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東方現葉幻詩  作者: 風三租
第四部 セールスお断り
38/44

破邪顕正、もう帰ろうよ。

あらすじ


弟子に怒鳴られて家出したら知らない人にぶつかって怪しいから逃げようとしたら強引に家まで連れられて白湯飲まされた。


 いくら純粋な心を持っていても、初対面は初対面。残り僅かなお椀の液体を一気に飲み干し、話の区切りを付けようと音を立てて床に置く。


「その、ごちそうさまです」


 立ち上がって、出口の戸に触れる。もともとは向こうが謝りたいと言って、半強制的にここに連れて来られたので、私には断る権利があった筈だ。それは今も続いていて、私が帰りたい時に帰っても相手は文句が言えない。言ってもいいが、それは逆ギレというものだ。


「じゃあ私、帰るんで」


 当初の余所余所しさを見せ、帰りやすい空気を作っていく。一秒でも早く帰ればそれだけ身の保証がされる。ふじなの返事を確認しないまま戸を開けて外に出ると、ふじなが「あ、待って」と追って出てきた。


「見送らせてよ」

「や」


 でもここら辺治安悪そうだから一人で帰るのが怖いと、殺伐としたこの通りを見て思った。


「いいですよ」

「どっちだよ……」


 ここで無言ゾーン。見送りが決まったのは良しとして、どちらが先に歩き始めるか微妙な心理戦が勃発してしまう。お互いに見つめ合っている状態だ。

 身なりは悪いけど、しっかり整えてやれば化けそうだ。いつぞやの近未来スタイリッシュアクション少女KAGUYAみたいに、すぐ貴族に囲まれてしまうのかもしれない。


「どしたの?」


 見つめ合いの意味が変わってしまった。私はさっさと帰りたいんだ。いや、木葉組とは少し距離を置きたいから、どこに行こう。せっかくだから観光でもしようか。「地元にあるとむしろ行かなくなる」効果で、貴重な平安京をゆっくり見て回ったことがない。絶賛運営中の神社とか何かをハシゴするのもいいだろう。


「ねえねえいかないの」

「あ、いきますよ」


 ついうっかり。別のことを考えてしまう。すでに現実逃避する気満々だ。

 私が右を向いて歩き出そうとすると、ふじなもそれにならって歩き出そうとする。そのまま一歩先を歩いて貰おうと一瞬止まったら、ヤツも止まってしまう。さっさと歩いてよ!

 堪忍して私が進むと、なんとふじなは一歩後ろをついてくるじゃないですか。これでは同行を許可した意味がない。視界に入っていなきゃ安心感は得られないのだ。むしろ後を付けられているみたいだから、余計に緊張する。

 下手な所で話を切って家を出て、ふじなの畳み掛けるようなお話も途切れてしまった。静かな通りを黙々と歩いているこの状況を、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。


「コノハさん、なんか向こうが騒がしいよ」


 背後からご指摘を頂いた。言われてみれば建物をはさんだ向こう側から、人の大きな声が聞こえてくる。ちょっくら野次馬になってみようか。

 今度はふじなが先に行ってくれたので、それについて行く。建物の隙間に入り込んで、二人で少しだけ顔を出しながら覗き込んでみる。私が歩いていた道とそう変わらない通路に、みずぼらしい身なりの男と、背格好がしっかりしている男が向き合っていた。


「困るンだよなァ。食った分は払ってもらわねぇと」

「で、でも」


 聞こえていたのはしっかりしている方の声だった。怒鳴っていなくてもよく通る低い声。丁度背を向けていて顔は見えないが、丸刈りつるつるの頭はどこかの誰かさんを連想させる。


「食い逃げかなあ」


 ふじなが小声で言ってきた。口論の原因はこれだろう。再び向こうに集中を向ける。


「まさかアレだけで足りるとは思ってねぇだろうな」


 低い声の主はもう一方の髪を鷲掴みにして、ムリヤリ顔を上げさせる。


「今のうちに払っときな。コソ泥に成り下がる前にな」

「そ、そんな金家には残ってません……! だ、大体、豆一掬いで二十貫文だなんて……!」


 被疑者の言い分では、後払いの高額請求で逃げられないし払えないし。悪いのはハゲの方か。

 被疑者の言葉に男は実力行使に出た。鷲掴みにしている髪を引き寄せ、バランスが崩れた所でもう片方の手を使って胸ぐらを掴み、建物に男を叩き付ける。鈍い音がこっちまで伝わってきて、やられた方が不憫に見えてくる。

 でも、男を叩き付けたとき、ハゲの横顔が見えてしまって。高額請求をしているのは、やっぱりよく知っている顔で、さっき会ったばかりの吉田二世だった。

 仕事中、もう一つの顔。木葉組の人たちが持っている複数の顔を、分からないからそういう

ものとして受け入れるなんて芸当はできそうにない。普段とこっちの差が大きすぎて、混乱してしまう。


「テメェの事情なんざ聞いてねえ。さっさと金になるモン出しな」


 やられている方の顔は真っ青で、ウンともスンとも言わなくなった。

 数秒間の膠着状態が続き、私の腕が強く引っ張られた。


「コノハ、助けに行かないと」

「えっ」


 ふじなの動きを把握した時にはもう遅い。私とふじなは争っている二人の真ん前に立っていた。二人の間から見える風景に焦点を当てて、私は関係ないですアピールに努めるが無駄だろう。


「やい詐欺屋! その男を放しな!」


 真横で正義を振りかざされ、加害者に刺激を与えてしまう。鬼と相対した時よりも強い、緊張感。相手の顔を直接見られないし、動けないから自分の顔も隠せない。なんで自分はここに立っているのだろう、と現実逃避に至った。

 視界の端っこで、がっちりした男の顔が動くのが分かる。こっちを見られている。普通は波打つハズの心臓も、動かなくなったように思える。視線だけで死んでしまう。

 でも実際に見られていたのは一瞬で、禿頭の男は拘束を解除して、早歩きで去って行った。

 この一瞬で全身にかかったストレスが尋常じゃない。時が止まっていたんじゃないか。残った男が崩れ落ちるかお礼を言うか、とにかく何かする前に、私はしゃがみ込んで呼吸を整える。


「ん、コノハ、大丈夫?」


 足が釣りそう。頭の中がヘン。地面がうごめいて見える。

 鬼みたいな、大きな力を持っている訳でもない人間に、ここまで疲労を感じるとは。こういう種類の怖さはまだ慣れていないなあ。

 思いっきり深呼吸をして、なんとか立ち上がる。目眩が起きて風景が点滅。持ち直すも、今日の気分は最悪だとつくづく思う。


「もう大丈夫です」


 と言うと、男がこっちに寄ってきた。


「あ、ありがとうな」


 まだ抜けきっていない恐怖の混じった声で言われる。


「お互い様だよ、ね」

「はは、今度は俺が助けてやる方かね……」


 男はすぐに、参った参ったという軽い調子に戻るが、私はそう上手く立ち直れない。だって身内が犯罪者なんだよ。


「最近よく出るそうで」

「詐欺屋が?」

「貧困層を狙って小遣い稼ぎさ」

「うわぁ、気をつけなきゃ」

「不用意に物貰うんは、よした方がいい。じゃあ失敬。アレのおかげで今日の食い扶持がなくなっちまったから、急いで稼ぎに出ないと」

「妖怪にも気をつけてねー」


 男が建物に入り、ここの独特な静けさが戻ってくる。ふじなが「行こう」と言ってくれたので、回れ右して大通りへ。久しぶりに歩いた感じがした。


 さすがにもう一度トラブルに巻き込まれることはなく、大通りまでたどり着いた。


「ここぐらいで、いいよ」


 ふじなが側にいて、ちょっと勇気づけられたから敬語をやめたけど、そもそも全部ふじなのせいじゃん。ちくしょう。


「そう? じゃあ、ここでお別れかな」

「はいさよーなら」


 走って逃げる。これで私はすべてから解放されたのだ。世界が光に満ちあふれたと思ったら暗転した。

 まただよ! またぶつかったよ!


「ごめんなさい急いでるんで失礼します!」


 悲劇を繰り返さないためにも再び走って逃げ出す。そんなことが出来れば今までの生活に苦労しない。こんなに広い道なのに何故ぶつかる。


「もうちょっとちゃんと謝って貰わないと、服が汚れちゃったんだよねえ。ばっちい」


 平安京治安悪い。今度は当たり屋ですか。服を掴まれている。あんまり強く引っ張ると脱げてしまうので、当然のごとく逃げられない。

 さっきのことがあったので、回復した元気もすぐに落ち込む。振り向いた先にある顔が、知り合いの顔だったらどうしようと。

 見たくないから、俯きながら振り向いて、ことを荒らげないよう犯人に静かに謝る。


「大変……申し訳………」


 どうしても気になってしまうのが生き物の心。謝罪の言葉と共に視線が上がり。


「ご、ざ、い、ます」


 お団子が乗っている、懐かしい頭だった。いわゆる犯人ψだ。


「オマエは……」


 犯人ψは曇りのない笑みを浮かべ、片手を上げる。


「やあ、久しぶり!」

「オマエは! 邪淵絶煌鋏角亜門ダークエネミー!」


 向こうは少年マンガがやりたいのかもしれないけど、こっちはちゅうにびょうがしたいのだ。


「…………」

「…………」

「お久しぶりですね、黒谷さん」

「あら、お元気そうで何よりですわ。富山さん」


 奇跡の再開なので、お上品に挨拶し合う。ただし私の足は踏まれている。


「今日はどうしてここに?」

「観光ですのよ」


 ずっと前に都を移したから、ヤマメにとって平安京は始めてなのかも知れない。構造は平城京とほぼ同じだが、道行く人の雰囲気とか文化とか、そういうものは結構変わっている。

 私は先輩として足を踏み返そうをするが、なかなか抜け出せない。草鞋だから、無理に引き抜くと痛いし。


「観光ならもっと素晴らしい場所がありますわ。西の山とか」


 鬼に鉢合わせしてしまえ。


「ウチの近所も大分変わっていますわ。通称妖怪の山とか、綺麗なお花畑とか。早くお帰りになったらどう?」


 へー。あの何もなかった大草原が。地名がついてしまったのか。

 そこに帰りたくて今まで苦労しているんだけど、良い地図ヤマメが来てくれた。散々ヒドイ目にあってきたから、救いの時を迎えたのだ。これからの人生はバラ色。もうこんな所なんて来るもんか。


「戻ってきて欲しいのなら付き添うべきではなくて?」

「連れてって欲しいのなら最低限もてなすべきではなくて?」


 帰らせろ、観光させろ。両者の欲望が綱引きをしている。

 不意にヤマメが左手を差し出してくる。先に私が平安京案内をしたら連れてってやると。さっきまで一人で観光しようとは思っていたけど、あの悶着を見てこの町にいることすら嫌になった。

 断って、何年かけてでも帰ろうと決心し、手を差し出さない。


「……一人でかえるよ」

「そうか」


 そして町の入り口に歩み始める私。っていうのが現実になったら良いなあ。

 足を踏まれていては身動きが取れない。どうにか上手いこと足を引っかけていて、解放する気が全く感じられない。出して。


「……一人でかえるよ」

「そうか」


 もう一度同じ台詞と同じ返答。もちろん動けない。はいいいえの無限ループに陥っている気分だ。

「……一人でかえるよ」

「そうか」

「…………観光しようか」

「おっ! 気が利くねぇ! 初めての場所でどこに行ったらいいか分からなかったんだ!」


 足の拘束が解かれ、同時に手首を取っ掴まれる。残像が見える程の速度で。無駄にすごい反射神経持ちやがって! 蜘蛛か!


「二時間だけだよ!」

「三日」


 極めて冷静に。愛想笑いを世界中に振りまいているような女が、嫌いな人を目の前にした時のような豹変を成し遂げて、私の意見をつぶしていく。そういうの、今はキツイからやめて欲しいのに。


「ウソウソ、見るとこ見たらすぐ帰ろう。せっかく会えたんだから、みんなでなんかしようじゃないか」

「はあ」


 そういえばヤマメ一人だけなのだろうか。


「パルスィは。一緒に来てないの?」

「山で遊んでる」


 元気そうでなによりです。みんなもう歳はおばあちゃん。見た目が別人になっているかもしれない。まあ遊んでる位なら大丈夫だろうけど。


「ほら、早くしないと帰れないぞ」


 神社とか、行ってみようか。




・・・・・・・・・・・




 はい。平安京に観光地はございませんね。なるべく人通りの多い所を歩いて一回りしたけど、それらしい建物はなかった。平安京の外じゃないと、そういった建物は見られないようだ。清水寺見たかったー。

 唯一見られそうな場所は大内裏とその周辺にある庭なのだが、残念ながら立ち入り禁止。平安京は平安京自体が観光地であって、この中に歴史的建造物はあんまりない。ただの住宅街である。

 もう行く所がないので大内裏の近くで待機。夕焼けが眩しく、日陰で休憩だ。木葉組の建物が近いし、庶民がずっとここにいたら怒られそうだから、ヤマメを説得して町を出よう。


「ヤマメさんヤマメさん、平安京はこんなところです」

「家と市しかないじゃないか」


 ヤマメの鋭い観察眼を披露してくれた。じゃあ帰ろうと言い出すのを期待のこもった目で見つめる。自発的な行動をしてくれた方が事がスムーズに進むのだ。


「もう帰って大丈夫なのかねぇ」

「ん?」

「いやあ、風のウワサでね、土蜘蛛退治が云々って聞いて。パルスィを安全な所に預けて、私は逃げるついでに旅行をしているのさ」


 私も同じような話を聞いたことがある気がする。妖怪退治を請け負っているお寺で。あの人なら平和的解決をしてくれそう。

 まあパルスィを預けられる程の安全な場所があるなら、ヤマメもそこにいた方がよかったんじゃないか。


「万が一見つかった時に、あそこを戦場にしたくないから」


 ヤマメの能力的にバイオハザードが起こりそうだからね。


「平安京に着く前にもお寺とか色々回って時間つぶしたし、帰るか」


 私を差し置いて、ここ以外はとっくに踏破していたようだ。悔しい。もたもたしていると平安時代が終わってしまう。観光は鮮度が命なんですよ。


「日も沈んでるし、外出て早速野宿かね」

「宿を探すとは言わないなんて流石です」


 ありがたい。今はしっかりした寝床よりも、この町から出たいという思いの方が強い。時間が経っても今日の衝撃は薄れていない。

 薄暗くなりつつある中、私達の気分も落ち着き、動き出すのが億劫になる。気温が少し下がって汗が引き、このまま居眠りしたい気分だ。

 相反する思いがバトルしている間は赤い空を眺めているだけ。こうやって無駄なことをするからトラブルに巻き込まれるんだ。


「また会いましたね!」


 遠くの方から手を振り駆け寄ってくる人物。ふじなだ。


「誰?」

「知らない人」


 今会いたくないものの上位に位置する人間。その妙に友好的な接し方には胡散臭さを感じずにはいられない。言うなれば、街頭でアンケートに答えさせて、そのまま高額な商品を売りつけてくる悪質業者。昼に見たあの騒動と同じことをしそうな、意味の分からない生き物だ。ヤマメがいれば、大丈夫?


「あれ、誰ですかその人」

「知ってる人です」


 いい加減な別れ方をしたのに、それを咎めることはなく、さっきまでずっと会話していたかのような感覚だ。走って逃げたことに触れてよ。怒っているのか気にしていないのか、何を考えているかが分からないじゃないか。


「今ちょっとですね、詐欺屋の後をつけていまして。本拠を突き止めて、いたずらでもしようかとね」


 木葉組は近くにある。でも知っている顔がここを横切っている所は見ていないと思う。ふじなは何を追ってきたのか。


「まだ若いんだから、そう危ないことするもんじゃないよ」


 ヤマメが水を差す。この人は人付き合いが得意そうだからいいよねー。


「さすがおばあちゃん。言葉の重みが違いますったたたたた」


 つねられた。


「そういうのはお役所に言って、それでもダメだった時に行動した方がいいね」

「端折ったんです。注意とかいらないから」


 ふじなが初めて棘のある言い方をした。二人は一気に険悪な雰囲気に。

 誰とでも友好的に接するんじゃなかったの? 意味が分からない。この人だけに「分からない」を何回使えばいいんだ。


「へえ。一人で何でもできるってかい。幼いねぇ」

「あなただって私とかコノハと同じくらいじゃないですか。年上面しないでください」


 そうだそうだ。私はまだ若いんだから。

 とは言えこのままでは修羅場っぽくなってしまうので、二人の間に立つ私は鎮火する役に回る。なんで初見でケンカできるの。


「ヤマメさん、ほら、あれをパルスィだと思って」

「……」


 私の言葉に従い、不快感を露にしてふじなを見る。そう、とげとげはツンデレなのだ。ただのツンデレに怒ったら、攻略の楽しみがなくなってしまう。だから落ち着いて。


「おお」


 無事に開花したようだ。不快感が慈しみに塗り変わった。


「じろじろ見ないで。鳥肌がたつ」

「私の瞳に酔っているだけさ。じきによくなる」


 仲裁の仕方を間違えたかも。


「あああああああああああ!!!!」


 と。向かい側の建物から悲鳴……。またもや事件に遭遇してしまいました。朝の黒花、昼の吉田、そして今。二度あることは三度あるという言葉があって。犯人はまたその関係者なのかと予想する。


「緑!」


 両側二人はもう行く気満々。RPGのごとく厄介事に首を突っ込む必要はないんだよ。

 引っ張って連れられるだろうから、もうどうにでもなれ状態で悲鳴の元に駆ける。高い塀に囲まれた建物なので、入り口を目指し三人で向かう。

 門は開いていて、そこから敷地に入ると、建物の廊下に襲撃者の姿はすぐ見えた。

 木隠黒花だ。


「しけてるねぇ。貴族だろう。もっと蓄えがあってもいいんじゃないかい」


 目に痛い衣装を纏った貴族を物色する黒花。貴族の口には布が巻き付けられていて、声が出せなくなっている。あれは一回限りの悲鳴だったのだ。

 貴族が暴れようとしないのは、黒花が左手に刃物を持っているから。あの人は強盗をしているのだ。

 夢も希望もない。木葉組の本質はこれなのだ。私の妖力はこんなのから生まれているのだ。

 迂闊だった。団体の性質を考えず、黒花達が見せる「普段の表情」以外を見ようともせずに過ごしていた。詭謀と略奪から成り立っていた今までの生活に、意味はない。やり直せるなら、戻って木葉組を作らないようにしたい。

 でもそう簡単にタイムスリップなんて起こらない。私が今を生きるのも、あの時あの状況で奇跡と幻想が重なったからだろう。

 微々たる妖力の増加に強盗はいらない。詐欺もいらない。ならできることは、木葉組の名前を変えてもらって、完全に縁を切ること。壊すこと。

 バカは、やっぱりバカだった。


「ちょっと待ちな」


 振り返って、木葉組の所に行こうとすると、黒花の声が聞こえてきた。


「吉田、任せるよ」

「はい」


 入り口から、黒花、吉田、その他数人の木葉組員が侵入する。


「え?」


 黒花は後ろで、貴族を襲っている筈だ。でも入り口から入ってきたのも黒花。二人いる。

 組員の行動は速やかで、短い棒を持った吉田が私の横をすり抜けて行く。黒花は真っ直ぐこちらの方に歩き寄る。


「コイツがどうなってもいいのか!」


 と、もう一度強盗の容姿を確認する。安っぽい台詞を発しているのは小汚い男で、黒花ではなかった。

 遠目から見ても分かる程、刃物を持つ強盗の手は震えており、やっぱりあれは黒花ではない。


「刀の持ち方がなっちゃいねェ。そもそもソッチは刃が付いてねえしな」


 片刃の短刀を逆手に持ち、刃のない方を人質に当てて、それからどうやって切るのだろうか。

 吉田は持っている棒を、強盗の手に向かってぶん投げる。綺麗に命中し、強盗は短刀を落としてしまう。短刀が地面に接する前には吉田率いる男達が動いていて、廊下の柵を飛び越えて。

短刀が地面に刺さった時には、吉田と部下二人の三人掛かりで強盗を取り押さえ、残りの人員は貴族の介抱をするという映像が出来上がっていた。

 あっと言える暇もない、迅速な行動でした。


「よーし。じゃあこっちだ」


 黒花の方を向く。瞳は私達に向けられている。


「ウチの師匠がお世話になったようで」

「いえいえ」


 律儀に挨拶するヤマメは無視して、接近してくる鬼。目が笑っていないよ。また怒鳴るの?


「そろそろやめといた方が、身のためだと思うね」


 そう言って肩を叩いた相手は、ふじな。


「やばっ」


 ふじなは後ずさって逃れようとするも、肩を押さえつけられているせいで二歩目を踏み出すことができない。それでも逃げ出そうと、強引に足を動かすものだから、バランスを崩して転んでしまった。


「師匠だったからまだ許すけどね、軟弱な人間を標的にしたら退治するよ。妖怪さん」


 黒花がふじなに向ける殺気は、二度といたずらを起こさせないように縛り上げるような重みが。こっちにも伝わってくるので辛い。

 それにしても、妖怪だ。ふじなと名乗ったこの少女は、今日一日私をターゲットにして遊んでいたのだ。出会いのきっかけである衝突事故は必然、そして今一緒にいるのも全て、ふじなの思惑通りなのだ。


「ふじな、妖怪なの?」


 殺気を受け、涙を浮かべて悔しそうに固まるふじなに問い掛ける。これが硬直を解いたのか、ふじなが震えた声で話し始めた。


「へ……へん。わ、わ、わ、私、は、ふふふふじななんて……名前、じゃ、ない」


 強がるのか怖がるのがどっちかにしてください。


「わ、私の名は! 正体不明の! 封獣ぬえ様だい!!」


 住所不定無職。封獣ぬえと名乗る女だ。怪しいことこの上ないが、ふじなと名乗っていた時よりは胡散臭さがなくなった気がした。

 自称ぬえは震えながら立ち上がろうとして、失敗する。もう一度やって失敗、何度も繰り返してやっと立ち上がる。

 引きつった表情のまま、深呼吸をして。


「お、お前の恐怖、十分に堪能させてもらった! いいカモだったね!!」


 声を絞り出して言い捨て、こけそうになりながら逃げ出してしまった。

 まるで今朝の私を見ているみたい。自称ぬえはあの姿を見て楽しんでいたのだ。


「捕まえてよ黒花!」


 立派な被害者だ!




・・・・・・・・・・・




 皆で木葉組の建物に戻ってきた。途中で自称ぬえのことについて聞きながら。


 事の発端は、私が黒花に怒鳴られた所だ。自称ぬえは敷地内に侵入していて、怖がる私を目撃した。ここで自称ぬえはターゲットを私に絞り、行動を共にするのだ。

 自称ぬえが言った「正体不明」と、行く先々で見た木葉組員。吉田二世はカツアゲもしていないし、黒花が強盗犯ではないのは実際に見た。ヤマメは強盗犯が最初から男に見えていたと言っている。総合すると自称ぬえは、正体を分からなくさせるような能力を持っているのだ。

 正体が分からないから、分かるような形でムリヤリ認識する。その結果が私の見ていた吉田と黒花だったのだ。黒花が私に怒鳴って来なければ、私は木葉組に不信感を持つことはなく、幻覚を見ることなかったかもしれない。


 で、今。大広間で、黒花とヤマメと私が座っている。


「結局木葉組ってなんなの」

「町の平和を守る警備部隊さ」


 と、供述しております。


「でも最初、吉田一世にさらわれたんですけど」


 忘れない、あの屈辱。


「ぐ、これは、あれだ」


 どもった時点で信用ならない。ヤのつく何とかではないのでしょうか。


「警備部隊には、チカンが多いんだ」


 何だその理論。平和を守る人がチカンじゃダメでしょ! 絶対あのときはヤのつく組織だったって!


「最近警備部隊に転向したでしょ!」

「……はい。ごめんなさい。都が移ってから転向しました」


 あら結構長い。


「末長く恐怖を得るためには、そっちから攻めた方がいいかと思って」


 それがいい。


「ちょっといいかい」


 ヤマメがここと関わるのは初めてだ。ヤマメ達と行動を共にしていた時に木葉組の存在を知ったのだが、その話をする機会はなかったのだ。


「緑とそちらの方のご関係は」

「知り合い」


 師匠なんて言わせない。笑われるのがオチだ。




 ああ、いつも通りが戻ってよかった。





☆秋姉妹的越夏


「秋です!」

「秋です!」

「名前言わなきゃどっちだか分からないじゃないの!」

「でもお姉ちゃん! 今秋!!」

「そう」

「えー。なんでテンション低いの」

「あのね穣子。勤務時間外よ」

「あれはパフォーマンスだと言いたいの!?」

「残業はしない主義なの」

「悲しい裏事情をみせないで!」

「こら穣子! さっさと飯の準備しろよ!」

「そんな裏の顔ないよね!? なにがしたいの!?」

「二重人格ってカッコいいじゃない」

「へー」

「…………」

「…………」

「…………」

「で?」

「くっ! 静子、今は出てくるなぁ!」


あとがき

お久しぶりです。

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