人心収攬、神様は友達です
神奈子ちゃんに負けてしまった諏訪子は、土地を明け渡した。神奈子ちゃんは新しい神として、諏訪子の土地の民に信仰して貰おうとした。
しかし、その土地の民は神が幼女で無くなる事に絶望し、皆鬱になってしまった。皆で可愛いがってきた娘のような存在がいなくなってしまえば、そうなるのも無理はない。
神奈子ちゃんはそれでは駄目だと自分の代わりとなる新しい神を創り出し、諏訪子と融合させた。とは言っても大した事ではない。
新しい神様を創った何だかんだというのは言葉だけで、要するに外ヅラをしっかりさせたかったらしい。ただの辻褄合わせだ。空想上の新しい神は諏訪子と融合出来る訳がなく、諏訪子は今日も元気に走り回っている。
一応土地の権利者は神奈子ちゃんなので、領土内で洩矢様洩矢様と崇められては権利者の面目が立たない。神奈子ちゃんは洩矢を守矢に改名させてやることで、名前を付けてあげたんだから私は守矢の飼い主だよねと、御主人様の主張をする役になった。
そうすることで、民の信仰は洩矢に集まり、洩矢の信仰は守矢の信仰となり、守矢の信仰は飼い主の手柄となる。みんな幸せになる仕組みだ。
すごく簡単に言えば、私の知ってる守矢神社が出来上がった。
歴史的瞬間に立ち会えて大変喜ばしい。諏訪子の名字ってずっと守矢だと思ってたけど、違ってたんだね。
「……あのさ、聞きたい事があるんだけど」
改築した新しい神社、守矢神社の縁側に寝っ転がって回想していた私に、諏訪子が話し掛ける。縁側は良い具合に日が当たっていて、ごろごろするのに適している。
「あ、もう私帰った方が良い?」
最初に約束した一週間の期限など、とっくの昔に過ぎている。どの位過ぎているのかと言うと、八十三週間位――壱年ちょっと過ぎている。季節は春夏秋冬春と、四分の五巡した。
そろそろ私の心の中は、守矢神社に届まり過ぎた罪悪感で満杯になる。さらに、今の私は働かずに引き込もっているだけなので、神奈子ちゃんにあれこれ言える立場では無くなってしまった。
「いやここにいても良いけどさ。今更いなくなったら嫌だし。それでずっと気になってた事があるんだけど」
諏訪子が良い事を言う。さりげなく私の存在を認めてくれる発言素晴らしい。
「気になってた事?」
諏訪子も私の隣に寝っ転がる。諏訪子の本体とも言える、眼球帽子は被っていないので、今はただの金髪幼女だ。
「おかしいなとは思ってたんだけど、そこまで多い訳でもないから聞きそびれてたけどね」
「単刀直入に言いなさい」
「……何で緑が神力持ってんの?」
「おーそれは私も気になってた所だ。……二人して寝そべって、すごい光景だな」
盗み聞きでもしていたのか、神奈子ちゃんが会話に割り込んで来て諏訪子の隣に寝っ転がった。
「神力って、何で私が?」
「それを聞いてるんだよ」
「何か崇められるような事でもしたか?」
「してないよ。そもそも人に会わないから」
「神力は道具にも宿るものですよ。……三人で楽しそうですね」
仕舞いには守矢神社でよく働いてくれるアヤコさんも来て、神奈子ちゃんの隣に寝っ転がる。縁側はもうギッチリだぜ。
アヤコさんは神社の掃除をよくやってくれるとの事で、守矢神社にリフォームすると同時に、諏訪子がアヤコさんを養子にとり、巫女に任命した。
それを快諾したアヤコさんは、名前をちゃんとしたものにしようとするべく、東風谷亜矢子へと進化した。早苗のご先祖様はこの時出来上がったのだ。私は感動して言葉を失い、泣き崩れるなんてイベントは起こらない。
「道具……道具……あ」
「さ」
「き」
「ゆ」
私の「あ」に、諏訪子神奈子亜矢子が続く。五十音順ではなくいろは歌の順だ。どこで知った。
そういえば、皆三文字の名前で最後に「子」がつくね。
「とある神様にもらったペンダントがあるよ」
「神様?」
「神に対して顔が広いな」
「羨ましいです……」
秋姉妹がくれた、紅葉形のペンダントを服の中から出す。普段はブラブラするとペンダントに負担が掛かり、壊れると嫌なので、服の中にある。
「おお、そんな仕舞い方私には出来ないな。胸が邪魔で」
「チッ」
「チッ」
神奈子ちゃんの挑発に私と諏訪子は憎しみを覚える。
「……ま、まあまあ。それより綺麗ですねそれ」
亜矢子さんはペンダントをよく見ようと私の頭がある場所まで四足歩行で移動し、身を乗り出す。
「チッ」
「チッ」
亜矢子さんの胸が目の前に迫ってくる形になり、私と諏訪子は怨念が増加する。
先祖だからか、スタイルは早苗と酷似している。つまり良心的なスタイルだ。
「え、え、す、すみません……?」
怨まれている理由が分からない亜矢子さんが、疑問形で謝ってくる。
すると諏訪子は立ち上がり、私を見下して言う。
「緑、あっち行こ」
諏訪子が人差し指を天井に向ける。昇天? スタイルごときで早まってはいけないよ。
「お、お子様同士で話すのか」
「神奈子ちゃんうっさい」
私が神奈子ちゃんの挑発に返事をしている内に、諏訪子はさっさと外に出てしまった。亜矢子さんはどうして良いか分からずに、オロオロしている。
「神奈子ちゃんって呼ぶな」
私は神奈子ちゃんの言葉を無視し、草履をはいて縁側から外に出る。
春になりたての日の気温では、草履は少し肌寒い。何を思ったのか、私は今半袖半ズボンの格好をしているので、全身で微妙な寒さを受け止めなければならない。
服は亜矢子さんが作ってくれた。三十年間何とか着続け、ヨレヨレになった私の服を見て、亜矢子さんは笑顔で嫌悪感を示すという奇妙な表情をし、次の日に亜矢子さんは勝手に服を作ってくれたのだ。
守矢神社にいる四人……二人と二神……一体と一人と二神の服は、全て亜矢子さんの手づくりのものだ。……自分ってどんな単位で数えていいのか分からない。
諏訪子の服はいつも通りで、同じデザインを何枚も持っている。本人によると、紫色の服に描かれている蛙の位置が違うらしい。
神奈子ちゃんは、普段は例のあれの方が動きやすいという理由から、例のあれすなわちジャージ上下になっている。時代は無視された。
「緑緑、屋根乗るよ」
服の話なんてどうでもいい。今大事なのは、あの二人をどうしてくれるかだ。
「屋根で作戦会議するのか」
「作戦? とにかく乗るよ」
諏訪子は驚異的な跳躍で、さっさと上ってしまう。
「……ハシゴ」
もちろん私にはそんな脚力は無いので、道具を所望する。
「どうしたのー! はやくおいでー!」
それに気付かない諏訪子は、容赦無く私を呼びつける。
「ハシゴ!」
「ハシゴなんて無いよ! うちには整地するアレしかないの! 飛んできてよ!」
自分が出来るからって他人も出来るとは限らないのだよ諏訪子。それと整地するアレしかない神社ってどうよ。
……屋根までだったら能力を使って飛んでも大丈夫かな。最初に浮遊して墜落した時以来、空を飛ぶのはあきらめている。
(……妖力を使って浮遊)
気が進まないが『等価交換』をして、ゆっくり上がる。落ちたら怖い。
「やった屋根まで着いっふげっふっだめだったー……」
とりあえず屋根には乗れたが、ゆっくり浮かび過ぎたせいで妖力切れ。自業自得である。華麗な着地とは程遠く、ドサッと落ちて頭をぶつけた。痛みよりも疲労が強く、倒たままの格好で休憩する。
「何でそんなに疲れてるん?」
諏訪子が倒れて息を切らしている私を見下して変な訛りで言う。本日二回目、幼女に見下された。
「空なんて飛んだら、妖力切れるよ……」
「ウソだ。そんな簡単に切れるものか」
諏訪子は私の能力をまだ知らない。聞かれなかったから話してない。
「私の能力はね、『等価交換する程度の能力』だからね、空を飛ぶにはそれに見合った妖力を払わなきゃ駄目なの」
「そう」
「いくら妖力があっても足りないよ」
「ふーん。へーえ。ふむ。えーと。うーん。その……」
諏訪子の声が段々と小さくなり、思考モードに入る。初公開の私の能力に、少しは驚いて欲しかった。
そして、申し訳けなさそうにこちらを見て言う。
「……その能力だったら、別に妖力を使わなくても飛べるんじゃないか?」
「はい?」
「対価って妖力じゃなくも良くない?」
「…………………………うん」
私としたことが、こんな簡単な事に気付けなかった。三十年間も妖力を対価にしていたんだ。今更そんな利用法思い付……老化? 老化して頭が固くなった?
「私はまだ若い」
「へ?」
「うん大丈夫気にしないで。じゃあ別の力を使って飛んでみよう」
疲労もある程度回復したので、立ち上がって深呼吸をする。
「わたしは早く本題に入りたいんだけど……」
諏訪子が足を伸ばしてぺたりと座り込むが無視だ。
空を飛ぶにはどんな対価が適しているか。常に安定していて、長時間使用しても無くならない力。何がある?
「(おぅーい! 亜矢子! 投擲捕獲球しないか!?)」
「(ええ? 少しだけですよ)」
下から神奈子ちゃんと亜矢子さんの会話が聞こえ、神社の中から鉄球を持った神奈子ちゃんとガントレットを装着した亜矢子さんが出てくる。新素材を使いたいのは分かるが、そんなものまで鉄製にしなくてもいいと思う。
二人は、丁度私が見える位置に立ち、投擲捕獲球を始める。ガッシャガッシャと、鉄球をガントレットでキャッチする音がうるさく聞こえる。
「上から来るぞ! 気を付けろ!」
言いながら、神奈子ちゃんが鉄球を思い切り投げ上げる。
「ちょっと! やめてくださいよ! 手が痛くなるじゃないですか!」
頂点に達した鉄球は、当然重力に引っぱられて落ちる。……ん?
落ちる球が地上に近づき、速度が最高になったところで亜矢子さんがキャッチする。一際大きな金属音が鳴り響く。
「ひぃぇぇ! ジーンときます!」
「まだまだ!」
「嫌です! もう終わりですよ!」
亜矢子さんがガントレットを外し、神社の中に戻ってしまう。相手が居なくなった神奈子ちゃんは、つまらなさそうに片付けを始める。
「うーん……思い付きそうで思い付かない」
投擲捕獲球を見て一瞬頭に電気が走った気がしたが、電力が足りなかった。もっと決定的なモノが欲しい。
「緑! 本題! そのペンダントの話!」
諏訪子が言葉を発するが無視だ。
「おぅわぁ! 物置を開けたら整地するアレが倒れてきた! 何故!?」
神奈子ちゃんが下で騒いでいる。何故って……。傾いてたんだったら倒れるでしょ。重力に引っ張られて。……ん?
「良い感じの力を見つけた気が……」
空を飛ぶための大きな力。それはとっても身近な所にあるかもしれない。何か、私の頭に雷を落とす何かはどこかにある筈だ。
「あ! 緑! あそこの木のリンゴが落ちそうだよ!」
諏訪子が叫ぶ。
「ほんとだ……」
諏訪子の指し示す方向を見ると、都合よくリンゴが一つだけあり、少しの衝撃でも落ちそうだ。
「ほら風! 風だよー!」
幼女は遠くのリンゴに向かって、一生懸命息を吹きかける。どう足掻いても吐息が届かない位置にあるのだが、諏訪子の頑張りにリンゴは心を打たれたのか、重力に任せてその身を自由落下させた。某Nさんはこれで万有引力を……ん?
「わ、分かったかもしれない……! 安定した大きな力……」
「その神力は誰のなのー早くして!」
子供が伸ばした足をバタバタさせて催促しているが無視だ。
「あー分かんない! もどかしいよ!」
「ねーぇー」
諏訪子があきれたような言い方になったので相手をして差し上げよう。最後のひらめきが発生するかもしれない。
「諏訪子落ちろっ!」
私は諏訪子の背中をそっとやさしく繊細で上品に押した。
「へ……!? う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」
諏訪子は突然加わる変な方向の力に自分を支えることができず、屋根を転がり落下してしまった。私はその様をきっちり見届けると、頭の中で雷鳴が轟き、モヤモヤが一瞬にして消え去る。
「分かった……。完全に分かった……。重『力』を使えば空を飛べるんじゃないか……!?」
正直重力を使ったら色々と危ないんじゃないかと思う。具体的にどう危ないかは分からないが、ぼんやりと、嫌な予感というものがある。駄目だったらすぐ諦めよう。
私の能力をレベルアップさせるために、自ら犠牲になってくれた諏訪子は地面に這いつくばって痛そうな声を出している。屋根の上から二拝二拍一拝で感謝。
「さあ飛んでみよう!」
得体の知れない力を使うことが怖く、大声を出して紛らわす。
重力を上向きの力に変える。それは、空に向かって落ちることになる。一歩間違えれば高く飛び過ぎて、生命の危機に直面するかもしれない。
それでもやらなければならない時がある。今後の移動方法を左右するのだ。やってみせる。
(私にかかる重力の六割位を上向きの力と交換せよ……!)
目標と対価をしっかりとイメージする。
「……………………」
だが、何も起こる気配がない。
「……………………」
私の能力は目標と対価をイメージすることで発動するのだが、今回は何も起きない。
「……………………?」
地球は私に味方してくれないのだろうか。試しに『妖力を使って火の玉出ろ』と、能力を使ってみると、いつも通りに出来た(火傷した)。私の能力に不調がある訳ではないらしい。
……出来ないなら出来ないでいいや。怖い思いをしなくて済むし。歩行でも全然支障はないし。能力を使わない分気楽だし。歩きは趣があるし。エトセトラだし。
「……はぁ」
引き篭もろう。私は一生空を飛べないんだ。
「うぅ……。祟ってやる……!」
金髪の子が下で祟ってきたが無視だ。今日は疲れたから寝る。
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守矢神社で生活する事一年二年三年四年五年六年…………何十年何百年と、随分長い時間が経った。年をとったせいか、一日がすごく短く感じるようになり、一年があっと言う間に過ぎてしまうのだ。最近なんて一年が一週間のように感じる位だ。
東風谷亜矢子さんは人間であるため、老化しておばあちゃんになり、寿命を迎えた。その時は人の死にショックを受けて、さらに引き篭もりになった私であったが、諏訪子と神奈子ちゃんが慰めてくれたおかげで、何とか立ち直ることができた。
亜矢子さんは子供を作り、その子供も成長して子供を作り、代々守矢神社の巫女を務めてきた。そんな訳で、私は何十回も死を見ている内に、慣れてしまった。これを進歩と呼んでいいのかは分からない。
東風谷の巫女は、現在二十三代目である。諏訪子が人前に出ずに、神事を全て巫女に任せるという暴挙を成し遂げたことにより、人々は巫女こそが神だと勘違いする結果になった。そうしている内に、信仰の対象の一部は東風谷に向けられ、東風谷は人でありながら神である、現人神となってしまった。
風や雨を操る巫女は、いつしか風祝と呼ばれるようになった。実際に操っていたのは諏訪子であったが、東風谷が現人神になることで、東風谷も風や雨を操ることができるようになったのである。
という訳で、諏訪子神奈子私は完全にやる事が無くなり、三人で毎日トランプをしている。発明したのは私だ。
「そう言えばさあ」
カード一枚一枚にHPMP攻撃力防御力魔力すばやさを設定した、テイルズオブ大富豪(訳:大富豪物語)を遊んでいる途中で、私は思ったことを口に出す。
「何で神奈子ってここにいるの?」
昨日の夜、神奈子にちゃん付けするのをやめるよう決心した。理由は、今や私も神奈子をバカに出来ない立場に居ることを痛感したからだ。
「何でって何だ? ……スペードの五で諏訪子のダイヤの六を攻撃。私のスペードは死んだがダイヤの残りのHPは一だ」
神奈子は私の質問に返事をしつつ、ゲームを進める。
「神奈子ってここの神じゃないじゃん」
「私はこの神社の立派な神だぞ。あと神奈子ちゃんて……あれ?」
「そうだったの? ……ハートの四で諏訪子のダイヤの六を攻撃。相打ちだね」
毎日世間話をしながらまったりとトランプをする私達。正直この生活が飽きつつある。
「嘘つき者には策士の才能、槍を持て、楯を持て、おまえの勝利は確実だ! 出でよ、JOKER!」
諏訪子が妙な決めゼリフをはいて魔王ジョーカーを出す。残りの手札で勝てそうにないので、この勝負は終わりだ。
逆に、ジョーカーに勝てる程の手札を持っていた場合、諏訪子の負けだ。ジョーカーを出すのは賭けに近い。
「あー負けた!」
「わーい勝った勝ったー」
「今、神奈子ちゃんて……呼ばなかった……?」
「……はぁ」
「……終わったね」
「き、気のせいだろう」
ゲームが終わり、何とも言えな空気が流れる。諏訪子も、このトランプの日々に飽きているのだろう。ここいらが潮時かな。
「……決めた」
「え?」
「もう一回呼ばせてみよう……」
神奈子は上の空でぶつぶつと唱えている。
「私木葉緑は明日、ここを旅立とうと思います」
元々亜矢子さんは登場させるつもりはなかったキャラなのに、成り行きで早苗さんのご先祖様になってしまいました。