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「花瓶(または箒乗りの物語)その5」

 食卓の上は、賑やかだった。キャベツとネギとオートミルのスープ、キャベツとベーコンのキッシュ、ロールキャベツそしてキャベツの浅漬け

 「うーん」モーリィはうなってしまった。いくらなんでもここまでキャベツで徹底されると幾らなんでも食欲が失いそうだった。


 「大丈夫よね?」とプリモンドがそんなモーリィを見て言った。

 「はい」と彼が頷くと、プリモンドは彼の前のお皿にキャベツ料理を否応なしに盛りつけていった。

 「モーリィ、うちの浅漬け食べてみなさいよ」トリモンドがワインを飲みながら、薦めた。できれば、一番食べたくなさそうなものだった。まさか、鼻をつまむわけにいかないし、彼はできるだけ息をしないように口に放り込んだ。すると噛む度に甘さが広がった。

 「おいしい」と彼は、プリモンドの方を見た

 「秘訣でもあるのですか?」

 「もとからよ、うちのキャベツは甘いの、ね。」プリモンドは軽くウィンクして見せた。どうだ参ったかとでも言いそうな笑みだった。

 「そうそう、なんたってうちのドラ・・」とトリモンドが言う傍で

 「トリモンド・・」とダイモンドが大きい声で彼女の会話を阻止した。

 「あ、」へへ・・・とトリモンドはぽりぽりと頭をかいた。なにか隠している、とモーリィは思った。

 「モーリィのお母さんは、どんなお料理を作ってくれたの?」とプリモンドがふっと脇から訊いた。

 「僕が、もっと小さい頃に亡くなったそうです」モーリィは、小声で答えた。

 「そうだったの」プリモンドは、か細い声で目を伏目かちにして言った。

 「昔、砂漠で閉鎖生態系の研究所の爆発で」モーリィは、つぶやくように言った。

 「僕もそこに居たのですが、偶然に助かったそうです。今の能力もその影響じゃないかなと言われているのですが」 プリモンドはその事件は良く知っていた。何もないこの屋敷にあってさえ、それは伝わってきた。一夜にして瓦礫の山と化した、巨大な閉鎖生態系の施設で何万人もの人が死んだのである。その施設は何時かは、宇宙で再構成されて長距離宇宙船の中心部になる筈だった。

 「じゃあ、博士のところにはずっと?」

 「はい、ものごころ付いてから不味いご飯ばかり食べさせられています」

 「じゃあ、お姉さんの料理をここにいる間でもしっかり味わっていきなさいね」トリモンドは、モーリィのお皿に料理を継ぎ足した

 「はい、とても美味しいです」

 「プリモンドが、何時もこうゆうもの作ってくれると助かるなぁ、モーリィ、ずっとここにいないか?お前気に入られたみたいだ。」ダイモンドが、笑いながら自分の皿に料理を盛りつけた。


   *


 「さてと」とプリモンドは片付けられた食卓に一つの木の箱を置いた。

 「これが、花瓶よ。モーリィ」彼女は、白い手袋をはめると、箱の蓋を開けてその中に綿でくるまれた一つの花瓶を取り出した。それは小さくまるで掌にでも乗りそうな三角柱の陶器だった。各々の面の白い地肌には、芍薬、牡丹、そして百合が細かく描かれていた。

 「この花はプリモンドさん、ダイモンドさん、トリモンドさんを示しているみたいですね」

 「そこまで綺麗なら、いまごろ皆嫁の行き手に困らないもんだ」ダイモンドはげらげら笑った。

 「ただ、のっぽとでぶとちびは当たっているけどさ」

 「いつもそればかり」トリモンドは、そういいながら、モーリィの方を見た

 「早速やってみようよ」

 「疲れているとおもうけど、あまり深入りしないでね」プリモンドは注意をした。

 「うん、大丈夫」とモーリィはそっと手を伸ばして花瓶を両手に取った。

そこからは、暖かい思いが伝わってきた、全てを抱擁するような、大きな愛。その花瓶を手にしていると、彼自身まだ見たことのない父親の大きな掌に自分が小さい手が包まれているような感触さえ覚えた。

 ちがう、これはもっと強い想いに過ぎない。メッセージはその奥に隠されている筈だ。しかし、なんという強い感情だろう、この花瓶に仕込まれた秘密よりも強く姉妹に対して愛情が感じられる。

 彼は、一つの映像にあたった。誰かが小さい姉妹を暖炉の前のソファに座らせて、何かを伝えている。小さなテーブルの上にはこの花瓶があった。

 だれかが、何かを伝えていた。大事な何かを…教えてはだめ、教えてはだめ、教えてはだめ、だれもそれを教えてはだめ、私達に教えてはだめそれは、姉妹達の思いだった。

 彼は唐突に、目を開いた。

 「だめです」彼はうつむいて、花瓶をテーブルの上に戻した。「お父さんは、とてもあなた達を大事にしていたのですね、その想いが強過ぎて秘密まで辿りつけませんでした」

 「いいのよ」プリモンドは、花瓶をしまい込みながら言った。

 「それがわかっただけでも、素敵なことだわ」

 「あの頑固オヤジがねぇ」ダイモンドは腑に落ちなさそうだった。

 「何度殴られたことか」

 「1263回」トリモンドが言った。

 「へ? 年下のお前が何で知っているんだい」

 「前に、お父さんの日記を3人で読んだでしょ」とトリモンドはにやにやしながら答えた。

 「そこにダイモンドを殴ってしまったってフレーズが何回も出てくるからついつい数えてしまったの」

 「そんなにかい、どうりでイマイチもの覚えがわるいわけだ」ダイモンドは、自分の頭を撫でながら言った。

 「モーリィは疲れたでしょうから、寝た方がいいわよ」プリモンドは、ぽんと彼の頭を軽くたたいた。

 「はい、できれば明日もういちど花瓶に触れてもいいですか?もうすこしなんで」

 「いいわよ」プリモンドは笑みを見せて了解した。モーリィは、そっと台所を出ようとしたその後ろから声が飛んてきた

 「お風呂に入りなさいよ、歯もちゃんと磨くのよ、バスルームは出て左の奥にあるからね」

 彼は回れ右をして、一礼をすると眠そうにお休みなさいと言った。

 「お休み」と三人の声が揃って答えた。


 「さて、あの子でも駄目ならどうしましょう」プリモンドは、掌を自分の頬に当てた。

 「いま、時間を遡る薬を作っているから、それができれば、一発さ」ダイモンドは、にやにやしながら自信たっぷりに言った。

 「ただ、戻る薬がないけどな」


 モーリィは、ベッドの上で考えていた。あの奇妙な感覚-あれは記憶なのか、感じた事なのか-花瓶の秘密を解こうとしながらも、小さな三姉妹はひたすら、それが解かれるのを嫌っていた。そしてその先の秘密に辿り着こうと思えば、行けた気がした。でも何で小さい彼女達は秘密にしたいのだろう。そして、今の彼女達はどうして、その思いを反故にするのだろうか?

 だが、その秘密は解かれる必要があるのも分かっていた。それも速やかに。

 そして、心の奥底で何かがゆっくりと頭をもたげてくるのが分かった。それは、自分とは違うもうひとつの自分。

 その人格は、「未だ早いか…」と少年にしわがれたような声を出させた。


 眠りに入る少し前、遠くで獣の鳴き声が聞こえた気がした。ベッドの下では「ふにゃあああ」とムカデが鳴いていた。


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