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東方現葉幻詩  作者: 風三租
第一部 田舎に泊まろう
5/44

手足を措く所はないのか

にわめ。


 確かに私は今日来た道を戻っている筈だ。一本道だから迷う訳無い。でも、


「歴史を感じさせる木造住宅が見える」


 明らかに慣れ親しんだ町の風景じゃないのだ。遠目からでよく見えていないだけだろう、夕日のせいで建物が変な色に見えるだけだろう、と自分自身に言い聞かせようとするが、心の奥底では既に、ここはいつもと違う場所だと理解していた。


「あー、町が村になってます……」

「とりあえず山、降りよう? このままだと野宿する羽目になるし」


 歩きながら、ここはどこだろう? あのおとぎ話は実話だったのか? そんな事をずっと考えていた。

 なので、突然目の前に人が現れたことに気付かなかった。


「――人間よ。ここは我らが妖怪の山。貴様ら人間風情が踏み入って良い土地ではない」


 私達の行く手を阻むように、大きな刀を持った少女が立っていた。刃先は私達に向けられていて、リアルな金属光沢を放っている。


「な、なに、その刃物」

 

 突然のことに現実感が湧かない。あれは模造刀で少女は痛い子で。


「天狗の地を踏み荒す人間」


 鋭い眼光で私を麻痺させ、刀を持ち直す。

 わ、分かった分かった。全てを受け入れようじゃないか。理解は物事をありのままに受け入れる事が重要だからね。……少女が言ってた『妖怪の山』って、ここの昔の呼び方だ。古き良き木造住宅街があり、妖怪の山があり、私達はタイムスリップしたのだろうか?

 そうして少しでも自分を落ち付かせて、目の前の少女を観察する。


 服装は……大ざっぱに言うと、上は白くて胸のあたりにウサギのしっぽらしき毛玉が付いているもの、下は黒と赤に色付けられたスカート。和服かと言えば違うような、でも和風の衣装だ。正式名称は分からない小さな赤い帽子を頭の上に乗っけている。右手に剣、左手に紅葉マークの入った盾を装備している。

 髪は白色でケモノミミのような癖っ毛がある。本当にそこに耳がある訳では無いと信じたい。見た目は可愛らしいのかもしれないが、こちらに向けている敵意が、それを打ち消している。

 言動から察するに、彼女は自称天狗らしい。「我ら」と言っていたので、何かの部族の人だろう。


「不可侵の掟を破った罰、死をもって償え」


 いやいやいやいや。何なの『死をもって償え』って。ただの不法侵入だよね。それって罰金とられる程度でしょ。入っただけで殺されちゃたまったモノじゃない。

 一瞬混乱しかけたが、昔の部族では、こういった理不尽な事は普通だったのかもしれないと解釈する。


「し、知らなかったのです」


 刃物を向けられ、悲鳴をあげそうになるが、何とかこらえて敬語で話す。礼儀正しくしていれば特別に許してくれるかもしれない。早苗は隣で、静かに相手の様子を窺っている。


「……その奇妙な格好は……外の世界の人間か」


 外の世界? 余所者ってことだろうか。


「すみません。ここは何処ですか?」


 早苗がいきなり話しかけた。さっき少女が妖怪の山と言ってたじゃないか。早苗の意図が分からない。

 少女は数秒目を閉じ、一拍の間を置いてから話す。刀を下ろす気配は全く。


「ここは幻想郷。我ら妖怪の、楽園だ」


 早苗はそれを聞いて、いつでもお札を出せるように身構えた。それを見た天狗少女も一瞬だけ斬り掛かってきそうな体勢になる。余計な刺激を与えないで欲しい。

 幻想とか妖怪の楽園とか。おとぎ話でも同じような言葉を聞いた覚えがある。あの話は実話だったのだろうか。有り得ない有り得ないと言ったバチが当たったのか。タイムスリップではなく、異世界突入……。


「外の世界の人間よ。幻想入りを果たし妖怪の山に至ったこと、自らの不幸を呪うが良い」


 天狗少女が小難しい言い回しで殺害予告をしている途中に、早苗が私に密着してきた。


「(……何も言わずに聞いて下さい)」


 早苗が耳打ちしてくるが、私は相手の心証を害さないか心配だ。少女の眉間が動き始めている。


「(……緑の手を叩いて合図するから、そしたらすぐに向こうに全力疾走して下さい)」


 と言って、早苗は視線で村の方を指す。


「何か企んでいる様だが、逃げようとしても無駄だ。我ら天狗の力をひゃあ!!」


 少女が喋っている途中に私と早苗は全力で走り出す。早苗が私の手を軽く叩いたのだ。早苗は走り出すと同時に、懐から出したお札を5、6枚天狗少女に投げ付けていた。

 追っては……来ない。見えない壁にでも遮られているように、少女は何もない空間に手をつき、動き出さなかった。


「どうして外の世界の人間が結界を張れるんですかぁ!?」


 天狗少女の叫び声が聞こえた。その言葉にはさっきまでの威厳がまるで無いのだが、あれが地なのだろうか。


「とにかく遠くまで走りましょう」隣で走っている早苗。「詳しい事は後で話しますから」


 体力、持つかなー。




・・・・・・・・・・・




 走ること数十分。やっとのことで山の麓辺りまで降りてきた。


「……ここまで、来れば、大丈夫、じゃない?」


 もう走れません。息絶え絶えに、かすれる声に構わず訴える。途中から天狗少女に対する恐れを糧にして走っていたようなものだ。天狗少女の気配がなくなった今、私を動かすエネルギーはゼロだ。


「もう少し、頑張って……」


 数直線はマイナスの方向にも伸びている、ゼロはチェックポイントに過ぎないんだ、と更なる体の酷使を要求する早苗さん。いつまでたっても見えないゴールに私は挫けそうになる。


「もう、限界だよ。少し、休ませてよ」


 ……。返事がない。ただの早苗のようだ、ってあれ? 隣に早苗がいない。


「え!? 早苗!?」


 後ろを振り返ってみると、早苗が立ち止まっていて、何とも言えない表情をしていた。様子がおかしい。よく見てみると、早苗の胸から角みたいな物が突き出ていた。状況が飲み込めずに、なんだろうあれ? と思った瞬間、早苗が苦しそうな顔をして倒れてしまう。


「天狗の力を、舐めるな」


 早苗の後ろには、真っ白な少女。先程の天狗が立っていて、持っている刀は早苗に……。天狗が刀を引くと、早苗の服はどんどん赤に染まっていく。


「っ!!」


 その光景を見て、あの言葉は警告じゃなくて本気だったのか、と理解する。目の前の少女の可愛らしいという印象が、全て恐怖に塗り替えられる。早苗が何だかよく分からない方法で足止めして、体力の限界近くまで全力で走ったのに。そんな私達に追いついた彼女は顔色一つ変えていないんだ。

 ああ、私の人生はここで終わるのかな。理不尽だ。偶々ここに居ただけなのに。こんなことなら山に行こうなんて言うんじゃなかった。もし帰れたら真面目に生きよう。ちゃんと勉強して、働いて、普通に暮らそう。普通は良い。皆と一緒の事をしていれば、何の問題も起きずに一生を全う出来るのだから。


「これで厄介な術士は封じた。もう逃げられまい」


 天狗少女に言われ、自分の事よりも倒れている早苗の事を思い出し、その怒りが込み上げてくる。どうして早苗が刺されなければならない? 山に行く事を誘ったのは私なのだから、早苗は悪くない。一番の原因は私だ。私を先に狙えよ。何だよ、入っただけでゲームオーバーって。クソゲーにすら値しないよ。あとキャラ作るなよ。


「安心しろ。一突きで楽にしよう」


 嫌だ。終わりたくない。早苗と一緒に帰って平穏な生活を送るんだ。無駄かもしれないけど、最後まで抗ってやる。

 私は近くに落ちていた丈夫そうな木の棒を素早く拾い、ゆっくりと歩み寄ってくる少女の首辺りを狙うように構える。中段の構えだ。


「そんな物で私に勝つ気か」

「うるさい。キャラ作るな」


 少女の歩みが止まる。そして俯き加減で、持っている刀を地面に突き刺す。


「…………。き、貴様、私に刃向かった事を後悔する位苦しませてやる」


 威厳を保たせる為に、声色は変わらなかったが、小難しい言い回しが微妙に薄れた。図星をつかれて怒ったかな。

 ふと思い付く。一撃で終わらせないとはすなわち、戦闘の時間が長引き、それだけ反撃のチャンスが増えるのだ。これなら勝てるかもしれない。


「私の名は犬走椛いぬばしりもみじ。あの世で貴様が呪う名だ。覚えておくが良い」


 瞬間、椛は私の前から消える。このシチュエーションは、早苗が私を気絶させた時と一緒だ。勘で避けてみせる。

 私が右に飛んだ瞬間、椛の盾突きが私の居た所に放たれていた。今がチャンスだ。


「食らえっ!」


 隙を見せた椛に思い切り棒を振るうが、


「だめだめですね」

「!!」


 素手で受け止められ、更に力ずくで棒を折られた。刀を持たず、自然な笑顔で攻撃を防がれた。完全に遊ばれている。

 攻撃手段を失ってしまった。もう一本棒を探そうにも、無防備な姿を晒す訳にはいかない。武器を失った私に残されたのは、自分の拳のみだ。椛の刀と私の挙ではリーチが違い過ぎるので相打ちすら狙えないだろう。……ってあれ? 椛がいない……


「一つ。まずは逃げ足を断つ」

「あぁっ!!」


 突然右足に激痛が走る。たまらず私は倒れてしまう。立ち上がろうとしたが、痛くて無理だ。上半身と首を精一杯回して見ると、右足が真っ赤に。斜めに付いた裂傷は、今まで見たこともないような深さだ。前にはいつの間にか刀を持った椛がいて、表情は真剣なものに戻っている。


「二つ。抵抗する術を失くす」

「うぅっ!!」


 椛が消える。右腕を斬られる。起こしていた上半身が地面と再会してしまった。そんな事しなくても、すでに抵抗出来ない状態なのに。痛覚が麻痺してきた。右腕右足が赤くて生暖かいモノに覆われている。反撃のチャンスが増えるなんて言ったの誰だよ。全く動けないじゃないか。


「三つ。もがく事も許さず」

「いっ!!」


 左足を斬られる。アタマがくらくら、意識が薄れてきた。本日二回目の気絶だ。二度と目覚める事は無いだろうが。

 なぜか早苗の同居人の言葉を思い出す。


(……負けるなよ)


 神奈子ちゃんの言葉だ。ごめん無理。このままじゃ負ける。


(君は何か特殊な力をもっている)


 諏訪子の言葉だ。本当にそんな力を持っていたら、バンバン使ってやりたいよ。


「四つ。救いを求める事も許さない」

「っ……」


 左腕を斬られる。もう声も出ない。

 早苗と一緒に遊んだ日々を思い出す。

 湖に行って蛙を捕まえたり森に行ってキノコを採ったり早苗の趣味に付き合ったり……。


 帰りたいな。何が何でも帰りたい。




「……軟弱な人間よ。これで終わりにしよう。覚悟しろ」




 誰か助けてよ。


「……いやだ」


 もう色々と限界だというのに、勝手に言葉が出てくる。まるで私じゃないみたいだ。


「この期に及んでまだそんな事を」


 相手の話し声なんて聞こえない。私と早苗がこんなに傷付いているのに、何故お前はそんなに元気なんだ。少し位反撃させてくれたって良いじゃないか。

 そんな支離滅裂な理論を立て、僅かに残った力で、その不満を思い切り叫んで締め括るとしよう。




「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」




 同時に、椛の体に異変が起きた。


「はぐっ!?」


 薄れ行く意識の中で目に入ったのは、出血をしながら倒れつつある椛だった。




・・・・・・・・・・・




 不覚にも刺されてしまいましたよ。すごく痛いです。とりあえず回復促進止血作用のあるお札で応急処置はしましたけど。まだ動けません。二人供ここて尽きてしまうかもしれません……。

 そう言えば明日の夜、神奈子様と諏訪子様に山に行くことを伝えたら、


「早苗、向こうの世界ってのは本当にあるんだ」

「その世界は近いようで遠い世界。普通の人は行けないよ」


 と言われました。神であるお二柱にそんな事言われたら、信じざるを得ないですよね。


「だけど、早苗が奇跡を起こせば、そこに行けるんだ」

「明日行くんなら、そこに行って下見をしてくれないかい」


 最近信仰が薄くなって来ていますから、どこかに引っ越すという話は前々からしてました。『常ならむもの』が住むそこでなら信仰を得る事ができるかもですね。


 だけど、そこって妖怪の住み処でもあるんです。


「緑と一緒に行くのですが……」


 私一人ならなんとか妖怪を追い払えるかもしれませんが、誰かを守りながらなんて無理だと思います。あ、緑を放っておいて私だけ行くとか? でもそんなことしたら緑が突然居なくなった私を探し続けるだろうし……。そのときはこう考えていたけど、実際無理でしたね。


「連れて行くんだ。緑は奇跡の『きっかけ』となる。それから、向こうで危険な目にあっても、必ず帰って来れるから」

「最後の思い出作りだ。思いっきりやってこい。きっと一生残るものになるだろうさ」


 何か深い理由がありそうですね。追求はしません。お二人の考えは、私のような人間にはおそらく理解出来ない事でしょうから。


「分かりました」


 そして今日になります。早朝に緑が来て、普通の人には目視出来ない筈の神奈子様と諏訪子様を見たと言いました。その時は嘘だと思いました。お二柱が私以外の人間の前に立つというのもあり得ない事ですし。

 でも朝食の時間の事ですよ。緑とお二人が当たり前のように喋っているじゃないですか。驚きですよ。緑は神様を目視してるし神奈子様と諏訪子様は一般人の前でじゃれ合うし。

 出発する直前に、諏訪子様が緑に意味深な事を言いましたが、いったいどういう事だったのでしょう。気になりましたけど、帰ってきたら聞こうと思い、黙っていました。

 山では、能力を使う所を見られると色々と厄介なので、緑を気絶させました。本気で殴っちゃったけど、痣になっていなければいいなあ。

 そんなこんなで、こちら側にやってきたのですが、まさかいきなり妖怪に会うとは……




「一つ。まずは逃げ足を断つ」


 え? 目をこじ開け声のした方を向くと、倒れ込む緑が見えました。緑の前には刀を持った妖怪が立っています。私の大事な友人を傷付けないで! 何で私を置いて早く逃げなかったんですか!?


「二つ。抵抗する術を失くす」

「三つ。もがく事も許さず」

「四つ。救いを求める事も許さない」


 祈りも空しく、緑がどんどん斬られていく。やめてください緑は許してあげて下さい。巻き込んでしまったのは私なんですから。

 私は椛を押さえようと、痛みを我慢して立ち上がります。

 すると、


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」

「はぐっ!?」


 椛の体が突然傷だらけになり、そのまま倒れて動かなくなってしまいました。一体何が起きたのか分かりません。

 敵は無力化され、ひとまず安心。立ち上がったのはいいけど、私の体力も限界です。なんとか緑の側によった所で、膝から崩れ落ちてしまいます。

 ああ、もうだめ。目が覚めるまで妖怪が復活しませんように。




・・・・・・・・・・・




 人の気配を感じます。お腹の痛みは変わらず、まだ生きているようです。

 気配の主は言葉を発していて、存在を隠す気は更々ないようです。敵か味方か、迂闊に動けないので助けを求められません。


「や……ぎ」

「……め……い……」


 ヤギ?


「……は…………よ」


 はよ? 催促ですか?

 足音がこちらに近づき、なんだか影に覆われるような感覚が芽生えます。


「あそこでいいのよね?」


 聴覚が回復し、私の真上で喋ったので、今度はしっかり聞き取れました。今のところ三種類の女性の声が聞こえています。


「もう、どうして私が……」


 ぶつぶつ文句を言いながら女性は、私を転がして仰向けにしました。傷に響くのですが、意識が戻っていることを感づかれ、止めを刺されたら困ります。頑張って寝たフリです。いざとなったら緑を担いで逃げなければなりません。火事場の馬鹿力を発揮する時なのです。

 女性が私の側から離れました。そっと目を開き、光に慣れないぼやけた映像の中で女性の姿を追おうとしますが、私が頭を向けている方向――緑が倒れている方に行ってしまいます。一瞬視界に映ったのは金髪でしょうか。端っこの方しか見えませんでした。


「あーらーまー。これはひどい」

「…………つ……えー!」


 死角二方向から二つの声。目を開けてたってリスクしかないので、閉じてお話に集中します。

つ・えー、とやはり断片的にしか聞こえないもう一人の声。何が強いのでしょうか。 


「いやよ。ふふふふふ」

「ま……め…………えー!」

 

 豆が強いのですか。そんなことより緑が心配です。和やかに会話する女性達ですが、私達には敵意を向けてくるかもしれません。

 痛いのは我慢です。我慢出来ない程の痛さですが、我慢です。天狗の時と同じ。結界のお札を投げて、一気に駆け抜けましょう。「あっち」では何の役にも立たなかったお札が、「こっち」ではちゃんと機能するのです。

 緑に何かされないうちに、悪あがきを……!

 転がって、手を使って立ち上がり、走り始め。一つ一つの動作をするごとに、吐き気が。

 わずか三秒の間で、目の前は真っ暗になってしまいます。フェードアウトです。一歩目の感触を味わえないまま、私は宙に浮かんでしまいました。

 走馬灯でしょうか。緑の憎たらしい笑顔が思い浮かびます。


 ああ、ごめんなさい。私、限界でした。




・・・・・・・・・・・




 ……腕が痛い足が痛い。あれ? 私生きてる……?


「なんじゃこりゃぁー!」


 一度言ってみたかっただけ。特に意味はない。私は今、七畳程の広さの和室に安置されているようだ。


「え! いきなり何か言った!」


 目の前に、赤い帽子を被り、オレンジ色のエプロンをした金髪の子供。食欲をかき立てる、おいもの匂いをまとった少女が座っていた。そういえば、今日お昼食べてないな。


「誰だ貴様は!」


 のほほんと緊張感の無い顔をしているので、高圧的な態度をとってみる私。大の字で寝ている状態で。同時に私は助かったのかなー、と思った。


「私は秋穣子あきみのりこって言うんだけど……」

「なるほど。大体分かった」

「え! 何が分かったの!?」


 ……この子面白い。私が人見知りなのを忘れる位、良いリアクション。


「……あら。起きたの?」


 二人の会話(叫び合い?)を聞いたのか、真っ赤なワンピースの人が開けっぱなしの襖から和室に入って来る。


「あ、この人は姉の静葉しずはだよ。、文句ばっか言うけどいい人だからね」

「どうも。あなたの恋人は隣の部屋に埋葬されているわよ」


 私に恋人なんていない。私に恋人なんて い な い 。たぶん早苗の事だろうけど……埋葬って!? もしかして……!


「え! あの人恋人なの!? ぁ、心配しなくていいからね。ちゃんと元気に生きてるから」


 穣子がああいう事ばっか言う人だから、と付け加える横で、静葉が不敵な笑みを浮かべる。何はともあれ、良かった良かった。


「緑! 目が覚めたんですね!」


 いつの間にか静葉が居なくなって、入れ替わりに早苗が現れた。静葉が早苗を呼びにいってくれたのだろうか。


「早苗! 傷は大丈夫か痛いっ!?」


 さっきから叫ぶ度に傷に響くのだが、何か叫んでしまう。


「私は気合と根性で完治させましたけど……緑こそ大丈夫なんですか? 二週間位眠ってたんですよ?」


 二週間って。学校の補習を全部欠席してしまった。まあいいか。

 それよりも気合と根性で傷を癒した早苗は何者なのか気になる。


「体中が痛い。何とかしてくれー」


 でも今は、早苗の不思議よりも私の傷だ。あの白天狗少女め、動けなくなるような傷を負わせやがって……。


「待ってて。今楽にしてあげるわ」


 ふと、再び現れた静葉の右手には包丁が握られていた。


「お姉ちゃん! 早まらないで!」

「静葉さん! おおおお落ち着いて下さい!」

「ひぃ! 殺さんといてー!」


 三人で一斉に声を上げるが、静葉は無表情のままだ。

 包丁を持っている右手を振り上げ、自らの左手に思い切り振り下ろす。ダイナミックリストカットを見せられてしまった。


「いっ!!!」


 余りのことに声が出てしまった。けれど静葉は平気な顔をしている。静葉の左手には包丁が刺さったリンゴが乗っていた。

 ……くそう。この人ずっと無表情だから、本気なのか冗談なのか判別出来ないよ。


「これ食べて、はやく元気になりなさいな」

「ありがとうごぜーます……」


 手が動きません。食べられません。


「えと、おいもたべる?」


 病人においもをすすめてくる穣子。姉に対抗して、とりあえず何かしたかったようだ。だからっておいもはないよ。


「こら穣子。怪我人においもなんて出さないの。喉に詰まったら大変でしょ。暇ならリンゴ食べさせてあげなさい」

「わかった……」


 残念そうな穣子。そんな顔したっておいもは食べないからね! 水分もほしいんだから。

 静葉が切ったリンゴを乗せた皿を穣子に渡す。穣子が爪楊枝でリンゴをとり、私に近づけてきた。


「はい、あーん」

「ぱーん」

「え、ええっと、あんぱん? そっちの方がいいの?」

「んなわけない」

「じゃあなんで言ったの!?」


 一筋縄じゃあ食べてくれない。それが私。冗談が聞ける程の安らぎを得て、寝ながらはしゃぎまくる。あんな目にあって、頭が少しおかしくなっているのかもしれない。


「ほら、あーん」

「こーる!」

「アンコールも何も、まだ一口目だよ!」

「本当に、そう言える?」

「言えるよ!」


 元気な病人である。


「いや、分からないぞ。一口という現象をどう定義付けるかによって変わってくるんじゃないかな。口を開けた瞬間、つまり私が目覚めて話始めたときに、空気という物が口から体内に入っているハズなのだよ。一口という行為を広い意味でとらえれば、口を通じて何らかの物質を体内に取り込むことで、穣子様のいう『一口目』はその時に終わってしまったんじゃないか。一方でアンコールの意味は『再演』であり、本来ここで使える言葉では以下省略」

「……はあ?」


 途中で辛くなった。頭がくらくらして、血が足りていない時によく起こる目眩。おお、おふざけは終わり。早く食べて楽になろう。


「んんんん」


 穣子は、恐らく私が食べてくれない理由について考え始める。そして持っている楊枝を自分の口元に持っていき、先端のリンゴにかじりついた。


「私のリンゴーーーーーー!!!!」




・・・・・・・・・・・




 リンゴを食べて落ち着いた所で、話し合いタイムに突入しようと思う。部屋には私と早苗、原住民の秋姉妹が静かに座っているので、絶好のチャンスだ。


「えーと、秋さん。ここはどこで、一体何が起こったんですか?」


 抽象的すぎて伝わらないかな、何が起こったなんて第三者が答えられるような問いじゃないしね、と思っている内に早苗が答えてくれた。


「ここは常ならむものが住む世界、幻想郷です。私達はここに来てすぐに妖怪に襲われました」




 早苗さん、秋姉妹に聞いたんですけど。



椛ごめん。

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