屠竜之技、宿敵は時間です
すごいすごい。
道に迷いまくっていたので、わが師匠龍巳神水の家を見つけるのに二十年位かかった。にっぽ〇列島一周したんじゃなかろうか。
「……やっと見つけた……」
地形が変わり過ぎ。よく見ないと分からない位だ。RPG的に言うと、一マス一マス『調べる』を使って、延々とマップを歩き続けるようなイメージだ。人里も大分増えていたし、ここはもう私の知っている所ではないよ。
「みなみなみなみなみなー」
実家に帰るような気持ちで水の洞窟に足を踏み入れる。もう一度言おう、地形が変わり過ぎ。水の洞窟は、いつ出来たの分からない立派な滝に隠されていた。滝があるということは、川も流れている。もう一度言いたい。地形変わり過ぎ。ここに川なんて無かったぞ。
「出て来な!」
家探しという作業が終わり、飽きと疲れと喜びと怒りと悲しみと期待と不安と休らぎが同時にやって来て、情緒不安定になっています。
「……帰って来たか家出っこ」
ピンク幼女が暗くジメジメした洞窟の奥から、瞬間移動してきた。
「イエス! 帰ってきたぜ! すごく久ぶりだねぇははは。ここに水がいなかったらと思うと私、不安だったんだよぉ……。この幼婆が」
「……大丈夫か?」
「うん」
水は当たり前のように私を出迎えた。何百年もここを離れていたのに。……ああ、私、もう六、七百歳だ。おばあちゃん所の話じゃない。
「あの、水。私、問違ってたよ」
「何じゃ」
「生き物って二百歳越えた辺りから、『おばあちゃん』を超越した存在になるんだね!」
「わ、分かってくれたんじゃな……! 我ら人外は決してびーびーえーなどではないと!」
「分かっちゃったよくそう!」
この家出期間中で私は、体が成長しない代わりに、心が素晴らしい成長を遂げたのです。まあ、家出期間の九十七パーセントは守矢神社でだらけていただけだし、残りの三パーセントは道に迷ってただけだったけどね。泣きたい。
「あれ、私の家って、守矢神社って言ってもいいんじゃないか? 滞在期間的に。別れ際も『いってきますいってらっしゃい』なノリだったし」
「うむ?」
「本当、水は変わらないね。ちっこい」
「うっさい」
万を生きる水にとってはこの六、七百年も一瞬だったのだろう。何万分の一は、限りなくゼロに近い値だから。
ちっこいで思い出したのだが、ここにいるメンバーが、一人足りない事に気付いた。でっかいのがいない。
「黒花は?」
「ああ、ある時いきなり『人間と妖怪の関連性について第三者的な見地から観察し、その相互作用を考察するために旅に出る』と言って、ここを去って行ったぞ」
黒髪長髪二本角長身ナイスバディの鬼、木隠黒花はいつの間にかにすごく頭が良くなっていたようだ。黒髪長髪二本角長身ナイスバディ+インテリの鬼、って、もう欠点ないじゃん。これでまた「ししょー」って呼ばれたら、私は鬱になるだろう。
「はぁ……」
色々な事に疲れたので、とりあえずその場に席る。入り口から聞こえてくる滝が落ちる轟音が、私の心をマッサージしているかのように気持ち良い音……じゃない。すごくうるさいだけだった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そのまま無言ゾーンに突入してしまう。気分としては、今まで熱心に働いていた夫が定年退職をして、ずっと家にいる状態なのだが、妻は今更何を話せば良いのか分からず、会話が全く無くなってしまった家庭である。
「……あ、そうだ。水」
「ん?」
「相談」
「何じゃと?」
「相談したい事が……」
「んえ!! 何じゃって!!」
「そ、う、だ、ん!!」
「ゑお!? もっとでっかい声で!!」
「話ッッ!!」
「どぅえ!? 全っ然聞こえないぞ!!」
声が滝の音に妨害されて相手に届かない。さっきは普通に話せてたのに。
「水、愛してる」
「そうかそうか、そんなに死にたいか」
ならばと小声で思ってもいない事を言ってみたが、しっかり聞かれていた。悪い事は言っていないのに、私は殺されてしまうらしい。
気を取り直してもう一度コンタクトしてみる。
「だーかーらー! 聞きたい事がっ!」
「ああ、今日は晴れじゃ」
「天気の事なんて聞いてないよ! 見れば分かるし!」
滝の裏からでも分かるほど、おそとには真っ青が広がっている。
「え? この石のことか? すごいじゃろう。大地の力がにじみ出ておるぞ」
水はポケットから白い石をとり出す。……あれ、これって。
「うわっ! それ放射性物質だよ! にじみ出てるのは大地の力じゃないよ! 放射線だよ! ばっちいから捨てて来なさい!」
どこで拾ってきたのだろうか。
「ふむ。ついでにこんなのもあるぞ」
水は白い石をポケットにしまい、今度は楕円形の黒い物体をとり出す。白い石は捨てろと言ったのに。いやだがしかし今はそんな些細な石よりも重要な物が眼前にある。水が持っているあの黒楕円には見覚えがある。黒い物体の右側には丸三角四角バツが描かれたボタン四つ、左側には上下左右の矢印が描かれたボタンが四つとアナログな感じのする丸いものがある。コレはもう、アレしかない!
「ぺーえすぺーだ! もらうぅ!」
時代を無視して何故か出てきた携帯ゲーム機「ぺーえすぺー」。六百年振りの再会に私は狂喜する。その嬉しさは一時間位滝に打たれていても揺らがないだろう。ぺーえすぺーは、私の命と言っても過言ではない存在だったのだ。
「どこで見つけたの!?」
「近くに往む河童が色々とな」
「かっぱーーーーーーーーーーーーーーっ! グッド!」
いつか行かなければ。そこは私の桃源郷となるだろう。いつ行こうか、あとで行こう。タッチスクリーン搭載型ゲーム機で有名の「二点城SS」もあったらいいな。
「あ、行くのは駄目じゃぞ。奴ら里の入り口に、とりにとりとるなんちゃらを仕掛けているからな。爆発したら山が荒れる」
「TNTーーーーーーーーーーーーーーっ! 何をするだァー!」
TNT。爆弾だ。河童め……。
私の夢はTNTと一緒に爆発してしまった。粉々になった夢々は、絶望に変わって私に降りかかる。
残念な気持ちになった私は、水が持っている「ぺーえすぺー」を毟り取り、話を戻すことにした。
「我のぺー」
「で、相談っていうのはね」
「……えすぺーを返せ」
「はい? 何の事です?」
「……もう良い。今度河童に最新型作らせてやる。緑には後でそっちをやろうかと思ってたのになー」
水は早くもぺーえすぺーを諦めたようだ。それとも挑発しているのか? 無駄だ。私は最新型なんて良い所はあまり無いと思っている。余計な機能を追加されたら使いにくい事この上なくなってしまう可能性があるから。という訳でこの古き良きぺーえすぺーは遠慮なしに有難く貰います。
「で、話とは何じゃ」
私が挑発に乗らないと分かった水は、自分から本題を促した。ちょろいね。
「単刀直入に言うとね、私って妖精に負ける位弱い……」
妖精は、頭が足りなく攻撃が単純で何度でも復活するため、うさ晴らしに丁度良いと、どこかの町でマッチョの人が言ってた。
しかし私はそんな妖精に負けているのだ。その妖精に負けてからというもの、私は妖怪から逃げるようにして各地を転々としていた。にほ〇中を彷徨っていた原因は、こうして逃げまくっていたからなのかもしれない。強い強いと言われていた前世の記憶は一体なんなのだろう。
「チルノっていう妖精に妖力が切れるまで追い込まれた」
「弱っ」
「うっ」
水の一言で傷付いた。無意識で出た単純な言葉ほど辛いものはない。
「その妖精なら我も戦った事はある。関わりたくなくて必死に逃げたのに諦めなかったんで、記憶に残っておるぞ。確か氷精だったな。一撃で終わったぞ」
「うっ」
「緑、ちゃんと修業してたか」
「うっ」
六百年以上引き篭もってました。
「…………はぁ」
「妖力はいっぱいあるって言うけどねぇ」
「ああ、変換効率が悪いんじゃな」
「変換?」
「その、『ぺーえすぺー』に入ってる『あーるぴーじー』みたいに説明するとな」
RPGやったんだ。水とは話が合うようになったね。
「黒魔術士が魔力10消費の『炎』を唱えて敵に100のダメージを与えたとする。この時魔術士は消費魔力を十倍の威力に変換したことになるな」
「そうなの?」
実際にはもっと複雑な計算法でダメージ算出しているだろう。
「そうなのじゃ。それでな、能力をもった生物も同じように妖力を何十何百倍の威力に変換して現象を操作するんじゃ」
「私は変換できない無能と言いたいんだね」
「うん」
「うっ」
さっきから心にぐさぐさと刺さるものがある。この幼女の言葉は昔からキツイ。
「緑以外の妖怪は変換効率が良い反面、我のように『自然を操る』とか例の氷精のように『冷気を操る』とか限られた現象操作しか出来んのじゃ」
「そうですね」
「緑の能力は……って、我はお前の能力を知らんぞ。大方変換効率が悪そうな不思議能力じゃろうが」
あれ、言ってなかったっけ。私が能力を得てからはほとんど水と会っていないのか。
「私は『等価交換する程度の能力』の持ち主。対価を払えば何でもできる能力。水様々々々のおかげで習得できましたよ」
「我のお陰じゃな。這いつくばって感謝せい」
そんなのは絶対嫌だけどすでに私の心はボロボロで疲れていたので、仰向けに寝っ転がって感謝の意を示してやる。全然感謝しているように見えないだろう。
「まあ良い。緑の『等価交換』は何でも出来る反面、支払う対価の消費量が大きいのじゃ。きっとそうじゃ」
最後の一言で今までの説明の信憑性が失われた。
水の話が正しいと仮定する。チルノ(敵)に100のダメージを与えるのに水が妖力を10消費するとして、私が同じだけのダメージを与えるには妖力を100消費しなければならないのだ。等価交換って時には不便だね。
「そんなに妖力の消費が激しいならば他の物で代用出来ぬのか? ここに来た時だってそうしたのじゃろう」
「うん。重力には裏切られた」
「じゅうりょく?」
「あー、地球が物を引っ張る力」
「ち、ちきゅう!?」
大自然幼女水のご質問タイムの始まりだ。これは、説明した内容を更に説明させられる、地獄の時間である。懐かしいなあ。守矢神社に引き篭もっていた無味乾燥な六百年間の記憶が全く無い代わりに、それ以前の記憶がかなり残っている。
「意味分からんぞ!」
水が叫ぶので懇切丁寧に説明しなければ。
「まず大前提として私達が住んでいるここは宇宙と呼ばれるだだっ広い空間の中に浮かんでいる地球という球体であってその地球には引力と名付けられた物を引っ張る力がございましてその力があることにより落ちるという概念が存在するのですそして私はその力を対価にして空を飛ぼうと思ったのですがどういう訳か失敗してしまいました」
一息に説明するが、水は煮え切らない顔をしている。
「はぁ? 考え方がぶっ飛んでおる。そのうちゅうというのは、『アナタハシューキョーヲシンジマスカ』と同じような考え方か?」
違うけどはっきり違うとも言えない。あやしい宗教の決め台詞に『ウチュウノシンリー』というものがあった気がする。
「否定出来ないよ! 大いなる宇宙の真理とは神の存在であるーだよ!」
宇宙と宗教は表裏一体なのだ。理解出来ない物は、神や妖怪という実体のある形にして理解しようとする。理解の範疇を超えたスケールの大きい話をいきなりされた水は、それを宗教として捉えてしまったのだ。典型的な昔の人の思考法だ。その方が夢があって良いかもしれないが。
「……難しいものだな」
「……あとちょっとだけ待てば、分かるようになるよ」
どこかで偉い人が証明してくれる筈だ。
「……あーるぴーじーとは、良い物じゃな」
「でしょう」
結局、何の進展も無いまま、うやむやになって終わってしまった。水は何万年も生きているのだから、全知全能であって欲しいものだ。
……いつか、自分の能力と向き合わなきゃね。でも当分はぺーえすぺーだ。
☆秋姉妹的宇宙の真理
「静葉です!」
「穣子です!」
「うおーーーーーー! あーーきーーじゃーーー!」
「お姉ちゃんお姉ちゃん! 現実を見ようよ! もう11月の後半だよ!」
「穣子。信じれば、全ては救われるのよ」
「宗教的だ! でもお姉ちゃん。秋の神って、私たちだよ?」
「え、ほ、本当だ……うわぁ」
「お姉ちゃんのテンションが下がった所で次回予告です!」
「今回何の進展もなかったわね……」
「結局修行もしなっかったね。でも! 次は!」
「お!?」
「あそこに行きます!」
「どこよ」
「嫌だなあ。お姉ちゃん知らないの?」
「知らないわ」
「あそこだよあそこ」
「分からないのね。それっぽく見せようとしているだけなのね」
「うぅ……」
「…………」
「…………」
「……『予言』を終わるわ」
「お、お姉ちゃん、『予言』って強調しないで……!」
「大丈夫。私は穣子の事、信じてるわ」
「はぁ……。帰ってコタツの準備でもしようか……」