリィは、首を横に振った。
「知らない」
「そうか、じゃああの家は誰が住んでいる?」
「プリモンドさん達です。」
「なんだ、まだ頑張っていたのか、まぁどっちでもいいが」男は肩をかしたままの男の脇腹あたりに回した手を、持ち直すとふぅと息を吸った
「ぼうず、悪いが。プリモンド達を呼んできてくれ錬金術師が来たと言えば分かる」
「じゃああなたが?」
「どうでもいい、早く頼む」彼は、脱兎のごとくに駆け出した。
***
「酷い傷ね」プリモンドは、鼻をつまみそうな匂いを発生する塗り薬を男の傷口に摺りこむように塗りつけた。その途端に、上半身に多くの傷を負った男は、うめき声をあげた。彼女は不安そうな表情を、横に立っているダイモンドにみせた。そのダイモンドの隣に立っているトリモンドも同じ様に彼女の顔を見た。ダイモンドは、大丈夫という顔をして頷いた。
「薬の調合は間違いないよ、匂いは酷いけどね。まあこれだけ酷い傷だけに明日にでも治るってわけにはいかないさ」
「うめくだけの体力が未だ残っているだけマシってものだ」錬金術師は、腕を組んだままドアに寄りかかっていた。
「この方は戦争でもしてきたの?」とプリモンドは、さらに男に軟膏を塗った。
「さぁ」錬金術師は、首をかしげた。
「ここに来る途中で拾ってきた。青の騎士だ」
「青の騎士って、何なの」とトリモンドが小さい声でダイモンドに訊いた。
「さぁ」と彼女は、プリモンドを見た。
「私も知らないわ」とプリモンドも首を振った。
「違う宇宙の戦争の話だからな」と錬金術師は言った。
「遠く、青銀河の辺境で生体兵器として開発された青竜を扱うことのできる兵士のことだ」
「青い竜?」
「正確には緑色をしているがな、形は伝説のドラゴンに酷似している。空を飛び、口からは高温になる電磁場を噴射する他、空間を捻じ曲げる事ができる、そしてかなり高度な知性さえ持っている。ただ、遺伝的な刷り込みのために、戦いの場合には青の騎士以外の
命令は聞かない…俺の知っている範囲はそれくらいだな」
「そう…」プリモンドは、ふと何か考え込み、それから二人の妹をそれぞれ見つめた。目があった二人は小さく頷いた。
「後で、見て欲しいものがあるの…いい?」
「興味がもてるものなら」錬金術師は、大きく欠伸をした。
「それより、眠らせてくれないか、疲れたんだ。」
「じゃあトリモンド、部屋を一つ用意して」既に錬金術師は、壁に寄りかかったままずるずるとすべり落ちるようにして床に座りこみそしてそのまま鼾をかき始めた。ふっとその鼾が止まって、「アーキィを呼べ」と言った。
「誰だよそれ!」とダイモンドが不服そうに言った
「説明するのも面倒だ」錬金術師は手をそっと前に出した。
「ガキ、おれの思考を読んでもかまわんぞ」モーリィは、廊下の隅からのこのこを出てきた。錬金術師は再び鼾をかき始めた
「ま、そういうのだから」とプリモンドは、膏薬の上からガーゼを当てながらモーリィに言った。
「やってあげて」
モーリィは、そっと錬金術師の大きな手をそっと握った。
「今朝、来た不動産屋さんがアーキィだ」