火の無い所に煙は立たぬ
本作品は、東方projectの二次創作でございます。
独自解釈やらキャラ崩壊やらを含んでおりますので、そのようなものが苦手な方は、アイマスクを装着するなど、各自対策をとった上でお楽しみくださいませ。
私、木葉緑が住む小さな町には、あるおとぎ話が伝わっている。今はそのおとぎ話の内容を、私の婆ちゃんに聞き出している。
――昔、ここらに1匹の妖怪がいた。
その妖怪には悩みがあった。
その悩みとは、妖怪達のカが弱まっている事。
「近頃の人間共は、妖怪は実在せぬと云う意趣を抱いて居る。この事態を放り置けば、人の恐れを糧にする我ら妖怪はやがて絶滅の一途を辿るであろう。」
妖怪は考えた。
そして妖怪は、思い付く。
「妖怪は実在せぬと云う人間と其れ以外を『壁』で区切り、我らが住むべく地を造るのだ。」
この考えの元、その妖怪は壁を造り始めた。
百年以上の時が経った。
妖怪が漸く壁を造り終えたのだ。
この壁は「常なるもの」と「常ならむもの」を分ける壁。
「此処こそが我ら妖怪の在るべき世。ここを我らの楽園とする。」
その後、妖怪は徐々に現世から姿を消して行ったのであった。
「――これで全部じゃ。おまえさんも悪い事したらその壁に『常ならむもの』と思われて取り込まれてしまうぞい」
婆ちゃんが話し終える。学びの観点からすると興味深いけど、個人的な感想としては、地味だな。バトルシーンが欲しかった。
私がこんな話を聞いている理由は、夏休みの宿題の為である。私が通っている高校では、毎年の夏休みに『地域の文化を調べなさい』という課題が出される。学校は地域文化の理解と保存の為という名目で課題を出しているが、高校三年生で受験を控えている人達にとってはただの迷惑でしかない。
私は現在高三なのだが、受験勉強をする気にはなれないので、学校の課題をやることに逃げている。何もしないのは罪悪感に苛まれるのでだめ。人生は難しいのである。
「あれさあ、悪いことするなって言いたいだけの物語じゃないの?」
この物語のおかげでこの村の中の年寄りは、狂ったように「馬鹿なことするとむこうの世界、行っちゃうよ」という呪言を連呼する。したがる。高校生の今でこそ言われなくなったが、ちっちゃい頃にはことあるごとに言われるので、この地域の大体の若者は嫌気が差している。
「いや、この辺りでは本当に神隠しにあった人間が大勢いるらしいぞい。むこうの世界に行ったんじゃろう」
「らしいって?」
「わしが生きてる間にそんな事件は起こっていないのでな。わしも母親から聞いただけじゃな。ずっと昔に頻繁にあったそうじゃ」
「ヘー」
神隠しとこの物語が関係してる訳ない。非科学的で根拠のないこじつけであり、物語にリアリティを持たせようとした先人の策略に決まっている。近い内に実験して証明してみようか。こんなふざけたおとぎ話に対して真面目に実験したら、レポートを彩る面白おかしいネタ程度にはなるだろう。
「変な気は起こさんことじゃな。どうなっても知らんぞ」
だが断る! ……とは思ってもロには出さず、素直に頷いておく。例によって老人は話が長い。もし刃向かいでもしたら、ガーガーと小言を浴びせられる。
「婆ちゃんありがとね。これで宿題が片付く」
宿題のネタに困り思い付きで聞いたのだが、中々興味深い話だった。ちっちゃい頃に散々聞かされたものだけど、今改めて聞くと現実的な視点で見ることが出来て面白い。「昔はこんなのに怯えていたのか」とか「妖怪の存在ってなんだろう」とか。妖怪がいない理由を無理矢理解釈したのかな。
「わしも満足じゃ。久しぶりに真面目に話せた。最近の若者達にこの話をしてもなぁ。聞いてくれんのじゃよ」
それはそうだ。私だって妖怪の存在なんて信じない。神隠しなんて無いという前提で実験するつもりだし。でももし本当に向こうの世界があったら行ってみたいね。是非とも妖怪とお友達になりたい。
「私はその物語を信じるよははは。じゃあねー」
そして私はマイグランマの家を後にした。明日は学校で補習がある。丁度良い。奴を呼ぼう。
・・・・・・・・・・・
夏休みに補習があるんなら夏休みは必要なのか。補習やる位なら通常授業を増やせってんだと言いたい所だが、これは希望補習。授業をさらに深めたい人や、受験勉強をしたい人向けに開かれる、べつにとらなくてもいいような夏期授業だ。そんなものを律儀にとっている私は偉すぎる。冷房が目当てな訳じゃないんだからね。
翌日、起きてすぐ学校に向かった私。教室に入り、すぐさま緑色をした奴の元へ駆けつける。
「ということで早苗、明日山に行こう。山」
「なんですかいきなり」
話し掛けたのは我が親友東風谷早苗。神社に住んでいるということから、クラスでは珍らしがられていた存在だ。今はもうみんな慣れていて、特に相手にされることはない。
ちなみにいつもつるんでいる私達は、両方とも見た目が緑っぽい色なので、皆から『葉緑隊』と呼ばれている。隊の名前に私、木葉緑の名前の三分の二の漢字が使われているのだ。まことにいかんである。
「私は昨日やらなければならない使命ができたのだ。それには君が必要なのだよ」
「遊びたいんですね。どうせ断っても明日直接家に来て執拗につきまとうつもりですよね」
嫌そうな声をして一息で言い切る早苗さん。でも目、笑っていますよ。
「分かっているじゃないか」
早苗を遊びに誘うのは月に二回程度だ。高三になってもこのペースは崩さない。本当はもっと遊びたいのだが、早苗には神社の仕事があるので遠慮している。早苗さん一人暮らしなんだよなー。私もばあちゃんと別居しているから、事実上一人暮らしだけど。背負っているものが違いすぎる。一人暮らしで神社を経営するのはとっても大変なのだろう。
そんな大変な早苗は、嫌そうな顔一つ見せないで私に接してくれる。
「で、明日は山で何をするつもりですか?」
「うむ。壁の向こうってやつに行こうと思う。まあ山じゃなくてもいいんだろうけど? せっかくだし? どう?」
「はぁ。良いですけど。壁の向こうって、あの物語(笑)の事ですか?」
「そう」
「またメルヘンな事を思いつきますね。頭大丈夫ですか?」
「私はハゲてない」
「うん。もういいです」
昔は老若男女全ての人々があの物語を信じ、恐れていたが(婆ちゃん世代までだろう)最近の若者にとっては煙たいだけなので、この手の話はネタとして扱うようになっている。現にあの早苗もカッコ笑いと口で言ってしまっている。口に出す程の嘲笑である。一体何が若者達の価値観をそこまで変えたのだろう。
「……もし向こうの世界に行っちゃったら妖怪に食べられて死んじゃいますよww」
「妖怪の捕食方法って見てみたいよね」
「行ったら帰ってこれないかもですよww」
「壁って何で出来てるか興味深いよね」
「……はあ分かりましたよ明日ご一緒させてもらいますよ」
「よし決まった」
早苗はこんな残念そうな反応をしているが、嫌がっている訳ではない。形式上のやり取りだ。誘った私より楽しんでいるんじゃないかって時もある位だ。早苗によると、「思い出作りは大事です」とのことだ。
あと語尾にわらわらを付けるのはやめて欲しい。それは書き言葉だ。何度言っても直らない。他の人から変な目で見られるんだからねっ。若者の言語の乱れ由々しき事態わらわら世代とか思われているかもしれないんだぞ。
「じゃあ明日守矢神社におしかけるからね」
でも今更指摘はしない。
「ちゃんとピンポンしてくださいね」
「ボタンが見つかれば」
「わかりやすい場所にありますよ!」
早苗は神社で働くという進路が決まっている為、唯一私の遊びに付き合ってくれる貴重な存在だ。
他の人は声をかけても皆「ア゛ァァァァァー!」とか「ギィェァァァァーー!」と奇声を上げるだけなのでお話にならない。受験は人を変えてしまった。皆昔は優しかったんだよ。
そしてなんだかんだで補習が終わった。また一段と頭が良くなった気がした。えふのいんばーすがあーくさいんなんだって。意味分からん。教室は涼しかったよ?
ふと、同じクラスの山田さんが視界に入ったので、社交辞令的に声をかけてみる。
「山田さんー緒に帰ろうか」
「ギェァァァァァァァァーーーー!」
ほら、手遅れです。嗚呼山田さん、一年と二年の頃は明るく元気で3センチメートルを正確に測ることが特技の山田さん。変わり果てた姿になってしまって……。
意思疎通が可能な個体はもう早苗しか残っていないのだ。ということで早苗を探そう。教室内にはいないようなので、階層移動をするべく階段へ向かう。
「ハーッハッハッハ」
……階段の上で高笑いしている人がいるが早苗ではない。
「ハーッハッハッハ! どうした緑! 怖気付いたか!」
高笑いを続け、私の名を呼ぶレンジャーグリーン(早苗ではない)。戦隊モノとかロボとかが好きなレンジャーグリーン(早苗にあらず)は時々このように暴走する。時・場所を問わずに。
「キサマがここに来ることは分かっていたぞ!」
「何! バレていただと!? 流石グリーンネットワーク……侮れん!」
適当に合わしてみる。慣れっこなことなのでスラスラと台詞がでてくる。端から見れば、私も同類だと思われるのだろう。見る人なんて誰もいないが。
「トウッ!」
スタッ! という効果音でも合うかのような、ヒーロー的華麗な着地をするレンジャーグリーン(非早苗)。
「はいじゃあ帰ろーね」
「そうですね」
そして何事もなかったように帰路についた。全てはいつものことだ。
こういう平和な日々が永遠に続けばいいのに。生きているなら働けっていう決まりがあるから、遊んでいられるのはあと少しだって思うと泣きたくなる。
・・・・・・・・・・・
翌朝。守矢神社にて。
「早苗様! お迎えに上がりましたぞ!」
横に伸ばした手でボタンを連打。中からピンポンと小気味の良い音が連続して聞こえて幸せな気分に。
チャイムのボタンを連打し過ぎて指が痛くなった。否、指だけではないかもしれない。守矢神社の壁には、触れた者の体を徐々に腐らせてしまう特殊な結界が張り巡らせてあるかもしれないのだ。たった今守矢神社に触れた私は、指先から症状が出始めて腕へ体へと以下略。もういいや。飽きた。
「…………」
ちょっと早すぎたかな。現在午前3時20分。今は夏だからこの時間でも少し明るい。神社の朝は早いらしいから、こんな時間でも大丈夫だと思ったのに。
カラ、と昭和の香り漂う玄関の引き戸がゆっくり開く。やったか。
「……早過ぎです。帰ってください」
三十秒で十センチ程開かれた引き戸から、気だるそうな目つきをした早苗が現れ、怒られた。
負のオーラを帯びた早苗さんと目を合わせたくなかったので、横を見てみると、人影が二つ。一人は注連縄をこちらに見せつけるように持ち、赤い服を着た人で、こちらをすごく睨んでいる。
もう一人は、目玉が付いた妙な帽子を被った子供だ。恨みのこもった視線を絶え間なく私にぶつけている。一体誰なのだろう。
三人のどす黒いオーラを一身に受け、居心地が悪くなった私は満遍の笑みを二人に向けながら、そっとその場から立ち去った。
それにしてもあの二人は何だったんだ。こんな時間に参拝か? いやそんな雰囲気ではなかった。もしかして守矢神社に住み着く悪霊なのか。ひゃーこわーい。あとで早苗に聞いてみよう。
3時間後。ずっと神社の階段で座って待っておりました。座り疲れました。
お日様も自己主張が激しくなって暑いので、そろそろ突撃を試みる。
「うぅ……早苗ェ……最後に……君に……会いたいよお……」
突撃にあるまじき私の体力。ピン…………ポン…………と、チャイムの音も疲れ気味。
「おはようございます」
「早苗……やっと……会えた……!」
「朝ごはん食べていきすか?」
「遠慮せずに頂きたいと思います」
ということで家の中に入れてもらった。神社の中と言った方がいいのか? 家と神社がつながっているから、どっちを使うべきなのか。
まあ良い。さっきの悪霊について聞き出してみよう。
「ここで質間です。この神社には早朝から参拝しに来るような人はいますか?」
まずは当たり障りのない所から攻める。こうして、早いうちに一番の可能性をつぶすのだ。
「いませんよ」
「そうだよね。じゃあ早苗、次の質問に参りましょう。ここって幽霊とか出るの? 私さっき幽霊っぽいの見たんだけど」
「はぁ!? どこでですか?」
普通なら「頭大丈夫?」と返されそうだが、当たり障りの無い所から始めたことにより、会話が成立する。
「私がピンポン連打したとき。注連縄持ったお姉さんと変な帽子被った幼女見た。というか睨まれた。あれは参拝しに来た感じじゃないよ。幽霊だよ」
「え。……あぁ。見てしまったのですね。あれは本物ですよ。見たら最後……酒を飲まされますよ」
あれ? 一瞬早苗が動揺したような……なんというか……バレた! みたいなイメージ?
「あれ? 一瞬早苗が動揺したような……なんというか……バレた! みたいなイメージ?」
「思ったことをそのまま口に出来るのは素晴らしいですね」
「うまくはぐらかされたようだ」
「あれは幽霊では……ありません。家庭の事情なので許してほしいです」
あまり触れてはいけない事か。それにしても「家庭の事情」って言い訳便利だよね。私も面倒な時とかよく使うよ。
早苗に居間まで誘導され、空いている席に着く。食卓には湯気のたった白米と湯気のたった味噌汁と湯気のたったアジの開きと湯気のたったお漬物!? ……何も言うまい。食べ方は人それぞれだ。
しかし全品見事に熱そうだ。真夏のこの日にそれはキツい。冷たい麦茶が欲しいところだが、頼む前に湯気のたった緑茶を渡された。
「……すべての生けるものに感謝し今日も我らが生き残れるこの幸運に感謝しその他諸々に敬意を捧げさああっつあつな料理を食そう」
「ようするにいただきますですね」
「朝から酒飲むぞー」
「わーいアジだー」
向かい側にさっきの悪霊が居るんだよ。どうやらただの同居人だったらしい。それでさっき睨まれたのか。でもそんなのいるなんて聞いた事無いぞ。一人暮らしではなかったのか。
「家庭の事情は?」
「解除されたんですよ」
「そうですか」
家庭の事情は簡単に解除できるものらしい。そして、注連縄を持ち(今は持っていない)、赤い服を着ていた(今はジャージ姿)お姉さんにすごく見られている。なにかしたくてウズウズしているような笑み。
「早苗の友人。朝から酒飲もう」
ファーストコンタクト。姉さんがとんでもない事をおっしゃる。未成年に酒を勧めるなんていい度胸だ。乗ってやる。
「私、木葉緑と申します。お酒はもらいます」
私は基本的に人見知りするので、初対面の人にはいつも丁寧な喋り方をしてしまう。
「ノリいいね~飴ちゃんあげちゃう。私は八坂神奈子だ。神奈子ちゃんでいいぞ」
妙に軽いテンションなこの人を見て私の頭に電撃が走る。気付いてしまった。
この人は遊び人だ。人前だというのにジャージ姿だし朝から酒飲むし。なんというか……覇気がないね。だらしない。きっと神社に居座って金をむしりとっているんだ。こんなのが居るなんて他人に言えない。近所の評判が下がってしまう。家庭の事情を暴いてしまった。
「神奈子ちゃんなんて歳じゃないでしょww。そして私は洩矢諏訪子。気軽に話しかけてね!」
もりや……守矢……そうか。この諏訪子という子供は守矢神社の後継者だな。そして早苗はその世話役だ。ふふふ。私にはすベて分かるぞ。今の私は冴えているのだ。それにしても、こんな幼女までわらわら言語を使うのか。早苗のマネをしてしまったのだろう。
「お酒は20歳になってから。用法用量をよく守り、正しくお使いください東風谷早苗です」
神奈子ちゃんが私に酒を与えるのを阻止するついでに、何故か早苗も自己紹介する。もう知ってるのに。
「若いうちに酒の味を覚えさせておいた方が後々楽になるぞ?」
神奈子ちゃんは私の中ではもう最低評価だ。未成年の飲酒は法律で禁止されています。未成年の飲酒は成長を妨げる可能性があるので絶対にやめて下さい。訴えますよ。
「神奈子ちゃんやっぱり酒は要りません。駄目人間になりたくないので」
「私の酒が飲めないというのかー!」
「じゃあわたしがのむー」
横から幼女が言う。それこそダメだろう。
「おうじゃあ飲みくらべするか」
なんかいつものやってるみたいなノリで言う。さっき私を止めようとした早苗はキッチンに行っている。私の目の前で犯罪行為が行われようとしている。
「お二人共、未成年の前でこういう事はやめてください」
キッチンから戻ってきた早苗が、諏訪子のコップに酒を注ごうとする神奈子ちゃんの姿に気付いた。でも出てきた言葉は見当外れなもの。
あれ幼女って未成年だよね? 駄目人間と未成年な筈の幼女が未成年である私の前で酒飲むのをやめろって早苗は言ったんだよね? ……はぁ?
「あーこの白米オイシイナーはっはっはー」
「わー緑が壊れた!」
「大丈夫か! しっかりするんだ!」
「緑それ食べ物じゃない! 諏訪子様の帽子です!」
……混乱しつつも何とか朝ごはんを終えた私であった。
神奈子ちゃんと諏訪子がテレビを見ている横で、私達はせっせと出発の準備をした。
「さあ出発するぞー早苗、準備はできてるか?」
「はい」
返事をしつつも早苗は懐にお札の束をしまったりお祓い棒らしきものを腰にとりつけたりしている。遊びに行く準備というか武装だ。まさかあの話本気にしてるの? 本当に向こうの世界に行けて、こわーいこわーい妖怪さんに襲われるのか。
「早苗」
ジャージ姿の神奈子ちゃんがこちらに向き直って真剣な表情で早苗を呼び、耳元で何かを囁いている。金をせびっているのだろうか。だらしない。後ろで鳴っているテレビの音のせいで、働かずにテレビばっかり見て金は取って行く、ギャンブルに溺れたオヤジのごとく、かなりだらしなくみえる。
「任せてください。ちゃんと住む場所を見つけてきますよ」
はあ!? 高校生に家を探させるのか!? しかも山の中で!? だらしない!!
自分がしている愚かさに気付けるように、精一杯の怒りを込めて神奈子ちゃんをにらみつける。
「……ん? おお」
神奈子ちゃんが私の視線に気付いた。そして、相手は何を思ったのか、万遍の笑みを浮かべてきた。私をバカにしているのだろうか。
「負けるなよ……!」
ニヤニヤ顔で言われる。すでに負けている神奈子ちゃんに言われたって、自信はつかない。私のメッセージは完全に伝わらなかったようで、神奈子ちゃんの注意はすでに隣にいる諏訪子の方へ向けられていた。
「早苗。無理はするな」
「大丈夫ですよ」
幼女が早苗を応援する。諏訪子はまだ小さいので、神奈子ちゃんが早苗をいいように使っているのが分からず適当に言っているのだろう。そんな諏訪子を私は哀れみの目で見た。
すると、幼女が駆け寄ってきて私を上目遣いで見返して来た。私と幼女の身長差は結構あるので、そうしなければならないのだ。
「緑。わたし達を視ることができる君は特殊な力をもっている。もし君が危険な目にあった時、その力が君を助けてくれるかもしれない。だけどその力を過信してはいけないよ。人間に過ぎた力はその身を滅ぼしてしまうから」
難しい事を言ってきた。何かのアニメのセリフかな? 私もそういうカッコイイ台詞を言いたくなる時期があったな。……今も十分そうか?
「はい。諏訪子様」
とりあえず適当に合わせる。子供の夢を壊してはならないのだ。私の返事にに満足したのか、諏訪子は頷きパタパタと部屋を出て、家の奥にいってしまった。可愛らしい。
「じゃあ神奈子様。神社をよろしくです」
「なに。私は長い間この神社を守ってきたんだ。安心して行ってきな」
何十年も自宅警備をしているのかっ。いったいどこまで私の評価を下げればいいんだ。だらしない!
私の神奈子ちゃんに対する評価が最低ラインに差し掛かった所で、私達は神社を後にし、山に向かった。
・・・・・・・・・・・
この辺では山といったら庸改山、湖といったら木里湖しかない。
庸改山は昔、妖怪の山と呼ばれていたのだが、ある日偉い人がこの山を隅々まで見てまわり、「何もない普通の山じゃね?」と評価した。それを聞いた周辺住民は、『妖怪の山』のままでは不吉なので『庸改の山』に改名したそうだ。凡庸な物に改められたという意味が込められている。
木里湖の周りにはの変哲もない森があり、最深部にはボロボロの神社がある。以前早苗と森に行ったので知っている。きっと守矢神社ができてから廃れてしまった所なのだろう。神社も所詮は競争社会なのか……。
そんなことは置いといて、私達が今日何故山に来ようと思ったかというと、ある時を越えるゲームの中で「山はいいよね」という台詞を見て単に行きたくなったからだ。こう自然が近いと思い付きで山登りができるから、そこが田舎の良いところだね。
「山はいいよね」
「で? 妖怪でも探すんですか?」
「その前に壁の向こう側に行かないとね」
「どうするんですか?」
「ほら、あれ。『馬鹿なことしてると向こうの世界、行っちゃうよ』だよ」
「馬鹿なことをするんですね」
「メニューを書いてきたから」
早苗にこれからの予定を書いた紙を見せてみる。
1.奇声をあげながら全カ疾走
2.常に高笑いをし、二人でバトル
3.料理
壱)ヤカンに水を入れ強火で沸騰させる。
弐)野菜を一ロ大に切る
参)ヤカンの水を塩・胡椒・醤油で味つけする
肆)ヤカンに入ったスープ的なものを水筒に入れる
伍)水筒に入ったスープ的なものをしまう
陸)完成
※食べ物は大事にね!
4.落とし穴を掘り、わざとハマる
5.そのまま熟睡してみる
「ここまですれば向こうに行けるんじゃない? というかそれで行けなかったらあの物語は嘘だってことだ」
「……変態ですねー」
書くのは簡単だが、実行するにはたとえ二人だけとは言え相当の勇気が必要だ。さあ、勇気を振り絞って。
「早苗。走るよ!」
「いきなりですか!?」
そして私は走り出す。風のように。人々はそんな私を「山越えのロケット」と呼ぶ。嘘だけど。
「くぁぅせでぃぁふとじぃふじこるぷっっ!!!!」
奇声を上げて全カ疾走。何かのしがらみから解放された気分になり、スッキリする。この爽快感クセになりそうですよ。
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」
隣で早苗も走っている。断られるつもりでメモを見せたのに、まさかこんな変態行為に付き合ってくれるとは思わなかった。
声を出しながら全カ疾走するのはとてつもなく苦しい。息ができない!
結局走るのは三十秒位しか続かなかった。もう無理だって。まだまだこれからやる事はあるんだから体力は温存しておかないと。
「ぜぇ……ぜぇ……さ、早苗!バトルだ!」
「はぁ……はぁ……受けて立ちます!」
そして私は早苗に殴り掛かる。が、綺麗に避けられる。
「甘いですね」
と、早苗は伸びきった私の腕を掴みとり、慣性の力を利用し引き込む。ああ! 地面が目の前に!
「だがそう簡単には倒れない!」
私はジャパニーズ・ジュードーの概念を利用した前回り受身を使い、体勢を立て直す。その直後、早苗は飛び蹴りをしてきた。
「威力は高いけど……」
スキが大きい。私は地面すれすれまで姿勢を低くし、空中の早苗を持ち上げる。
「どりゃー!」
「ひゃっ!」
……持ち上げたのはいいけど、そこから何をすればいいか分からない。というか私の腕力ではここから大技に繋げることは出来ない。すでに腕が限界なので、早苗を落とす。
「ほーれ」
すると早苗はバック転をして、美しい放物線を描きながら空中で1回転し、体操部もビックリな程完璧な着地をする。無駄に身体能力が高い早苗さん。
「終わりだ……」
そう言って早苗は、目の前から消えた。
「ぅぐッ……!」
たぶん目にも止まらぬスピードで私の腹を突いてきたのだと思う。人間離れしている。というか本気で殴ったの!?
痛くて気持ち悪くて、何が何だか分からなくなる。視界がごちゃごちゃになっている。頭が上手くまわらない。ああ駄目だ……少し寝よう……。
これが気を失うってことなのかなスゲー始めてだ自慢できるワーイワーイという下らない言葉だけが、私の頭の中をぐるぐると回っていた。
「緑……ごめんなさい……私が向こうに連れていきますから」
朦朧とする意識の中、そんな声が聞こえた気がした。
・・・・・・・・・・・
「はっ!」
辺りを見回す。木々の間から見える空は赤く赤く染まっていて、妙な静けさがこの場を包み込んでいた。もうすっかり夕方だ。
「やっと気が付きましたね!」
早苗の顔が目の前に迫る。頬を少し赤らめてみると、早苗は慌てて離れた。初々しい。
「もう遅いね……諦めようか?」
もう一度辺りを見回すが、変わっている所なんて無かった。たぶん。周りは木ばかりなので少しの変化なんて分からないだろう。
「あれだけ変態行為をしていたんだから、実はもう向こう側にいるのかもしれませんね」
早苗が冗談を言う。変態行動メニューの内、まだ二つしかやっていない。こんな事じゃ向こうの世界に行けないということが証明されない。変態パワーが足りないんだ。殴られ損じゃないか。くそう。
「そうだ貴様何故そんなに強い」
「神だからです」
度々早苗は自分のことを神だと言う。私はいつものように「ああそうだったね」と返した。これ以上追求する気は無くなった。夕方特有の、低いテンションだ。
「では暗くなる前に下山しましょうね」
「はいはい神様」
私達は立ち上がって、来た道を戻る。
「奇跡は起きたのでしょうか」
「ははは。君はロマンチストだなあ」
しばらく歩くと、開けた眺めが良い場所に出た。
「――あれ? 何か景色が違う」
次から幻想郷だー!