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東方現葉幻詩  作者: 風三租
第三部 いい旅夢気分
21/44

捲土重来、ツチグモヤマメ


 少女に朝食のおかずを増やされるといういじめを受け、私は少女を無表情で見つめたが、少女は「早く食べなさいよ」と催促してきた。どうやら私はとても嫌われてしまったようだ。背後から、ヤマメがクスクスと声を殺して笑っている声が聞こえる。ざまぁとでも思っているのだろうか。みんなして朝からヒドいなあ。


「ねえヤマメ」


 私は大人の18歳(それにかけるさいん24どかける10の2乗とかしちゃだめだよ)なので、いじめられていたとしても全然気にしていないかのように振舞う。大人の対応ってやつだ。


「んー?」


 早くも濃い味付けに慣れたのか、ヤマメは平然と箸を進めつつ、返事をする。私はおかずを一品消化するのに未だお米一合を要するのに。


「観光しようぜっ」


 都会に来たらまず観光と相場は決まっている。それこそが、今回の旅行の目的だし。

 本来の目的である人を驚かすために山を下りた云々は、みんなの心の中で永遠に生き続けるだけだ。


「観光するのかい? じゃあこの街の地図とか役に立つ物が必要かな?」


 水橋清里が口をはさんで来た。この人は何から何まで、本当に優しい人だ。おせっかいやきの清里だ。


「貸してくれるの?」

「……」(チラ)


 少女が紙の端っこをチラチラさせてきた。が、今は水橋清里と会話をしているのだ。相手してやれないのを分かって欲しい。


「この街は広いからね。地図は絶対必要だよ」

「……」(チラチラ)

「家一軒ですらこの有様だもんね……」


 敷地面積一万平方メートル。三千坪にも及ぶ土地を、たった四人で使っているのだ。


「い、いや、僕の家が特別なだけだよ」

「……」(チラ! チラ!)

「特別?」


 少女のチラチラが激しくなってきた。構って欲しいのなら話にめり込んでくればいいのに。


「なんか親が政府の弱みを握っていたらしくてね、その息子である僕に手出しができないみたいなんだ。それどころか、毎月食べ物を送ってくれる」

「うおう重大発言。食べ物をくれる政府が親戚みたいでかわいい」

「……」(バサバサ)


 少女が紙切れを水橋清里に見えない程度で振り回し始めた。私と水橋清里の間にいるので、すごく会話の邪魔だ。そんなに構って欲しいのか。今日の私は大人だから、負けてあげるのも良いだろう。相手してやるか。


「どうしたの少女。おやーなんだろうその紙は」

「ち、地図よ。たまたま持ってたのよ」

「たまたま? おかしいな、地図は倉庫の奥にもぐもぐ」


 少女の言葉に水橋清里が反応するが、言い終わる前に、少女が水橋清里の口の中に肉料理を放り込んで阻止した。


「あのさ、気になったんだけど、清里と少女の関係って一体何なんだい?」


 ヤマメが私越しに問いかける。丁度良い。この隙に私はごはんを平らげなければ。各おかずに米一合という量的に、私は人一倍速いペースで食べ進めないと一緒にごちそうさまができないのだ。


「僕達の関係? それはもう、誇れる夫婦――」

「結婚なんてしてないわよ!」

「えぇ? あれ? してなかったっけ?」

「してない!」

「そう言われて見ればそうだね。まだ色々やってないし」

「色々……」

「色々かあ……若いねぇ」

「げほっ!」


 水橋清里の発言に、少女とヤマメが妙に食いついた。こういうのは食事中にする会話じゃない。むせたじゃないか。まあ食事中でなくても、私のいるところでそういった話題はやめて欲しい。


「じゃあなんで一緒にいるのさ」

「えっと、どうして?」

「知らないわよ!」

「げほっげほっ、げほっ! げほっ!」

「富山うるさい」


 咳が止まってくれない。ヤマメ、心配してくれたっていいじゃない。


「とにかく! この地図を渡すから! 夜まで帰って来ないで!」


 少女が話題を無理矢理変えた。私の咳を踏み台にされたようでやるせない。

 咳をしつづける私の前に、容赦無く地図が差し出される。頑張ってそれを受け取るが、本音を言うと、お茶が欲しかった。

 咳を十分にして楽になり、もらった地図を望めてみる。描かれているのは、たてたてよこよこ線ばかり。シンプルイズベストな地図だ。


「……ふぅ。なにこれ。……少女、こんな碁盤渡されても困るよ」

「ごばんってなによ」

「五番?」

「富山、ごはんは今食べてるじゃないか」


 私のボケがみんなに伝わらなかった。こういう時って、私がいきなり意味不明なことを言い出したと思われるので、非常に辛い。またヤマメにかわいそうな子供だと言われてしまう。

 ボケが伝わらないということは、まだ囲碁は普及していないのか。この地図に描かれた街並みを見る限り、碁盤のようだと形容した方が説明しやすいのに。


「すみません今のは無かったことに。私はおかしな子供じゃないんです。周りがおかしいだけなんです」

「富山、今まで言ってなかったけど、残念ながらおかしいのは富山一人だけなんだ」

「偽名だし」

「トミのことを悪く言いたくないんだけど、でも僕が会った人の中で、君はほんの少し違うね」

「……うぅ」


 やはり私はいじめを受けている。あからさまに受けている。涙がどんどん流れ出てくる。


「……ひどい……」

「あ、富山ごめん!」


 私が涙を流しているのに気付いたヤマメが、すぐに謝ってきた。いじめが謝って済む問題なら、とっくに世界が平和になっているんだと思ったが、そもそもいじめの最中に謝罪というのは起こり得ないことだった。向こうはいじめだと思っていない場合が多いからね。


「みんな、富山は心が不安定なんだ。あまり刺激しないようにしてあげて」

「……そうだったのね」

「ごめん……」


 私の涙もからかいのネタに。みんなは私をまるで病んでる人かのような扱いをしていじめてくる。陰湿だ。本当に病んでるのはヤマメだというのに。


「もういいよ! 出ていくよ!」

「あ! 待て!」


 さりげなく、朝食をきっちり完食した状態で、私は部屋に駆け戻り、靴を履いて百メートル走って門まで来た。そこでひとまず深呼吸をして、荒ぶった感情をおさめる。

 そんな私の後ろに、ヤマメがぴったり付いて来ているのだが、そこまでして私をいじめたいのだろうか。陰湿だ。


 まあ私は大人だし? さっきのことは水に流して、大人の対応を見せてあげるよ?

 私は少女にもらった地図を広げ、ヤマメが見やすいように回転させ、かつ中腰になって丁度良い高さにする。一流の接客態度と言っても過言ではないよ。


「黒谷さん、まずはどこに行かれますか?」

「な、なんだいそんな他人行儀に……」

(わたくし)は、そうですね、やはり中央に御座います巨大な建造物に参りたいと……」

「分かったよ。そこに行きたいんだね。これは富山のための旅行だし、自分の好きなようにするといい」

「有り難う御座います。では、この街を二分しています朱雀大路と呼ばれる道まで出ましょうか」

「……その喋り方やめてくれよ。人形と話しているようで気分が悪い」


 君が泣くまで喋るのをやめないと言いたい所だが、私は大人なので、そんな子供っぽいことはしない。いじめっ子の言うことはしっかり聞かないと、さらにいじめられてしまう法則があるという理由でヤマメに従ったのでは断じてない。

 一流の接客態度をやめ、順路を確認するために一人で地図を見る。まずは現在地の確認だ。


「……あった。水橋清里の家って、かなり端っこの方にあるねー」

「ちょっと見せてよ。……ホントだ」


 ここから中央の巨大建造物までは、ゆっくり歩いて三十分位の距離だ。つまりこの街は、一時間で端から端まで行ける程度の大きさなのだ。


「水橋清里の家に戻ってもこれといってやることないし、半日かけて往復できる速さで歩こーか」

「ああそうだね」




・・・・・・・・・・・




 行って帰って来ました。黄昏時でございます。

 往復一時間の距離を一日かけて歩く。

 それは、どんなに苦痛であるかお分かりだろうか。


「では実際に被害に遭った方に聞いてみましょう」


 隣で俯いている黒谷ヤマメさん(仮名)に、その実態に迫るべく、インタビューをしてみる。個人情報を守るため、本名を伏せ、声を変えてお送りする。


「本日の歩きについて、(ピー)さんはどう思われましたか?」

「はい。えー大変虚しい時間の使い方だったと思いますね」

「大変虚しい、とは?」

「はい。歩いても歩いても、進んでるような感じが全然しないんですよね」

「では(ピー)さんは今日、全く動いていないと?」

「いえいえ、そんな訳ないじゃないですか。確かに動いてはいるんですが、それでも進んでいないんですよ」

「動くことと進むことの関係性。これが事件をひも解く鍵だと(ピー)さん言いたいのですね?」

「それは少し違うと思います。私が言いたいのは、こんなことを有言実行した富山の頭がどうにかしてるんじゃないかってことだアホっ!」

「ああ! (ピー)さんが取材陣に牙を向けてきました! あまりの速さに私は反応できませんそんな叩いて来ないで」

「この! この!」

「陰温ないじめがついに直接的になった!」


 ヤマメの荒れ具合から見てとれるように、今日の観光は苦痛以外の何物でもなかった。

 水橋清里の家から巨大建築物を住復したときの距離は、およそ四キロメートル。それを七時間かけて歩こうとすると、一歩一歩の歩幅を十センチに抑えなければならないのだ。そうして二人でのろのろと歩いていると、足が疲れてくるし道行く人に目線を合わせないようにされるしで、肉体的にも精神的にも深い傷を負ったのである。

 それに、目的地の巨大建築物には、政治の中心になっている所だとか、女は出歩いてんじゃねーといった内容を兵士っぽい人に言われて、近付くことすら許されなかった。私を女と判断してくれた兵士は良い人なのだろうが、なぜかヤマメの機嫌が悪くなったので、他の所に行くなど、悪あがきをせずに一直線に帰った。もちろん牛歩で。

 今日の収獲は、心と身体の傷のみ。心を癒すための旅なのに、傷が増えるとはどういうことだ。


「……暗くなってきたことだし、これ位で勘弁してやる」


 もう夜か。時間が経つのは速い。空は雲一つ無いことだし、綺麗な月が見えそうだ。


「はぁ。いっそのこと、ずっと空でも見てようかな」


 楽しもうと躍起になって街中を探索し、失敗するよりも、何も考えずに一日中空を望めていた方が私らしいんじゃないか、と思ってみた。

 自分のこと、まだまだ分かってないなー。




・・・・・・・・・・・




「富山、なんかお婆ちゃん、みたいだね」


 思い立ったら即行動。私はあれから一週間、ひたすら空を見て過ごしていた。活発なヤマメにとって、私の姿はお婆ちゃんのそれらしい。


「失礼な。これこそが私にとって、真の安らぎになるんだ」

「食って寝て食って寝ての繰り返しじゃないか。こんな不健康な生活してると、早死にしてしまうぞ」

「私は不老不死だから大丈夫」

「そうかい。せいぜい私より長生きしてみるんだね」


 冗談だと思われている。不死ではないが、ほとんど不老だ。少し位成長してくれたっていいのに、どこも全く成長しない。だからこそこうしてヤマメとワイワイできるという利点もあるが。


 つくづく思うのだが、時間が経つのは本当に速い。

 空を望めるのも、日課となってしまった。相手をしてくれない私に飽き、暇になったヤマメは少女の家事手伝いをするようになった。

 ゴミ屋敷在住のヤマメは、料理洗濯掃除などなど、最初の方こそ失敗ばかりして少女に怒鳴られていたが、日を重ねるごとにそれも少なくなってきた。私は成長していくヤマメの姿を見守り、穏やかな気持ちになっていた。

 ……一日中空を見て過ごし、孫の成長を見守るおばあちゃんと今の私が、完全に一致したように感じたが、それは残像だ。おばあちゃんと私は違うというのは自明の理だからね。

 水橋清里(いいひと)が、気が済むまでいるといい、と言ってくれたので、こうしてのんびりと代わり映えのない日々を送っていた。


 今日も、いつもと変わらない朝を迎える。


「……朝食よ」


 末だ名前を教えてくれない少女が、いつものように朝食を知らせにくる。

 食事部屋に何回も行き来し、道は覚えているので少女の競歩に構わず自分のペースで歩く。

 私達が付いてきていないと分かった少女が、チラチラこちらを見ながら歩調を遅くする。

 食事部屋にみんな集まり、水橋清里の「いただきます」で、食事が始まる。

 人間の味付けにすっかり慣れた私は、少女の料理の腕前を毎日のように思い知る。

 日常会話をしながら、良い気分で箸を進める。

 今日も水橋清里が話し始め、食事が楽しくなる、と思った。


 でも、忙しく生きる人間に、そんな平和な時間は永遠に続かない。


「そういえばさぁ――」


 水橋清里が、いつもの面白い小話をするかのように口を開く。






「――四日位前のことかな。『土蜘蛛の巣』を本格的に駆除するとか言って、すごい数の兵が送られたらしいよ。恐いねぇ」






 ヤマメは、その言葉を聞き終わる前に、駆け出していた。


「ヤマメ!」

「あれ、どうしたの二人共」

「突然だけど今までありがとう、帰ってくるか分からないけどまたね!」


 事情を知らない水橋清里に早口で別れを告げ、私は遠くに行ってしまったヤマメを追う。


「ヤマメ! 待って!」


 呼び止めようと大声を出すが、ヤマメは止まるどころか返事すらしない。


 このまま走って村まで戻るつもりなのか。歩いて四日かかった距離を、準備もせずに、ずっと走って。


「ヤマメ! 無理だ!」


 妖怪になり、体力が上がった私はともかく、生身の人間であるヤマメがそんなことをしたら、疲労で死んでしまう。

 それでもヤマメは止まらない。

 水橋清里の家がある通りを抜け、街のメインストリートである朱雀大路を一直線に駆ける。私もヤマメの背中を追って距離を縮める。

 入り口の門も、躊躇(ためら)わずにくぐる。一日かけてのっそり歩いたこの道も、僅か十数分でお別れ。

 ここに来るのにたどってきた草も、どんどん進んで行く。ヤマメとケンカが始まり、水橋清里と出会った場所は、すぐに見えなくなった。

 森林地帯に入り、道なき道を強引に突っ走る。しだいに道が傾いてくる。山登りをしているのにもかかわらず、速度は落ちない。

 でも、


「…………っ!」

「……はぁ、はぁ。ヤマメ、落ち着いて」


 村まで約二百キロの道のりは、全力疾走で走破できる訳がない。木々が立ち並び近くに小川が流れる山の中、体力が尽きて転ぶように倒れたヤマメは、言葉にならない言葉を叫び、(なお)も前に進もうとする。


「私が、行かなきゃ、村の、みんなが……っ!」

「ヤマメ! とにかく落ち着け!」


 村に着いても、そこで力尽きてしまっては意味がない。他にも、私の頭の中には客観的な事実が漂っている。が、それを言葉にするのは余りにも残酷なことだった。


「うぅ、うう……動け!」


 ここまでの全力疾走が、必要以上にヤマメの体を壊している。足を動かしたいらしいが、もがく事しかできていない。

 こんな調子で体を壊しつつ進んでいたら、徒歩でかかる時間よりも、すなわち十日以上かかってしまう。


「私が、運んであげるから」


 かつての友がそうしてくれたように、私は弱るヤマメを背負い、走り出す。


 妖力を消費し、体力を底上げして。ほぼ低空飛行をしているかのような走り方で。

 こんな時位、重力に逆らうことを許してもらうよ、地球さん。




・・・・・・・・・・・




「……ところで」


 獣道を器用に走りつつ、私はある日ヤマメとした会話を思い出していた。


「んー?」

「どうしてヤマメ達は、この街を逃げ出したの? こんなに平和なのに」


 デリケートな問題かもしれないが、何の問題もない街の様子を見ていると、どうしても聞きたくなったのだ。


「本当に、そう見えるかい?」

「うん」

「これは見せかけの平和だ。政府は人々から税を搾取し、外ヅラを良くしているだけさ」


 これってよくある、重税がなんたらの問題なんじゃないかと、最初は思った。


「数年前、私達がまだこの街に住んでいた頃に、突然政府という組織ができてね。奴らが最初にやったことは、土地や商品に税をかけて、金を奪っていくことだったんだ」

「重い税だったの?」

「そこが奴らの卑怯な手口だ。政府は『日常生活に支障をきたさない程度』の税をかけてきた」


 次に、軽い税が積み重なり負担になるという手口を予想した。


「それで、生活が苦しくなったの?」

「いや。みんな何不自由なく暮らしていた。しかし、確実に金を盗られている。政府は何もしなくても潤っていくんだ。こんなの耐えられないじゃないか」


 しかしヤマメが不満を訴えていたのは、ごく普通の政策に対するものだった。


「うん。でも政府はそのお金で色々役に立つことをしているんだよね」

「役に立つ? 私達は政府がつくられる前でも平穏に暮らしていたんだぞ。やらなくていいことを勝手にやられても、邪魔なだけだ」

「そう、なのかな。まあ、ヤマメの村も成り立ってるしね」

「あの生活を求めて逃げ出したんだからさ」


 私からして見れば、この政治の仕組みは当然のものであったが、何も知らない状態で、いきなり出現した権力者に税を取ると言われれば、反発する人々も出るのだろう。その人々がヤマメ達であったのだ。


「政府が税を課すことをやめさせられたら、私達はここに残っていたかもしれない」

「やめさせるって……?」

「私達は戦ったんだ。何度も。でも奴らは聞く耳を持たない。仕舞いには、私達を『土蜘蛛』と名付け、武力で抑圧するようになった」

「でも、先に手を出したのは政府じゃないよね」

「私達には、ちゃんとした理由があったから許される」

「……」


 水掛け論である。

 デモ隊『土蜘蛛』の主張は、「今までの生活をかえせーこのーこのー」であり、政府の主張は、「こっちの方が平和になるんだー言うこと聞けー」だ。

 どちらの主張も通りはするが、暴力に訴えちゃいけない。そのせいで、今の今まで険悪な関係が続いているんだから。そのせいで、今こうして山道を走らなければならない状況にまでなってしまったんだから。

 かなり単純な、「嫌だから反抗する」という理由からの関係ではあるが、でも当事者達は至って真面目だ。どちらも悪く、どちらも悪くない。それ故に、単純だったものが複雑な問題となり厄介。


「私達は街から出て、もう無関係な筈なのに、政府は軍を送ることをやめない。それって悪がすることだと思わないか」

「あー、うん」


 私はどちらに付こうとも思っていないが、あそこでヤマメとケンカになるのは面倒なので、一応肯定をしておいた。

 政府がヤマメの村を潰しにかかるようになったのは、戦いを重ねるにつれて、戦う意味が変わってしまった結果なのだろう。政府を動かすのも人だ。やられれば怒る。怒った政府の目的は、デモの沈静化から、『土蜘蛛』という『敵』の排除になってしまったのだ。たとえ何もして来ないとしても、そこにいるだけで嫌な気分になる羽虫は、つぶすまで追い続ける。それと同じイメージだ。


「まあ、程々にしときなよ……」

「あ、ごめん。富山は無関係なのに、つい熱くなってしまったね……」


 興味本位で聞くべき内容ではなかったと後悔した。だが、ここで聞いておいて良かったとも言える。このことを知らなければ、私は走り出したヤマメを追っていなかったかもしれないから。

 難しい問題は私の手の届く場所ではないが、友達の暴走を止めるのは、私の役目だ。だから、私はヤマメに協力する。




・・・・・・・・・・・




 全力疾走とまではいかなかったけれど、まる一日と半日かけて水の洞窟付近にたどり着いた。余裕が出てきた心の中で、自分の性能に少し驚いた。

 背中のヤマメは、極度の緊張と疲労のせいか、よく眠っている。妖力を使っているのは、分からなかったようだ。


 森の中の、二人が寝るのに丁度良い広さの空間を見つけ、ヤマメを下ろして私も席る。


 村まであと少し――とは言っても、徒歩だと一日かかった距離――なのだが、私の体力及び妖力はもう底を突いている。今日はここで休んで、明日の為の体力を取り戻した方が良い。

 ここは滝があり、水が豊富なので、植物動物が多く集まっている。食料を調達しやすい場所なのだ。

 妖力は、体力と同様に時間経過で回復する。回復を早めたいのなら、とにかく栄養が必要だ。それは人間のヤマメにも言えることなので、私は途中で採ってきた果実を、寝ているヤマメの口にねじり込む。窒息しないように細かくちぎった上で。

 動物を追いかける余裕はなく、食事は肉を諦めてすぐ手に入る植物中心だ。種類を選ばなければ、たんぱく質、糖、脂質などの栄養は十分に獲得できるので、肉がなくても大丈夫だ。

 ヤマメの食事が終わると、私は急いで自分の食事を済ませて就寝した。この地域に住む動物や妖怪は、みんな穏やかなので安心して眠れる。

 一分一秒が惜しいこの状況、ヤマメの村のことは何も考えないようにして意識を閉ざした。




・・・・・・・・・・・




 まだ日も昇らない静かな朝、目が覚めた。これから再び走らなければならないと、まだ覚め切っていない頭で考える。目の前には草木が見える。


「…………」


 寝返りを打って体を覚醒状態に近付ける。本当に静かだ。私の周りに生き物なんていないかのように。


「……!!」


 違和感を感じ、体を起こし実際に見回してみたが、何もいなかった。

 ヤマメがいなかった。


「一人で……!?」


 ヤマメは私を置いて行ってしまったのだ。体力に気を使うばかりで、その可能性を全く考えていなかった。どれ位前に出発したのだろうか。私が寝た瞬間、夜中、少し前、いつなんだ。

 思考は時間のロスになる。急いでヤマメを追わなくては。街の兵士達と鉢合わせになったらただじゃ済まない。


 着の身着のままで準備をする必要がない私は、立ち上がり早速走り始めた。


 ここから先は、すでに二回通った道だ。一回目は山を下りた私が道に迷いながら歩き、二回目はヤマメと所々ではしゃぎながら歩いた道。

 進むべき道が明らかで、はしゃぐ相手もいない今の状況ならば大して時間はかからない筈。しかしそれはヤマメにも当てはまることであり、ヤマメに追い付く希望の一つにはならない。


 頼れるのは自分の足のみである。寝起きで本調子でない体に鞭打ち、見覚えのある山道を下って行く。ヤマメと出会ったあの時はこの辺りで日が沈み、身動きがとれなくなったんだ。ヤマメと話してるとよく叩かれたり刺されたりするけど、今思うと初対面の時でも襲われてるんだよな。手が早いのも考えものだ。


 そしてここから少しの間は何も見えなくて、ヤマメに手を引っ張ってもらったんだ。姿が見えないヤマメに当初は犯人Ψと名付けていた覚えがある。


 少しすると、森が徐々に薄くなる。一日かかった距離も、迷わず走るととても短い。ここでヤマメの姿が見えるようになり、お互いの自己紹介をして富山柴左衛門が生まれた。適当に付けた名だが、もう二月も富山と呼ばれているから今さらヤマメに本名で呼ばれてもしっくり来ないかもしれない。

 会って間もないヤマメとぎこちない会話をした道も、終わりが近付いている。目を凝らせば村が見える距離だ。だが、今日は霧が出ているのか、それらしきものは見えない。


 森を抜け、そろそろ村が見えていい筈なのに、何も見えない。


「どうして、なんでないの」


 目の前にあるのは、ただの木炭の山だ。


「門番が立っているだけの入り口はどこ? そまつな建物はどこ?」


 木炭の山の周りには、派手な色をした『モノ』達や地味な色の『モノ』達が転がっている。

 私は村を探して山とモノの間を進む。走りが歩きに変わっている。ヤマメに追い付かなければならないのに、足が言うことを聞いてくれなくて、のろのろ歩くばかりだ。


「ヤマメの家は? ヤマメは?」


 何を馬鹿な事を言っているのだろう。まだ村に着いてもいないのだからヤマメの家なんて見つかる訳ないじゃないか。


「バ、バケモノォッ――!!」

「あ、こんにちは」


 向かいから、派手な鎧を着た通行人が走って何か言っていた。私の耳がおかしいのか、相手の言葉が上手く聞き取れなかったので、取り敢えず挨拶を返しておいた。

 そしたら通行人は私とすれ違う前にアカイナニカを吐き出して転び、そのまま眠ってしまった。酒に酔っていたのだろうか。汚いなあ。


「イキノコリガイルゾォッ!」

「ナンナンダ、カラダガカユイッ!」

「ヤツニチカヅクナァッ!」


 こんな所でワイワイガヤガヤと、宴会をしているのか。こんな『妖』しい『気』配が漂う場所で。物好きもいるものだ。こんな奴らに構ってる時間はない。ヤマメとか、村とか、探さなくちゃ。


 酔っ払いと遭遇してから、なんか転がってるモノが段々多くなってきた。地味なモノは相変わらずだが、派手なモノの量が増えている。派手の具合も変化していて、横色の水玉模様だったり赤色の水玉模様だったり、様々だ。赤いお花を咲かせたモノもある。隠し芸大会でもする気なのか。


「ぁぐっ……!」


 余所見のし過ぎで木炭につまづいてしまった。目の前には地味なモノがある。


 それと、目が合ってしまった。


「……そ、村長さん……!」


 この厳つい顔は、忘れたくても忘れられない村長の顔だ。よくできたマネキンだな。だけど、肌の色が白く、冷たくなっていて動かないよ。背中には何十本もの木の棒が生えているのもオリジナルと違う気がする。


 涙が出てきた。


「ぅ、うぅぅぅ……!」


 現実を見ないように頑張ってたのに! もう無理だよ! ここが焼き尽くされた村だっていうのはとっくのとうに分かってるよ! 村の住人達は誰一人残っていなくて、戦いに勝った兵士がここにいるということも察してるよ! 手遅れなんてことは、街を出る前から予想していたさ!


「ヤマメ……! ヤマメ……!」


 ヤマメはどこかにいる。兵士達があんなに騒いでいたじゃないか。ヤマメと一緒に街に帰ろう。ヤマメは嫌がるかもしれないが、説得して水橋清里の家に戻ろう。

 そのためにも、ヤマメを見つけなきゃ。


 周りにはどこもいないだって焼け残った家とか村人や兵士の亡骸しか見えないんだもんそれに兵士の死体は何かのウイルスにでも侵されたかのように色々ぶちまけている状態なんだよ。


「あああああっ! 落ち着け私!」


 散々ヤマメにも言ってきたことじゃないか。私がそれをできなくてどうする。


 しっかり立って。


 前をよく見て。


 現実から目を背けないで。


 見えないのなら歩いて。


 そこら中に充満している妖気を辿れば。


 ほら、






 ――土蜘蛛がいるじゃないか。






「ヤマメ!」

「ああ……。見てよ。私、変な力が使えるようになったんだ……」


 自嘲気味に笑う少女の周りには、苦しみに顔を歪める兵士の残骸。

 直接手を下した形跡は無く、倒れる方向もバラバラだ。


「これで私と君の二人だけでも村を救えるね。ほら、一緒に行こう」

「ヤマメ、もう終わりだよ……」

「何を言っているのかな。意味が分からない」

「長い戦いは今日で終わり」

「…………まだだ」

「終わったんだ」

「…………どうしてそんな事言うの」

「周り見なよ」


 ヤマメはゆっくり顔を上げ、一周回って俯く。


「…………は、はははははは。もう、終わりか……」


 渇いた笑い声を上げ、ヤマメは膝をついた。


「全部、ここで終わり」

「…………うん」


 薄笑いを浮かべていたヤマメの表情がなくなる。


「…………自分達の村が、どんなに馬鹿げているかっていうのを、度々思ってはいたんだ。街の様子を見て分かるだろう。政府のやり方には共感できないが、そのやり方で街があんなに発展しているんだ。襲撃の度に新しい武器、新しい戦法で強くなる向こうの兵士を見て、私達はこのままの暮らしでやっていけるのかって。毎日狩りをして、少ない資材で武器を作り、余裕がない暮らしを送っている私達はこのままでいいのかと思うようになったんだ。表情には出さなかったけど、実際はかなり切羽詰っていたんだぞ。今までこの村で生活していていきなりやめるなんてことも言えないし、やめたとしても街に移るのは抵抗があっただろうし、板挟みの状態だった。そこで現れたのが君だ。最初は身元不明正体不明の君に、私達は土蜘蛛ではなく人間だって認めてもらいたくて一緒に生活し始めた。そんな君はある日、きっかけをくれたんだ。『街に行きたい』と。正直に言うと、その時私の中では嬉しさがこみ上がっていたんだ。村長は私の考えを前々から理解していたんだと思う。そうじゃなかったらこの村が大好きな村長が、あんなにあっさりと許可をくれる筈ないから。それで私と君は街に行くことができた。そこの人の生活を見ててね、これが人間の生活なんだ、って肌で感じた。そんなことを思ってしまったがために、今の状況があるんだよね。全部無くなっちゃったよ。家も仲間も村も無くなっちゃった」


 ヤマメの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「――それに、人間であることも、失くしてしまったんだね。分かるんだ。今まで持っていなかった力が、私の中に溜まっていくのを。今まで感じとることが出来なかった何かが、感じとれるようになったんだ」


 妖怪は、人間の恐怖を糧に、存在する。逆に言えば、人間に恐怖される生き物は、妖怪なのである。

 土蜘蛛と呼ばれた人間は、人々が抱く負の感情を浴び過ぎて、土蜘蛛と呼ばれる妖怪になってしまった。辺りを漂う濃い妖気は、人々の恐怖の表れなのか、人々に恐怖された土蜘蛛から出るのものなのか。どちらも当てはまるだろう。人々の恐怖の表れが、土蜘蛛のものになったのだ。


「全部終りだね。何もかも、全部」


 ヤマメは立ち上がり、私に背を向けた。


「人間の君と妖怪の私は、相容れない。私は消えるよ。でも、最後に、君の名前を教えて欲しいな」


 人間と妖怪は、共存はできないが友にはなれる。現に妖怪の私と人間のヤマメは、一緒にここまで来たのだから。


 私は隠していた妖力を解放し、あふれ出す私の妖気が周囲に漂うヤマメの妖力と混じり合う。


「私は木葉緑。人間と友達になれた、妖怪の名前」


 動かないヤマメの背後に忍び寄り、頭を思いっきり叩いてあげた。


「いてっ!」

「いつもの団子らしくないぞ! 貴様にシリアスは似合わん!」

「はあ!? 人がせっかく感傷に浸っている所を邪魔するのか!?」

「ヤマメはただの病んでる子供だ。私がついてないと駄目だよね!」

「ぐ、ぐ、ぐ」

「お? お? 手が出るか? ん? 我慢できなくなっちゃった?」

「がーーーー! 富や……、緑しねぇっ!」

「ここはケンカするような場所じゃないでしょ! 周り見てよぅぎゃっ、くび、しめないで……いきが……」

「清里の所に帰るよ! そこで今後について会議だ!」












 ほら、ケンカする相手も帰る場所も新しくできた。

 全部が終わったけど、また別の『全部』が始まったじゃん。






☆秋姉妹的聖夜


「静葉です!」

「穣子です!」

「しりあすっ!」

「お姉ちゃん! 緑はシリアスな空気は耐えられないんだよ!」

「現実逃避してふざけただけだものね!」

「ところで、予言はいいとして、クリスマスだよ!」

「クリスマスね!」

「恋だよ!」

「……」

「……」

「パルスィさんを呼んできましょう」

「そうだね。おくうも呼んでこよう」

「明日から地底生活だね」

「今回活躍したヤマメさんもいるわね」

「……ああおもしろそう」

「……最高の夜になりそうだわ」

「……ふふふふふふ」

「……ふふふふふふ」

「うふふふふふふふ」

『だれっ!』

「金髪の子だぜ」

「ここにいるのみんな金髪だよ!」

「このコーナーは二人までよ!」

「じゃあ静葉は今日でおわりだ」

「……なんか変な空気になったので予言をおわります!」

「……私が消えるなんてことは絶対ないわ」

「……さいん二十四度は0.4067、だぜ。覚えておくんだ」



 秋姉妹に場所を持ってかれてあとがきが書きにくいです。

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