夜目遠目、みちゃいました
「ただいまー」
「やっと着いたねぇ。行きはあんなに速かったのに」
いつもの調子を取り戻したヤマメと、ついに正体がバレた私木葉緑は、どこも行く当てがないので水橋清里の家に戻ってきた。妖怪になってしまったヤマメが、妖力をコントロールして隠せるようになるまで野宿生活をしながら牛歩で街に向かっていて、予想以上に到着が遅れた。今こうして当然のように街にいるのは、ヤマメが日々の練習で妖力をコントロールできる所まで成長したからである。私はこんなに長く生きてきたのに、妖力を扱うどころか感じとることすら危うく全てが能力任せなのに、ヤマメは一月でマスターしてしまったのだ。私は優秀なヤマメを仕留めようと疼く我が右腕を抑えるのに必死だった。「俺に近付くなぁぁ!」って叫ぶ位必死だった。
ヤマメは自分の能力を「病気を操る程度」と称していた。すんごい危なそうな能力だが、意識して使わない限り問題ないらしい。でも、あれだ。何も知らない人には嫌われるだろうな。もしもの時は、知り合いの神様でも紹介してあげよう。
「あ! 少女ー! 帰ってきたよー!」
広い庭をじゃりじゃり進むと、渡り廊下の手すりに腰かけ、足をぶらつかせている少女が見えた。手を振って挨拶すると、思いきりそっぽを向かれてしもうた。私が嫌いなのは前々から分かっていることだけど、今日の少女の態度は、憎しみの他にも混じっている感情があるように見える。
「少女ー? どうかしたー?」
「何でもないわよ」
「怖がらないでいいよ、優しい私に言ってごらん」
「部屋に戻ってなさいよ。あんた達が出ていった時のままにしてあるんだからね」
「それはそうと、悩みがあるんじゃないの?」
「強引に話を戻さないでよ! 部屋で寝てなさい!」
「あーそうか。ヤマメがいる所では話せないんだね。ふむ」
「しつこいわよ! もうほっといて!」
自分をさらけ出すのが苦手なお年頃なんだね。見るからに十四歳だし。きっと頭の中に魔物でも飼っているのだろう。あとで我が右腕に封印された堕天使と会わせてみるのもいいかもしれない。
「少女、清里は?」
キョロキョロと周りの様子を伺っていたヤマメが質問する。
「し、知らないわよ!」
「その様子だと、知っているね?」
「出てったわ! あとは知らない!」
「少女、正直に話さないと汚すよ。家を」
「脅してるつもり? そんなの私には効かないわ!」
「そうかそうか。じゃあ……」
「や、やめなさい! 砂利を家の中に持ちこまないで!」
「え?」
「あーもうっ! 浮気よ! あいつは浮気しているのよ!」
今日は少女がいじられる日らしい。少女は今、会ってから一番喋っているのではなかろうか。
それはそうと、水橋清里が浮気ね。そんなことする人には見えない。恐らく想像力豊かなお年頃が作る、本格サスペンスドラマなのだろう。それを根掘り葉掘り聞くのもまた一興。
「浮気ってなにかなー」
「ほら、みど……富山も気になったみたいだし、話してごらん?」
ヤマメと話し合って、富山と認知されている人の前では偽名を通すように決定した。理由は特になし。
しかし、帰って早々年下の少女を二人がかりでいじる私達。とっても面倒だろうな。
「……今、美しい女がいるって街で噂になっているのよ。その女が住んでる家の周りには、毎日のように垣間見しようとする男達がいっぱい。きっと選ばれし者の清里はその中には混じらず一人で歩いているところで、悪夢にうなされて家を抜け出した女と運命の出会いを果たすんだわ。そして空から舞い降りてきた追っ手から逃れるために、二人で駆け落ちするのよ! 浮気よ!」
「うん。ごめん」
「……清里、きっと帰ってくるさ。選ばれてないから」
後半の方からは聞いてて罪悪感に苛まれた。たった数秒の言葉なのに。
「じ、じゃあ、私達は部屋に戻ってるから」
「頑張れよー」
「私は孤独! 脇役に過ぎない悲劇の子よ!」
少女が暴走してしまい、私達が話し掛けても反応しない。だからといってこのまま少女の話を聞いていると、私の良心が悲鳴を上げてしまう。私はヤマメの肩に手を置いてうなずき合うと、私達の部屋に向かって歩き出した。
「……少女って結局、清里のなんなの?」
「さあ。前に聞いたときは無関係者だと主張してたね」
せっかく帰ってきたのに、家主がいないのは面白くない。このまま部屋で寝るのもつまらない。
「ねえヤマメ」
「なんだその企ててる顔は」
「……行ってみない?」
「行ってみない」
「どこに行くか位は聞いてあげてよ!」
「わっがっまっまっだねぇ緑は。で? どこに行きたいんだい?」
「ほら、さっき少女が言ってた」
「駆け落ち?」
「二人で遠い所に行……くんじゃなくて」
危うくノリツッコミを完全にしてしまうところだった。
「運命の出会いをしに?」
「十字路でイケメンと衝突事故起こしに行……くんじゃなくて」
「悪夢にうなされに?」
「悪夢をみるために早く部屋に行……くんじゃなくて」
「選ばれし者になるの?」
「代々の勇者達に認めてもらいに試練の洞窟に行……くんじゃなくて」
「浮気しに?」
「惜しい! 少し近付いたけど意味が!」
「いや、でも、私の口からは……」
「なんでよ! 美しい女の人を見に行こうって言ってるんだよ!」
「そういう趣味は無いんで……」
「あ……」
「うん……」
自分が言ったことの意味に気付き、二人で赤面してしまう。
この時代で女の人を覗き見るとはすなわち、その人に気があるということなのだ。私にもそんな趣味は無い。懐かしき友、東風谷早苗は『びぃえる』というジャンルに興味を持ち始めていたという記憶が、なぜか一瞬頭の中に浮かんできた。『びぃえる』ってなに?
「いやいやいやいやいやいや。私はただ単純に好奇心で言っただけで」
「好奇心……。やっぱり緑、美しい女のこと気になるんか」
「ちがうちがうちがうちがう。あの、どれだけ美しいのかなって。ヤマメとどう違うのかなって」
「私と比べるの……。それって、私にも気が……」
「おかしいおかしいおかしい。とにかく、行こうよ」
「ち、近付くなっ!」
「……」
「……?」
どう言っても変なとられ方をする。私はヤマメの説得を諦め、無言で頭の団子を握り、Uターンする。そしてそのままヤマメが反応しない内に、入り口に向かって走り出した。
「や、やめろ! 私をその道に引き込まないでくれ!」
「私は正常だっ!」
二人でギャーギャー騒ぎつつ、人が集まっている家を探すことにした。
・・・・・・・・・・・
「お。この列か」
水橋清里の家を出て通りを歩いていると、通行人(漢)達が一定の方向に進んでいるのが分かり、便乗させてもらった。そうしているとすぐに長蛇の列を見つけ、まだ見ぬ女の姿に期待感を抱く。
「長い長い。緑、並ぶのやめよう」
「あー、こんなにいると日が暮れちゃうかもしれないしね」
先頭が見えない程の長さである。
「でもめげない。どこかに抜け道があるハズ」
「はぁ。そんなに見たいのかい。私、戻っていいか?」
「…………」
これから抜け道を探すのに二人では自由に動けない。別れてまで見る必要性は全く感じられないが、ここまで来てしまった以上何としてでも見てみたい。意地だ。帰るのがいつになるか分からないし、ヤマメを無理矢理付き合わせるのも悪い。村が壊滅してから、ヤマメはずっと私と一緒なのだ。たまには一人になる時間も必要だろう。アフターケアを欠かさない頼れる友的な私である。
私はヤマメの団子をを手放し、少し先に進んで言う。
「いいよ。帰りな」
「うわっ。格好付けた。……じゃあお言葉に甘えて、お先に帰らせてもらうよ」
少女の話を聞いてから、私の中に眠っていた魔物も目覚めてしまった。数百年振りに封印が解かれてしまったのだ。私の両目には、今やフィルターがかかっている。何彼につけて格好良いシーンを思い浮べてしまう困ったフィルターだ。
私とヤマメは互いに背を向け、それぞれの道を歩み始めた――
ただ別れるだけのシーンでも格好良く見えてしまって大変である。
「まず、先頭を探さなくては」
ターゲット見つけないと見通しがつかない。私はそのまま、列を横目に進む。もしかしたら水橋清里がいるかもしれない。
この時代の貴族の形式なのか、一人ずつ並んで列を成しているのではなく、貴族と従者で構成された十数人の固まりがぼこんぼこんと並んでいる。最後尾の方には一般人もいた覚えがある。貴族優先なのだろう。
あと、におう。
水橋清里の家ではそうでもなかったが、この団体からはむせ返るような甘ったるい匂いが鼻を突く。これが美の形だから、と自分を納得させて鼻を塞ぐ。さらに手を顔の前で振って匂いを飛ばす仕草をし、数回咳き込む。言葉を用いない嫌味。
野生少女な私とヤマメからは、また違った匂いを発しているのだろう。しかしそれは慣れてしまっていて何も感じない。自分を棚に上げて相手を批判する必殺技を使用しているのだ。
真っ直ぐ歩いているうちに、列は街の外に続いているのが明らかになった。ついさっき通った門をくぐると、私が行ったことのない方向に列が向かっている。はぐれると、即迷子ルートだ。
勇気のある私はそれでも進む。どこまで続くか予想がつかなくなったため、暗くなるまでに帰れるよう小走りで進む。気付いたんだけど、さっきから列が全然動かない。まだ開店してないのか。
この土地は四方を森で囲まれているらしく、間もなく森に入ってしまった。生育している植物は、主に背の高い竹だ。
竹藪での人間が通る道は、ぐるりと孤を描くようになっているので、私はそれを一直線に進みショートカットを試みる。が、志半ばでそれを断念した。
何かにつまづいたのである。
「……敵かっ!?」
幸い転ぶことはなかったが、つまづいた原因である物体が、柔らかい感触をしていたので振り返って見る。
「……人?」
長い髪のカタマリが落ちていた。これ動いたらホラーだよ。タイトルに「呪」っていう漢字が入りそうなホラー映画になるよ。
恐る恐る近付いて様子を見ていると、カタマリが突然動き出して私の足を髪の中から生えてきた手で掴み、音声を発した。
「……こわいの」
「ぎゃあぁああああぁあぁあぁっ!!」
怖い!? 怖いだって!? 私はあなたがコワイデスヨ!
どうしよう呪われた。私の妖怪生活はここで終わりか。これからは怨霊として生活していかなければならないのか。そうなっても今の生活が大きく変わる訳ではないね。じゃあいいか。
「我汝ト怨霊ノ契リヲ望ム我汝ト怨霊ノ契リヲ望ム……!」
「……一緒に来て」
霊は私の祈りを無視してもっさりと立ち上がった。
長い髪が二つに割れ、中から白くやわらかそうな顔がこんにちは。むき立てのゆで卵を連想させる。中身は切りそろえられた前髪に、ちゃんと開けば大きいであろう瞳。今は線目で残念な状態。あとは、絶妙な高さの鼻とぷるるんな唇。これで霊じゃなかったらすごくかわいらしい人だ。美しいのとは少し違う。
霊は私の服をつかんで放さない。私を闇の世界に引き込みたいらしい。
「い、嫌だ! わわ私はこの世界の住人だ!」
「……こわいの」
最初のセリフをもう一度言って、今度は私の腕を掴んでくる。
「ななな何が怖いのかなぁ? 私も今恐怖と戦っているのですが」
「……夢」
「ゆめ?」
「悪い夢を見たの。それで思わず家を飛び出してきてしまったんだけど」
こ、これは……。水橋清里宅で少女が言ってた「悪夢にうなされて家を抜け出した女」なのか……? 少女の空想が実現している。ならば私は将来的にこの霊と駆け落ちすることになるというのか。ありえへん。
「夢の内容をあなたに話しても意味がないわ。とにかくこわいから一緒に来て」
「そそそそそ空から舞い降りてきた追っ手は……?」
「……! あなた……私の正体を知って……?」
なにその反応! 筋書き通りに話が進んでいくよ!
「ねえ。あなたは私の名前が分かる?」
「え、え、あの、か」
「もういいわ。私も覚悟を決めた。続きは家で聞かせて」
とっさに思い付いた名字「片倉」を言おうとしたら、霊はおめめを大きく開き即行で止めてきた。そして強い力で腕を引っ張られる。
霊は周りの貴族達に見つからないように、竹の間をかいくぐって進んで行く。腕を掴まれている私は上手く身動きがとれずに、竹という竹に体当たりをする羽目に。
「ぁぐっ、あのもうちょっとゆっくりぅがっ」
「貴族が帰っていなくなった夜に話を聞かせてもらうわ。それまで私と共に行動しなさい」
「ひっ、私は夜までに帰らなければぅおっ」
霊は私の話を聞こうともせず、速いペースで竹藪を攻略する。霊とは基本的に一方的な意思疎通しか成立しないのである。
「もう来るなんて……。私はまだやり残したことがあるのに……!」
この世に未練がある霊のようだ。ならば私がその末練を手っ取り早く解消してやれば、霊は成仏し、私は駆け落ちせずに済むのではなかろうか。
「あ! おじいちゃん!」
霊が叫び、急に足を止める。前方には腰が曲がった老人がいる。霊の言動から察するに、死んでしまった霊の遺族だと予想する。でもなぜこんな道なき場所に?
「おお、おお、おお」
「私を探してくれてたの!? ごめんなさい!」
「……はぇ?」
「ご! め! ん! な! さ! い!」
「……おお。帰ろうかの」
老人には霊が見えていないようだった。話が全くかみ合っていない。
「おじいちゃんは耳が遠くてね……」
「そうだね。きっとそうだよね!」
霊は自分が死んでいることに気付いていないのだろう。老人は孫か娘である娘の影を追い、こんな所で彷徨っているんだ。なんて悲しい家族なんだ!
それから少女は老人のスローペースに合わせて歩き、私は竹にぶつかることはなくなった。
双方に余裕ができて、霊は私に話し掛ける。
「名を名乗りなさい。これから話し合う上で呼び名がないと不便だもの」
命令形だよ。えっと、どうしよう。偽名はもういいか。
「私は木葉緑。あなたは?」
自己紹介のついでに相手の名前も引き出す。霊や片倉と呼ぶ訳にもいくまい。
「成る程、本人確認ね。抜かりないわね。……いいわ。私は蓬莱山輝夜。これからあなたが月に戻す大罪人の名前よ」
「私が? いや待て、私は味方だァッ! 信じてくれ!」
霊――ホーライサンさんが電波を受信していたみたいなので、乗ってあげた。月に帰るかぐや姫、童話の内容そのものじゃん。どうせ偽名だろう。
「味方ですって? あなた、どこの所属?」
「守矢神社です……」
「開いたことないわね。新しくできたのかしら」
「ホーライサンサンさんは、私に何を求めているのでしょうか」
「さんさんさん……。いや、それはこっちのセリフよ。木葉は私に用があるんじゃないの?」
まずい。このままでは無意味な言い合いになりそう。いったん整理だ。
「私は今話題の女の人を見に、すぐ近くの街から走ってきた一般人。ホーライさんは悪夢を見て家から飛び出した設定の幽霊。間違っている点はありますか?」
「私の所の説明が全部間違ってるよ! 悪夢を見て飛び出したのは設定じゃなくて本当のこと! それに私は幽霊じゃなく生きてる人間!」
ホーライサンさんはがっかりした様子で私の腕を解放した。
「……ふぅ。どうやら私の考え過ぎだったようね。あなたは私をのぞきにきた、少し頭が残念な男。そういうことね?」
「私は正常だ!」
男を否定する言葉が抜けてた! なんで皆間違えるんだよ!
あれか、ノリか? 今日はつい、少年漫画のノリで行動してたのが駄目なのか? くそう。
「わ、私は女だ!」
「……………………え?」
そんな目をまん丸にして見る必要はないでしょ。失礼な。
「……おじいちゃん。この人家に上げていい?」
ホーライさんが私をお持ち帰りするらしい。
「…………ほぇ?」
「こ! の! ひ! と! い! れ! る! よ!」
「おお、おともだちかぇ」
「う! ん!」
そうなんだ。
「ふ、ふふふふふふ。今調度同世代の話し相手が欲しいと思ってたの。木葉は無害の変態みたいだし、家でゲーム……言っても分からないか。とにかく遊びましょう?」
「ゲェムだと……!」
変態発言は特別に許してやろう。ゲイムだって!? まさかこの時代の人からGAMEの言葉を開けるとは思っても見なかった。いやでもこれは名前だけであって機械がどーのこーのしたやつじゃなくてアナログな遊びではないのか。でもでもそしたらゲームなんて言葉は出るハズないし万が一の可能性があるかも……。
「……ふふふふふ。喜んで」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。ふふふふふふ」
ホーライさんかぐや。こいつ、只者じゃない……。
「かぐや。もうすぐで着くぞぇ」
ホーライさんのおじいちゃんがこちらを向いて竹藪の出口を指差した。
「顔を隠さなきゃ。木葉も私を隠すように歩いて」
「恥ずかしがり屋さん?」
「違うわよ! あなたは私を見にきたのなら分かるでしょ!」
もしかしてこれが街で噂の美しい女?
「……………………え?」
「なによ! 私の美しさが分からないの!?」
「あー、大丈夫。美しい美しい」
余りにも簡単に会えたから、思ってたのと違う感じがした。
「……いいわ。木葉が女なのか私が美しいのか、続きは家で……」
「勝負して決める……!」
私とホーライさんとおじいちゃん。三人は目的地に向かって一歩一歩、歩んで行く。
――私達の戦いはまだまだこれからだ! みんな、応援してくれ!
なんだか打ち切りみたいである。