一陽来復、まあるい月です
さて、気持ちだけ勢いよくホーライさんの家にお邪魔したのだが、ホーライさんは覗きにきた貴族達が帰るまで自由に動けない。ホーライさん――もうかぐやさんでいいや――は、私を真っ暗な部屋に案内し、そこで二人で夜になるまで待つことにした。一日位私がいなくたってヤマメが心配することはないだろう。
かぐやさんの部屋は本当に真っ暗で、貴族から覗かれる心配など皆無な引き篭もり空間だった。これでは貴族が帰らないんじゃないか、とかぐやさんに聞いてみると、別の部屋に身代り人形が置いてあるらしく、それを見てまんまと騙された貴族がどんどん帰っていくそうだ。
かぐやさんはダミー部屋にいることになっているので、私達は真っ暗部屋で音も出すことができない。なのでかぐやさんは真っ暗な中、私の為に布団を敷いてくれて、そこで夜まで寝ようと言われた。私の隣には元から布団が敷いてあるようで、そこがかぐやさんの居場所だ。万年床だよ。完璧な引き籠もり空間だよ。
そして、慣れない他人の家で無理矢理目を閉じ、夜になった。かもしれない。ずっと真っ暗で時間が分からないのだ。
「さあ! 勝負の時間よ!」
パッ、と明かりが点く。
「え……? これ、電気……?」
頭上にはドーナッツ型の発光体が、和風な笠をつけて天井からつり下げられていた。
「木葉、知ってんの?」
「あ、まあ、聞いたことある程度だけど……」
「ふぅん。以外と知られてるのね」
未来から来た長生きの妖怪であることは、もちろん隠す。世の中人間でないと何かと不便なのだ。
電気を使った明かりが発明されるのはずっと先で、今の人間達は知る由もないこと。しかし引き篭もり(決定)で、世間に疎いかぐやさんは私の有り得ない知識を不思議に思わない。
明るくなった部屋を見回すと、おびただしい量の機械類、それに電力を供給する発電気のようなブロックと、それを繋ぐコードの束。
機械をよく見てみると、全てに共通のロゴが。
『YATSUIGROUP』
この光景、見たことがある。うん、今やっと思い出したよ。私がこの世界に来たばかりのことだ。明らかにオーバーテクノロジーな街があって、その中心である会社がヤツイグループだったんだ。
でも、あの街の人は反対派を除いて月の移住なる計画を実行したハズだ。何百年も前に。
そこでかぐやさんと出会った時の言葉が再生される。
「――私は蓬莱山輝夜。これからあなたが月に戻す大罪人の名よ」
これは、偶然の一致か? いや、こんなの偶然だと思えない。なら、かぐやさんは本当に月の人なのだろうか。童話『かぐや姫』――この国最古の作り物語『竹取物語』の内容を、私は辿っているのか。
「木葉? どうしたの? やっぱ人間がこの部屋を見ると混乱するのかな」
「……かぐやさんは、月の人?」
「っっ!! やっぱりオマエ、私を……!」
急いで私から距離を取ろうとするかぐやさん。こうなったら嘘でごまかすのも難しいし、相手も人外(?)だから正体をばらしちゃってもいいかな。
「私はね、妖怪なんだ。とても長く生きてる妖怪」
「妖……怪……?」
「私は月に行く前の人間を知っている」
「妖……怪……! きゃぁあぁああぁぁぁぁぁァァァァッッッ!」
かぐやが気を失ってしまった。やはり妖怪は風当たりが悪いのぅ。
・・・・・・・・・・・
「よーするに、木葉は月人が月に住居する前から生きてるおばあちゃん妖怪なのね?」
意識を取り戻したかぐやさんを落ち着かせ、なんとか話し合いまで持ち込んだ。一回起きたが、私を見ると再び気を失ってしまい、かなり時間がかかった。
「おばあちゃんじゃない! 18歳だ!」
「はいはい。じゃあ木葉はもう何億年も前からいるわけ?」
「え? 私はまだ数百年しか……しまった!」
「あら? 私と同じ位じゃない。つまらないの」
「え。ってことは、真のおばあちゃんはかぐやさん……?」
「私は不老不死だからそういうのは関係ないの。木葉が数百歳なら、あなたが見たのはきっと最後の輸送ね」
「最後?」
「そうよ。世界中の人達を一人の力で月に移すんだもの。あの人は何回も何回も月に行ったり来たりして、何万何億年もかけて少しずつこなしていったんだわ」
「あの人って、このヤツイグループの社長さん? 何億年も生きてるの!?」
「彼女は天才よ。彼女にとって寿命をなくすなんてことは呼吸をする程度の問題でしかなかったの。なんだかよくわからないナノマシンで成長を止めてたわ」
科学も進歩しすぎるとメルヘンワールドに飛び立つというのがよく分かった。ナノマシンなんて言葉が普通に、しかもこの時代で出てくるなんて。
こんなおかしな展開になったのも、全部水橋清里の家で少女がした妄想が悪い。
「彼女って、あの……えっと……」
なんて名前だっけ。思い出せない。あのときの映像ならかすかに思い出せるんだけど……。
「ヤツイグループ新会長の、銀髪でナース服な……」
「えーりん! えーりん!」
「そうそう! その人! なにその掛け声」
「社歌よ」
「ださっ!」
「ださくない! かた苦しいのよりかは断然盛り上がるんだから!」
「えーりんえーりん叫んでる会社なんてやだぁ!」
「木葉も叫べば恥ずかしくなくなるよ! ほら一緒に!」
「嫌だ! これ宗教の勧誘みたいだよ!」
かぐやさんと少し距離を置きたくなった。
「……でも、何億年も生きてるのに新会長?」
「そこら辺は私にはよく分からないわ。最後の街が永琳の故郷か何かだったんじゃないかしら? ある程度発展させておいて、永琳が他の地域の人々を月に住居させるまで家族に統治を任せる、みたいにね」
「じゃあ会長の家族もサイボーグなわけだ」
「そうよ。流石に全世代が生きてるワケじゃないけど、永琳から数えて三世代位なら今もぴんぴんしてると思うわ」
カタカナ語が通じて嬉しい。
確かに危険を伴う移住を、真っ先に自分の故郷で試すのは気が引ける。成功したとしてもお月さまにはまだ何もない状態だ。他のコミュニティーを使い、あらかじめ月の土地を開拓していれば、引っ越してすぐに快適な空間が手に入る。
こんな途方もない計画をよくも実行したものだ。天才の考えることはよう分らかん。
「まあ私も最後の街にいたんだけどね」
「いたの!? 知らなかったー」
「私は家で文化的活動をしていたから」
「くっ……! かぐやさんがのんきに活動している間、私は死にそうな目にあってたというのに……!」
「大変ねー妖怪さんは」
「すっごい他人事」
「だって会ったばかりだもの」
「そうだ。会ったばかりだ。私はかぐやさんと決着をつけるためにお邪魔してるだけなんだから」
「そうね。ようやく始められるわね。手加減はしないわよ」
「そっちこそ、長年ぺーえすぺーで鍛えた私の腕に平伏すがいい」
その時! 両者のお腹の虫が合唱し始めた! ぐーぐー。
立ちひざ状態の私と仰向けで寝っ転がっているかぐやさんの時が止まる。
「(かぐや〜。ごはんじゃ〜)」
となりの部屋からかぐやさんのおじいちゃんの呼び声が聞こえてくる。
「……勝負はお預けよ」
「……今日は帰らせてもらう。明日また来る!」
話しているうちに時間がきてしまったようだ。人様の家でご馳走になるのは気が引けるし、何よりも水橋清里の家で少女がごはんを用意して待っているかもしれない。外は真っ暗だが、街までの道はしっかりあるので迷わず帰れる。すなわちここでさよならだ。ゲーム、したかったのに……。
時は再び動き出し、私とかぐやさんは部屋を出る。
「おともだちも食べていくかぇ?」
「いえ、家に用意されてるんで……」
「おお、おお、今用意するのでな、少し待」
「え、いや」
「(木葉、おじいちゃん、耳遠いから)」
おじいちゃんの言葉の途中で、かぐやさんが耳打ちしてくる。
「(大声で断って)」
「い! り! ま! せ! ん!」
「……ほぇ? そうかそうか。じゃあ元気での」
「お邪魔しましたー」
「……なんですと?」
私の挨拶が聞こえなかったようだが、自分の中では伝わったことにして家を出る。
玄関扉の所までかぐやさんは見送りにきてくれた。
「じゃあまた明日。絶対来なさいよ!」
「言われなくとも」
満月に照らされ、私とかぐや姫はお互いに再戦の誓いを結び、別れた。
こうやって友達の家に遊びに行くなんてこと、久し振りだ。最近は出会ってからそのまま住み込むことが多かったからね。
・・・・・・・・・・・
「少女! おい少女! どこだァ!」
水橋清里に無事帰還した私は、変な妄想をした少女と話し合いをするべく、入り口の時点で叫び始めた。
「少女! いるのは分かってる! 大人しく出てくるんだ!」
「あ、トミ、お帰り」
「少女ー! ぁ水橋清里、相変わらずだね」
そういえばこの家ではまだ富山柴左衛門のままだった。二つの名を持つ私、なんだかカッコいいね。外で少女少女叫んでいるので相殺されるが。
水橋清里はなんで外にいるんだろう。
「少・女! ちょっとオハナシするだけだから! 出てきましょーねー!」
「……なによ」
出てきた出てきた。家の中からでーてきた。
「おいこら少女! 君が悪夢にうなされた女と出会うなんて言ったから本当に出会ってしまったじゃないか! 予言通りだよ!」
「え、あなたが選ばれし者……。うわっ」
「何だその反応は! 絶対に駆け落ちなんてしないからね!」
「……今日は最悪だわ。清里はまた女を連れ込むしこれは選ばれし者だし……」
「これって言うな。って、また女を連れ込んだ……?」
「……はぁ。詳しくはそこで反省している清里に聞いて。私からは説明したくないわ」
だから外にいるのか。庭で正座してる。
少女は頭を垂れて部屋の中へ戻ってしまった。向こうがそんなテンションだと私がどうしていいか分からなくなるじゃないか。
気を取り直して背後の水橋清里に注意を向ける。
「水橋清里ォ! また女を連れ込むとはドォイゥ事だァ!?」
ハーレムでも作る気なのかコイツは。だらしない。私は少女の怒りを代弁して水橋清里に詰め寄る。
「こ、これには深い理由があって……」
「理由?」
怒りの代弁はもう終わった。はっきり言って人数が増えても増えなくても興味ない。自分の家じゃないからね。へっへっへ。
「なんて言えばいいんだろう。迷子? いや、捨て子? いやいや遊びに来た子?」
「一つに絞りなさい」
「あー、色々複雑でね。僕からは言えないよ。その子は今、ヤマメと一緒にいるからトミも行ってきたら?」
「成る程。自分で説明するのが面倒だと。少女に言ってこよ」
「違う違う! お願だから! 僕からは言えないことだから!」
「ふふふふふ」
「許してぇ!」
水橋清里の反応が面白くてつい遊んでしまう。
プライバシーを守るために言えないっていうのは分かるから、少女に告げ口なんてしないよ。
「さて。ヤマメはいつもの部屋にいるだろう」
私達に割り当てられた部屋のことだ。ここから100メートル走をしなければならない。
水橋清里の真横でクラウチングスタートの体勢をとり、1、3、5、7、9とカウントして駆け出す。
32秒かけて部屋に辿り着き、漏れ出す明かりに少し安心感を覚える。
「ヤマメー! 泣いてた? ねえ泣いてた?」
一人の時間を使って、故郷の事を考えていただろう。でも一人だと悪い方向に考えがちだから、こうして第三者がリセットするのも大事だ。ただ、やり過ぎると嫌なヤツになってしまうので適度に。
「うっさいよ! 今お客さんがいるんだから!」
水橋清里の言ってた人だろう。簾をめくって部屋に入り、仕切りから顔を覗かせて様子を窺う。
「緑……。あんたって、もしかして人見知りなのかい? 私と出会った時も中々心を開かなかったし」
「……あの、私、出てった方が……」
「いいよいいよ。ほら緑、入ってきな」
くっ、ここまでか。私は自ら敵地に足を踏み入れなければならないようだ。
「……失礼しまーす」
「ごめんね。緑は最初、こんなもんだから」
「……いえ。私にもその気持ち、よく分かるから……」
敵は長い黒髪の物体。後ろを向いているのでかぐやさんみたいに見える。私は敵の背後に座らせてもらうことにする。
「緑。馬鹿?」
「敵の目の前に姿を見せる位なら! 私は! 馬鹿でも構わないっ!!」
「……あの、緑さん? 私、攻撃しないから……」
そう言って敵は私の方を向いてくる。かぐやさんをぱっつんとすると、この人はぱっつんぱっつんだ。二段構えである。
「や、やめろ見るんじゃない! ぐぁぁあぁあぁぁぁ!」
「緑、元気だねぇ」
「……なんかすいません……」
最近の若者の常套句だ。とりあえず謝っておくという。こいつは許せん。
「君、名前は?」
これから説教をする上で、相手の名前を知っておくと無駄に威圧感が与えられるようになる。
「……。……今田春なんて……」
未だ春。偽名決定だ。ならばこっちだって……。
「私は富山しばっ」
「もう偽名はいいよ!」
「……緑さんですよね?」
「はい。なんかすいません」
とりあえず謝った。
「未だ春なんて、偽名でしょ?」
「……そうなんだけど、本名はちょっと教えられない……」
「そんなすごい名前なの?」
「……もう片仮名とか入っちゃってると、思う……」
「片仮名なんて名前にならないだろう! あれは坊さんの文字だぞ!」
ヤマメがストップをかける。こんな時代からカタカナってあるんだ。でも坊さんの文字だけじゃなくて、少女の妄想に出てくるような漢字の振り仮名にも使うんじゃない?
「……とにかく、教えられないから……」
「分かった、未だ春でいいよ。よろしく」
「やっと名乗った名前が偽名なんてねぇ……。私はそういう人に縁があるのか?」
ヤマメは私が来る前にも未だ春から名前を聞き出していたらしい。とことん初対面の人に嫌われるヤマメだ。だらしない水橋清里を除いて。
「さて、ごはんはまだ?」
イレギュラーな存在のせいで話し辛かったことを、一段落ついたところで切り出す。私はごはんを食べる為にかぐやさんの家から走ってきたんだ。
「もう終わったよ。緑が遅いから」
「……緑さんの分は私のに回って……」
「え……」
目の前が真っ暗になる頭が真っ白になる胃が空っぽである。私の目からは大粒の涙がぽつんぽつんと、出せる位の栄養を摂っていないのにもかかわらずとめどなく溢れ出す。手や足からは力が抜け、私の心の中には「無」の一文字が通り抜ける。
「は、はははははははははぁぁぁぁぁ……」
「ああ緑! そんな本気泣きしないで! 少女に言って作ってもらうから!」
「……なんかすいません……」
やはり未だ春は、私の敵だ。
・・・・・・・・・・・
翌朝。きっちり二食分の朝食を平らげ、皆様に「出かけてくる」と言い残し、かぐやさんの家までやってきた。私の周りには相変わらず覗きに来た貴族達が大勢並んでいるのだが、昨日よりも熱気が強い気がする。
そんなお盛んな人間供は放っておいて、私は堂々と入り口から尋ねる。
「たのもー! 木葉でーす!」
辺りの喧騒に私の美しい声がかき消された。チャイムとかがあれば連打するのに。
「ピンポーン!」
自分で言うことにした。十秒程したところで、貴族達にばれないよう少しだけ戸を開けて顔を出したかぐやさんが出迎えてくれた。
「今日ちょっと面倒な用事ができたから、私の部屋で待っててくれない……?」
私の耳元で小さな声を出して話すかぐやさん。私はそれに無言でうなずき、そっと戸を開け中に入る。かぐやさんに案内されて昨日と同じ部屋に入る。
「あれ? 明るい……。あと機材は?」
かぐやさんの部屋は昨日のメカニックな構造とは違い、中央には座るための畳と部屋を仕切る壁は襖ではなく簾。隣の部屋からシルエットが見える程度の透け透け具合だ。
「今日貴族達が求婚しに家に入ってくるのをすっかり忘れててね……」
「あんなにあった機械類はどこかにしまったの?」
「あ、これよ」
そう言ってかぐやさんは足が隠れる程長いスカートのポケットから、摘める位の小さな球体を出す。
「月の収納具。こっちに来るとき、これに全部入れて隠し持ってたの」
「こんな小さいのに? ……月って、意味不明」
「なんでもアリよ」
「……そうですね」
で、ここは求婚しに来た貴族達とかぐやさんの対談の場となる訳で、そんな所で私は待っていなきゃならないのか。
「かぐやさん、私、別の部屋にいた方がいいんじゃないの?」
「いーのいーの。どうせ全部断わるつもりなんだから。私と貴族の茶番劇だと思って楽しんでくれれば幸いだわ」
まるで悪女だ。まあ、よく知りもしない男と無理に結婚する必要は皆無だからいいんだけどね。
この状況は月から来たかぐやさんがおじいちゃんに育てられてある日求婚される、『竹取物語』の内容そのものだ。実写版だ。舞台の中心とも言えるこの場所に座って主人公と話している私。なんだか複雑な気分だ。
「せっかく来てくれたのに悪いわね」
「いや。かぐやさんが望んでやってることじゃないでしょ?」
「そうね。身代り人形に騙された愚かな男の奇行だもの。だけど相手は身分が高くって断わると家が潰されちゃうかもしれないし……」
「はあ。大変ですなぁ」
「大変よ。……でもこれも、あと少しで終わるかも」
当事者の愚痴を生で聞けて新鮮だ。かぐやさんが急に落ち込んでしまったが、恐らくそれは月に帰る日を思ってのことだろう。きっと怖い夢というので天からの啓示でも受けたんだ。電波を受信したんだ。
「対談中は私の隣で寝っ転がっててもいいわ。でも部屋から出るのは後々面倒になるからやめてね。あなたは男なのだから」
「……くっ」
反論したいがその対象はかぐやさんではなく外にいる大勢の貴族なので、無力な私はこらえるしかない。
「かぐや〜。時間じゃぞ〜」
時間を知らせるおじいちゃんの声。アラーム役だ。
「来たみたいね。じゃあ木葉、頼んだわよ」
「寝てればいいんだね」
そうしてかぐやさんは畳の上に座り、私は隣で寝っ転がった。
これから始まる生放送が非常に楽しみでございます。