採薪汲水、火のない所へ。
私、木葉緑が人間の頃に住んでいた村には、あるおとぎ話が伝わっていた。今はそのおとぎ話を頑張って思い出して、童話調に翻訳してみている。
むかーーーーしむかし、あるところに、一匹の妖怪がいましたとさ。めでたくない。
その妖怪は、ある悩みを持っていました。
それは、時間がたつにつれてだんだんと妖怪の力が弱まっていることです。
「最近の若者は妖怪なんていないとかふざけたことを言いがちだよ。片っ端から食ってやろうか!? ……でも、妖怪は人に恐怖されないと生きられないや。こんなんじゃ食う前にこっちが消えそう」
妖怪がぐちぐち言っていると、なんかすごいことを思い付きました。
「そうだ! 最近の若者と、まだ妖怪を恐れてくれるおじーちゃん達の住む場所を分けて、妖怪達の居場所を作ればいいんじゃない!? 壁を作って出られないようにしてみたり! ああ、これいい! いけるいける!」
その妖怪は、言ったことを実現できるだけの力を持っていました。そこで妖怪は、この日から壁を作ることに没頭しました。
百年以上の時が流れました。
妖怪は壁を作り終え、ほっと一息。
この壁は、『現実』と『幻想』を、きっちり分けてしまう壁です。『現実』に入った人間は幸せになり、『幻想』に入った妖怪達もまた、幸せになるのです。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! ここまじで居心地いい! 楽園だよこれ!」
それから、妖怪達はみんな楽園にお引っ越しをして、人間の前から姿を消しましたとさ。
「……こんな感じ? まあ原典とはかけ離れてるけど」
私が話し終える。これって一応予言書になるんじゃない? すげー。私予言者。お団子妖怪・黒谷ヤマメと、ヤッホーの代表者・かそだにきょうこと、覇者の翡翠・水橋パルスィはつまらなさそうに私の話を聞いていた。いやだってこれ元がつまらないもん。どうしたって面白くできないよ。あれか、バトルシーンでも二、三個入れれば良かったか。
私がこんな話をした理由は、話題がなくなったからだ。当てもなく一日歩いていざ野宿、暗い過去を抱えたヤマメとパルスィは、喋っていないと無意識に悲しい表情をする。元気付けようと喋ろうにも話題が見つからん。それでやっと引き出したのがこの話である。
焚き木を囲んでみんな火を凝視する。話題がないのでさっきの話について触れるしかない。ヤマメが面倒臭そうに口を開く。
「そんな楽園があるなら行ってみたいものだねぇ」
この物語は全て実話に基づいている。幻想郷は、確かに存在していた。
「いや、あると思うよ。たぶん。ああいう目的をもった妖怪なんて、一人ぐらいいてもいいでしょ? だから、たぶんおそらくきっと、今かいつかは分からないけど、楽園はできるよ」
「……たぶんとか言ってるのに自信が感じられるわ。何なの?」
「無いことの証明って、できないじゃん?」
「その顔がむかつくわ」
パルスィが私の言動にいちいちケチをつける。食ったろか!?
「とにかく、有る無いの証明って難しいんだよ。だからパルスィ黙れ」
「だが断わるわ」
な、ま、い、き、な、小娘! 十二時間説教してやりたい。
「ぐっ、い、ゃ、やっほー」
「ぃやふぅー」
心で暴れる悪魔をなんとか抑えつけ、別の言葉でごまかす。ヤマビコが帰ってきて、心が静まる。
「わたしはそのものがたりをしんじたいよ。だってようじょだもん」
きょうこって何なの?
ああでもなんだろう。このやりとり、見覚えがあるぞ。
・・・・・・・・・・・
翌日。行く当てがなさ過ぎるんだよ。それに妖怪四体が固まって歩いてるのって怖くない?
「ということで皆様。実家に帰らせていただきます」
「はあ!?」
「あなたの考えてることが理解できないわ」
「まってくれ! このとーり! あやまるからいかないでくれー!」
三者三様の答えをありがとう。
「ただ一つ、私の心にあるのは使命感?」
「……緑の突発的行動は今日に限ったことじゃない。どうせ私が行かないって言っても引きずる気だろう?」
「分かってるじゃないか」
もしここで「さようなら」なんて言われたら、私泣いちゃう。
「で? 実家ってどこだい?」
「えーっと、ヤ……、この街に来る時に通った山の中の洞窟」
「え? 私の村の近くかい? そんな気を使わなくてもいいよ」
「そうですかい」
「あそこって緑の家だったのか……。何というか、野生的ですね」
「何を言う! 超高級物件だよ!」
「うん、そういう事にしといてあげるよ」
最初は真っ暗でじめじめして嫌だったけど、住んでいる内に心地良くなるんだぞ。あんたら若者が贅沢し過ぎているだけなんだ。
「……行くならさっさと行きましょう。あまり野宿はしたくないわ」
「あ、パルスィはここでお留守番」
「……え?」
「ほら、家にはパルスィの熱い心を燻るようなカッチョいいものは置いてないし」
「……。……ぐすん。わ、私だけ置いて楽しい思いをする気なのね。爆発すればいいのに」
あれ、真面目に泣き出しちゃった。困る、冗談のつもりだったのに。ヤマメときょうこが目線で殴ってくる。
「ご、ごめんごめん。ただの冗談だから。ちゃんと連れていくから」
橋姫という性質からして、こういった冗談はタブーだね。これからはちゃんと考えてから発言しないと……。
・・・・・・・・・・・
進む方向間違えた。守矢神社に着いちゃった。街から山までは全力で歩いて三日かかり、守矢神社から山まではゆっくり歩いて二日位だから、そこまで気に病む必要はない。それでも百キロ以上歩くことになるけど。
あと、パルスィの足腰が弱過ぎて、かなり遅いペースで歩かざるを得ない状態だ。さっきの三日かかる……、は歩き慣れしているヤマメと一緒だった時の記録なので、今の状態だともっとかかる。守矢神社に来るのにも、二十日以上はかかっているのだ。
あれ、いくらなんでもかかり過ぎじゃない? もしかして、山から街に行く方向と、守矢神社に行く方向って、真逆? ……え、とっくに、通り、越した……?
「…………こんなこと言えない」
重要なお知らせを心の中にしまって、周りを見渡す。守矢神社があるということは、その周辺に村があるということ。多くの人間は、妖力を感知するような受容器なんてないから、別に四人で侵入したって大丈夫だろう。一番危険な神様はこちらの味方だし。
「……わたしの村でも襲う気?」
そんなことを考えていると、後ろから洩矢諏訪子の声。私以外の三人は一斉に振り向くが、目線の先には何もなく、そのまま下を見たら幼女がいた、という動作をしていた。
一方、私が注目している物体は、遠くの方で私を睨み付けているジャージ上下の八坂神奈子。鋭い目つきをしていても、ジャージのおかげで台無しになっているのは言うまでもない。
私は神奈子の方を向いたまま後ろに手をやり、諏訪子の眼球帽子を採取する。目玉には絶対触れてはならない気がしたので、採取する時は細心の注意を払った。
そして帽子の淵をしっかり掴み、神奈子に向かってフリスビーのごとく投げ飛ばす……!
曲線を描いて浮遊する諏訪子の帽子を見事キャッチした神奈子と私の間には、いつしか深い絆が生まれていた。お互い笑顔でうなずき合い、私は諏訪子を見物していた三人を促し、守矢神社に連れて行った。
「…………わたし、置いてきぼりだ……」
私達妖怪四人は、快く神社に入れてもらえ、皆で旅の疲れを癒すことになった。
「いやぁ久し振りだね! 今丁度枝豆茹でてるんだ! 一緒どうだい?」
神奈子が台所から持ってきた一升瓶を置く。私がここにいた時に、酒は飲めないと伝えた筈なのに。
「神奈子、私はお酒が飲めません」
「いいや飲める。前と違って緑っこの中に酒の魂が秘められているのを感じる。あと神奈子ちゃんって呼んで」
「そんな魂はないけど枝豆は食べたい」
「食べたいのなら酒を飲め」
今回は中々引き下がらない。私が木葉組で飲んだことが神奈子には分かっているのか。
……ヤマメとかが黙りっぱなしなのは何で?
「ねねねねねえ緑……? ここは神社だろう? そこに住まわれている方達って、その……」
「これ? 神」
「これと言ったな? 罰として酒を飲んでもらおう」
神奈子がしつこい。
「まだあんまり自覚ないけど、一応私達妖怪だぞ!? た、退治されないのかい……?」
「大丈夫大丈夫。ヤマメの数少ないお友達になってくれるよ。おーい諏訪子ー、こっちおいでー」
私がこんな我が物顔で振舞っているのは、友達を家に呼んだ時の興奮と似たような現象が起こっているからなのだろう。
「……なんだよ。この緑色妖怪が。祟ってやろうか」
「崇っちゃだめ。こっちきて自己給介しようぜっ!」
「もう……。相変わらず傲慢だなぁ」
「ぐっ! す、すいません……」
傲慢という言葉で目が覚める。「頭おかしい」は言われ慣れてても「傲慢」は結構心に響くんだよね。
そして酒盛りのお時間。食卓には枝豆や小魚など、様々なおつまみが並んでいる。
しかし私達は全員酒を飲めない。ヤマメはまだしも、パルスィ(自分の中に魔物が生まれる歳)やきょうこ(50才児)はもっての他だ。
神奈子と諏訪子が人数分のお椀を取りに行っている時に突然、パルスィが私に向かって話し掛けてきた。
「……木葉緑、私野宿の方がいいわ」
「神様は優しいから怖がることないよ」
「例えそうだとしてもこの空気は私に合わない……」
「……じゃあ、酔ってみよーか?」
パルスィのキャラを崩壊させてみるのも面白い。飲めないんじゃない、飲ませるんだ。自分を棚にあげた上で。
戻ってきた諏訪子からお椀を受け取り、大人のお水をいっぱいになるまで注ぐ。
「パルスィ、この魔法の薬を飲んでみ? 楽しい気分になれるよ」
「…………見るからに酒じゃない」
「そう言いながらも受けとるパルスィ。やはりこの歳の子は好奇心旺盛だ」
悪魔の囁きに負けたパルスィは、お椀に入った酒を一気飲みする。
「おっ! 緑っこの友達はいける口か!?」
神奈子って、絡みが面倒な上司みたい。
パルスィは飲み干したお椀を勢いよく机に置く。その顔は真っ赤になっていて、目は虚ろだった。
「うー。この、クズどもがぁーー! 妬ましいんじゃこらぁーー!」
「わー緑の友達が壊れた!」
「おいおい酒に弱過ぎないか?」
「緑! パルスィが一升瓶をらっぱ飲みしようとしているぞ!」
「わたしもおさけのんでみたいー」
……一瞬にして大混乱。やって後悔した。
「はい。お騒がせして申し訳ございませんでした。今度から気をつけます」
「いいよいいよ! あんなに楽しかったのも久し振りだ! また皆で来てくれよ!」
「……ここ、わたしの神社なのに……」
ヤマメがどうしても神社に泊まりたくないと言うので、混乱がおさまってすぐにここを離れることになった。
パルスィはひたすら暴れた後、気を失うように倒れ、今は私の背中の上にいる。酔わせた張本人が責任とれと、押しつけられたのだ。それにしてもパルスィ、軽過ぎる。もっと食べさせよう。
「じゃあ神奈子、次はいつ会えるか分からないけど、またね」
「おお。次こそは私の酒を飲んでくれよ」
一回位は誘われてあげてもいいかもしれないね。
「緑。次来るときはちゃんとわたしにも相手してくれよ」
今回の扱いは、少し酷かったかもしれない。終わり良ければすべて良し、挨拶をしっかりこなせば、今日の事は水に流してくれるだろう。幼女だし。
「はい。諏訪子様」
小さな神様に、最大限の敬意を払って深々とお辞儀する。するとどうでしょう。背負っていたパルスィがくるりと一回転し、諏訪子に振りかかるのだ。あら不思議。イメージとしては、小学生がランドセルの留め具を忘れ、そのまま前屈みになった時に起こる現象だ。
「いてっ!」
「……本当、ご迷惑をお掛けしました」
せっかくスッキリとしたお別れになりそうだったのに……。落ちたパルスィは起きないし。
ヤマメときょうこの気分は元から最低ライン。私の気分が、たった今最低ラインに達したので、こそこそと神社を後にし、本来の目的地に向かった。
・・・・・・・・・・・
「山はいいよね」
「少なくとも神様の隣よりはね」
「……あの時の記憶が抜けているんだけど。私の中に眠ってるナニカが目を覚ましたのね……?」
「やまといったらわたしでしょう!」
やっと着いた! 道を間違えていたことは、私がずっと黙っていたおかげで、なんとかバレずに済んだ。
私は喜びの余り走り出す。ヤマメは並走、パルスィときょうこは取り残されたが、自分のペースで追い付いてくるだろう。
「こら! いきなり! 走り出すな!」
「へっへー! ここは私の土地だ!」
川を見つけ、それをさかのぼって行くと、間もなく水の住む滝に。
「ああもう! そういえばここも神様の住む所じゃないか!」
「神様なんていないって!」
ヤマメがこちらを向いているスキに、滝の頂上から手が生えてきて、私においでおいでしてきた。
「あ、ヤマメ。みんな来たらそこの洞窟に入ってて。私ちょっと行ってくる」
「自由過ぎる!!!!」
私はヤマメを置いて、生えている手の持ち主の元に駆けつけることにした。
前方に広がる崖をそのまま登ることはできないので、進める道を探し、結果的に大きく回りこんで滝の上までやってくる。そこには、地面に腹這いになって下の様子を窺っている薄ピンク髪の幼女がいた。
「……おい緑。また部外者を連れおって」
「今度は妖怪だよ。三人いるけど」
「ここはかんけーしゃいがいたちいりきんしと言ったじゃろう!」
「妖怪ならいいんでしょ!?」
「わ、我は知的生命体の前では姿を現さない主義なのじゃ!」
「それって、私は違うという意味!?」
「あ、ああ、そんな大声……! 来い! 場所を変えるぞ」
幼婆・龍巳神水が下にいるヤマメ達に目撃されないようにそっと立ち上がり、私について来るように目で訴えてきた。
・・・・・・・・・・・
気付いていなかったが、もうすっかり夕方だ。
私は山頂まで連れられ、見晴らしの良い場所に二人して席った。
「水、なんでそんなに他人を嫌がるの?」
人見知りな私には水の気持ちが少し分かるが、ここまで酷くはない。
「我はずっと一人だったのじゃぞ? 知らぬ者とは余り話したくない。それにな、緑と最初に出会った時は心の準備が出来ていたんじゃが……、い、いきなり来られると……」
コミュニケーション能力が皆無。何万年も一人で生きていて、今さら他人と接触するなんて無理だと言いたいらしい。
そこでふと、一つの疑問が生じる。全然関係ないことだけど。
「……何万? 水は八意さん家のご先祖様を見たんでしょ?」
はるか昔に水が言ってた言葉だ。KAGUYAさんの一件でその時の記憶が引き出されていたのだ。
永琳会長が生まれたのは数億年前。ご先祖様を見るにはそれ以上生きていなければならない。
「歳か。歳の事を我に聞くのか。何という無礼者」
「いいから言いなさい」
「……実のところ、分からん。数が大き過ぎて、数えられん」
そうですね。例えば、一億九千三百五十六万三千二百二十六歳が、一億九千三百五十六万三千二百二十七歳になるのなんて変化した気がしないし、いちいち覚えていられない。
「じゃあ水が生まれた頃は何があった?」
「それを思い出せと。まあ良い。えっと、確か、我は水の中で生活していた頃で、他の生き物は皆ふにゃふにゃで……、それ位しか無かったぞ」
「…………」
はい? それって、生命が誕生した時の光景じゃないですか? 約38億年前のことどすぇ。
「…………ババアの上って、何て言えばいいんだ……?」
「……張っ倒すぞ」
話がそれた。水がヤマメ達に会うように仕向けなければ。
「あのさ、一度だけでいいから他の人と会ってみて」
「嫌じゃ」
即答である。まだまだ序の口。
「話してみると意外に大丈夫かもしれないよ?」
「駄目じゃ」
もっと自信を持ってよ!
「声だけ。声だけでいいから」
「無駄じゃ」
たった三問で、水は立ち上がって山を下りようとする。せっかくここまで来たのにほとんど会話していないぞ。
「我は別の場所で夜を明かす。こうなる事を見越して別の洞窟を見つけて置いたからな」
筋金入りの他人嫌いだ。
……そこまで嫌ならいいよ。無理に会えとは言わない。
「でも滝の裏の洞窟は使うよ」
「そこは容赦無いんじゃな」
私も立ち上がって、歩き出す水の後を追う。
「いつかは他の人とも会ってみなよ?」
「絶対嫌じゃ」
水の言葉が終わった瞬間、背後で何らかの生物が、地面を踏んだ音が鳴った。
「――あら、じゃあ私は帰った方が良いのかしら?」