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東方現葉幻詩  作者: 風三租
第四部 セールスお断り
32/44

呉越同舟、グレないでよ。







 今回のターゲットは舟幽霊。

 船でぷかぷか遊んでいると、海の中から苦しみに顔を歪めた幽霊が現れることがある。

 その正体は、不慮の事故で亡くなった海の漢達の魂。容姿は痩せこけていて骨のような体。常に濡れている髪の毛は伸び放題、しかし本数が少なく顔を覆うには至らない。(まば)らに貼り付いている髪は、海底で絡みつき、死体の流動を阻害したどす黒い海草を連想させて不気味。

 白目を剥いた幽霊は、掠れた声で柄杓を求める。船員達がこの要求に従わないと、どんな巨大な船であろうが転覆させられてしまう。舟幽霊は、亡くなった海の漢達の魂を一点に集中させた存在であり、その腕力は容易に船を転覆させるのだ。

 船幽霊の要求に従って柄杓を渡すと、今度はそれを使って海水を船内に汲み入れてくる。相手は幽霊であって、並の人間では汲み入れを止めることはできない。

 どちらにしても会ったら最後、船員の生死は別として、船は確実に沈んでしまうのである。


 この理不尽に、人間側も対策を練る。

 彼らは穴の開いた柄杓を用意し、舟幽霊が現れた時に渡す。

 舟幽霊が例によって海水を汲み入れようとするも、穴の開いたそれでは不可能だ。

 人間を襲うに当たって、用意していた二通りの方法のどれにも当てはまらない行動をとられた幽霊は、どうしていいか分からず帰ってしまう。

 以後、舟幽霊と船乗り達はこうしたやり取りをすることによって、船乗りは偉大なる海への畏怖を忘れずに、舟幽霊は適度な恐怖を得ることができる。決して仲良しな訳ではないが、人間と妖怪が共存する一つのあり方とも言えよう。


 これが舟幽霊についての基本情報だ。って聖さんが言ってたー。




・・・・・・・・・・・




「客間六」が私の部屋となって一箇月。自然に囲まれた山の中では、日中蝉の声がジャージャーうるさい。風情なんてあったものじゃない。夜は夜でよく分からない虫がピーピーうっさいし。

 聖さんは人間の依頼や妖怪の相談をちまちまこなしながら、少しずつ旅行の準備をしていった。それと並行して私も少しずつこの環境に慣れていった。

 旅行の準備というのは、主に舟幽霊の対策についてである。宿泊先やら観光地やら遊び場は、私と星さんと、嫌々ながらもナズーリンの三人で調査をして、とっくに終わっている。あとは聖さん次第なのである。

 常勤の雲居さんは外でオッサンと戯れているのだが、私が近付くと何故か隠してしまう。おかげで私は遠くからオッサンを見ているしかないのだ。雲でできているから、遠くからだと何も分からない……。


「オッサーーーーンッ!」


 と、お寺の長い吹き抜け廊下に腰掛け、かわいらしく声をかけてみると一瞬だけ私の事を見てくれる。


「君は雲山が大好きだねぇ」


 隣に座っている灰色のネズミっ子、ナズーリンが袖で汗をふき取って呟く。オッサンの名前は雲山らしいがそんなことはどうでもいい。


「ナズ、お水をとってきてもらっていいですか? あちーです」


 ナズーリンの隣にいるのがタイガーストライプヘアーな少女、寅丸星。二人は簡素な小袖一枚、風通しの良い和服を少々はだけさせている。幼女はどうでもいいが、星さんが少し色っぽい。

 ナズーリンが水を取りに部屋に入る時、ふと自分の服装を見て疑問が生じる。

 甚兵衛。男物。私って……?


「星さん。私は女だ」

「…………。ええっ!?」


 星さんが殺人現場を見た時のような表情をして、左方のナズーリンがいる部屋からは陶磁器を落とす音が聞こえた。

 やっぱりか。一箇月も一緒に生活しているのに。くそう。


「君、嘘はいけないって聖に言われただろう!」

「も、もう少し成長したら狙い目だと思ってたのに!」

「嘘じゃない! それと狙うな!」


 私は立派な18歳(+α)でこれ以上成長しない!


「皆さーん、準備が終わりましたよー」


 最奥の部屋から聖さんが出てきた。言ってやりたいことは特に思い付いていないから助かった。怒りだけじゃ動けないね。


「聖さん、私は女だ」

「……はい? ということはあれですか。あなたは今まで私達を欺いていたということですね。南無三」


 みんなヒドいよ。




・・・・・・・・・・・




 翌日、私達はお寺を発ち、半日かけて海沿いの村に着いた。

 信じられない。都周辺の土地から西に進み、半日で海に着いたんだよ?

 おかし過ぎる。何百キロあると思ってんの?


 お寺から少し歩いて、人間の目に触れない所まで来たと思ったら、そこからよーいどんの要領で皆一斉に飛び出した。

 星さん、ナズーリンは飛行。雲居さんはオッサンに乗って移動。かつて私が諦めた人類の夢を、当然であるかのようにやりやがった。

 残る聖さんは能力らしきものを使い、自分の身体能力を、思わず笑いが出てしまう程に引き上げた。能力使えたんだと考える暇もなく、聖さんは見えない速度で手と足を振り、美しい前傾姿制で私を置いて行った。

 私が立ち尽くしていると、四人はどんどん小さくなっていく。私が追い付いていないと分かったら少しは待ってくれるだろう、という予想は混乱していて出せなかった。

 だから私も四人に追い付けるように、「等価交換」により妖力を使って跳躍走行を始めた。この走り方は便利だ。一歩踏み出す時に、少しの妖力を前向きの運動エネルギーに変換。次の一歩までは慣性に頼るので、飛行のように常時妖力を消費する訳ではない。木葉組のおかげで、若干だけど最大妖力量が上がっていて、より一層長持ちする。素晴らしいね!

 大切なのはリズム感覚とバランス感覚。通常あり得ない速度で移動しているのだから、少しでも崩れるとダイナミックでんぐり返しをする羽目になる。妖力を運動エネルギーにする交換の裏で、速度を得る代わりに危険度が増すという交換も起こっているのだ。


 そんな私の開発が幸いして、四人に追い付いた。木の横を通るとブォン、と音が鳴る速度だ。乗り物だったらスピード違反。でも歩行者に制限速度は設けられていないから、未来でやっても犯罪にならない。

 たとえ人間に見られても、こんな速度じゃ細部まで分からない。つまり、スピードは今も未来も最強ってことだぜ!


 このように、五人――オッサンも数に入れた方がいいのかな――で暴走した結果、お寺から半日で到着したのである。


 海の近くだけあって、村の中は磯臭くて風が強い。村の奥には浜辺が見え、大中小様々な船が置かれている。立ち並ぶ民家は潮風にやられていて、表面の木材がパサパサでボロっちい。

 舟幽霊のせいで漁ができないからなのか、本来ならば魚を干すために置かれているであろう綱や木製の台には何も乗っていなくて見通しが良い。誰一人外で活動する者はいなく、ただ聞こえるのは風の音。つまらないなぁ。

 主に妖怪で構成されている私達一行は、村民との接触は極力避けたい。それで外に人がいないとしても、目的の家まで大きく回り込んで行った。


「おー、お泊りです!」

「ご主人! まずは聖の挨拶!」


 妖怪退治をするということで、村民が家を一つ貸してくれた。事前に家の場所は教えてもらっているので、村民に案内されずともたどり着ける。だからと言って何も言わずに入るのはあまり宜しくない。

 ナズーリンは家に進入しようとする星さんを全力で止める。どうやらこの二人、主従関係のようで星さんの方が偉いらしいのだが、実質操作をしているのはナズーリンだ。


「ねえねえ、オッサンは?」

「オッサン? そんなのいたかしら」


 村に着く前に、雲居さんはオッサンを消してしまった。あくまでもシラを切るつもりだ。どうしてそこまで見せてくれないの?


「おおこれはこれはこれはこれはこれはこれは聖様とその御一行様。この度は舟幽霊退治のためにわざわざ遠い場所から……、大変感謝しております。長きに渡り準備をしておられたようですから、朗報を期待しておりますぞ」

「は、はい」


 待ち構えていたかのように横から現れた村民が、微妙に反感を買うような歓迎をする。それでも聖さんは天使の笑みを浮かべてお辞儀をした。

 ナズーリンは耳を隠すために、防災頭巾みたいなものを被っている。尻尾もあるのだが、服を着ていれば隠れるので完璧だ。


「こちらが本日ご用意させていただいた、村の中で最も大きな家でございます。本日はこちらで夜を明かし、明日お力を存分に発揮していただきたい。それでは」


 要件だけ述べ、村民は回れ右して帰って行った。


「……態度が悪いな。帰りましょうか姐さん」

「まあまあ。お金を沢山貰っていますから……」


 静かに怒る雲居さんを聖さんはなだめる。

 お金を貰っているから働くのは当然、そんな考え方がこの村にはあるのだろうか。

 等価交換を極限までスリム化した形態。仕事と報酬の間に人の心が通うことはなく、ただ個人の欲望の為に活動する村。第一印象はこんな感じだ。


「聖ー! 入っていいですかー! はやく着替えたいです!」

「星は元気でよろしいですねえ。いいですよー」


 星さんの服装は外出用でしっかりしている、ように見える。

 白い長袖の上に、下側がオシャレにカットされた赤いワンピースのようなものを着ている。それだけだと短過ぎるのでオレンジ色のスカートをはき、その下にも短パンをはいていて三段構造になっている。胸の辺りに金のリングを取りつけ、タイガーストライプの腰巻もしていて派手だ。しかも頭にお花が咲いている。自分の頭の中を形容しているのだ。

 こんな忙しい格好をしていれば、早く着替えたくなるのも分かる。

 星さんはいそいそと家の戸を開け、ナズーリンと一緒に入ってしまう。この家は村で一番大きいらしいが外観はボロい。まあ、私は屋根ががあればどこでもいい。


「マイペースだなぁ」

「……あれでも毘沙門天だからすごいわ」

「星は真面目な人ですよ。さあ、私達も入りましょう」


 ……よく聞くけど、びしゃもんてんってなに?




・・・・・・・・・・・




 朝だー朝日だー。水平線上からのサンライズは壮観だっただろうにあっちは西だった……。


 私と聖さんは朝起きてすぐ村人に案内され、指定された船に乗って海に出た。初めの計画では聖さん一人で行って、私達は陸地で遊ばせておくつもりだったらしいが、私は幽霊と会わねばならない。「幽霊に会わないと死んでしまいますだ」とか「私は死なん」とか、懸命な説得をしたら渋々同行を許可してくれた。

 砂浜で手を振っていた雲居さん達はもう見えない。陸地が見えないとも言う。雲居さん達はこれから砂の城を作る筈だ。今日のために設計図を書いていたのだから。

 私が乗っている船は大きくもなく小さくもない程度の大きさで、一緒に乗ってきた数人の船員達は無言で船の操作をする。私はそんな淡白な人達に近付きたくないので、聖さんの隣で船の備品を望めていた。


「……穴あき柄杓、多すぎじゃない?」


 床に散らばる穴あき柄杓。歩けば絶対踏む位あるし、壁にもいっぱい掛かっている。舟幽霊も、こんなにもらったら困ってしまう。


「問題の幽霊はこの柄杓を渡しても消えないらしいんです」


 マニュアル通りに行かない幽霊。そんなものはすぐに退治されるのだ。

 でもね、こうなってしまったのは村人が原因しているんじゃないか? 無表情で船を操作している船員を見ると思う。


「人って慣れてしまう生き物ですからねぇ」


 柄杓を渡せば舟幽霊は帰る。それが分かっているから恐怖どんどん薄れていく。同時に海への畏怖も消え、枷が外れた漁師達はお金の素を乱獲する。

 恐怖が無くなると舟幽霊は本当の意味で死んでしまう。そこで幽霊も手口を変えて再び襲う。そこで狂ったバランスが元に戻ればいいのに、漁師達はお金という溜めておける資産を持っているのだ。

 幽霊が無力化している間に溜まった大量のお金を使い、妖怪退治屋である聖さんを雇う。そこでお金は無くなるが、幽霊が退治されればこれまで以上に乱獲ができるようになるために漁師は笑顔。

 村をそこまで見た訳じゃないけど、雰囲気から自然とそういう考えが発生してしまう。なんか退治される妖怪がかわいそうだね。


「聖さん聖さん。幽霊退治は本当にするの?」

「はい! ……困っている人を助けるのが私の生きがいですから」

「……そう……っ!」


 聖さんの返答を聞く際に船首の方を向くと、海の上に一人の少女が浮いているのが見えた。


「ムラサが出たぞー!」

「僧侶様! 早く退治を!」

「俺らは隠れていていいですよね!」


 乗組員は好き好きに叫んで船尾に下がってしまう。相対するは、聖さんのみ。

 聞いてた話とは違って、船幽霊――ムラサと呼ばれていた――の顔は整っている。一見するとセーラー服を着た元気少女で、気になる所は目が虚ろな位か。


「……風の噂で知っている。オマエはワタシを殺しに来たんだな?」

「はい柄杓」


 聖さんは落ちている柄杓を一本取り、ムラサに歩み寄って差し出した。ムラサの第一声が台無しだ。


「……ふざけんなよ! ワタシがそんなのに怯まない事位分かっているだろ!」

「はあ」

「貸せ!」


 ムラサは聖さんがら柄杓をぶんどり、船の横に回ってきた。


「腕の立つ僧侶だって聞いてたけどこんなものか! もういい、ワタシが直ぐに終わらせてやる……!」


 私は聖さんを信じて立見するだけだ。

 ムラサはゆっくりとした動作で柄杓を構え、一呼吸置いた。

 刹那、ムラサはその細腕を振り回す。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」

「な、底が抜けた柄杓で水をすくってるというの!?」

「なんという速さでしょう……!」


 ムサラの行動に思わずこけてしまった私。船員達が遠くで何か叫んでいるようだが水の音で聞き取れない。

 ムラサの汲み入れは、もはや掬って移すなんて簡単なモノじゃない。触れた瞬間投げ飛ばす、そんな暴力的な汲み入れだ。


「期待はずれだクソ僧侶!」


 端っこの方で水を捨てる船員の努力も空しく、見る見るうちに船は水浸しになり、海面が近くなってしまった。

 聖さんは未だ無抵抗。私は逃げる方法を考え始める。


「あらあら」

「こんなの倒したって何の自慢にもならない!」


 聖さんはのん気だが、船はもうほとんど沈んでいる。底抜け柄杓の在庫は流れ出し、船員達はパニック状態。


「やってらんねーよッ!」


 ムラサの叫びと同時に船は水圧に耐えられずに瓦解。木の板は浮いているが、大きな部品は海底へ。私達や船員達は海上に投げ出されてしまった。


 上空のムラサは項垂れ、どこかに去ろうとしたその時。


「ひ、聖さん……?」


 聖さんの体が空中に浮いた。

 いや、私も浮いている!?


 下を見てみると、僅かに輝く床が見える。




「これはあなたの舟ですよね?」




 私は舟に乗っていた。虹色に光る、この世のものではない舟。

 項垂れていたムラサは、海上にいる筈の聖さんがいないことに気づいて顔を上げる。

 ムラサの視線は聖さんではなく、その下にある光の舟に釘付けだった。


「そ、その舟は……! どうして……?」


 長い長い準備の時間は、全てこの舟を創る為だったのだろうか。

 妖怪――幽霊も大きな目で見れば妖怪に属する――は、物理攻撃がそれ程効かない代わりに、存在の否定や由緒ある道具による精神的な攻撃に弱い。

 聖さんが発現させた光の舟は後者であり、死んだムラサが所有していた舟のレプリカである。これによって幽霊の未練を断ち切ってしまうのだ。

 聖さんは明後日の方向を向いて独り言を呟き始める。


「どうやら私は幽霊退治を失敗してしまったようです。軟弱な僧侶はこのまま惨めに逃げ帰ろうと思っているのですが、ああ、帰りの舟を動かせる者がいないじゃないですか」


 聖さんは独り言を終え、ムラサの顔を見る。


「――ちょっとそこの貴方、この舟を操ってくれませんか?」


 ムラサの瞳に光が宿った。




・・・・・・・・・・・




「きょーからお世話になりますっ! 村紗水蜜どぅぇすっ!」


 光の舟で浜辺に戻ってきたらこのテンション。夕方なのに元気だなぁ。これが幽霊ってやつなのか。


「わー、私は寅丸星です!」

「ナズーリン」

「雲居一輪と申します」


 なんの問題もなく、みんなの輪にとけ込みやがった。「お世話になります」発言も初耳だ。

 ところで私、ついて行く必要あったの?


「でっかい砂の建物! ぶっこわしてやるー!」


 星さん達は砂の城を完成させていた。それはそれは立派な、五十階建ての江戸城。私が監修していたからオーバーテクノロジーでもへっちゃらだ。


「や、やめてください! 私達の一箇月がぁーーーー!」

「ていやっ!」


 無惨にも、ムラサのキックで江戸城五十階建てが崩される。あーあ。


 それを傍目に、私は村に入っていく聖さんの後を追う。

 私達が泊まった家の前まで来ると、どこからともなく昨日の無表情な人が現れる。


「聖様、貴女は早朝に出航したのでは……? 幽霊退治の件はどうなってしまいましたかな?」

「……幽霊退治は失敗してしまいました。貰ったお金は返しますので、どうか他の方を雇い直してください」


 聖さんはそう言うと、腰にぶら下げていた大きな袋を村人に渡した。村人は状況が飲み込めず、無表情ながらも固まっている。


「は……。それではお話と違うのでは……?」

「……すみません。私の力不足でした」

「……チッ」


 村人はわざとらしく舌打ちをして、金を受け取ると何も言わずに去って行った。まあお金は戻ってきた訳だし、淡白なやりとりしかしていない関係では文句も出てこないのだろう。でも、確実に失ったモノもある。


「聖さん」

「……はい」


 誰もいないここだから聞けること。


「なんで光の舟に船員を乗せなかったの?」


 帰ってきたのは、私と聖さんとムラサの三人。行きに乗っていた船員数人は、海の上に投げ出されたままである。


「私は人を助けたのです」


 聖さんの言う「人」。

 船員が幽霊によって殺されることで、幽霊に対する恐怖、さらには海に対する畏怖を煽る。それは漁業に制限を与え、儲けるだけの仕事をなくして人の心を取り戻すという、ある視点から見れば人を救ったことを意味しているのか。

 それとも単にムラサという、人間に単なる害として扱われる少女を救い、幽霊の味方をした聖さんが船員達の口封じをしたに過ぎないのか。


「もっと他に方法はなかったの?」


 帰りが光の舟になるのが分かっていたのだから、行きで船員達を乗せる必要はなかった。


「私は、皆が思うような徳の高い人間ではありません」


 聖さんは私に背を向けて話す。


「もし、船に私達だけが乗った状態で村紗に会えなかったら。帰る方向も分からず、操縦の技術を持っていない私達は流されるしかないのです。そこで陸地に辿り着けなかったら」


 ……死を待つだけ。


「もし、村紗が話を聞かない凶暴な妖怪だったら。汲み入れられる水は私の力で外に出す事は可能ですが、船を操縦するのはやはり船乗りです」


 聖さんの言い方だと、船員の生死は最初から計画に組み入れられていたかのようである。


「私はただ、死ぬのが怖い人間です。自分のために村の人を利用してしまう程度に」


 だから聖さんは、私達を残して行こうとした。


「悲しいことに、誰でも尊敬されるような人間性持っていると同時に、真っ黒な感情というものも持っているのです」


 その人間性が私の同行を許可した。今こうして真実を話すために。




「あとはね、緑。今のあなたにとって、この村の民とあの舟幽霊、第一印象でどちらが『人』に見えますか――」




 私は本当の意味でこの人が怖いと思った。






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