勢力伯仲、すっきりだよ。
真面目なあらすじ。
おにとけんかした。まけた。
おにになぐられておなかがいたくなった。
軋む体を無理矢理動かし、伊吹萃香撃退用小規模爆弾が遠くに見えるところにやってきた。ここから石を投げ当て、黒色火薬に衝撃を与え、爆発させるつもりだ。
足下に落ちている小石をゆっくりした動作で拾い、構えた時に気づく。痛くて投げられない。
ならばと今度は長い木の棒を探し、一米ほどのものを見つけ出す。
「うわーー。爆発しない」
出来る限りの伸びをして、棒の先っちょで力強くつついてみたのだが、体にきただけで当の火薬には何の変化もない。
恐る恐る近寄って地面に刺さった棒をそっと抜き、十分に離れてから今度は先端に火をつける。始めは中々つかなくて、ほんの少しだけ火力を上げたら勢いよく燃えた。棒でつついたときに黒色火薬がくっついたのだ。激しい炎はすぐにおさまり、搾りかすみたいな火が揺れる。こんな心細い火も消えてしまいそうになったので、私は体の調子が許す限りの急ぎ足で、火のついた棒を火薬に近づけた。でも、燃えない。
「……湿気ってるのか」
火薬の敵、水気。木一本から生成した火薬には、大量の水分が含まれていた。土壌から吸い上げたものと、木が持っている水分が空気中に飛ばなかった分だと思う。あまり燃えてくれないこの木の棒も教えてくれている。ずぶぬれの火薬なんて爆発するわけないじゃないか。
棒を固定して、根気強く待ってやる。すると、いきなり火柱が立ち、数秒で燃え尽きた。
なんか違う。思っていたのと全然違う。もっとこう、着火してばーんってイメージだったのに。
初心者が即興で作り上げたものに期待するのは間違いだね。どちらにせよ、私は伊吹萃香に勝てなかったのだ。これからは日常生活型妖怪として、穏便に生きて行こう。
「あ、ししょーーーーーー」
聞き慣れた声。振り返って獣道の方を見てみると、思った通りの黒髪長髪二本角長身スタイル抜群シルエット。私をこんな目に遭わせた罪人、木隠黒花である。何故いる。
「ごめんちょー。渡す地図間違えちった」
ものすごく軽いノリで言われた。なんだろう、今なら失敗せずに火薬が作れそう。
「…………」
この気持ち、言葉にできない。都を出発してからの記憶が、走馬灯のように駆け巡る。一日目、歩いた。二日目、歩いた。三日目、着いた。山登った。鬼に会った。おどされた。グーパンチされた。寝た。起きた。鬼がイケメンだった。そして現在、元凶とご対面。
「しねぇっ!」
私は妖力を使い、黒花の近くにある木の根元らへんをぶっ壊す。分解なんて器用なことは考えない。文字通り、根元を木っ端みじんに砕いたのだ。支えを失った木は当然のごとく黒花に向かって倒れて行く。その異変に気付いた黒花、一瞬止まってすぐ反応する。
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁああ!!!! なんでえええええええええ!!!!????」
全速力でこちらに駆け寄る黒花。
「くるな!」
馬鹿正直に向かってくる対象は、狙いが定めやすい。再び能力を使い、黒花を吹き飛ばすイメージを浮かべる。すると黒花の速度は何かに押されたように急激に落ち、そのまま斜め上に飛んでいってしまった。高く高く、黒花は星となったのだ。夕闇にきらめく漆黒の花弁。宵の明星とおともだちになってきなさい。というか何故ここに来た。
まあそれは置いておこう。しぶとく再びここに来るであろう。一歩も動かずに復讐を遂げた私は、地獄の宴会場へと足を運ぶ。やっぱり歩くと伊吹萃香にやられた所が痛む。でもさ、ここで逃げたらそれこそ殺されかねないよね。喧嘩の後は酒で流す。それが漢に勝る鬼達のやり方なのだろう。一組長にはなんでも分かってしまうのです。かなしいことに。
鬼の家の入り口である、ノレンのようなボロきれをくぐる。中の鬼達は消えている訳もなく、伊吹萃香はこの短時間の間に元の調子を取り戻していた。星熊勇儀は静かに飲んでいる。宴会じゃなくても飲んでんじゃないか。
「おー、帰って来たなー。叫び声が聞こえたけど、外でなんかあったの?」
「ちょっと、雑魚を仕留めてました」
ちょっと誇らしげに言ってしまう。
「まあいいか。宴会でもはじ」
「木葉組の木隠黒花だ。一応、来たぞ」
伊吹萃香が高らかに宴会開始を宣言するかしないかの所で、黒花がノレンの外から横入りして来た。復活が早いなあ。
入り口を見て止まっている伊吹萃香と、酒の入った杯を床に置く星熊勇儀。そのわずかな沈黙を入室許可の返事と受け取った黒花は、ノレンを分けて覗いてきた。
「あれ、ししょー。……このヒトたちと知り合いだったのですか」
私を見て一瞬気が抜けていたが、すぐに組長代理の引き締まった顔に戻る。
「さっき知り合ったんだ。その辺をうろうろしていた緑に、私から話掛けた」
「ついでに一回やり合っていたね」
伊吹萃香と星熊勇儀が愛想笑い一つせずに答える。なんか殺伐とした雰囲気になってない? 危なくない? 人質にされたりしないよね?
黒花は一歩だけ中に入り、そのまま正座をする。そんな仕草一つ一つが、この緊張した空気を悪いように叩き切ってしまいそうで怖い。
「そうですか。して、勝ったのは」
なんでそういうこと聞くの。こんな時に。真面目なお話をお願いします。
「私の負けさ。流石は鬼を統べる木葉組の組長だね。人畜無害そうな顔して、この酒呑童子に勝ってみせるとは」
「でしょう。組長は力も人情も最高の方です」
恥ずかしいのとは少し違う、全身をかきむしりたい気分。真顔で会話する二人の奥で、星熊勇儀が私をみて微笑んでいる。あんたら全部分かっててやってるでしょ。
「で、今更下っ端が何の用だい」
伊吹萃香が本題に切り替えてくれる。黒花が来た理由は、私も聞きたい。間違えてここに至る地図を渡したと言っていたが、そもそも黒花がなぜその地図を持っていたのか、未だに謎だった。
「返事をしに」
簡潔に、きっぱりと言い切った。それじゃあ全然分からないって。
「そかそか。じゃあ言いなよ、オマエは私らの所に来るかい」
どういうことだ。黒花がこの鬼達の仲間になるということか。同じ鬼だし。そのために呼び出したのだろうか。
「鬼は嫌われ者だ。欲しいものは力づくで奪い取り、人間を脅かすだけの存在。人間は人間だ。自分に得が回るように、騙し合って、常に笑っている。都会の鬼は、どちらを選ぶ」
鬼は鬼でまとまりたい。かつ人間と一緒にはいられない。嘘が嫌いな鬼の勧誘。
黒花は一人、笑い出した。
「流石正直者だ。それではどちらに付いても幸せが見えないじゃないですか。酒呑童子に星熊童子は好き勝手に生きているのでしょう? 人間も好き勝手に生きているだけです」
これは断っているのか? 笑わないで、もっと真剣な顔をして言った方が良くない? と、思ったが、その小細工が嫌なのか。難しいね。
「あたしはそんな人間を抱えて今までやってきてるんですから。必要あらば嘘を吐く。この身に宿した能力も、人を欺くためのものだ。人間に合わせ続けたあたしには、こちらに付く資格すら持っていない」
途中で黒花は『変化する程度の能力』で、自分の姿を特徴のない街娘やそこら辺に生えてくるお花に変えていく。一通りの変化を見せつけると、最後に自分の姿に戻す。初めて直に見る黒花の能力。生きていないモノにも姿を変えられるらしい。お花が喋っている光景って、中々シュールなものだ。
いきなり現れていきなり個人連絡をするから、この状況に馴染めない私。
「どこにいたって同じじゃあないんですか」
言いたいことだけを言って、黒花は立ち上がった。伊吹萃香はいい返事がもらえなかったことに腹を立てている様子ではなく、黒花と同じく静かに笑っていた。最初から答えが分かっていたかのようであった。
「さ、師匠、帰りましょう」
だが、私を連れて帰ろうとした途端に、態度を一変させた。
「ちょっと待てーい! なぜ緑も連れて行く!」
なぜ私を解放しない!
「こいつはこれから宴会に参加するんだ! あんたは一人で帰りな!」
私が一人で帰りたい!
「あー、そうか。じゃ、ししょー、頑張って」
苦笑いで手を振り、ノレンをくぐる黒花。お願い行かないで。私を誘拐して。
「あ、忘れてた。本物の地図渡しておくから。ほんとにごめんよー」
無意識に伸ばしていた私の手に、黒花は新たな地図を装着して、また出て行ってしまう。
今度は戻ってくることはなく、ヤツの姿は森の奥へと消えてしまった。全部の真相を解明してすぐどっか行く。まるで毎日事件に巻き込まれる探偵屋である。
「無駄だよ」
いつの間にか星熊勇儀がそばに立っていて、伸ばした手を掴んでくる。さけくさい。
「振られちまった分、あんたには楽しませてもらわないと」
毎度毎度。嫌だとは言えない。典型的な断れない人、私。弱者。妖怪ってなんだろう。
・・・・・・・・・・・
酒を呑んで記憶を失くす。加齢と共にその現象は起こりやすくなるというイメージがある。これが実際のところどういう仕組みなのか私には分からないし、ただの迷信だと信じたい。だって記憶ないんだもん。まだまだ若い私が簡単に記憶を手放す訳ない。というか飲んでないからね! そのようなことをした記憶はございません! 昨日の夜からの記憶がございません!
閉じっぱなしの目を開けずに、自分の状況を確認。私は壁に寄っかかって寝ていたようだ。このまま目覚めるがものすごく怖い。鬼に囲まれて宴会をしたんだ。知らないうちに天国に飛ばされているかもしれない。もしかして記憶がないのはそのせい? 生前の記憶は残されないの?
変な妄想をしないで現実を見よう。俯いている頭をゆっくり持ち上げる。へんな姿勢で寝ていたおかげで首が痛い。固まっている首がほんの少しほぐれたところで、思い切って目を開ける。
「やっと起きたかい。おはよう。それと百足って可愛いよね」
「可愛くないですよ!?」
私の右から星熊勇儀が、いきなり変な事を言ってくるのが聞こえた。状況を把握するよりも前に、横を向いてツッコミを入れてしまう。グキリと首が痛んだ。まあ、私は無事に生き残っているようだ。昨日と同じ場所に私はいるね。
伊吹萃香は私の左に。寝ぼけた顔をして、横目で私を見ている。
「朝から元気だねぇ。その流れで私にして欲しい事を一つ言いな。ずっと待ってたんだから」
はあ?
「覚えてないのかい? 昨日はあんなに暴れてたのに。それで、百足って可愛いよね?」
「なんで百足にこだわるんですか!?」
話題が定まらない星熊勇儀。まだ酔っているのだろう。昨日がどうとか不吉な言葉が聞こえたが、酔っているヒトの言葉はあてにならない。
「緑が言ったんじゃないか。なんだっけ? ばつげえむだっけ?」
両サイドから鬼に話しかけられている。
「宴会中にもっかい腕試しして、緑は私たちに勝ったじゃないか。もう、最初っから最後までにやけ面で。怒り以外の感情で恐ろしさを感じるとはね」
「あのときの言葉はハッキリと覚えているぞ。『一本ヅノ! オマエは今から語尾に「百足って可愛いよね?」と付けろ! 二本ヅノ! オマエは私が今から命令することを一つ! 絶対に従え!』とかなんとか。そんであっという間に倒れたな。それにしても、百足って可愛いよね?」
たぶん酔いと妖力切れの合わせ技で倒れたのだと思う。何をしたら鬼に勝てるのかとんと見当がつかないが、二人が言うのだからそうなのだろう。酔った私は私にあらず。でも翌日の後始末は全て「自分」に回ってくる。
顔から血が引いて行く感触。私は、何テ事ヲシテシマッタノダロウ……。お二方の表情は無。何を考えているのか読み取れない。そして百足は可愛くない。
「顔白っ。ほらほらそんなに緊張してないで、願い事を言っちまいな」
なんとか場を持たせるために、目の前に落ちていた紙くずを拾い、広げてみる。何も書かれていないシワシワの紙を見て、伊吹萃香に対してあたかも罰ゲームを考えているかのように見せる。こんなモノを見たって何かが浮かんでくる筈がない。何も書かれて……いる? あれ、かすかに黒い線が。
裏返してみるとそれは、黒花に貰った地図であった。余程丁寧に描かれていたのか、細かい線が無数に走っていた。ぐちゃぐちゃにしてしまったおかげで、多くの線がかすれて見えなくなっている。これを見ながら目的地に行くのは、ちょっと心細い位の不鮮明さ。
「あーあ。それでも百足って可愛いよね?」
可愛くないって! 何だよこんな時に!
「はーやーくー。待ちくたびれているんだよー」
「私のばつげえむはいつまで続くんだい。だが百足って可愛いよね」
地図のこと星熊勇儀の罰ゲーム伊吹萃香への願い事。三つの問題が一気に押し寄せてくる。考えるのが面倒、というか処理不可能。あああああああ!
「都までつれてって下さい! 罰ゲームはそこまでということで!」
もう一度地図を作ってもらうために帰る。咄嗟に吐き出してしまった言葉である。それが何たる問題発言なのか。場の空気が凍り付く。
「都までって、あんた」
「姿を見られたら大変なことになるんだぞ。で、百足って可愛いよね?」
あのおぞましい虫のせいで凍てついた空気が台無しである。
「あっちに手紙を送り届けるのにも一苦労だったのに」
「萃香の角は隠しきれないからねえ。それに百足って可愛いよね?」
怖いヒトによる非難の嵐に、私の意識が朦朧としてしまう。街の人間が鬼を見たら、一目散に逃げ出して情報を拡散させる。直ちに妖怪退治屋みたいなものが出動し、おそらく鬼には勝てないだろうから、結界を張って街に入れないようにする。ここで私の顔を覚えられたら終わりだ。鬼の仲間と見なされて、世代が交代するまでのしばらく、私は黒花に会えなくなる。すなわち地図が手に入らない。
「でも行くよ。罰ゲームだからね」
のっそりと立ち上がり、フラフラしながら準備体操を始める伊吹萃香。
「直接はマズいから近くまでだね。そこで勘弁しておくれよ」
「いえいえいえいえいえもうたいへんうれしいかぎりでございます」
これ以外にいい罰ゲームが思いつかないのだ。あんまりおかしなことを言うとあとが恐いし。ここで帰るに帰れず、もたもたしていたら、また宴会をすることになって、私が何かのゲームに負けるまで永遠に続くかもしれない。記憶がない間の自分も怖い。
「私も行くよ。ばつげえむとやらは最後までキッチリ続けるつもりさ。百足って可愛いよね?」
三人で歩けば心強い。と自分を納得させる。よーし帰る! きっぱり帰るぞ!
「じゃ、出発だ」
・・・・・・・・・・・
道中は特に変わった事もなく、というか何かある場所を避けていたので事件なんて起こらず、あと一時間歩けば都につくところまでやってきた。鬼達は大きなかぶり物でその角を隠している。怖い怖いと言っていたけれど、一緒にいるうちに接し方が分かってきて、最後は三人で良かったと思えるまでになれた。修学旅行効果である。
「さ、て。ここまでかねぇ」
「そうですね」
森の中、ここから都は見えるが向こうからは木が邪魔して見えないだろう、という場所。お別れの空気が、大分前から形成されていた。寂しい気持ちで口数が少なくなってしまう、あの空気。伊吹萃香が切り出してくれたおかげで、私も話しやすくなる。
「じゃあ最後に、一応言っときます」
久しぶりのアルバイトを実行する。
「私がこれから行くところ。私の居場所のことです。地図がないんで詳しくは教えられないんですけど、遥か東の方に、妖怪のための楽園がつくられます」
幻想郷だと思って行ったところは全く別の場所だった。地図の通りに進んでいたから、方角なんて眼中になかった。恐ろしい鬼が住む山は、見当違いの方向にあったのだ。こうして遠くから都を見て、初めて気付いた私。今後同じ間違いを何回繰り返せば気が済むのだろう。
「気が向いたら、移住してみてください。遊びにきてくれるだけでも歓迎します」
「ははは。面白そうなところだねぇ。本当に暇になったら行くことにするよ」
鬼が来たら怖いなあ。黙っておくべきだったか。まあ、たまにはそういう刺激もあった方が良いかもね。
「また三人で三日三晩飲み明かしたいね。それと百足って可愛いよね? あ、この語尾もこれで最後か」
三日三晩? また?
「では、緑、達者でな〜」
「素面のあんたと戦ってみたいから、今度あったときはよろしく」
私ってば三日分の記憶が飛んでたの!?
「え、ちょ」
伊吹萃香と星熊勇儀。最初から最後まで、私の調子をおかしくさせる妖怪だ。
緊張と恐ろしさが生み出す、お化け屋敷的な楽しさ。
なかなか新鮮だった。
☆秋姉妹的節分
「姉です!」
「妹です!」
「うおおおおおお! お・に・は・そ・と!」
「きしゃああああ! 福は内! 福は内ぃ!」
「落ち着きなさい穣子! 節分は、遠い昔に終わっているのよ!」
「じゃあなんで振ったの!?」
「しらんがな!」
「お姉ちゃんハイテンション!」
「じゃあなに、鯉のぼりでもあげてみようか!?」
「それもとっくに過ぎてる!」
「気分はいつでもごおるでんういいくよ!」
「それなら大丈夫だね!」
「本当にそれでいいと思っているの。ねえ穣子」
「お姉ちゃんのテンションについていけないよ!」
「もうええわ」
「どうもありがとうございましたー」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「無言ゾーン」
「間が持たないね」
あとがき。
番外編を第一部分に置きました。
あと、一月に一回は更新するようにします。