「花瓶(または箒乗りの物語)その4」
3人の姉妹と、一人の少年はキッチンにあるテーブルについて、紅茶を飲んでいた、姉妹はアップルティーを、そして少年はミルクたっぷりのミルクティーを飲み、そして柔らかく焼きあがったクッキーを各々、手で割っては、自家製のマーマーレードを付けて口に運んでいた。
そして4人の足元では、オオムカデがショキショキと音を立てながら、一個のキャベツを無心に食べていた。
「しかし驚いたねぇ」とダイモンドが言った。
「何時もの縁起悪い不動産屋と思ったら僕が来るのだもの」
「どうも、伺う時に連絡しなさいと博士に言われていたのですけど、電話番号が分からなくて」少年は、口を小さく開いてミルクティをすすった。
「いえ、電話は煩いから入れてないの」プリモンドは笑みを見せながらいった。
「だから恐縮することはないのよ」
「電話線も通っていないし、携帯電話も繋がらないし、彼を作りたくてもこれだから出来にくくってさ」トリモンドは、お手上げという素振りをしてみせた。
「ねぇ、お姉さん電話くらい引こうよ」ねだるトリモンドに対して、ダメという目つきでプリモンドがトリモンドを睨みつけた。
「ええ!…じゃあ仕事が終わってタクシーを呼ぶときどうするの?」少年は甲高い声を出した。
「気にしなくてもいいさ、そもそも花瓶の謎は解けていないし、いざとなれば闇夜に託けて箒で街までまっしぐらさ」とダイモンドがトリモンドを見た。
「それなら任せてね」トリモンドは、エヘンと胸を張った。
「墜落しても保険は下りないがな」
「墜落なんかしません」トリモンドは言った。
「この前の夜、電柱にぶつかって墜ちたのは誰だ?」
「あー、あれは、ちょっといい男がいたんで…よそ見して」トリモンドは、へへへと照れ笑いをした。
「おかげで、紅茶に入れるウィスキーが地面に吸われてしまって無い」ダイモンドが仏頂面をして紅茶をすすった。
「弁償するわよーあー、またムカデが私の足に触ったぁ」
「花瓶は、この子にも観てもらうけど、ムカデはどうするの?」プリモンドはダイモンドに言った。
「空間に穴をあけるなら貴女の領分だけど」
「うーーん、でも好きな世界への道を作れる訳じゃないんだ」ダイモンドはうなった
「あの、博士に聞いてみたらどうでしょうか?」と少年は言った。
「いくら博士でも、多元宇宙の専門家じゃないだろう?」
「ええ、でも聞いた話なのですが、「放浪者」または「錬金術師」と呼ばれる方がもうすぐこっちに来るそうです」
「なるほど」とダイモンドは、頷いた。
「彼なら、好きな場所に行ける筈だ。でも何の用だろう?少なくとも私らには関係はなさそうだけどな」
その時地面の下の方で、奇妙な地響きのようなものがした。姉妹は顔を見合わせ、そして時計を見た。
「おっと!あっちも飯の時間だ」プリモンドは、すくっと立ち上がって、杖をぶるんぶるんと振り回した。すると、キャベツがごろんごろんと蟻のように一列になってドアから転がり入ってきて、廊下を渡って奥へ奥へと突き進みその先にあるキャベツサイズの穴の中に一個づつ落ちて行った。
「なんですか、あれ?」
キッチンのドアの隙間からそれを見ていたモーリィが訊いた。
「まぁ、ちょっと可愛いペットがね。いるのよ」プリモンドは、声をちょっと震わせて言い。
「いい子だから、椅子に座って食べなさい」とおいでおいでをした。
「ふうん」とモーリィは椅子に座りながら何気なくプリモンドの手に触ろうとした。
「こら!」プリモンドは両手をあげた。
「後で教えるから、心を読みのはやめて」
「はい・・・」と少年はバツが悪そうな顔をした
「約束よ、モーリィ。私達だってそれぞれ秘密があるの勝手にそれを知ろうとするのは止めてね、あなたにそれを知る必要ができたら、私達がちゃんと教えるから」
「うん」とモーリィは、頷いた。
「さて、食べ終わったら、モーリィをお部屋に案内してあげてね。トリモンド」プリモンドは笑みをみせていった。
「はーい」とトリモンドは立ち上がった。
「あの、花瓶はまだ見なくていいのですか?」
「それは、夕食後にしましょう。あなたは少し休んでなさい」
*
部屋の中は、奇妙な香りが漂っていた。モーリィは、大きなトランクを開けて、普段着を取り出すと。それに着替えてから、窓から景色を見た。広い畑と、季節を度外視したような実り。一見、のどかそうでありながら、どこもかしこも秘密の香りで一杯な土地だった。
「それにしても疲れたぁ」彼は、ベッドの上で横になると。数日前まで居た海底の施設の事を思い出した。海面からグラスファイバーで送られる太陽の明かり、厚い窓の外に見える魚や海草。そして毎日毎日続く普通の子供達がうける教育と同じ内容のカリキュラムと、能力の開発の為の特殊な訓練。
どれもこれも、はっきり言って嫌いな時間だった。しかし、こうしてその時間から開放されていると、不思議とその時間が懐かしい。向こうでは、早い夕食が始まる頃だ、毎日出るのは魚と海草、そして施設内の畑でとれたキャベツ。プリモンドは甘いキャベツとか言ってたけど、本当にそんなものあるのだろうか?青臭くて、味気ないあの野菜の何処がいいのだろう。
彼は目を閉じた。眠気と同時にふと教授に呼ばれた時のことを思い出した。
「やぁモーリィ」教授室は薄暗く、厚い眼鏡の奥からじっと彼を見ていた。
「私の代理として行って貰いたい場所があるんだが、行ってくれるかな?」教授は、一枚の便箋を机の上において、静かに言った。やわらかなその口調は、決してお願いではない、むしろ命令だった。そして彼は、毎日の日課から一日でも逃げたかった。
「はい」と彼は答えた。
「よろしい、君は接触型のテレパスだったよね、そして物に宿る思念も読み取れる」
「はい、今は離れて人の心に接触する訓練もしています」
「今回は、ひとつの花瓶にやどった思念を読み解いて欲しい」
「花瓶ですか?」
「そう、昔の花瓶だ。そこに力が隠されている」教授はそこで手をそっと差し出した。
「私の手を握って…」
教授の思考が奔流のように彼の中に流れ込んできた。行き先や、花瓶の話、そして三人の姉妹の事。しかし、もうひとつ大事な何かがあった気がした。それが思い出せない。
「モーリィ分かったね。」
「モーリィ気をつけてね」見送る仲間達の声が聞こえた、
「モーリィお土産」
「モーリィ・・」
「モーリィ・・」
「モーリィ!!ご飯よ!」そして、眠りの底からゆっくりと浮かびあがると見慣れない天井を見ている自分に彼は気が付いた。