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東方現葉幻詩  作者: 風三租
第三部 いい旅夢気分
20/44

清廉潔白、食事にしますか





「僕の名前は水橋清里(みずはしきよさと)。君達は?」


 どうしよう。いくら心がキレイな人といっても、ナンパ男なんかに気安く名前を教えて良いのだろうか。


「私の名前は黒谷ヤマメ。よろしく」


 というか今の私は木葉緑ではなく富山柴左衛門だ。もとから偽名だった。

 さらに偽名を作ろうか? ……そんな事したらもう、自分が分からなくなりそうだ。


「……富山柴左衛門です」

「柴左衛門!? そ、それって、女の子の名前じゃ……」

「何か文句でも?」


 有無を言わせない態度で私は言う。ここで引いてしまっては、信用は強奪できないのだ。


「や、いい名前だね……。うん。そうだね、ミドリって呼んでいいかい? あだ名みたいな」

「……っ!」


 私の名前を見破っただと!? こ、こいつ、できる……!


「そんな見た目通りのあだ名じゃあつまらないよ。もっとひねった、『あああああ』なんてどうだい?」


 全然ひねってない。むしろ究極の投げやりだ。しかも私の本名を見た目通りでつまらんとか言うな。


「余計なこと言うな団子! だったらヤマメは『8ちゆ$さ』だ!」

「何だそれ! 発音できない!」

「あ、あの、じゃあヤマメとトミって呼ばせてもらうよ。これなら文句はないよね」


 口論になりそうな私達を絶妙なタイミングで止める水橋清里。早くも私達の扱い方のコツをつかんだようだ。さすがナンパ男。


 こんな調子で歓談しつつも、水橋清里の家に向かって街の中をずっと歩いてるけど、一向に着く気配がないね。

 周りの家々はヤマメの村と違って、しっかり整列している。前を見れば障害物など遠くにあるでっかい建物ぐらいしかなく、そこまで一直線に道が続いている。曲がり道で横を見れば、それまた果てしない道が続いている。

 こういう構造って、なんかで見たことある。


「水橋清里、この街の構造ってなんなの?」

「そんな姓名で呼ばなくても……。清里って呼んでくれるとうれしいな」

「うん。それで水橋清里、この特徴的なつくりは一体なんなの?」

「……、…………。これはね、日が沈む国を参考にしてつくられているんだ。美しい形をしているだろう……」


 日が沈む国って、確か中国のことじゃないか?


「あー、それたぶんおそらく聞いたことあるかもしれないと思う」

「そんなんじゃほとんど知らないのと同じだろう。まったく、富山はこんなことも知らないのか。今まで旅をしてたんじゃなかったのかい?」

「私の旅は自然観察が中心なの!」


 間違ってはいない、はず。水の家を探して歩いてるうちに、森の深度が生えてる木の種類で判断できるようになったから。18エターナルの私が持つようなスキルじゃないが。


「もうすぐ僕の家に着くよ。それと注意が一つ。家に入るときはこっそり、音を立てないようにね。部屋に着いたら好きにしていいから」


 これは家庭の事情ってやつか。あまり触れてはいけないデリケートな問題なのだろうか。うわー、そんな危ない家に招待されると気疲れしそうだ。今の私に必要なのは、心を休める時間だというのに。


 横のヤマメを見る。私の疲れの最大の原因だ。着いたらまずどうしてやろう。

 私の視線に気付いたヤマメが、意味あり気な目でにらみ返してきた。こちらも目つきを鋭くして応戦する。


「…………」(ヤマメあとで絶望を見せてやる)

「…………」(富山にはゆっくり罪を償ってもらうよ)


 水橋清里にバレないように無言のバトルが始まった。心の本当の片端でほんのちょっとだけ思ったんだけど、ここまで高度な会話ができる私達って、確たる信頼関係が築かれているんじゃないか。そんな言葉がが一瞬浮かび、目に現われてしまった。


「…………!」(あれこれって友情……)

「…………!」(な、なんだよう)

「……っ、……」(私の心を読むな!)

「…………ふっ」(富山、戦闘中に何を考えているんだい)

「……! ……!」(う、うっさい! ほんの一瞬だけだろ!)

「…………(笑)」(ふふふ、富山は単純だねぇ)


 ヤマメは最後に勝ち誇ったような笑みを見せつけ、前を向いて通常歩行モードに戻った。む、むかつくなあ……。


「着いたよ。ここが僕の家だ」


 音のないやり取りをしている内に、どうやら目的地に到着したようだ。ヤマメのおかげで全然観光できなかったよ。

 水橋清里が止まった場所には、門があった。水橋清里の言葉と合わせて考えると、『僕の家』=『門』。


「門に住んでんの!?」

「違うよ! ここ一帯が僕の家!」


 水橋清里が、両手を広げてアピールする。


「でかっ!」

「いやいやそれ程でも」


 ヤマメと会話しているときに、やけに壁が続いていると思ったら、全部水橋清里の家の塀だったのか。


「清里、貴族なのかい……?」

「亡き親の遺産をかじってるだけだよ」

「そう。よかった」


 ヤマメの質問には、悪意が込められている感じがした。この街の人って、ヤマメにとっては敵だし、そんなもんか。


「ほらほら、ここからはそーっと、ね」


 水橋清里が大きな扉に手をかけ、音を立てずに開く。そして私達を敷地内に招き入れる。

 水橋清里の家は、内から見ても、でかい。建物は二十メートル位奥のところに広がっていて、左右には五十メートル程の庭園が横たわっている。この土地が正方形だとすると、建物の方向にもまだ、庭と同じ位の土地があるというとだ。つまり、八十メートルにわたって建物が続いているということか。金持ちが。


「じゃりじゃりが敷いてある所があるから、細心の注意を払ってね」


 言われなくても見れば分かる。植物はなく、白砂利が敷き詰められた見通しの良いおにわ。意味もない所に池と、通る必要性が感じられない朱塗りの橋もある。お金の無駄遣いは許せない。空を写す水面とか趣のある橋を見て、キレイとか思ってないからね。


 水橋清里による忍び足の先導にしたがって、私は大胆に一歩を踏み出す。ジャリ、と懐かしい響き。


「(こ、こら! 静かに歩いてって言ったでしょ!)」


 間髪入れずに水橋清里に怒られた。ほんの冗談。次からはちゃんと忍ぶよ。


「…………」

「…………」

「…………」


 緑な私と団子のヤマメと貴族スタイル(派手)の水橋清里でスニーキング。潜入をバカにしているような格好の三人である。

 それにしても、音を立てずにじゃりじゃりを歩くのって、すごい神経使うな。


 あ、私にはもう精神力が残っていないんだった。


「……」(じゃり)

「……」(じゃり)

「…………」


 どうやらヤマメも同じく精神力が尽きているようだ。音を立てないように歩くなんて無理。


「……」(じゃり)

「……」(じゃり)

「…………」


「……」(じゃり)

「……」(じゃり)

「あーーっ!! お願いだから静かに歩いてよ!!」


 じゃりじゃり歩く私達に、水橋清里が我慢できず大声を上げた。今まさに、『うるさいって言うやつが一番うるさい』現象が起きている。それに気付いた水橋清里は、あわてて口を塞いだがもう遅い。


「やば、しま――」

「誰?」


 ショートカットの黒髪を揺らす、気の強そうな少女が、どこからともなく出現した。


 その瞬間、水橋清里は見つかったーと全力疾走。貴族のお召物ではそんなに速くないので、なんとなくついていった。

 そして敷地の端にある建物まで走り、水橋清里は「ここが君達の部屋っ! じゃあね!」と来た道を戻っていった。


「でかい部屋だねー」

「そうだねー」


 一連の出来事に対応しきれなかった私とヤマメは、ケンカ中であることも忘れ、部屋に入り布団を敷いて寝ることにした。


「(また女を連れこんで来たのね! だらしない男ね!)」

「(ごめんなさいごめんなさい!)」


 遠くから聞こえてくる、水橋清里と黒髪少女と思われる声をBGMにして。




・・・・・・・・・・・




「ヤマメ、トミ、ごはんだよー。晩ごはんだよー。寝てるのかい?」


 建物の内外を隔てる簀子(すのこ)の向こうから聞こえる、水橋清里の声で見が覚めた。もう夜か。寝起きで食事はきついな。


「聞こえてるかー。入っちゃうぞー」


 聞こえてますが寝起きで声が出ません。目も開きません。


「いいのかー。本当に入っちゃうぞー」


 隣のヤマメは……ぐっすりだ。私が返事するしかないのか。


「いくぞー。ほーれ」


 さっ、と簀子をめくる音が聞こえる。タイムオーバーらしい。


「おーい。いるん」

「女の寝室に無断で入り込むなんて、いい度胸ね」


 もう一人、別の声が現れて、水橋清里が歩く音が止まる。


「ひぃっ! こ、これはただヤマメとトミを起こそうとしただけで特に深い訳はないんだぐぁぁぁ! 足が紙になる! やめて! 踏まないで!」

「言い訳は聞かないわ。清里は部屋で待ってて」

「は、はいぃぃ!」


 そんなやり取りの後、一人の気配がすごい速さで遠のき、もう一人の気配がゆっくり近付いてくる。さっきの黒髪少女だろうか。


 気配はゆっくりゆっくり近付き、寝姿を外から見えないように立てたカーテンのようなもの――几帳っていうやつかな――の向こう側で止まった。


「……」


 少女はそこから動く気配がない。なんだろう。


「……」


 すごい視線を感じる。目を開けたら負けな気がしてきた。


「……」


 ヤマメは起きないのだろうか。


「……」


 ヤマメを起こしてやろう。あちらに、私が起きていると思わせないよう、自然な動作で寝返りをすると同時にヤマメを叩く。力をいれられないので、手加減がなされていない自由落下の一撃であったが、ヤマメは起きなかった。


「……!」


 そんな動作に、少女は反応したようだ。しかし、その後の動きがないので、少女も動かない。


「……」


 どうしよう。この際私が起きようか。


「……」


 そんな事したら負けだ。人生の敗北者だ。


「……」


 このまま永遠に目を開けないでやる。


「……」

「……」

「……すぴー」


 今日は無言のやり取りが多いな。


「……」


 黒髪長髪二本角長身ナイスバディの鬼、木隠(こより)黒花は元気にしているだろうか――


「いい加減起きてよ! 私が見てるでしょうが!」


 よし勝った。


「わっ!」


 本気寝をしていたヤマメが、少女の声に飛び起き、素早く後ずさり、後ずさり過ぎて柵(二階柵というらしい)に頭をぶつけた。地味に痛そう。


「はじめまして。富山柴左衛門です」


 対して私はそこから動かずに、目だけ開けて自己紹介。


「しば……、しばざえもん!? 偽名でしょう!」

「本名ですが、なにか?」

「嘘よ! あなたが本名を教えてくれるまで、私は名乗らないからね!」


 あれ、毅然とした態度が効かなかった。


「う、うぅ……。なにか、よう……?」


 奥で頭をさすっているヤマメが覚醒したようだ。


「……ああ。晩ごはん、できたわよ。見ず知らずの、それも女なんかに私が作ってあげたんだから、感謝しなさい」


 初対面でそんな強い態度をとられると、対応に困る。




・・・・・・・・・・・




 黒髪少女に案内――本人はそう思っていないのか、競歩のような速さで歩いていたが――され、食事が用意された部屋に参上した。私、ヤマメ、少女、水橋清里の四人で食事をするらしい。

 料理は、大皿にのったものをみんなでつつく形ではなく、小鉢に入った少量のおかず十数種類が、それぞれに配られていた。人と人との間に、微妙に距離感ができてしまって寂しい。


「みんな集まったね。じゃあ、いただきまーす」

『いただきます』


 水橋清里の一声で、一斉に食事が始まる。打ち解ける様子を一切見せない強気少女の存在感が強くて、雰囲気が少し固い。

 でもそんな事を気にしていたら、美味しいものも美味しくなくなってしまう。私は箸をとり、改めて「いただきます」と言った。


 まずは何を食べよう。種類がいっぱい過ぎて、どれから手をつけたらいいか分からないよ。

 無難に、ほんのり湯気が立ったお吸い物でも……。


「……、ぅぷっ」

「……ぁぃ!!」


 一口啜ると、あまりのしょっぱさに吹き出してしまいそうになる。隣のヤマメも私と同じく、お吸い物を無理矢理飲み込んでいた。


 口の中に味が残っているので、いそいでご飯をかき込む。

 水橋清里と少女は、顔色一つ変えずに箸を進めている。


 気を取り直して次は、おさかなの切り身に挑戦する。


「……、んん!」

「……!!」


 今度は甘過ぎる! ヤマメも、何を食べたかは分からないが、声が出ない程苦しいらしい。表情に出さないように、顔を真っ赤にして静止している。

 

 口の中に甘ったるい味がこべりついて離れないので、いそいでご飯をかき込む。ご飯はいい香りと程良い甘さが合っていて、美味しい。あっという間にお椀が空になってしまったので、おかわりが欲しいと思ったら少女がよそってくれた。


 箸を止めてはならないのだが、もう嫌な予感しかしない。だが、無償で食事を提供してもらっている以上、完食しなきゃ少女に悪い。しかも、少女がさっきからずっとこちらを見てくるので、ヤマメに押しつけるなどをして、ごまかすこともできない。


 どうしよう……。いや待て、野菜スティックの乗った鉢があるぞ! 最後の希望だと信じて、いざ!


「……、ふーっ! ふーっ!」

「……ぅぅぅぅぅ」


 ……きれいなバラにはトゲがあるのです。野菜スティックは、最も味が濃い食べ物、おつけものでした。


 ――食事、まずい。味、こい。


 どうやら野生の動物みたいな食事にすっかり慣れていた私にとって、人間が食べる物というのは刺激が強過ぎるようだ。守矢神社でも、ヤマメの家でも、こんな濃い味の料理は出てこなかった。

 ここ最近は、焼いただけの肉、干し肉、野草、野菜、さほど甘くない野生の果実など、料理とはかけ離れたものを食べていた。なので、料理というものに少なからず期待をしてのたのだが、そんなものは濃い味に混ざって消えた。

 ヤマメも同じ食生活だったせいで、塩分糖分香辛料満載の料理達に、舌が混乱しているようだ。さっきから声を押し殺し、一口一口噛みしめて食べている。

 平然と食べ進める少女と水橋清里を見ていると、本来ならこれが標準の味付けなのだと思われる。そして、未来の食事はこれよりもはるかに濃い味だ。そんな未来で生きてた私が嘘みたいに感じられる程、味覚が野生化してしまっていた。


 そんな言い訳は、この場で通用しないので、相変わらずご飯をかき込んで味を相殺する。


「すごい勢いで食べるね。お口に合っているようでうれしいよ。ね?」

「だ、だまって食べなさいよ!」


 水橋清里の勘違い発言に、私は思い切り首を振ってやりたくなる。水橋清里と私の間にいる強気少女は、いきなり話をふられて困っているのか、叫んだ後に頬を少し赤らめて気持ち俯いていた。


 こんな人間観察に時間を費やしていたって、食べ物が減………………。増えてる! おさかなが二つに増えてる! しかもヤマメが少し笑ってる!


「……くっ!」


 強気少女は視線を再び私達に向けてきてるので、おさかなを返してやれない。泣き寝入り状態だ。


 もう、これ以上は我慢できない。


 私は意識をシャットアウトして、機械的に残りの食べ物を、処理した。裏で生存本能が働いているので、味を薄めるために食べる白米の量は莫大であった。






 そして完食。

 最終的に、食べた白米の量は、ヤマメと二人で合計三升。明らかに食べすぎである。今の私達にちょっとでも触れると、それはもう、色んなものが出てきそう。


「アァ、ヲイシカッタナア」


 自動操縦状態の私は、お世辞を言うのを忘れない。そのせいで、何か出そうになったのは言うまでもない。


「よかった! こんなに喜んで食べてもらえるなんて、作ったかいがあったよね!」

「う、うるさいわね。さっさと食器を片付けなさいよ!」


 水橋清里にも平等に、容赦なく、強気で迫まる少女。ずっと怒ってばかりで、彼女の幸せとは一体何なのだろうか。


「分かったよ……。ヤマメ、トミ、食器は全部僕が片付けるから、部屋に戻ってていいよ」


 水橋清里が立ち上がると、少女も立ち上がり、部屋の出口まで移動して止まる。そしてこちらを見てくる。負けじと私も少女を見る。


「…………」

「…………」


 ヤマメの時みたいに、目線で会話はできないので、ただ見つめ合っている状態だ。

 数十秒間見つめ合っていると、少女が痺れを切らしたのか、口を開いた。


「早く立ちなさいよ! 部屋まで案内してあげるって言ってんでしょうが!」


 そんなこと一言も言われた記憶はないが、少女との勝負に勝てたので満足だ。

 私はゆーっくり、爆発物でも扱うかのような慎重さで体を持ち上げ、やっとのことで直立する。これから歩かなければならないなんて考えたくない。

 ヤマメも、私より遅れて立ち上がる。向こうは、おさかな(+ご飯)を食べていないのに、お世辞も言えない位辛そうだ。目に涙を浮かべて魔物達と闘っている。


 少女は立ち上がった私達を見ると、私達の苦しみを察することもなく、部屋を出て行った。来る時と同じように、競歩をしているのだろうか。今の状態でそれを追うなんて、地獄だ。


「ヤマメ、行こう……!」

「……ぅぷ!」


 私は、おさかなの恨みを込めたり込めなかったりして、ヤマメの背中を軽く叩き、渇を入れる。一瞬、この世の終わりみたいな表情を見せたが、何とかこらえたようだ。ちっ。


「おやすみー」

「ォャ、スミ」

「…………すみぅぷ」


 水橋清里の挨拶が、すごく邪魔だった。


 私達は瀕死状態の操作キャラのように、おぼつかない足取りで歩き出す。少女がすでに遠くにいるので、おぼつかない足取りを早送りした歩調で進む。調子が悪いのかふざけているのか、どっちつかずの歩き方になっているし、全身が揺さ振られていて、もうパニック状態だ。

 そんな奇妙な歩行で少女に追いついた時には、ある種のランナーズ・ハイの状態になっていて、苦しみよりもむしろ気持ち良さを感じていた。


「なによ、そんなうれしそうな顔して……」

「食事ガスゴク美味シカッたノデスはふー」


 喋り出すのはマズいが、それでもお世辞を言うことをかかさなかった。ヤマメは、この世のしがらみから解放されたような表情をしていて、少女の言葉に反応しない。


「お、お世辞を言うのもいい加減にしなさい……!」


 私もそう思います。


「清里がどうしてもって言うから、仕方なく作っただけなんだから!」


 それについては本当に感謝だ。見ず知らずの私達を拾ってここまでしてくれるなんて、良い人どころではない。聖人だよ。


 気持ち良さも頂点に達し、意識がぼんやりしてきた所で目的地に到着した。立ち止まると、意識は舞い戻り、苦しい現実が再び襲い掛かってきた。しかし、これでやっと、休める……。


「明日の朝も私が起こしに行くわ。それまでは絶対外に出ないこと。特に清里には近付くな」


 少女に諸注意を受け、解散の雰囲気が漂う。


 少女が背を向け、帰ろうとするところで、私は少女を呼び止めた。


「少女!」

「少女!? ふざけないで、私の名前は……いけない、向こうが本名を名乗るまで教えないんだった。油断したわ」


 最後のほうは小さな声になっていて、聞こえなかったが、私は気にせず言いたいことを言う。


「今日は本当に、ありがとうございました! そしてこれから少しの間、お世話になります!」


 苦しさを無理矢理押さえつけ、勇気を振り絞って心からの感謝を口に出す。強気な少女は一瞬、瞳を震わせたが、それを悟られないようすぐに後ろを向いてしまう。


「…………ふん」


 言葉であるか分からないような言葉を残し、少女はそのまま帰って行った。


 少女の足取りは、ここに来る時よりも軽やかだった。




・・・・・・・・・・・




 翌朝。

 昨夜と同じように、少女に競歩で案内され、食事部屋に四人そろって席につき、水橋清里の一声で朝食が始まる。


 そこで私は気付いてしまった。




 ――私のおかずだけ、一品多い。











 何コレいじめなの?







☆秋姉妹的なぜ前回いなかった


「静葉です!」

「穣子です!」

「うおーー! 前回なぜ休んだーー!」

「お姉ちゃん! それはね、特に意味はなかったんだよ」

「なななにを言っているの穣子」

「強いて言うなら、予言するタイミングじゃなかったなー、と思って」

「そ、そう」

「そんなわけで、予言を終わります!」

「穣子! あなた最近おかしいわよ!」

「え、でも、冬だよ?」

「あ……」

「ね、早く帰って、こたつに入りたいでしょ?」

「……うん」

「……帰ろう、お姉ちゃん」

「……うん」

「……」

「……」

「……もうすぐクリスマスだ……!」


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