腹八分に医者要らず
さんわめ。
うわー、やっぱり来てしまったのか。向こうの世界、幻想郷に。
今までの予測を肯定する内容を、こうして他人から言われることで現実味を感じる。頭の中がスッキリした。でも腕と足は痛くて身動きがとれない。
「妖怪が本当にいるなんて、幻想郷って恐い所だねぇ」
「山の妖怪はプライドが高いのばっかだから、あんまし近付かない方がいいよー」
緊張感の無い声で返す秋穣子。全く説得力が無い。いやだからと言って、また行こうなんて思わないからね。
「知能が高い妖怪なら、十分に意思疎通は可能だって。ちゃんとした態度でいれば、話し合いでなんとかなることもあるそうですよ」
なぜ早苗が解説するんだ、とオーラで語ったら、「静葉さんに教えてもらったのです」という向かい風が。会話外でもやりとりをすることで、受け取る情報量が増えておトクだ。
「じゃあ椛は?」
「あれは天狗と言ってですね、縄張り意識がものすごく高い妖怪なんですって。だからあの時は、いくら話しても無駄だったと……」
「会った瞬間に死の宣告されたもんね」
生きている心地がしませんでした。もう死んでいるのかも。
「……ここは天国?」
だったら傷くらい直してから飛ばして欲しい。せっかくの夢世界なのに身動きとれず外に出られないなんて悲しすぎる。
「心配いらないですよ、この通りちゃんと生きてますよ」
「本当に?」
「え。ほら痛みも感じるし頭に輪っかも付いていないしお札使えるし妖怪出てくるし……。穣子さん穣子さん、幻想郷って天国じゃないですよね?」
証拠と言える証拠をだせなくて、途中で顔がこわばってしまう早苗。いくら説明役であろうとも、異世界トリップの一被害者には変わりない。嘘でもいいから病人を元気づけてあげて。
「てんごく? どっちかというと幻想郷は楽園って呼ばれるけどなぁ」
類義語です。なんか質問の意図が分かっていないような答え方だから、絶望感はもらわなかったけれどモヤモヤは残る。もし天国だったら……帰れない?
これ以上踏み込んで最悪な答えを聞かされないように、早苗は冷や汗かいて作り笑いで私と向き合う。知らない方がいいことって、あるんだよ。
「どうして私達は生きているのかなー」
自己暗示をするように「生きている」って部分を強調する。二人とも椛にやられて動けない筈なのにここにいる。きっと秋姉妹が助けてくれたのだそうに違いない。幻想郷は天国ではない。
「ええと、目が覚めたらここにいた訳で……。助けてくれたんですよね静葉さん」
「違うわ」
「ええ!?」
じゃあ何故ここに。
「違わないでしょお姉ちゃん! 散歩したでしょ!」
「そうだったわね」
この人たち信用できない! 言うこと全部メチャクチャだよ!
「あ、ありがとうございます?」
「気にしない気にしない」
早苗が疑問系でお礼をする後で私も小さくお礼をする。今の状況があやふやで頭の整理も追いついていないが、場所移動が起こっている以上この人達が運んでくれたのだろう。
「秋さんは山に入っても大丈夫なんですか」
静葉に対して早苗越しに問い掛ける。こっちの方がしっかりしてそうだから。
「大丈夫よ。だって」
静葉の言葉をさえぎって、目を輝かせた穣子が身を乗り出して私に迫る。
「私達姉妹は神だからね。神なんだよ!」
そうですか。
「あ、私も神です」
早苗もですか。
「うん。じゃあ私も神」
「嘘じゃないからね!?」
穣子が言い出したおかげで、この場にいる全員神になってしまった。言ってて非常に痛いと途中で気付いた。
「やっぱり神じゃなくていいや……」
「本当だってば! 私は豊穣の神なんだから!」
「私は現人神です」
「もう! 信じてよ! 私すごいんだからね!」
対抗する早苗と、どんどん子供っぽくなっていく穣子。本当に神だったとしても、こんな神はいやだ。これ以上痛い子にはなって欲しくないので、ストップをかける。
「はいはい穣子様と早苗様は神ですね恐れ入りますははー」
「やっと分かってくれた……!」
得意気な表情になり、落ち付く穣子。単純でよかった。早苗はいつものように薄笑いの表情だった。情報収集はまた今度にしよう……。疲れたよ。
いつの間にか静葉は席を外していたようで、土鍋を持った静葉が部屋に入ってきた。それで話を聞かない妹を沈静化させるのかと思いきや、ちゃぶ台の真ん中に土鍋を置いて。
「さあ、夕食にするわ」
少し早めの夕食だ。ほとんど何も口にしていない私には嬉しい。
「鍋よ」
・・・・・・・・・・・
私を安置している布団がちゃぶ台に近づけられ、他三人もそれぞれの席につき、後は鍋が煮えるのを待つだけだ。
「ねえお姉ちゃん……もう15回連続鍋だよ……」
どうやら、私達がここに来てからずっと鍋だったらしい。早苗も食の喜びを放棄した表情をしている。真夏の夕食がいつも鍋ってどうなの。
私にとってはこれが初の鍋だからものすごく待ち遠しい。しかしこのままだと寝たきりの私は食べられない。
「あの、この通り両手両足が使えなくて、寝たきり状態なのですが」
「大丈夫よ。穣子が煮えたぎった具材をあなたの口に運ぶわ」
罰ゲームですか。
「チェンジで」
「えっ」
「早苗さんでおねがいします」
命の恩人に止めを刺されかねない。ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして静止する穣子には、後で別のことでフォローしよう。
「仕方ないですねぇ。やってやりますよ」
これはこれで心配だった。
早苗が食べさせやすい位置に移動し、静葉は八角形の物体をテーブルの中心に置いた。そして鍋を八角形の物体の上に置き、つまみを捻る。
早苗先生の素晴らしい解説によると、あれは八卦炉と呼ばれるものらしく、用途は物を熱したり、戦闘で使ったりと幅広く活用できる便利グッズだそうだ。八卦炉を使ってビームを出す人間がいるから、気を付けるようにと豆知識まで披露。
そう言えば、今まで昼から何も食べていないと思っていたのだが、早苗の話を聞く限りだと、ずっと寝ていた私は二週間何も食べていない事になる。いきなり食べて大丈夫だろうか。
そんな私の表情を見て察したのか、早苗が話し掛けてきた。
「緑が寝ている間は、野菜ジュースとか青汁とかどくだみ茶とか、色々と飲ませていましたよ」
「他にも色々な液体を飲ませたわ……。ふふふ」
「栄養たっぷりだったんだよ」
……うわぁ。不味い健康食品群。どくだみ茶なんて飲んだ事無いけど、絶対不味いって。他には何を飲ませたんだ。すごく気になるが、聞きたくない。静葉のニヤケ顔が不安をかき立てるのだ。虫が入ったものとか飲まされてないよね。想像してみると、うぅ……吐き気が……。
「あ、そろそろ良いんじゃない?」
こんなタイミングで鍋が食べ頃になる。私は吐き気がしているのですが。
「秋様、お先にいただきますね。ほら緑、キャベツですよキャベツ」
「熱っ!!」
早苗が熱々のキャベツを私の口の中に突っ込む。少し火傷したが、瞬間で口に広がる幻想郷。
味噌仕立てのスープ(要するに味噌汁)のしょっぱさが、キャベツの甘さを引き立てている。しかもこのキャベツの甘さが、尋常じゃない。取れ立ての新鮮なものを使っているのだろうか、野菜本来の味がよく出ている。そのまま生で食べたい位の一品だ。キャベツ一つでここまでの世界を表現できるとは、夢にも思わなかった。この一口だけで、さっきまでの吐き気なんて吹き飛んだ。
「次はナスですよー」
早苗が全然冷ましてくれないので、口の中で少しずつ冷ましながら咀嚼する。
……すごい。キャベツの味が強すぎて、味のバランスが崩れているんじゃないかと思っていたら大間違いだった。ナスもしっかりと自己主張をしている。やわらか過ぎず、かた過ぎず、絶妙な食感と香ばしさ。是非とも自分のペースで、ゆっくり味わいたいのだが、動けないのでそれは叶わない。悔し過ぎる。
「私達が作った野菜だよ!」
「おお! 豊穣神様……!」
こんな素晴らしい野菜を作る秋姉妹は、自称豊穣神も伊達じゃないと思った。
・・・・・・・・・・・
二ヵ月経って、現在恐らく九月。カレンダーが無い為、正確な月日が分からん。
秋姉妹の家でなんとなく過ごしている内に、結構な時間が経っていた。
私の傷は大体治っていて、普通に歩けるようにはなったが、まだ本調子ではないので、今はリハビリに努めている。……ところで最近、秋姉妹のテンションがものすごく高いのですが。
「うおー! 秋じゃー! 紅葉じゃー!」
「姉ちゃん! 今日は収穫祭だよ!」
「そんなの知るか! 私は紅葉狩りを楽しむのだ!」
毎日早朝からこんな調子で、見ているだけなのにとても疲れる。静葉のキャラがすっかり変わっております。
休憩がてら、窓の外を見る。遠くに広がっている木々の葉は、日に日に黄色に変わり、そして赤く染まったカエデもちらほらと。秋になりつつあるなー、と時の流れをしみじみと感じた。
九月である。現実世界で言う所の、『新学期』。
「……うわっ。二学期始まっちゃってる」
「帰れるんですかねえ。帰れるとしても、傷が完治するまでは駄目ですよ。向こうで警察沙汰とかになったら面倒ですからね」
私達はいきなり行方不明になったような物だから、治ってからでも今帰ってもどちらにせよ警察沙汰にはなりそうだが。まあ、私の傷を見られたらただの行方不明ではなく、拉致監禁のような事件性が疑われて、もっと面倒な事になるか。
ここに来たばかりの頃は、こんな物騒な所から一刻も早く出たいと思っていたけど、今はそこそこ幻想郷の生活を楽しんでいる。むしろ、私達の世界での時間に縛られる生活がつまらないものだ、とも思うようになった。
リハビリと称して、農作業を手伝ったりその辺を散歩したり、のんびりした日々を手に入れたのだ。あまり遠くまで行くと妖怪におそわれる為、行動範囲が秋姉妹の家とその近辺のみだが、秋姉妹が色々世話をしてくれるので不自由はあまりない。
ここは田舎に来たような感じがして居心地が良い。見渡す限り畑。山と森もない方向には、地平線まで見えてしまう。私の町は、小規模ながらもみっちりと家が立ち並んでいる為、どうあがいても建物が自己主張をしてくる。
「早苗! 緑! 収穫祭に行くよ!」
姉に収穫祭への同行を断られた為か、妹の矛先が私達に向いて来た。
「どこでやるの」
「人間の里!」
人間の里というのは妖怪の山で見えた木造住宅街で、ここからだと森が邪魔して見えないが、近い場所にあると思う。今の私なら問題なく行けるだろう。
「ねえ、リハビリと情報収集を兼ねて行ってみましょうよ」
「祭りって騒がしそう……」
嫌そうには言ったが、断わる気は全く無い。早苗も分かっている筈だ。
「準備出来た!? はやく行こう!」
私達が行くのはもう決定事項らしい。穣子がすごい急かしてくる。
「行きなさい! 私は美しい美しい美しい紅葉を独り占めしてるわ!」
「椛を楽しむんですか!?」
「早苗さん。それもみじ違い」
「行かないならここで紅葉の素晴らしさを語るわよ!」
静葉がさっきから紅葉紅葉椛とすごくうるさいので、素早く準備をして家を出ることにした。
・・・・・・・・・・・
「お。見えてきた」
秋姉妹の家から歩くことおよそ一時間。広大な畑や林を越えて、人里まですぐの所までやって来た。
「収穫祭……収穫祭を感じる!」
「そんな電波出てません」
里に近づくにつれ、穣子がだんだんおかしくなってきている。静葉も今頃穣子と同じように紅葉を感じている最中なのだろうか。
「焼き芋がしたいですねぇ」
「収獲したてのお芋は私のものォ! 貴様らなんかに分けてやらないんだからね!」
態度も傲慢だ。まるで私のようだ。
「緑が二人に増えた感じがしますね」
「な、なんだってー」
自分の思っている事でも、他の人に言われるとすごく傷つくことがあるよね。私は常にこの状態なのか……。今度からもっと大人しくしよう。
隣にいる穣子は、さっきから「秋じゃ秋じゃ」と低い声でぶつぶつ言っている。そうしてくれた方が、無駄に叫ばれるよりかは良い。
「うお。何か来る」
村の方から人が一人、猛スピードでこちらに向かって来た。
「穣子様ー! お迎えに参りましたぞー!」
走りながら叫ぶ村人の声を聞き、穣子はぶつぶつ喋るのをやめて目を輝かせる。
「おおー! 大葉さんじゃないかー!」
いかにも農業をやっている、という身なりをしている大葉さんが穣子の前に止まる。五十代くらいの顔立ちだが、全力疾走を成し遂げたのにも関わらず呼吸が全く乱れていない。興奮が体力を凌駕しているのだ。
「ささ。他の者達が待っております!」
「そうなの!? はやく行かないと!」
二人供うっさいなあ、と思っているうちに、穣子と大葉さんは村に向かって走って行ってしまった。収穫祭を感じている人は、周りと時間の流れが異なるようだ。私と早苗は取り残されてしまった。
「……ああ静かだ」
「……二人で村を見て回りましょうか」
「……そうだね」
急に静かになったせいで、とても虚しい気分になった。
村に入ったのだが、祭りがあるような活気はなかった。何と言うか、普通だ。
疑問を解決するべく、近くを通りかかった白髪のメイドさんに聞き込みをする。
「何故メイドさんがここにいるんだ!?」
「……あ。はい、なんでしょう」
質問を間違えた。あまりにも場違いな格好をしているのが悪い。
「いやいやここは幻想郷だ何があってもおかしくない……」
「どうかしましたか? ふふふ」
挙動不審を笑われた。
「あ、すみません。今日は収獲祭をやるんですよね?」
「え? それは初耳だけど……」
「は……?」
何ということだ。村の人が収獲祭の存在を知らないとは。今までの穣子のテンションは何だったのだろう。
「あ、ありがとうございましたー」
「いえいえ」
と言って、メイドさんは行ってしまった。
気を取り直して今度は帯刀している子供に話しかける。帯刀……は普通か。
「ちょっといい?」
「良くないです」
と言いつつも歩みを止めるおかっぱの子供。あまのじゃくのようだ。
「今日、なんかお祭りとかありますかー、なんて」
「お祭りなのは貴方の頭の中だけ? では失礼」
暴言吐いて去って行ったよあの子供。後からじわじわくる。
「……で? 収獲祭は?」
この何だかやるせない気持ちを早苗にぶつける。
「……やってるんですよ。きっと。どこかで。私達の知らない所でひっそりと……」
「はぁ……村、探検しようか」
「そうですね……」
そのうち穣子も出てくるだろう。
さて始まりました村の探検タイム。
右手には私達の世界の家とは似ても似つかぬ木造住宅及びお店、左手には江戸時代を感じさせる木造住宅及びお店。要するに同じような建物がいっぱい立ち並んでいます。
八百屋と思われる店には、「本日休業」の貼り紙。その他の店は通常営業。ある程度の活気はあるが、お祭り騒ぎではない程度。
「肉が食べたい」
「そうですねー」
探険しようにも、腹が減っては戦が出来ぬ。そろそろお昼時なので、まずは腹ごしらえをしようと思い付く。探検タイムは始まってすぐ、休憩時間に突入だ。
早苗にたまたま目についた食べ物屋を示してみる。食事処としか書いていなく、何の店かは見ただけでは分からない。
道中、穣子が「ほらほらこれあげるから好きな物買っていいよ!」と言ってお金をくれた。お札を5枚もらったのだが、私には幻想郷の貨幣価値が分からないので、何をどれ位買えるのかは未知の領域だ。が、昼食くらいはとれるだろう。さっきから分からない事だらけだ。
「まあ、何とかなるでしょ」
「自然食レストランみたいな所じゃないといいですけどね」
秋姉妹の家にいた2ヶ月間は、ずっと農作物中心の生活だった。そんな長い間同じ食品群を食べていると、いくら美味しくても流石に飽きる。私が「たんぱく質を摂りたい……」と言うと、「豆を食べなさい」と静葉が答え、食卓に肉や魚が並ぶ事は無かった。米は蓄えがあるのにもかかわらず、一度も出てこなかったので、主食となるものも食べられなかった。
そんな理由で私達は恐る恐るその店に入る。中に居た先客の「天ぷらうどんめが一つ!」という声を聞き、ここが何の店なのかが明らかになる。
「ここうどん屋だ……」
肉は食べられないのか、と思い一瞬落ちこむが、ふと思いついた事を言ってみる。
「すみません! 肉うどん二つ下さい!」
「はいよ!」
おおおおお! やったぞ! 肉うどんがあった! 言ってみるべきだね!
「ん。その格好は外の世界の者か?」
先客が私達に気付き、声をかけてくる。紺色のワンピースに似た服を着ていて、長い白髪の女性だ。
ちなみに私達の服は椛にやられた時に少し破れていたが、いつの間にか静葉が縫ってくれていて、普通に着られるようになっていた。
「少し話をしよう。私が食べ終わるまで待っててくれ」
私達も今注文したばかりなのに、あちらが絶対に遅くなるような言い方をする。
このまま遠くの席に行くのも何なので、私達はその女性の向かい側に座る。
……10分位経った頃、店のおっちゃんがうどんを持ってきた。
「めが盛り一丁、お待ち遠さん!」
運ばれてきたのは、とにかくでかい器に、揚げ物が山積みにされた物体だった。
「食欲の秋だからな」
そう言って、女性は早速揚げ物の山を崩していく。
「メガ盛りは幻想郷にもあるようですね」
「早苗、全く動じないね」
そしてすぐに私達の所にも、うどんが運ばれくる。
「肉うどん二丁、お待ち遠さん!」
運ばれてきたのは、ごく普通の大きさで豚肉がのったうどんだった。メガ盛りと比べると、とてもかわいらしく見える。
「ついにお肉が食べられる!」
感動の叫び。箸を持ち上げようとするも、手が震えて上手くいかない。
「緑はベジタリアンになれませんね」
「女性がそんな肉肉言うんじゃないぞ。もっとおしとやかに」
言いつつ、揚げ物の山から麺を掘り出し、ずずずずずずっ! と豪快にすする目の前の人。その言葉はあなたにも当てはまらないですか。まあいいや、ああはやく食べたい。
「いただきます!」
真っ先に豚肉を口に入れる。
「ぁぁぁぁぁ……。ひさしぶりだぁぁぁぁぁぁ。しみわたるぅぅぅぅぅ」
「……ごく普通のお肉だけど、すごく美味しく感じますね……」
本当に何の変哲もないただの豚肉。噛んだら歯につまる位の固いやつ。そんなのでも2ヶ月ぶりだと、高級な物を食べているかのような錯覚に陥る。
「かつおだ、かつお出汁だ……!」
「……涙が出てきました」
秋姉妹の家では決して味わうことの出来なかったこのうま味。何故あそこまで動物性の食材を使わないのだろう。かつお節は日本の誇れる食材だぞ。
「二人供、ここ何日か食べていないのか?」
「毎日三食きっちり頂いておりました」
「じゃあ何でそんな感動してるんだ? そうか、量が少なかったのだな! 私の揚げ物やるからいっぱい食べろ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
女性は私のお椀に、ナスやらカボチャやらサツマイモやらをこれでもかという程入れてきた。私達はこれらに苦しめらきてきたのだから、出来ればこの村にいる間位は、野菜を見たくなかった。
「ほら君も」
「わ、悪いですよ!」
「気にするな、まだこんなにあるんだぞ」
やんわり断る早苗を抑え、揚げ物(野菜)を移していく。二人に大量にあげたのにもかかわらず、女性のは全然減っている感じがしなかった。一体何キロ入っているんだ。
いつもと違う安物の野菜達を、苦しみの涙を流しながらやっとのことで食べ終えた。女性はあんなに量があったのに、とっくに食べ終わっていた。
「そんなに涙ぐんで……よっぽど嬉しいんだな。 普段から何を食べていたんだ?」
「……野菜です」
「なに!? 道端に生える草を食べる程切羽詰っていたのか?」
私の言葉に何をどう勘違いしたのか、女性は私達が拾い食いをしていた、と思ったらしい。
「美味しい野菜でしたよ」
「待て待て待て、君達は野草を美味しく感じるくらい危うかったのか!?」
早苗のフォローは無意味に終わる。
「親切な姉妹に養ってもらってたんです」
「物乞いまでしていたのか!? ……うぅ、可哀想に。私の家にいらっしゃい。生活の見当がつくまでしばらく面倒見てやるぞ」
女性の勘違いは全く直らず、それどころか悪化した。
「私は上白沢慧音だ。寺子屋で先生をやっている」
「え、あ、私は木葉緑です」
「東風谷早苗です」
いきなり自己紹介をされたので、誤解を解く間もなく名乗り返す。
「さあ。食べ終わった事だし、私の家に行こう。おごってやるから待ってろ」
「慧音さん、良い人ですね」
「すんごい勘違いだけどね。……穣子はどうしよう」
「あ……」
「待たせたな。じゃあ案内するからついて来い」
こうして私達は、穣子に別れを告げることなく、成り行きで慧音さんの家に行くことになってしまった。
・・・・・・・・・・・
「着いたぞ。ここが私の家だ。まあ半分は寺子屋だがな」
目の前には、さほど広くはないグラウンドがあり、奥の建物には教室らしき大きい部屋と、居住区らしきなんだかごちゃごちゃした場所があった。自宅と学校が一緒なのは、小規模だからこそできるのだろう。
丸石でつくられた背の低い塀に囲まれたグラウンドには、十数人の子供達が戯れている。どうやら慧音さんは子供達を放って一人でうどん屋に行ったらしい。
「先生が側にいない状態でよかったんですか……?」
責任問題になりかねない。
「今日は急用が入ったからな。それにほら」慧音さんが住宅街を指差す。「村人達も見てくれる」
子供の面倒はみんなで見ていく。学校と村民の連携が上手く取れているから、少しの間なら席を外しても大丈夫のようだ。学校に先生以外の大人の目があるって、私の学校じゃ考えられないからねー。外から入ってくる人は全員不審者だと思ってたし。
「あ! けーね先生だ!」
「お昼休み終わり?」
「このひとたちだれー」
「次は何のお勉強をやるの?」
「わーわー」
「ぎゃーぎゃー」
グラウンドで遊んでいた子供達が私達に気付き、けたたましい奇声を発しながら駆け寄って来る。それはさながら騒音で周辺地域を悩ますムクドリの群れであり、つまり自由奔放なその姿がうらやましい。
「昼休みは終わりだー! 皆ちゃんと昼ごはん食べたかー? ちゃんと食べないと先生みたいに大きくならないぞー! 特に胸が」
先生にあるまじき発言をした。「はらすめんと」ってやつである。胸だと!? そんなもの私にはない! あっても邪魔なだけだろHAHAHA。しかるべき所に訴えるぞこのぉ!
早苗が私を見てくる。失礼な。私はちゃんと食べてるぞ。栄養が体全体に行き渡っているだけだ。健康体だぞ。
慧音さんも私を見てくる。たまに男と間違えられるけど、それ以外は何の不自由もないんだぞ。
「じゃあ授業始めるぞー!中に入れー」
「はーい!」
元気よく片手を上げて返事をし、子供達は教室に駆けていった。
「私はこれから授業だからな。私の部屋で休んでいてもいいが、暇ならお前達も受けるといい。積もる話はそれからだ」
「うぇ。勉強するの……」
「久しぶりですねー」
秋姉妹の所でさんざんゆっくりしていたので、休むのはもう勘弁。断る義理も勇気もないので、授業を受けることにする。穣子探しは……後でいいや。まだお祭りの途中だろう。
「さあ授業を始めるぞ。数学をやるから準備して待っていろよ。今日は特別ゲストが来てくれているんだ」
はぁ!? 小学生くらいの子に「数学」を教えるの!? いやいや名前だけだろう。きっと内容は「算数」で、やさしーい授業に決まってる。
「お前達は教科書無くても大丈夫だろう。外の世界の教育水準は高いらしいしな」
ほらやっぱり。すごく簡単な内容なんだ。心配して損した。
「それでは来て頂きましょう。八雲藍さーん!」
慧音さんが司会者みたいな口ぶりで言うと、引き戸が一気に開かれ、派手な人が教室に入って来た。金髪金眼でゆったりとした服を着た女性の姿が目の前に立つ。
「どうも。八雲藍です。それでは一時間楽しくお勉強しましょー」
しっぽが生えてる。しっぽが生えてますよ早苗さん! なにあれすごい。九本もしっぽがある。ボディラインからはみ出てる。やわらかそう。
「私、幻想郷に慣れた」
「私もです」
しっぽが生えている人を見ても、素直に受け入れられる自分は、精神的に強くなったと思う。
「それでは、解析学の教科書の、49ページを開きましょう」
「……」
「数学……ですよね?」
精神的に強くなったというのはただの思い過ごしのようだ。挫けそう。
「前回の宿題なんですが、今日は新入生さんに解いてもらいましょう。新入生さん、これの考え方を教えて下さい」
うわいきなり当てられた。藍先生が指し示した黒板には、問題文が一行書かれていた。
「………………分かりません」
一行しか書いていないのに、読めない。いや読める部分もあるけど、意味が分からない。解読不可能な文字の羅列がそこにはある。Aが逆さまになったのとか、Eがふにゃふにゃしたのとか、Eが左右反転しているのとか。数学なのに0が二つだけで後は全部記号だ。
「気を使わなくていいんだぞー」
慧音さんが横から言ってくる。本当に分からないよ。
「………………aとbが0以上だと仮定して、xが0以上だと思えば何とかなるんじゃないですか……?」
適当に思いついたことをそれっぽく言ってみる。自分でも言ってる意味が分からない。
「へぇ。そんな考え方がありますか。面白いですね。前代未聞の考え方です」
これで良かったのか? 藍先生の頭の中が現在どうなっているのか想像出来ない。
「解けますよ、この考え方で。すごいですよ、新発見です。でも一般人がやるには時間がかかり過ぎますね」
誉められたのか? 私の頭の中にはハテナしか無い。
「じゃあ教科書の解き方でやりましょうね」
隣の早苗も問題の意味すら理解していないと思う。どうしよう。こんな授業受けてても楽しくない。一時間暇だな。
……そうだ、寝よう!
・・・・・・・・・・・
「ほら緑、今日の授業終わりましたよ」
「へ?」
目が覚めると、外はすっかり暗くなっていて、子供達はいなくなっていた。いるのは慧音さんと、早苗と、藍先生だけだった。
「すまないな。お前達には簡単過ぎたか」
「はははは……」
慧音さんは会ってから勘違いしかしないね。
「さて、積もる話をしようじゃないか」
寝起きだというのに、早速だな。今の頭の調子だとせっかくの情報も聞き逃してしまうかもしれない。
「紫様、えー私のご主人様ですけどね、その方が2ヶ月前、博麗大結界を越えた『何か』を感じとったらしいんです」
藍先生が話し出す。
「博麗大結界?」
「幻想郷と外の世界を分ける結界です」
私達で言う所の「壁」か。
「で、ですね。紫様はその『何か』二人の人間だと判断しました」
「それがお前達の事なのだろう?」
「そうだと思います」
他にこの世界に来た人なんていないだろう。実は他に幻想郷に迷い込んだ人が二人いて、私達は数え忘れられている、というのは流石に変な話だし。
「それでですね、紫様の力無しで結界を越えられるような、強い力を持った存在がここにいると、幻想郷のパワーバランスが崩れるんですね」
強い力って。覚醒しちゃいましたか。早苗が。
「藍さんから聞いて私も驚いたぞ。お前達はそんな力を持っている様にはには見えないからな」
持ってないに決まってるじゃないですか。
「そこでなんですけど……」
藍先生が再び話し出す。
「お二人には、外の世界に帰ってもらいます」
グルメレポートは難しいです。