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東方現葉幻詩  作者: 風三租
第三部 いい旅夢気分
26/44

狂言綺語、お年頃なのです





 木葉組の家で一夜を明かすのは絶対嫌。幸い暗くなってからそんなに時間も経っていないので、黒花に別れを告げて、水橋清里の家に帰った。

 それにしても木葉組。自分で言うのは遠慮したいものである。


「……ただいまー」

「おかえりーって、酒臭っ」


 部屋に入ると、いつものようにヤマメが出迎えてくれる。そういえば私、ついに酒飲んじゃったんだ。


「……不良ね」

「あれ? なんで少女がいるの? 自分の部屋に帰れ」


 いつもならこの時間は少女一人の時間なのに。


「清里が朝出たっきり帰って来ないんだ。だからというのか、昼からここを離れないんだ」


 私が追い出された時からか。そういえば、もこーの事忘れてた。不死だから気にする程の問題でもないか。今は少女の話題が最優先だ。

 最近水橋清里が家にいないことが多い。早朝に出てって、夜遅くに帰ってくる。今も十分遅い時間なのだが、奴はまだ帰ってきていないのか。

 少女はいつ帰って来るか分からない清里を待ち続けなければならない。一人でいると不安な気持ちでいっぱいになる。ならば一日中家にいるヤマメを頼るのは、自然なことだと言えよう。


「寂しいんだね?」

「……そんな訳ないじゃない。死んでくれる?」


 お口が悪い少女。不良は貴様だ。


「私は死にましぇん」

「……」

「……」


 私の言葉に場の空気が白ける。二人は酔っぱらいを見るような目で私を見てから、違う方向を向いてしまった。私は酔っぱらってなどいない。二日酔いで頭が痛いだけだ。


「少女少女、さっきの話を続けようじゃないか」

「……いやよ」


 立ち尽くす私をよそに二人は内緒の話をし始める。いいさいいさ。不貞寝してやる。


「清里の事どう思ってんだい? お姉さんにこっそり教えちゃいな」

「……別に何でもないわよ」

「またまたー。何でもなかったら一緒に生活なんてしないだろう?」

「……そうなの?」

「そうなの」


 ヤマメがしつこいオッサンにしか見えない。私はヤマメの真後ろに布団を敷いて寝そべる。ああ、体が楽だ。


「……本当に何でもないわ」

「じゃあ清里は私がもらうぞ?」

「……好きにしなさい」

「そう言って私に本気で目つぶししようとしている少女がかわいいよ」

「かわいい……。あなたって、やっぱり女の人の方が好きなの……?」

「んな訳無いだろう。私は清里が好きだいやっ、こめかみは痛過ぎる」

「……でも、いつもあれと一緒にいるし」


 私の事をあれと言わないであげて。


「あれか。あれは木葉緑という」

「なんで本名教えるの!?」


 びっくりだよいきなり! 少女には隠し通そうと思ってたのに!


「……うわぁ」

「このっ! 人様の名前をっ!」


 つまらないとか思ったでしょ!? そんな反応するなら少女の名前はさぞかし面白いんだろうね!


「バレたからには少女の名前も教えてもらおうか」

「私は最初から名を知られているのに教えてもらってないぞ」

「富山柴左衛門よ」

「またそいつか!」

「私の周りには富山が何人いるんだ!」


 今度から名無しの権兵衛の代わりに富山柴左衛門を使おうか?


「冗談よ。私はあなたみたい子供じゃないからちゃんと教えるわ」

「ぐぅ……少女のくせに……!」


 720歳上の人にそんな態度をとるか。

 ちなみに私が18歳で少女は『tanθ≒0.03(−2π≦θ≦−4π)、この時のθを度数に直した値』歳だ。複雑過ぎ。


「……パルスィ」

「ぱるしー?」

「ぱ?」


 そんなの名前にあらず。


「漢字ではこう書くわ」


 そう言って少女はどこからともなく紙と筆を持ち出し、そこに書く。


『霸翠』


「うわー」

「うわー」

「清里と一緒に去年考えたのよ。それまで私、名前なかったから」


 漢字の意味は、「天下をおさえる程の強大な力を持った、青緑色のよごれ一つない美しい宝石」である。名前にするには意味が壮大過ぎる。

 やっちまった。少女よ、君は一生この字を背負って生きていかなければならないのだぞ。よぼよぼになったお婆ちゃんの名前が『覇翠(覇王の翡翠)』だったらどう思う?


「……あの、その時の水橋清里反応は……?」

「笑ってたわ。それに『い、いい名前だと思うよははは。君がそれでいいと思うならそうしな。いいと思うなら、ね、うん』って褒めてくれたわ」


 良い人過ぎるのも考えものだ。


「少女少女、名字はあるの?」

「狂姫と書いてクレイジーガールと読むのよ。今流行のあんぐろさくそんごを使っているの」


 狂姫覇翠。パルスィ・クレイジーガール。あんたどこの国の人だ。


「少女、悪い事は言わない。名前はそのままでいいから、字を変えよう? ね?」


 最大の譲歩だ。でもクレイジーガールは救いようがないな。


「イヤよ。これは私の大切な名前なんだから」

「せめて今流行の読み方はやめよう!? きょーきぱるすいって名乗って!?」

「私は今の流行とか全然知らないけど、くれいじーなんとかはマズいと思うんだ!」

「カッコいいじゃない」

「……あぁ」

「……はぁ」


 私、木葉緑で良かった。シンプルイズベスト。




・・・・・・・・・・・




 夏から秋の境目で、早朝は薄暗く肌寒い。

 結局、昨夜中に水橋清里は帰ってこなかった。さて寝ようと思った頃、覇翠は寂しくて寂しくてもう泣きそうな表情をしていて、最終的に川の字になって三人で寝ることになった。もちろん、気が強いというアイデンティティーを持っている霸翠が、一緒に寝たいなんてことを自分から言う筈がない。全てヤマメの思い付きによるものだ。

 嫌がる覇翠をはさんで消灯し、間もなく静かになった。一方私はと言うと、人一人見知った人が一日帰って来ないというのは案外心配になるもので、寝よう寝ようと頑張ってみたがどうしても眠れなかった。部屋は明るくなりつつあるが、細かい作業をするにはまだ暗い。


「ん、んん」


 私とヤマメに挟まれた覇翠の顔はなんだか幸せそうだ。きっと夢の中で魔物と戯れているのだろう。今度私も混ぜて欲しい。


「ヤマーメ」

「なんだい」

「眠れん」

「……なんだかんだ言って、かなり心配してるんじゃないか?」

「そういうヤマメも」

「いやいや私は少し寝たぞ?」

「少しだけじゃんはっはっは。私はどちらかというと夜行性なのだよ。だからむしろ寝てるのがつらい」

「言い訳なんてしなくていいんだぞ? 緑は優しいなあ」

「ぱるすいを安心させようと一生懸命考えてたヤマメと比べたら私は全然」

「その横で何か手助けできないかとチラチラ見ていた緑を知っているんだぞ?」

「実際に行動に移せたヤマメは本当に素晴らしいと思うよ」

「ふふふふふふふ」

「ふふふふふふふ」


 生き物は、しっかり睡眠をとらないとストレスが溜まるのである。

 しばらく二人の不気味な笑い声で覇翠を挟み撃ちしていると、外で砂利を踏む音が僅かに。


「これ……!」

「……清里?」


 覇翠を起こさないように、そっと二人で外に出る。外はもっと寒く感じるな。


「……いたよ水橋清里」

「……と、幼女」


 水橋清里は、最初に私達をこの家に招き入れた時と同じく、砂利を鳴らさないように忍び足でこちらに向かっている。隣にはダークグリーンの髪の幼女。

 覇翠を起こさなくて良かった。本気で心配した結果がコレだったら、悲しみの余り平城京を十周してしまうだろう。

 水橋清里の処刑を私達だけで済ませるべく、突撃する。


「あ、たっだいまー」


 と、水橋清里は反省した様子もなく挨拶してくる。


「おいロリコン!」

「一体どういう事か説明、させん!」


 こういう時だけは私とヤマメの息がぴったり合う。二人がかりで水橋清里(ロリコン)を拘束し、色々やってみようと接近を試みるが、右下で例の幼女が縮こまっていて実行できなかった。


「(……緑)」


 ヤマメが向こうに聞こえないように耳うちする。


「(……あれ、分かるかい?)」

「(幼女)」

「(バカ! 妖怪だよ、あれ)」

「(はぁ?)」

「(妖気が出てる)」


 大後輩である黒谷ヤマメさんは、私を差し置いて妖力を感じ取る性質を持っている。妖怪にとってはそれが基本の機能らしく、一応私にも備わっている。しかし持っている妖力が多過ぎるおかげか、その知覚基準が高く余程濃い妖気じゃないと分からない。

 そのため水橋清里にくっついてる泣きそうな幼女が、妖怪であると言われてもしっくりこない。




 ――私が出会った幼女の中に、人間は一人もいなかった。




「(ああ、あの子妖怪なんだ)」

「(どうする? 襲ってくるかもしれないよ?)」

「(襲ってきたら退治するよ。ヤマメを)」

「なんで!?」


 たとえ同族であっても、有害ならば容赦はしない。殺すことまではしないが、襲ったことを後悔する位の精神的苦痛を与えてやる。かなり陰湿な私である。

 まあ幼女の中にバカはいても悪いヤツはいない。過去四度の経験から学んだことだ。水とかすわっ子とかチルノとか留怨最凶とか。退治するなら残ったヤマメしかいないね。


「(大声出さないの! 幼女が怖がって水橋清里の後ろに隠れちゃったしぱるすいが起きてきたでしょ!)」

「(……え?)」


 私の背後から覇翠が歩く音が聞こえていたので伝えておく。水橋清里には聞こえないようにしたおかげで、幼女をあやす水橋清里は少女の接近に気付かない。


「その幼女は誰?」


 感情を押し殺したような声。水橋清里はいない筈の覇翠の声にすぐさま反応する。


「げっ! こ、これは深い理由があって」

「またそれね」


 水橋清里の言葉を遮り、少女は水橋清里の目の前まで進む。


「昨日の朝出てまる一日。帰ってきての第一声は『げっ』」


 冷たい風が一吹き、私とヤマメは体を震わせる。


「信じられないわ」


 幼女が目前に迫る少女を避けるため、私の方に駆け寄ってくる。


「いつもそう」


 水橋清里と少女が、障害となるものが一つも無い状態で、真に向かい合う。

 その瞬間に爆ぜた。


「いつもいつもそれじゃないの! 毎回毎回私にどれだけ心配をかけてると思っているの!? あなたが外に出てったきり戻ってこないから事故にでも遭ったかと思って気が気じゃなかったのに! 結果はやっぱりそれなのね!?」

「ぅぅ、ごめん」


 少女の不安は別の感情に変わってしまった。


「でも聞いてくれ、この子は――」

「理由があれば何だっていいと思ってんの!? その深い理由で私を何回心配させれば気が済むの!? それとも私はその深い理由の中の一つに過ぎないからって許されるとでも思ってるの!?」


 今までの水橋清里の行動を振り返ると、女を連れ帰ってきたのは、今日と藤原さんと私達の三回。数箇月に一回という頻度から逆算するに、恐らく私達がこの家に滞在させてもらうようになる前にも何回か女を連れ込んだのだろう。言動から分かるように、少女もその一人。

 水橋清里が帰ってこないのが心配で、今日私は寝ていない。少女は私が昨日から感じてきたような不安を、何度も何度も経験している。それを毎回、女連れの男に「深い理由」とやらで無に帰されるのは、酷だ。

 水橋清里は、決して嘘を吐いているのではない。私達の時は宿が無く途方に暮れていたから。藤原さんの時は、恐らくかぐや姫に実の親が心奪われている間、半育児放棄な状能だったから。この小さな妖怪にも確固たる理由があり、ここに連れられた。過去の女達も、皆それぞれ理由があって水橋家に迎えられたのだ。

 それでもやはり、待つ側にとってそんなのは関係ない。


「連れ込んで一晩部屋を貸す位なら理解してあげられるけど! あなたは女が一人立ちするまで置いておくじゃない! その間中あなたが取られないように私はずっと心配していなきゃならないのよ! 結局私の心が休まる日は無いじゃない!」


 こんなに長く滞在していれば、顔立ちの良い水橋清里に心引かれる女も少なくないであろう。口にこそ出さないが、少女は水橋清里を大切に想っているのは行動や言動から見て分かること。少女は心引かれた女が水橋清里に近付く光景を、黙って間近で見ていなければならない。それはもう、気がおかしくなる。ここまで報われることなく耐えた少女は賞賛に値する。


「他の女と一緒に喋る清里を見ているだけで頭が痛くなる! 他の女と一緒に食事をしていると吐き気がする! 清里が他の女と一緒に歩いているのを見ると息が詰まる! 妬ましい、そう、妬ましいのよ!」


 次第に、少女の言葉は独り善がりなものとなる。それは初めて晒される少女の本心。

 水橋清里は少女の嘆きに対し、そっと抱擁して返答する。


「ごめんよ。君がそんなに僕を思ってくれているなんて、僕には分からなかった。……でもね、僕は困っている女の子を見るとどうしても放っておけないんだ。助けてあげられるのに放っておくなんて、僕にはできないよ。僕は君が大事だ。でも他の女の子達も大事なんだ。……分かってくれるかい?」


 水橋清里の言葉を聞き終えた少女は、覆いかぶさる水橋清里から突き飛ばすようにして逃れる。

 そして思い切り、水橋清里の頬を叩く。


「馬鹿っっ!!」


 少女は泣きながら走り去り、家を出てしまった。

 残された水橋清里は頬を擦りながら、少女が走った方向を見て呟く。


「……はは、僕、間違えちゃったのかな……」


 水橋清里……。




・・・・・・・・・・・




 居辛い。覇翠があんな告白をした手前、『他の女』である私達がこの家に留まるのは、とっても申し訳ない。

 だからと言って私にしがみ付く幼女を残しておくのも憚られる。水橋清里はあれから一歩も動かないし、私とヤマメがしっかりしないといけない。

 私達は幼女を連れて部屋に戻り、幼女とコンタクトをとる。


「幼女、名前は?」

「ようじょ、なまえは?」

「名前を教えてくれない?」

「なまえをおしえてくれない?」


 オウム返しである。


「そんな聞き方じゃあ心を開かないよ。どれどれ」


 そう言ってヤマメは私を押しのけ、幼女の前に座りこむ。


「私の名前は黒谷ヤマメっていうんだよー。お姉さんにお名前を教えてくれないかなー?」

「くろだにやまめっていうんだよー!」

「私の名前じゃなくて、君の名前」

「わ・じ・ま」

「言葉の断片を抜き出して名前みたいに言わないでくれないかな!?」


 ヤマメに対しては、幼女ですら偽名を使う始末。

「そんな強くつっこんじゃ幼女が怖がるでしょ。どいて」


 私はヤマメを押しのけ、初期位置に戻る。


「幼女は幼女って呼ばれるままでいいの?」

「ようじょようじょ」


 奇妙な光景だ。


「それとも、幼女って名前なの?」

「ようじょってなまえなの?」

「……」

「……」

「……そうだ」

「そーだ?」


 オウム返しをするならそれなりの手がある。


「あおまきがみあかまきがみきまきがみ!」

「あおまきがみあかまきまっきまきがみ!」


 よし効果あり。


「となりのきゃくはよくかきくうきゃくだ!」

「となりのかきはよくきゃきゅきゅうきゃくだ!」

「なまごみなまごめなまたまごっ!」

「なまごみなまごめなまはむっ!」


 生ハム!? ……いや、つっかえながらもしぶとく生き残る幼女。こうなったら最終手段を使うしかない。


「……(自主規制)!」

「う……っっ!?」


 言えないだろうふははははは! 何で私、こんなこと言ったんだろ。


「幼女破れたり。さあ名前を言うが良い」

「ぅ……、き、きょうこ」


 やっとオウム返しが止まった。まともな会話、できるじゃん。


「ふーんきょうこかー。なんで水橋清里に誘拐されたの?」

「へんなふくきた人たちに追っかけられてた。そのときにたすけてもらったの」


 変な服……。きょうこは妖怪であり、追う人といえばそっち関係の人か水橋清里しか思い付かない。つまり、最近出現したと言われる陰陽師か幼女至上主義者である。


「きょうこ、何歳?」

「……んー、50才」


 うおぅ幼いと一瞬思ったが、人間だったらオバハン絶好調の歳だ。自分を含めて周りにはおかしな桁の年齢をした人ばかりだから、感覚がずれている。


「……嘘だろ。私はまだ17歳だぞ……?」

「それが嘘じゃないんですよー。妖怪とはそういうものなのさ」


 50年も生きているなら自給自足の能力を身に付けているはずだ。ここに留まっている必要は無い。水橋清里は覇翠を悲しませた上に、連れてくる必要のない幼女を連れてきたのだ。善意の行動が全て裏目に出た。


「……はぁ。ここを出てくって言っても、少女が帰ってくるまで水橋清里の助けになってやらないと後味悪いし、きょうこをどうするか考えなきゃいけないし、やることいっぱいだー」

「万年ごろごろしているような緑が急にやる気を出した!? そうか、私の命は今日までなのか……」

「きょうまでー!」


 私へのいじめは今も続いているらしい。




・・・・・・・・・・・




 覇翠が家出してもう一月にもなるよ!? 大丈夫なの!?

 水橋清里は覇翠が出てった二日後に「ちょっと、パルを探してくるよ」とだけ言い残して出ていってしまって帰ってこない。家に残っているのは私達三人だけ。

 じっとしていられないので、私達の方でも度々探しに出かけた。普段人が通らないような所に入ってみると、そこは家を持たない貧しい人々で溢れていたり、捨て場所がなく隠すように積まれた死体の山があったりと、とても少女がいる場所には思えない。されど僅かな可能性を信じてそこの探索も入念に行ったが、残念な結果に終わった。

 木葉組組長の権限を使って、すっかり従順になったお兄さん達にも探索してもらえるようにお願いもした。それでも有力な情報は見つからない。

 ただ、探索中に妙な噂を小耳に挟んだ。


 ――街の外にある橋を恋人同士の男女で渡っていると、急に女の方が橋から身を投げ出し、愛する男を残して自殺してしまう、という物騒な話。


 初めは噂に過ぎない作り話にしか思わなかった。しかしそういった話には恐怖が生まれる。恐怖をすれば妖怪が生まれる。噂が流れるには、何かしらの原因が必要。

 手がかりが全く見つからず、少女が家出した後に噂が流れ出したのだから、自然と考えが最悪の方向に向かう。

 かつて人間から妖怪になってしまった一人の少女を間近で見ている私にとって、この最悪な可能性を否定することはできない。むしろこの仮定で考えた方が、パズルのピースが合てはまるように次々と思考が展開する。

 覇翠は妖怪化してしまったんじゃないか――。

 妖怪になるのが簡単過ぎないか、という否定材料も一応あった。でも、すでに頭の中でストーリーが組み上がっていたために、小さな否定材料は何の意味もなさなかった。

 気持ち的に家に帰れなくなった少女は、屋根がある場所を求めて橋に住みつくようになる。そこを渡る男と女の姿が、水橋清里と自分ではない女の姿と重なり、長い間溜めていた嫉妬心が再び燃え上がる。橋を渡ると女の方が死ぬのは、水橋清里が居候の女と仲良くしている時に覇翠が抱く感情が、女に影響を及ぼした結果だと考えられる。そんなことは妖怪にしかできない。どういった経緯で妖怪になったのかは想像できない。しかし覇翠が妖怪であることにより、妬みが実際に力を持つのである。少女の、強く妖力が合わさった嫉妬は人間の女を狂わせ、死に導く。それは『嫉妬心を操る程度の能力』というものか。

 ――まあ、全ては妄想に近い仮定の話である。これが間違っていることを願いたい。


「ヤマメ、今度一緒に橋に行こうか」

「え? 橋って、噂の……?」

「うん」


 仮定ができてしまった以上、行ってみる価値はある、と考えていると、家の敷地に誰かが侵入した音が聞こえてくる。

 外を見てみると、知らない人達がぞろぞろと敷地に入ってきていた。服装から察するに、お役所の人達だ。

 水橋清里が不在の中、偉い人達と勝手に会うのは不味いので、皆で隠れる。

 十人程入り、その内二人が先頭に立って建物を見渡す。


「ここが水橋清里の住居ですか」

「そうです。建造物の周りは庭で囲まれている為、延焼の心配はありません」


 何の話をしているの? 延焼って……?


「ついに長年抱えていた問題が解決しますね」

「同居人が失踪してから状況が変わりましたからね」

「水橋家には遷都以前からお世話になりました」

「全て、この家を燃やせば終わります」


 ……は?


「――十日後、水橋家焼却処理を決行します。住民に警告をし、当日には万全を期して避難の誘導も行ってください。大体の流れはこんな感じですが、後は各自で確認しておくように」


 先頭に立つ人が建物に背を向け、事務的な口調で他の人々に説明する。それが終わると再びぞろぞろと帰っていった。


「え、この家、燃やされるの……?」

「清里はどうしたんだい!?」


 水橋清里の親は政府の弱みを握っていたそうだ。どんなものかは知らないが、どうせ一般人に知られると不味い類のものだ。

 弱みを握った親の子が、それを知っているかは分からない。分からないのなら、邪魔になる。邪魔にはなるが、周囲を混乱させないために、乱暴な扱いはできない。

 ……ああもう、最悪だ。


「ヤマメ、一つ質問するけど、答えなくていいよ」


 悪い事が立て続けに起こっている気がする。


「……いつも家にいる少女は失踪して、水橋清里は夜通し探索しています。夜は一人になることもあるでしょう。さて、弱みを握っている可能性がある二人をどうにかするには、いつ頃が適しているでしょうか」


 周囲を混乱させたくないのならば、誰も見ていなければ良い。誰も見ていなければ、急にいなくなっても理由を後付けできる。


「……あ、あああああ、また、またなのか」


 ヤマメの中に眠っている嫌な思い出が浮かんできたのか、頭を抱えてうずくまってしまった。


「みどりー、これ」


 どこかに隠れていたきょうこが、何か見つけたのか、私にそれを渡してくる。

 私はそれを一瞬見て、決心する。


「……ヤマメ、街を出よう。そしてどこか、安心して住める場所を探そう」




・・・・・・・・・・・




 この家に身を置かせてもらうようになったのは春。そして今は秋。もう半年も経っているのか。

 長いようで短いこの期間。いつもボーっとしていただけだった。覇翠とか水橋清里とかと、もっと会話しておけば良かったと後悔する。

 人間は忙しい。水や神奈子諏訪子みたいに、行けばいつでも会えるとは限らない。

 私も最初は人間だったが、その期間は生涯の四十分の一に過ぎない。四十歳の人間が一歳の頃の記憶を持っていたとして、その時の自分を自分だと思えるだろうか。私は人間の頃の記憶が残っているが、自分は妖怪であると、自己の認識はとっくにそうなっている。


「ヤマメ。この街での生活は、どうだった?」

「……平和だったよ」

「そうだね」


 平和だったのだ。土蜘蛛が退治されても優しい青年とそれを慕う少女が消えても、その平和は動じない。安定していて巨大な平和は、個人の不幸を飲み込み、消化する。

 丸々と太った平和は、間もなく変態して、時代をも飲み込むようになる。

 それは、歴史が大の苦手である私でも知っている時代。都が京都に移り、平和が様々な文化を産み出すことになる、平安時代。


「じゃあ、しゅっぱーつ!」


 あれからお世話になった水橋清里の家を掃除して、次の日――すなわち今日出発だ。

 私とヤマメときょうこ、妖怪三人で朱雀大路を通り抜ける。これからつくられるであろう平安京も平城京も同じような構造をしているので、別に感慨深くもない。

 日影になっている場所に死体が積み上げられている羅城門をくぐり、平和が及ばない外に出る。


「きょうこ、これからどうしたい? 私達は遠い所に行くと思うんだけど」

「ここでわたしをおいていくというの!?」

「一緒に行きたいんだね。はいはい」


 なんでこの子、いるんだろう。


「ヤマメ、まず橋に行ってみよう」

「ほい」


 いるかどうかは定かではないが、きっといるだろう。

 多くの人が通ることで生まれた道を辿って、草原を横切り、森の中に入る。周りの景色を望めながら歩いていると、遠くの木に釘を刺された藁人形が見えた気がするが、疲れて幻覚を見ただけだと信じたい。

 橋は街から歩いて十分程の所にあった。


「いちゃいちゃしながら歩いてみようか」

「嫌だよ気持ち悪い。あの噂は男女の時にだけ通用するものだろう?」

「大丈夫。私はよく男と間違えられるから。子供もいるし」

「ようじょ!」


 外で幼女幼女叫ぶのはやめて欲しい。


「自殺するのはヤマメだし」

「死なないよ! もしそうなったら緑も道連れだ!」

「私達の娘は?」

「むすっ……、きょうこは山に帰してあげるよ!」

「ひどい! わたしをすてるきなのね!?」


 橋の前で立ち止まり、口論している私達。橋の守護神(ガーディアン)は、心の中で早く渡れとでも叫んでいるのだろう。


「ほらヤマメ、さっさと渡るよ。いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ」

「ちょっと、そんなにくっつくなよ。歩きにくい、っていうか足をかけてくるな!」

「ひぎ、ひざかっくん!」

「うごっ」

「うひゃっ」


 怖い怖い橋の上でも相変わらずである。




「……何やってんのよ、あんた達」




 橋の手すりに腰掛けていた少女が、目を細めてこちらを見る。


「……どちら様?」

「……もしかして、ハズレ?」


 少女の瞳は、見ていると吸い込まれていきそうな緑色に変色し、黒かった髪はすっかり色が抜け、茶髪を通り越して黄色く染まっていた。


「……はぁ。あんた達は何一つ変わらないのね妬ましい」


 加えて、すっかり嫉妬に染まっている。

 まあ久し振りの再会だ。ここはちゃんとやっておくか。


「ようこそ魑魅魍魎の世界へ。私は木葉緑という妖怪でございます」


 隣のヤマメを叩いて続きを促す。


「え、あ、私は妖怪土蜘蛛、黒谷ヤマメ」

「わたしはヤマビコ、かそだにきょうこ!」


 きょうこの情報、初めて知った。


「貴女様にお手紙が届いております。こちらをどうぞ」


 昨日きょうこに渡された水橋清里の手紙を、持つべき人の元に差し出す。


「え、これ…………い、しょ……?」


 手紙を包む紙に書かれた文字は、『遺書』の二文字。

 少女は震える手で、一刻も早く開けようとぐしゃぐしゃにしながらも、なんとか取り出す。

 そこに書かれた内容を知る術を、私は持ち合わせていない。しかしあの優しい水橋清里の事だ。「ごめんよ」から始まり深い理由でも綴っているのだろう。


 水橋清里が遺書を残した理由とか、他の女の事での謝罪とか。少女の表情を見れば大体分かる。

 表情だけでは抑え切れなくなったのか、次第に声も出てくる。


「なんで謝るのよ……。私の勝手な行動だったのに……!」


 家にはもう帰れないこととか、それに対する謝罪とか。

 いつもの調子で書いてあるのだろう。


「なんでもっと早く言ってくれないのよ……! なんでこんな私に謝るの!?」


 少女に対する気持ちとか、直接伝えられなかったことについての謝罪とか。

 少女が本心をさらけ出した時のように、自分の思うままの言葉が書いてあるのだろう。


「なんでそんな言葉を残すのよっ!!」


 手紙は少女の涙で濡れてしまった。まるで前から濡れていたかのようなしわが入った手紙を濡らしていった。


「もう、遅いじゃない……」


 少女は妖怪になってしまった。


「全てが、手遅れじゃない……」


 嫉妬の炎は、鎮火できない。




・・・・・・・・・・・




「やっほー」

「ぃやふぅー」


 覇翠が落ち着くまで、一人にしておいた方がいいと思って、きょうこと遊んで暇つぶしをすることにした。ヤマメには狩りに出てもらっている。

 それにしてもなんて発音が素晴らしいの? YAHOOだよ。アメリカンだよ。


「たーまやーっほー」

「たーまぃやふぅー」


 発音がいいのは「やっほー」の部分だけだし。謎だ。


「……もう大丈夫よ」


 覇翠が橋の隅から戻ってきた。髪の色と目の色には違和感を覚えるが、強気な表情は前と変わらない。


「あなた達はこれからどうするつもり?」

「当てのない旅に出ようと……」

「そう」


 覇翠はいきなり正座して、こちらを見据えてきた。

 私ときょうこはキョトンとするしかない。


「私は……、橋、姫。……水橋、パルスィよ。あなた達に付いて行きたいわ」


 途切れ途切れになりながらも、さっきの私達と同じように自己紹介をする。少女の名字は変わっていた。


「…………あの、名前は変えないんだ」

「…………ぱるすー」

「……」


 叩かれた。







☆秋姉妹的終了祝い


「静葉です!」

「穣子です!」

「うおーーー! 妹よ妬ましい!」

「お姉ちゃん! そんなことよりなにこのタイトル!?」

「穣子……。このコーナーは、今日で終わりなのよ……」

「どうしてそんなこというの!?」

「緑のペンダントに入ってる神力が、あとちょっとで切れそうなのよ……」

「え! じゃあ、緑の観察はここでおわり!?」

「残念ながら……」

「そんなの嘘だ! 神力がそう簡単に切れるはずないよ!」

「嘘よ」

「……え?」

「まだまだちゃんと映るわよ。ぜんぶ嘘」

「くぅ……!」

「どう? 参った?」

「や、やられた……」

「勝った! 第三部完! 姉の力を思い知った?」

「それがやりたかっただけでしょ!」

「穣子、姉を敬いなさい。そうしないと……」

「え」

「さとりさんをあなたに装着するわ」

「嫌だーー!!!」

「…………」

「…………」

「よ、予言を終わっていい? お、お姉さま」

「よろしい」

「うぅ……。お姉ちゃんきらい……」

「え゛」





あとがき。


神様のおっしゃった通りに、今回で第三部が終了となります。長かった。

計画では、ここまでくるのに第一部を含めて全七話。それがなにが起こったのか、二十三話までに。膨れ上がりすぎですよ。一話当たりの文字数も無駄に多いのに、よく書けたなあ。


とはいえ、ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。



東方地霊殿と東方神霊廟を同時起動してプレイしてみたら、意味分かんなくなりました。

今度は四つ同時に起動してみようか。処理落ちして簡単になるかもしれませんよ?



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