番外之参、趣味は我らの命だ!
本番外編は、キャラ崩壊、その他諸々が非常に目立つと思われます。
ここは作者に任せて、皆様は今のうちにお逃げください。
「二次元は我が国の誇れる文化です!」
私が教室に入った時、早苗の第一声がそれだった。
「早苗、朝から元気だねぇ」
二年生なって、はや七月。期末テストの勉強が忙しくクラス全員のテンションが落ち込んでいる中、早苗はいつもと変わらず人間には不可能と言われている美しい立ち方を実現して私を待ち構えている。
いつも元気で勉強の出来る人であれば尊敬の対象にもなるのだが、早苗さんの成績はあまりよろしくない。あまりと言うか、駄目だ。どの位駄目なのかと言うと、
「早苗、方程式2x+3=5の答えは?」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!」
と、こんなにも簡単な問題でも悲鳴を上げて文字通り飛んで行ってしまう位だ。5メートル位は飛んでいると思う。これはもう一種のアレルギーだと言ってもいいだろう。
「ああっ! 東風谷さん!」
「おーい! 大丈夫かー!」
「一体何が起きたというの……?」
「いつもの事だろう」
早苗が飛んでいなくなると、教室が騒がしくなる。私は持っている鞄を自分の席に置き、友達の佐藤さんに話しかける。
「どうしたの? そんな驚くことでもあった?」
「さ、早苗が……あそこから身を投げた……!」
佐藤さんが指差した方向は開いている窓。空が綺麗だなあ暑いんだよバカ。
「なんだ。いつもの事か」
「そ、そうだよね。いつもの事だよね……」
ちなみにここは三階だ。
「さて。早苗におしつけられた本の消化といきますか」
「あさってテストなのに予裕だね」
「え、あさって!?」
「うん」
「嘘だっ!!」
「本当だっ!!」
「うああああぁあぁぁぁぁぁぁっっっっっっ……」
テストが近いとは言ったがまさか明後日だったとは……と、現在空を飛んでいる私は考えていた。
「緑! なんであなたも投身しちゃうの!?」
「こ、木葉さんまで!」
「呪いだァー! この窓には呪いがかかっているー!」
「でも、いつもの事だよね」
「そうそう」
上から色々聞こえてきたが、私にはもう全てが手遅れだった。
「ぅぐッ!」
「あなたもですか!」
たかが数メートルの落下でダメージを受けてはいけません。
「…………くっ、緑、明日、分かってますね……」
「分かってるけど、テスト明後日だってよ……?」
笑劇の事実を伝えると、大の字に倒れていた早苗は勢いよく上半身を持ち上げた。
「うぉっ」
「……緑、テストとは数字で人の優劣を決める極めて下賎な行事でして、そんなものに私達人間の崇高な目的を害されるのは腹立しいことです。そしてそれに振り回される人間というのも愚かと言っても過言ではないと思いますよ。テストという形態をとっている間は決して人間の尊厳を取り戻すことはできず、私の神社の祭神も人間世界を見捨てるのみでしょう」
「言い過ぎだよ! 早苗! 宗教家じゃな……宗教家だった。狂信者じゃな……狂信者だった。洗脳商法じゃないんだから! ストップ!」
早苗には神が見えるらしい。狂信者。
「とにかく、例の計画は決行ということで」
「分かった分かった。明日の二時に早苗の家に行けばいいんでしょ」
「そうです。そこでひとまず作戦会議です」
一階で身投げした私達が話し込んでいると、朝礼を告げるチャイムが鳴ってしまった。
「やばっ! 遅刻にされちゃう!」
「緑、こういう時は堂々とするのが一番です。ほら、胸、を張っ……あ、すいません。その話題はタブーでした。誠に申し訳ございません。深くお詫び申し上げます」
「わざとでしょ。今わざと強調したよね!?」
好きでこの体格してるんだからね!
「おーい、はやくしないと先生きちゃうよー」
頭上から佐藤さんの声が降ってくる。言い合いしてないで行こう。
⇔ MOVE! ⇔
早苗を引き連れ教室のドアを恐る恐る開ける。私のクラスの担任は鬼だ。右目に縦長の傷跡が刻まれているツルっぱげの先生だ。そっち関係の人を思い出させる強面の教師だ。かなりお近付きになりたくない人である。
「……おはようございます……」
と、静かに教室内に足を踏み入れるが先生がもう来ている! 今年度初の遅刻扱いになってしまう……!
「ナニ遅刻してんのじゃ東風谷ァ! と、木葉嬢」
「すいません先生! 緑が変なこと言うから!」
「あ、こら私のせいにするな!」
「言い訳なんぞ聞く耳もたん! さっさと席につかんか東風谷ァ! ……それで、木葉嬢はどうして遅刻したんですかい」
『ええー』
なぜか私と早苗で態度が違う先生。クラス中から非難の声が上がっている。
「え、えっと、テストが明後日にあると先程気付いて……。全然勉強してないのでパニックに陥っていました」
「何!? それでは今回テストで点数を取れないじゃあないですかい。仕方ねぇ、ここは先生が一肌脱いでやりましょう」
『ええー』
先生とのちゃんとした会話は今日が初めてのハズなんだけど、なんでこんなに優しいの?
「い、いえ、徹夜で勉強しますので……」
本当はしないが先生に一肌脱いで欲しくないので嘘を教える。
「木葉嬢……なんて、なんて偉いんだ……! 先生嬉しくて泣いちまいまさぁ。うぅ……」
「どうして泣くんですか!? 私は先生が怖くて泣きそうです!」
「くっ……。木葉嬢の成長をもっと見たかったが、時間が来ちまったようです。どうか席についてやくれませんか」
先生の軽いジョークだと判断して席につく。鞄を置いてから空を飛んだので、机の上には荷物が乗ったままだ。
「お前らァ! 朝礼をおっぱじめるぞ! 号礼だァ!」
「きりーつきょーつけーれー」
『お願いします』
「おぅ。今日の連絡事項は――」
私は明日の計画について考える為、目を開きながら意識を閉ざした。
≫ PASS! ≫
あっという間に放課後になり意識を呼び戻し、さっさと昇降口に行って帰路につく。早苗は教室にいなかったから、どこかで待ち伏せでもしているのだろう。
「……」
目の前に早苗の形をした、考えている様子を表す銅像があるがただの銅像だ。そんな置物は無視して私は早苗を探すために全速力で校門を出る。
「…………」
走っている私の視界の端に、銅像が付きまとっている。私の目がおかしくなってしまっただけなのだろう。前方に早苗は見えないし、もう歩きでいいか。
「…………」
視界の端でスライド移動する銅像、いつになったらとれるの?
⇔ MOVE! ⇔
銅像は守矢神社の辺りで見えなくなり、私は清らかな心で婆ちゃんの家の門を開ける。
婆ちゃんの家は、古き良き日本家屋であり、まあまあ広い庭――とは言っても、それは走り回ると窮屈に感じる程度であり、現代住宅のそれとは比べものにならない位の広さの庭がある。そして一階建ての平べったい居住スペース。金持ちが持つような家だが、婆ちゃんはそこまで金持ちではないと思う。もしそうだったら私にお金くれたっていいじゃない。
私の家族は、婆ちゃん一人だけだ。両親は蒸発したし、爺ちゃんは元からいないらしい。だったらなぜ私が生まれたんだと追求したい。
今回私が婆ちゃんの家にきたのは、明日の計画に必要な荷物を準備するためだ。私が普段使わないような物品は全て婆ちゃんの家に収納しているのである。
迷惑かけないように一人暮らしを始めた割には、生活費やら何やらと、私がここに住んでた時以上に迷惑をかけている気がするのは内緒である。
「おお緑、今日はどうした」
「リュック取りに来たー。明日遠出するからね」
縁側に腰掛けていた婆ちゃんに目撃された。要件を告げるついでに私の予定も知らせておく。昔から、出かける時は事前に知らせておかなければならないという決まりがあるのだ。この約束は何となく破ってはいけない雰囲気があり、もう高校生である私は律儀に守っている。
「……そうかそうか。あまりはしゃぎ過ぎるのではないぞ。向こうの世界に行ってしまうからな」
「はいはい分かってるよ」
村で伝わっている「異世界があるよー」という内容のおとぎ話の教訓を持ち出してくる婆ちゃん。そのセリフは聞き飽きているのだよ。
小さい頃から何百回と言われている言葉に飽き飽きしつつも、私は靴を脱いで縁側から侵入する。私の部屋は、出て行った時のままにしてあり、目的のブツはすぐに見つかるハズだ。
「……明日の二時明日の二時……」
早苗との約束の時間を反芻してリュックを探していると、案の定すぐに見つかった。
「……早苗の家に泊まれば良くないか……?」
明日の二時というのは午前二時のことであり、そんな時間に守矢神社に行く位なら最初からいればいいじゃん、と思い付く。
そうなれば話が早い。家に帰って財布と財布と財布とハンカチ・ティッシュ・あめちゃんを持って守矢神社に直行だ。
⇔ MOVE! ⇔
狭いアパートである自分の家で軽い食事をとり、忘れ物がないか五回位確認してから家を出る。
早苗にアポをとっていないが、私と同じく一人暮らしの早苗のことだ。なぜ両親は早苗一人に神社を任せているのか分からないが、それ故にアポなしでも大丈夫だろう。
「いってきまーす」
家の扉を閉め、頭上の監視カメラに挨拶をして私の家とさようなら。
⇔ MOVE! ⇔
守矢神社の賽銭箱の前に立ち止まると、中からワイワイガヤガヤと人の話し声が聞こえる。寂しさを紛らわすためにテレビでも点けているのだろうか。早苗、もう心配する必要はない。これから私が一緒にいてあげるから。
神社の裏手に回り、守矢家としての入り口へ。鍵がかかっていないことを確かめ、そっと戸を開け中に入る。
「(今日は特別に諏訪大戦の噺をしてやろう。あれは二千年前のことだったな……)」
「(神奈子ー! その噺は別に特別でもないよ! もう何百回もしてるよ!)」
奥からのテレビの声がはっきりと聞こえる。漫才でも見てるんじゃないか。
私も混ぜてもらうために早足で居間に行き、勢いよく障子をスライドさせる。
「早苗! 泊めて!」
「……へ?」
「……お!」
「……えっ!?」
中にいたのは早苗+αの人々。早苗は一人暮らしだ。早苗は一人暮らしなのだ。この光景は何かの間違いだ。もう一度障子戸を閉め、再び開ければきっと理想の光景が待っているだろう。早苗は一人暮らしだ。
「おじゃましましたー」
と、その場から動かずに戸を閉める。たっぷり十秒待ってから戸を開ける。テイクつーである。
「早苗! 泊めて!」
「緑! いいですよ!」
勝手に入ったのにそれを咎めることもなく、私の頼みを快諾してくれる早苗。当然部屋の中には早苗しかいない。側面に見える押入れなんて気にならないぞ。
「いきなりどうしたんですか? 待ち合わせは午前二時じゃないですか」
「そんな早い時間なら泊まり込んだ方が楽だと思って……」
「なるほど。それは確かに合理的ですね」
「そうそう。そんな訳で押入れの中を見せなさい」
「やめてください! 希望が逃げていってしまいます!」
早苗の希望は見たくないね。
「晩ごはんの用意をしますから、私の部屋で待っててくださいね!」
早苗の部屋に強制送還。
⇔ MOVE! ⇔
早苗の部屋は案外キレイだ。床は塵一つ落ちていなく、机は整理されている。しかしそれは絶妙なバランスの上で成り立っている美しさであり、私が少しでもそれに触れると、
ガタ (私が近くのタンスの引き出しを開ける)
パァァ! (早苗の希望が部屋に満ち溢れる)
ガタ (別の引き出しを開ける)
ドドドドドド (そこに詰まってた夢が飛び出す)
と、あっという間に生活感溢れる、私にとっては馴染みやすい部屋に様変わりだ。
「ちょ、何やってるんですかww」
早苗が音を聞きつけて飛んできた。関係無いが、現実世界で語尾にわらわら付けてしゃべるのは、他人の目から見ると奇怪に映るので友人として止めておきたい。
「ざまぁわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわら」
「うざっ」
「でしょ?」
これを期に改心してくれればいいね。
「私の部屋がぁ、夢がぁ……!」
「気をしっかり持ちなよ。明日には新しい夢が待っているんだから」
「そ、そうですよね! 待ちに待った夢の祭典!」
『コミケッ!』
≫ PASS! ≫
――人は、幸せを得る為に戦う。
人間の内に眠る闘争心は、きっかけさえあればいつでも暴れ出す。
隣に座る早苗も、今日だけは歴戦の勇者の顔つきになっていた。
時は午前六時。始発に乗ったのにこんな遅い時間についた。
場所は京東ラージサイト。の近くの砂地。逆四角錐をてっぺんに乗せた寄妙な建物が見えない程の遠さだ。四方八方に人、人、人。みんな夏の暑さにやられないように、うちわをパタパタ氷嚢をペタペタと頑張っている。
「くそう! 始発じゃ遅いんですか!? 緑が昨日来た時点で出発すれば良かったんですか!?」
「あつい」
直射日光が頭に当たり、発火しそう。でも早苗は行く前から燃えている。
「緑! 入ったら南館2Y‐28bに直行ですからね!」
「えーっと、サークル名は……?」
「スワラリングケロちゃんの『俺と吉田』ですよ! ちなみに私はヤサカニノカナチャンの『三郎達のダンスパーティ』を獲ってきます!」
「あー、はいはい」
私は帰ってゲームができれば満足なんだ。ノーマルをノーコンクリアしてみたいんだ。エクストラとかファンタズムを攻略したいんだ!
あと四時間も待つのかよう。頭が痛いぃ!
「緑、走ったらアウトです。転んだら大いなるタイムロスになるから」
「走る気力はございません」
「あとちゃんとおサイフ持ってきましたか? 首から下げるのと腰に取り付けるものとポケットに入れておくものとかばんに入れておくものと手で持っておくものです!」
「そんなに持ってないよ! 手に持っておくのと首から下げるのとかばんに入れておくのだけだよ!」
「それだけあれは十分ですよ!」
早苗は全て装備しているけどね。
「あと小銭! 五百円玉何枚ありますか!?」
「両替え忘れててねぇ……。二枚」
「コミケを舐めてるんですか!? ほら、私のを分けますから、お札よこしなさい!」
早苗は腰に取り付けたサイフから、五百円玉を一掴みして差し出す。総額、三万五千五百円なり。
そんなにお札ない。私が持ってきたのは交通費を抜いて五千円だ。
「早苗、今日いくら持ってきたの……?」
「十万を五つに分けてます! 合計五十万です!」
あんたどんだけ買うつもりなんだ。うすいごほんなら百冊位買えるんじゃないか。
「緑は!?」
「五千円」
「……あなた、人間としてどうかしてます!」
所持金だけでここまで言われるなんて!
「そのお金、今だけ貸してあげますから好きなモノ買ってきなさい!」
「あ、ありがとうございませんっ!」
私はまだそっちの領域に踏み入れるつもりはないんだ! 三万五千五百円分の同人誌を一度に買ったら一瞬で腐る! 私と早苗でバランスが保たれている「葉緑隊」が「腐葉奴」と化してしまう!
「緑、あなたは腐っています!」
「違う! 私は健全だ!」
「私が貸した本を拒否せずに読破している時点で、緑は私の仲間なのです! もうあなたはゾンビです!」
「ぐっ、ぐぁあぁぁぁぁぁぁっ!」
知らない間に、とり込まれていたのか……!
「さあ緑、自分を解放しなさい。何も恥ずかしがることはないのです。それは人間という高等生物に与えられた使命、遺伝子に深く深く刻み込まれた抗うことのできない運命なのです。その境地に達した人間は、かつて体験したことのない癒しと究極の救いを得られるでしょう」
「ヲ、ヲヲ、御早苗様……!」
早苗はいい教祖になれるよ。
≫ PASS! ≫
『この列の人ー。八時半頃から移動しますのでこの場所を離れないようにー。どうしてもお手洗に行きたい方は自分が並んでいた場所を覚えて行ってくださーい』
直射日光にさらされ二時間。係の人の拡声器によって増幅された声を聞くに、あと三十分で移動なんだろうがもう溶ける。おかしい位の汗がでてるよ。ねえこれ大丈夫なのかな。
「ぐぐぐぐぐぐ……! 遠くに見える人々は大移動を始めているというのに……! 私達は被差別民ですか!?」
早苗は溶けない。
八時半に移動したとしても実際に始まるのは十時だから……、はぁ……。
「早苗ぇ……水、水を……!」
「軟弱者め! 緑の覚悟はその程度ですか!?」
いくら覚悟したって夏の日差しには勝てません。
「水分を補給したらトイレに行きたくなる! トイレに行ったら獲物を取り逃がす! 分かってますか!?」
「でもだって、この汗、もう危ないよねえ……?」
「もし行きたくなっても我慢するか解放するか、その勇気があるならそこの露店で飲み物を買うことを許可しましょう」
早苗の目線につられて私も露店を見る。飲み物会社ののぼりが私を呼んでいる……!
「解放は嫌だっ!」
頭をぶんぶん振り回して、頭と視界からのぼりを抹消する。汗がなんだ! これは無駄な水分が出ていってるだけだ! むしろ体にいいんだ!
「コミケは戦いです! 甘ったれたこと言ってちゃ人生に負けますよ!」
流石早苗さん……! 勝つために自分の命も省みないその姿勢……! 勇者は一味も二味もちがうぜ!
「ふぅ……」
早苗は腹側に持ったリュックから水筒を取り出し、ごきゅごきゅと飲み始めた。
「ぬるっ」
「……」
さ、さすが早苗さん。勇者は解放も辞さない覚悟を持っているんですね。
≫ PASS! ≫
ちぬぅ。これって。会場の中に。クーラーないでしょ。ちぬぅ。
これから移動ですって。八時半に移動するって言ってたのに、もう十時だよ。周りで拍手の音が聞こえたけど、私は体育座りで動じなかった。そんなんで歩けるかな。立てるかな。
『みなさーん立って下さーい移動しますよー』
「ほら緑、行きますよ。冷たい麦茶あげるから、元気だして」
流石に私の命が危ないと悟ったのか、早苗は自分の水筒を私に持たせた。前の人たちが移動して、砂埃が舞っている。ここは砂漠かなんかですか。
本能の赴くままに水筒を開け、四時間経っても未だに氷が残っているお茶を飲み干す。残っている氷が異常に多いせいか、飲めたのは三口程度だった。足りない。
「丸ごと氷らせてきましたから」
なるほど水筒の保冷効果と、ぜんぶ冷凍する秘技を複合させたのか。さいきょーね。水筒の使用方法が間違っているかもしれないが、命には変えられない。
「緑を一人にすると危ないので、一緒に並びましょうね」
これでは早苗一人で来たのと変わらない。完全に足手まといとなっているじゃないか。コミケを甘く見すぎていたぜ。
申し訳ない気持ちで水筒を返そうとすると押し返され、私の前に並んでいる人々が立ち上がる。
「さあ、聖戦の幕開けです」
⇔ MOVE! ⇔
満員電車よりも無惨な人口密度で、にじみ出す人々の熱気に苛まれながらも、なんとか会場内に入ることができた。しかし待ち受けるものは第二の難関。座って待つことが許されない、二時間待ちの長蛇の列である。
並ぶサークルは『ヤサカニノカナチャン』。超人気サークルらしく、列は何重にも折り重なっている。早苗の水筒のおかげでまだ倒れないものの、やはり人々の熱気は堪え難い。隣にいる早苗も、そわそわし始めた。
「やばいです」
だそうです。
「水筒いる?」
「いえいえいえいえいえ。あの、か、解放が迫って」
自分で言っておいて、まんまと罠にはまってしまったようだ。
「トイレに行っトイレ」
「…………」
私はまだ大丈夫だと思う。いろんな意味で。
必死にお腹を押さえている早苗。これは、かなり手強い相手っぽい。このまま解放の危険と付き合いながら並ぶか、覚悟を決めて行ってしまうか、どうする早苗。
「うぐ、緑、一人で、並んでてください」
私という裏技を使い、早苗は列を抜けることを選んでしまった。
≫ PASS! ≫
会場まで散々並んだと言うのに、サークルの列でさらに二時間弱だ。
トイレとか汗とか、そういうのはとっくに卒業した。オーバードライブ状態の私が考えるのは、この列がどこで終わっていつ買えるのかだけ。列は会場を出て外周を囲むように整理されているから、大きく弧を描きながら進んでいる。でも、まだ売っている場所が見当たらない……。
周りの人も悟りを開いていて、日常生活にはないような一体感がある。ケータイは電波が届かず、早苗と連絡がとれない。くそう、これだからソフトバーンは。
まだトイレなのかどっか行ったのか分からないじゃないか。
リボンの付いた黒い帽子を被っている大学生っぽいひとも、ケータイを開いたり閉じたりして持て余している。
ふと目の前に意識が向いた。前の人たちが手を挙げて、どこかに連行されて行く。空白を埋めるように詰めると、サークルの人が整列させているのに気付いた。
「はーい次ーここからここまでの人は移動しますよー」
と、魔法使いっぽい格好をした女の人。いかにも魔女っ子な服じゃなくて、言うなれば都会派魔法使い。コスプレ?
「じゃあ手をあげてくださーい。そのまま付いてきてくださーい」
移動集団の中に含まれている私。ようやく建物の中に入れた。
が。
『カナチャン! カナチャン! カナチャン!』
異様な光景が広がっていた。
スーツを来たガタイのいい漢達が社交ダンスをしている、巨大なポスター。
その真ん前、一段高い所で握手をして、サインをして、薄い本を差し出すTシャツのひと。
片腕を振ってTシャツのひとを褒め称える一般参加者達。
昨日の敵は今日の友、あっけにとられる私は、隣の大学生に喝を入れられる。
「何をボーッとしているの! 珍しくカナチャンさまが参加なさっているのよ! しっかり崇めなさい!」
真面目そうだった隣のひと! なんて変わり様!
「ほら! せえのっ! カナチャン! カナチャン!」
もうどうにでもなれ!
『カナチャン! カナチャン!』
みんな同類。みんなくさってる。こわくない。
周りに負けないような大声で、私もカナチャンさまを称える。
すると、壇上のカナチャンさまが人差し指を私達の方に突きつけてきた。
「そこの緑!」
えっ、私?
「そうだ! オマエだっ! こっちこい!」
なぜ私の名前を知っている!
「カナチャンさまに気に入られたのよ、あなた! 行ってきなさい!」
隣の大学生さんに背中を押され、前に並んでいるひと達にも押されて、カナチャンさまと対峙する。
カナチャンさまは私の腕を引っ張り上げて、段にのぼらせた!
そして私の姿をみんなにさらして叫ぶ!
「見ろ! これが今回の福女だ!」
『オーッ!』
「福女には抱き枕をプレゼントだ!」
『イイナーッ!』
「さあ受け取れ!」
出てきたのはスーツ漢が寝ている姿をプリントした抱き枕。
裏のプリントは見なかったことにした。
「どうだ! うれしいか!」
「うれしいよ!」
もはやノリがすべてだ!
「私も嬉しいぞ! じゃあさらばだ!」
抱き枕と紙袋を押し付けられて、私は雰囲気に追い出された。カナチャンさまとは来年も会う気がするけど、それはただのファンタジーだ!
≫ PASS! ≫
早苗を探していると。
「あ、さっきの福女の子!」
隣の大学生さんにまた会ってしまった。
「いいなあ、抱き枕」
「あー、あげますよ。これ」
背負って帰るには重すぎる。精神的に。
「え! 嘘!」
「いえほんと」
抱き枕を見ないようにして、大学生さんに渡す。
「いいの!? いいの!?」
と言ってる側から取り上げてる。
こっちこそ、そんなもの持って帰らせていいのと聞きたい。
「ありがとう! あなたのことは一生忘れない!」
ケータイの着信音が聞こえて、大学生さんはポケットからそれを出す。
「やっと電波届いたんだ……」
あの熱気は電波を遮断していたに違いない。
「もすもす。え? 今私の後ろにいるって? あ、いた」
大学生さんは電話を切って、知り合いがいるであろう方向に手を振る。
「いやー、今日は久しぶりにはしゃいだわ。明日からはまた研究」
今日は本当にありがとう、と言って大学生さんは人ごみに紛れて行った。
ああ、なんか、いいことをした気分。
「緑!!」
早苗と再会できたし、帰ろ。
私達のお祭りもおわり。