飛花落葉、なにしよう
「八億人目のお客様には記念として、ヤツイグループ主催のパーティーに招待させて頂きます!」
黒スーツをびっちり着こみ、髪をこれでもかという程ギットギトの油でオールバックに固め、胡散臭く不諭快な笑みを浮かべた社員がおっしゃった。
「八億人って、この街にそんな人口多く無いですよね」
「お前の顔を見てると気分がっ……」
水が社員に悪口を言いそうになったので、すかさず水のあごを押し上げて阻止する。気持ちは分かるけど今は言ってはいけない。後で陰口をいっぱい言えばいいのだ。
「八億人という表現は語弊がありましたね。誠に申し分け御座いませんでした表現を来店回数八億回目のお客様と訂正して御詫び申し上げます誠に申し分け御座いませんでした重ねて御詫びします誠に申し分け御座いませんでしたどうかこれからもヤツイグループの店舗を御利用下さいませ」
うざい。
「それではこれから御会場に御案内しますので我々が用意したヤツイグループ自動車部門による最新モデルの車まで御足労を御願いしますさあさあこちらで御座います」
すごくうざい。所々に宣伝を入れてくるのがうざい。あからさまな営業スマイルを絶やさないのがうざい。そんな男達に囲まれててよりうざったい。
「何なのだその喋り方は気味わるっ……」
すごくうざいが悪口は後だ。再び水の口を閉ざしてやる。
「(しばらく黙っててねー)」
「……ぶぅ」
ただ目についた百円ショップに入っただけなのに、エラい事になってしまった。スーツ長の言う“パーティー”への参加は、すでに決定だという雰囲気が出来上がっていた。
「ああ私としたことがすっかり忘れていました私こういう者です自己紹介が遅れてしまって申し分け御座いません」
途切れない言葉と共に名刺を渡して来た。それにつられて他のスーツ達も名刺を差し出す。
一々名前を覚えるのは面倒だから、今からスーツ達の事を三郎と呼ぼう。名前の理由は特に無い。
さあさあ向かいましょうと三郎に押され気味になりながら、百円ショップの外に出た。店内を見てみたかったのに。
「車を用意させますので少々御待ち下さい」
三郎はすぐそこに見える電話ボックスに入って、公衆電話にカードらしき物を差し込んだ。
二、三秒すると地面が轟音を立て、電話ボックスとその周辺の地面が段々と陥没してきた。あれ、陥没と言うよりも地中に潜ってないか?
「うわ、落ちてる、落ちてるよ!」
「御安心下さい現在車が格納されています地下に移動しているので御座います。我々ヤツイグループ専用の地下通路なので渋滞などは無く快適なドライブをお楽しみ頂けます一般の方にも月二十万で御利用出来ますので宣しければ是非ヤツイグループの道路を御使い下さい」
……もう話して欲しくない。何回「御」をつければ気が済むんだ。他にもつっこみ所満載過ぎてやってられない。
こうしている間にも公衆電話付き地面は地中の奥深くに沈んで行く。まわりの壁はコンクリートで舗装されているので、土管の中にでも入っているような気分だ。
そして、幅が10メートル位のすごく広い道路がある最深部にたどり着いた。真上を見る。地上はもう点にしか見えない状態だ。
地面の下降が止まるか止まらないかのタイミングで、見た目からして超高級な黒塗りの長ーい車が走ってきて、私の目の前に止まった。
「どうそこれがヤツイグループの最新式全自動操縦車音声認識機能付き〜リクライニングシートを添えて〜で御座います来月発売予定で御座いまして御値段は八千万とさせて頂だき御座います」
「ふっ……」
三郎の商売根性に対して、呆れを通り越して笑えてきた。失笑である。
「御気に召しませんでしたかならばこれよりもツーランク上に御座いま」
「や、いいですから行きましょう」
「そうで御座いますかそれでは私めがこのヤツイグループ最新式全自」
「これに乗ればいいんですね」
このまま三郎に喋らせて置くと、この薄暗い地下から出るのがいつになるか分からないので、私がきびきび動いて差し上げる。とりあえず後ろの方に乗れば良いんじゃないか。
「ん!? こ、これが車の中だと……! 認めない、私はこんなの認めない!」
ドアを開け、車に入ればびっくり。決して高いとは言えない天井には、豪華過ぎてごちゃごちゃしているようにしか見えない位の装飾をされた明かり。その真下には、鏡のようにツルツルで光沢の出た木製の机。両サイドには、座った者を必ず眠りに落とすと主張しているかのごときふわふわソファー。
あのソファーに座ってみたい。いいよね、本当に私の為に用意されたんだよね。突撃だ!
私はさっきから黙っている水を引っ張り、駆け込み乗車のような入り方をして、ソファーに座った。ダイナミック乗車をした時に天井に頭をぶつけたのだが、興奮状態の私にとって、そんな事は気にする程のものではなかった。
「ぉおぉおおぉお! 何だこのソファーはzzz……」
あまりにも良い座り心地で、ソファーが言っていたように、座った瞬間に寝てしまった。
・・・・・・・・・・・
「お客様、起きて下さいませ。ヤツイグループ本社ビルに着きました。これより徒歩で地上23階に御座います御客様御来店回数八億回目記念パーティー本会場に向かいますのでどうか御目覚め下さい」
どれ位寝ていたのか分からないが、会場に着いたようだ。隣の水は腕を組んでムスッとしている。どうしたのかと思い、やや本気で水の頭を叩くと、水は驚いてこちらを見てきた。叩いたのが私だと分かると、水は呆れたような顔をして私の腹部を殴りつけ、再びムスッとしてしまった。お腹痛い。
水の事は諦めて窓の外を見ると、大理石が見えた。どこを見ても大理石だ。どうやらここは、床・壁・天井の全てが大理石でつくられたホールのようだ。超金持ちだね。
「お気に召しましたかこの駐車場はヤツイグルー」
三郎が話し始めてしまった為、急いで車を降りる。車内は遮光処理がなされていたので分からなかったが、ドアを開けた瞬間、このホールがとても明るい事に気付いた。いや少し待て、三郎はここを駐車場だと言った気がするぞ。この大理石空間が駐車するだけの場所だというのか。金持ちは許せん。
この大理石空間をじっくり鑑賞しようと思った瞬間、前のドアから下車し、先回りをした三郎達にこちらですと先導された。三郎達のうざったさと面倒さを考えると、素直に従った方が良いと思い、大理石鑑賞を諦めて歩き出した。私は大理石の床をコツコツと鳴らして、駐車場の端に見えるエレベーターに向かう。
そのエレベーターの前まで来ると三郎達は立ち止り、少々御待ち下さいと言う。三郎の内の一人が懐からリモコンを取り出してボタンを押した。するとエレベーターの扉が開き、私達が乗り込むと自動的に閉まって上昇し始めた。
エレベーターの中は8畳位の広さで、私と水と三郎5人が乗っても余裕があった。降りる階を選択するボタンはどこにも無く、恐らく社員が持つリモコンでのみ動かせるのだろう。一般人や産業スパイが簡単に侵入出来ないようなシステムだ。
「……」
「……」
水は私が黙れと言った時から一言も喋らないし、私も三郎に出しゃばって欲しくないので無表情を貫いている。三郎達も、私が何らかのアクションをとらない限りは黙っているだろう。エレベーター特有の無言ゾーンに突入した。
『23階です』
機械音声が到着を知らせ、扉が開いた。すかさず三郎4人が降り、2列に分かれて「いらっしゃいませ」の体系になった。残ったリーダー三郎は、私達を案内する為に真ん中に立ち、御辞儀をする。
「どうぞこちらへ」
三郎の後を着いて行く。上品な暗さの長い廊下を少し進むと、いかにも大ホールがありますよーと言っているかのような重厚な扉が現れた。緊張してきた。これから何が起こるんだろう。
三郎が扉を開ける。廊下の暗さとは対象な、眩しい光がホールの中から漏れ出す。
三郎が扉を開ききる。ワイワイガヤガヤとしていたホール内が一気に静になる。
「八億人目の御客様の御登場で御座います! 皆様御拍手で御迎え下さい!」
ホール内からその台詞が聞こえた瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。とてつもなく広く、天井も3階層位使っているんじゃないかという位の高さがあるホールだ。その中に無数の社員が集まり、一斉に拍手をしているのだ。すごくうるさい。
奥にある舞台に、『祝、八億記念PARTY』と行書体で描かれた看板がぶら下げてある。アルファベットを行書体で書くのは無理があると思った。
「さあさあ御客様ホール内に御入ってしばらく御くつろぎ下さいませ。私めはヤツイグループ新会長、八意永琳を呼んで参りますので」
「……そうですか」
そんなこと言われても、こんな人人人人の中でくつろげる訳ない。さらには、このパーティーの主賓は私達だろうさ。絶対何かされるよ。
しかし、私達にはここに入って待つ以外の選択肢は存在しない。勝手に外に出て歩き回ったら警備員に捕まるだろうし、帰ろうにもボタンの無いエレベーターは使えないので不可能だ。
ごちゃごちゃが嫌だと思う反面、私自身パーティーに参加するのは始めてなので、すごく興味があるという一面もある。せっかくだから、私はこの変なパーティーを楽しむぜ。
私達がホールの中に入るのを見送った三郎は、そっと扉を閉めて行ってしまった。
やっとあのスーツから離れられると思ったが、周りを見ると同じようなのが大量にいた。さらには、お面を被っているのかという程の化粧をして、目に突き刺さるような光沢を出しているドレスを着た女性までいる。
初っ端からこんな目に毒な光景を見せるとは、歓迎されているのだろうか。嫌がらせの問違いではないのか。
「……臭い」
ここで始めて水が言葉を発した。すごくテンションが低い。
「何が? 香水の匂いとかキツいの?」
「……香水? この不自然に甘い臭いの事か。確かに酷いがそれだけでは無いぞ。ここには人間共の企みやら欲望やら、様々な感情が空気中に漂っておる。そんな場所に閉じ込められて実に不快じゃ」
水の言う事は分かる気がする。会社がやるパーティーが、純粋に楽しませる為にあるとは考えられない。こういったパーティーは、下っ端が上司に媚を売ったり、出会いを目的として参加しているだけの社員がいたり、酒の勢いに任せて取り引きをしたりする場と成り得るのだ。
そう考えてみると、私達が直接的に何かされる可能性は低いのかな。でも幼婆にとってはこの空気自体が毒なのだろう。何か気分転換になるものでも持って来よう。
「……じゃあ端っこの方で待ってて。飲み物貰って来るから落ち着こうね」
「……酒な」
「却下」
水がいくら長生きだとしても、見た目は幼女だ。私からお酒をすすめるような事はしない。出来ない。見られたら捕まる。
ジュース類……お茶の方がいいか? うんお茶だ、抹茶でも貰って来よう。適当に歩き回ればきっと見つかる。
「じゃっ!」
「酒だぞ! 問違えるなよ!」
水の要求を華麗にスルーして、私は陰謀と欲求が噴き出す戦場へと飛び込むのであった。
ホール内には、料理がのった丸テーブルが等間隔に並べられていて、その周りはドレススーツ達が立っている。ドレススーツ達はテーブル毎にコミュニティーを作り、雑談をしまくっている。
「こんな私服で目立つ高校生が歩き回ってるというのに、全く見向きもされないんだね」
飲み物がどこにも見当たらず、かなり歩き回ってしまった。
私は主賓であるのに、ドレススーツ達は自分の用事で一杯一杯になっていて、私達をもてなす事なんて元から頭に入っていないような様子だ。
「誰かに聞いてみようか……」
全く気が進まないが、このまま探し回っていても時間がかかり水が窒息死してしまうので、目の前にあるテーブルに群がった人々に素直に声をかける。
「すいませーん……」
「………た…、…の……」
「……ち…………ふ……」
私の声が小さいのか、それとも向こうが自分の世界に入っていて気付かないのか、どちらでも良いがドレススーツ達の反応は無かった。
一体何をそんな夢中になって話しているんだ。私にも聞かせてー。
「……今日の“パーティー”が成功すれば会長の座が我々に近づく。決して失敗するな」
「……何度もシュミレーションして来ましたからね、失敗する確率など極めて低いでしょう。しかし流石ですね小林専務。会長の座の為に一般人も巻き込んで“パーティー”を開くのですから」
「……大切なのは一般人に目撃される事だからな。それを実現するのに適しているのが“パーティー”という形式だ。例え一般人が一人だとしても、そいつが言いふらせば一瞬で会長の“失態”が町中に知れ渡る」
うおう。こいつら一般人の前で穏やかじゃない話をしてるよ。私から見て右にいる三郎が『小林専務』で、左にいる三郎が『小林専務』と呼ばれた三郎の部下か。三郎がいっぱいで意味分からなくなってきた。
「……会長の“失態”が町中に広まった瞬間、奴は辞めざるを得なくなるだろう」
「……そうすれば会長の座は何の疑いもなく小林専務にまわって来ますね。私の昇格も忘れないで下さいよ」
汚いよ汚過ぎるよこいつら。会長の座を狙う下っ端社員のドロドロ話だ。だが残念だったな小林専務、私は今全てを知ってしまったのだ。私はお前達の思い通りに動かないぞ。
「(……小林専務、後ろに“招待客”が)」
「(……クッ。聞かれたか? いや、大大夫だろう。周りの音で我々の会話などろくに聞き取れない筈だ)」
「(……見た目からして十代後半から二十代の男です。もし聞かれていたのならば、後々この事を拡大解釈されてネットに流されますでしょう。大変な事になりますよ)」
「(……とにかく媚を売れ。ここでの話を忘れる位に、な)」
部下が私の存在に気付き、こちらを見ないように小林専務とコソコソ話をするのだが、丸聞こえだ。私ってこんなに耳良かったっけ?
それよりも重要な発言があった。こいつ、私の事を男って言ったな。何故だ、何故私を女だと思わないんだ! あれか、目つきか? 思わずゴミを見るような目つきをしてたから駄目なのか? くそう。
「お客様、どうなされましたか???」
三郎達は振り返り、すさまじい営業スマイルを浮かべながら私に話し掛けて来た。
「いえ、何でもあ」
『皆様方! 準備が全て整いました! 当グループ御来店回数八億人目に選ばれた御客様はステージまで御越し下さいませ』
三郎達に再び嫌気が差し、自力で飲み物探索をしようと思った丁度その時、召集の放送が入った。
「では失礼しましたー」
無表情で適当な別れを造げ、ステージに向かう。少し離れたところで陰口を言いまくった。有言実行である。
ステージ前に、俯いて静止している水(放送を聞いて嫌々来たのだろう)と三郎が立っていた。私の到着を待っているのだろう。水を三郎と二人きりにさせるのはあまりにも可哀相なので、私は急ぎ足でそこに駆けつけた。
「御客様いらっしゃいましたかではステージ上に御上がり下さい私からの御挨拶の後にヤツイグループ新会長八意永琳が参りますので」
三郎の滅茶苦茶な御御御御言葉に返事をせずに、私は水を引っ張ってステージに上る。途中水が「酒は……」と呟いた気がしたが、気のせいだろう。
ステージ上からホール内を見渡すと、数えきれない程の人々が隅から隅までいた。全員こちらに注目しているのかと思ったがそうではなく、相変わらず世間話に夢中になっていた。それでも多人数の前に立っているのは同じなので、私は緊張して足がふるえてきた。
『では私、三上三郎が御挨拶をさせて頂きます……』
あれ、私は思い付きでスーツ達の事を『三郎』って名付けたのに、どうやらこの人は本物の三郎らしい。
本物の三郎はマイクを持って挨拶を続ける。これは長くなりそうだ。
『我々ヤツイグループは、“弓のマークのヤゴコロ製薬”を起点として……』
三郎の挨拶を聞く人は誰一人としていない。三郎も気にする様子は無く、カンペを丸読みしている。
「おい緑」
水が痺れを切らしたのか、私に話し掛けて来た。
「はいはい何でしょう」
「ここの人間共の話を聞いたのだがな」
どうやら水も三郎達の話を盗み聞きしていたらしい。
「近頃、この辺りの森林伐採と有害生物の除去、すなわち妖怪の駆除をして我が住む山を行楽地とする計画が実行されるらしいぞ」
「はあ!?」
「人間が自然に刃向かうなど……」
学校の授業とかで「森林伐採して動物が住む所が無くなり絶滅しました」と教科書に客観的に書いてあって、何の感情も湧いて来なかった。しかし今は違う。立場が違う。傍観する側ではなく、やられる側なのだ。この世界に来てからまだ日が浅いとは言え、水との生活が壊されると思うと、もやもやするものがある。
「嘘でしょ?」
「奴らならやりかねない。人間共はこの街という枠内に収まり切れなくなったのじゃ」
嘘だと信じたいが、“今”を生きた私にとってこの計画が確実に実行される事は分かっている。エコという名の抑止力はお金の前では何の効力も発揮しないし、そもそもまだ環境汚染を気にする必要の無いこの世界では、何の枷も無い。もー三郎達はどうしてこうも私と水の気に障るような事をするのかね!
『時が経つにつれて徐々に事業拡大をし……』
三郎のスピーチをBGMにして、私は色々な事を考えた。今の場所が無くなったら? 上手くやればこの街に住めるか? 私の力とやらでこの計画を中止に追い込めないか? 洞窟で生活するのとこの街で生活するのは、どちらが幸せなのか?
「ああもう! 分かんない!」
「緑にとっては、この街の生活は快適なものだろう。しかし緑は妖怪じゃ。人間の恐怖があってこその生物じゃ」
確か幻想郷が出来た理由は、人間が妖怪を信じなくなったから、だ。水の言うように、妖怪は人間が恐怖することによって初めて存在出来るものなのだろう。妖怪である私が、街のど真ん中で人間と仲良く暮らす事は不可能なのだ。
『……で御座いまして、先週からヤツイグループ会長に就任なされました八意永琳様に祝いの言葉を賜りましょう。それでは! 新会長、御願いします!』
そこで三郎に思考を切断された。
ステージの奥から、赤と紺の継ぎはぎな服を着た看護師みたいな女性が歩み寄ってきた。長い銀髪を三つ編みにした女性は、とても面倒臭そうな顔をして、私の前に立ち止まる。
「はいおめでとう。……もう良い? 作業に戻らせてもらうわ」
「は? いえいえ御待ち下さい八意永琳新会長。我々が開催したこのパーティーが台無しになってしまいます。まさか御客様の前で醜態を晒す気ですかね?」
この女性が会長らしい。本物の三郎が私の相手をしていた時より酷い顔になって、嘲笑を混ぜた喋り方をする。
会場内はざわめきが起こり、耳を済ますと「我々が仕掛けるまでもなかったな」とか、「やはりあんな人間は会長に相応しくない」といった声が聞こえて来る。
「……はぁ。下らないわ。じゃあ一つ面白い話をしてあげる。それで満足でしょう?」
そう言って永琳会長はマイクを持ち、話し始める。
「……来週、この街を月に向かって打ち上げます。理由は明白。このまま地上にいるとあなた達のように穢れてしまうだけだから。私はこの純粋な少女を純粋なままでいさせたい。そしてあなた達に染み付いた穢れを取り除きたいと思っています。月は穢れを許さない場所です。皆様の淀んだ目がキラキラ光る光景が見てみたいですね。この計画に不満がある方はこの街を出てもらって結構です。何も無い所で、八意家の力も借りずに生きてみて下さい。出来無いでしょう? あなた方は八意家にすがり付いているだけなのですから。私が会長になった事に不満があるのなら、外に出て勝手にして下さい。必ず成功するでしょうから。それすら出来ないのなら、私と月に行って綺麗になりましょう?」
うわっ、この会長すごい事言う。月に行くという発想と、汚い三郎達に向かって物怖じもせずに批判する姿勢と、二つの意味ですごい。しかもこの人は私の事を少女って言ってくれた。絶対良い人だ。
「何を夢見事を言っているのです? 八意新会長。来週は山のリゾート化計画実行の日ではないですか」
「その計画は私を抜きにしてあなた方が勝手に決めた事ですよね? すごいじゃないですか。私がいなくてもしっかり出来るじゃないですか。良いですよ? 八意家が最低限の機材を提供しますのでご勝手にどうぞ。その間に私達は月に行きます。後はあなた方で生きて下さいね。私がいなくてもしっかりやれるのですから」
「……チッ。たかが十数年生きただけの小娘が……!」
永琳会長の演説に、ついに三郎がキレた。ざまぁ。
「そうですね。生まれたばかりなのでこんな飛んだ発想が出来るのです。いえ、月に行くのは別に強制では無いのですよ。私の考えに付いて来られないのなら辞めて下さって良いのです。あなた方の大好きなお金をいっぱい差し上げます。それを使って大自然の中で生きれば良いじゃないですか」
「……」
三郎は言い返せない。スッキリ。
「……か、会社を作ってやる」
「あらどうぞご自由に。この街の全ての物は八意家のみで研究・開発しているのですけどね。あなた方のような頭の回らない人が、一体どうやって社会を形成していくのでしょう」
元々この時代は原始時代っぽい。全く発達していない原人が、八意というイレギュラーな人間のおこぼれを貰ってここまで来たに過ぎない。すなわち、いくら三郎が現代人のように見えても、頭の中身は原人であり、八意がいなければ石器を作る程度の能しかないのであろう。私が三郎と口論になったら余裕で勝てるんじゃないか?
「ぐっ……!」
喋れば喋る程自分の首をしめる事になる三郎。永琳会長は相手の反論を待ってあげている。
「お、俺は山のリゾート化計画を実行する!」
その時、ホールのどこかから本物じゃない三郎の声があがる。その声を起点として、次々と俺も私もと声があがった。
「ふふふ。どうぞご勝手に。それはそれで、人の発展という物が見られて楽しそうですからね」
そう言い残し、永琳会長は帰ってしまった。
「ふふん。近頃の八意家は好きになれんと思っていたが、違うようじゃ。腐っているのは周りの人間のようじゃのぅ」
「ここまで腐らせた八意家が悪いとは思わないの?」
「初代の八意は、自らの生活を少しでも楽にする為に頭を使った。そして次の代も、その次の代もじゃ。それに目を付けた周りの人間が悪戯に祭り上げ、こんな状態になったんじゃろう。八意家は何も悪くないと思わぬか?」
「どうだろうね」
良いか悪いかなんて一概には言えない。見る人によって違うだろう。
「くっ……くっ……くっ……くくくくくくくくくくくくくくくくく」
永琳会長に打ちのめされた本物の三郎が、狂っていた。会場内もパニック状態だ。
「ピギャー! この小娘共をつまみ出せっっ!!」
面白い効果音を出しながら、三郎は手に持った内線に八つ当たりしている。三郎が内線を仕舞うとすぐに、警備員が駆けつけた。
「あっやめろっ! 引っ張らないで! 自分で歩くから!」
警備員が私達を強制退場させるようだ。やっと帰れるね。
もう用無しだからか、世間体で自分を包む事を忘れてしまったのか、ここに来た時とは打って変わったとても手荒なお見送りをされた。簡単に言うと、私と水はそれぞれ警備員に担がれ、ダストシュートらしき穴に放り込まれたのだ。そして気付くと歩道のど真ん中で倒れていた。
・・・・・・・・・・・
「修業じゃ」
あの後普通に歩いて山に戻り、夜を明かした。そして今、何事も無かったような顔をした水が死の宣告をした。
「今日からキツくするんですよね……」
「うむ」
「もう一日待てませんか……」
「だめ」
「あと5分……」
「早くせんか!」
どうしても死は免れないようだ。昨日、少し妄想をしたから少しでも長く生きれないかな。
「ほれ、朝飯にするぞ。こっちに来い」
そう言って水は薪がある場所から手招きをする。私は二週間余り生活して、すっかり定着した位置に腰を降ろした。
「……いつもおにくだよね」
「我は肉食じゃ」
「野菜も食べよう?」
私の首にかけられている豊穣神のペンダントに掛けて、私は野菜を推進する。
「あんなもの食えるか!」
「何故そんなに嫌っておられるのですか」
「肉の方が美味いのじゃ! 苦いとかそんな理由で嫌っているんじゃ無いからな!」
苦いのが嫌いらしい。世の中には甘ーーいキャベツとかすごーーいナスとかがあると言うのに。
「暇が出来たら一緒に野菜をつくろうね。絶対美味しいから」
「……そんな事より緑、のどかわいたじゃろう? ほれ、水じゃ」
話をそらされてしまった。野菜の話をするのすら嫌らしい。
「まあ、貰っておくよ」
水から木製の器を受け取り、一気に飲みほした。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! これお酒じゃん!! 何してんの水! あと二年待てって言ったよね!?」
「緑、良い飲みっぷりだったぞ!」
万遍の笑みを浮かべながら肩をポンポン叩かれる。
「景気付けじゃ! そんなに気にするでない!」
「……苦い臭いのどが痛いクラクラする」
この酒のアルコール度数はいくつなんだ。体のあちこちがパッパラパー。
「それ以外に感想は無いのか」
「水のばかぁ……う」
「うわっ! 緑、大丈夫か!? ……我の酒はそんなに酷いのか?」
慣れない酒を一気飲みした事により、私は意識を失ってしまった。
目覚めた場所は洞窟内では無く、草原――私が水と出会った広い草原のど真ん中であった。
「何でやねん」
「修業じゃ」
「私、あなたのせいで意識、失ってた。分かる?」
「緑がどんな状態であろうと修業はするぞ」
まだ頭はクラクラしているし、息苦しい感じもする。こんな状態で修業なんて出来るのか。
「修業の内容自体は簡単な事じゃよ。そう焦らんで良い」
「あなたの言う簡単とは上の下という意味ですよね」
「難易度は緑次第じゃな。うむ、内容を発表するぞ」
「……」
「発表するぞ? 何か最後に言いたい事は無いのか?」
「……生きて帰ったら、水と温泉に入るんだ」
「えっ我と? そ、そんな、照れる……じゃなくて、内容を発表するぞ!」
「……もう言い残すことは無い」
「緑には一週間、山以外の場所で一人で生活してもらう」
……ああ。それは確かにキツい。私が普段から垂れ流しているらしい妖気を何とかしなければ、興味を持った妖怪と連続エンカウントすることになる。私が持っているという妖力を使いこなさなければ、襲ってきた妖怪を追い払うことが出来ない。
逆に私が妖力を制御出来れば、妖怪に見つからずに、安全な生活を送る事が可能なのだ。難易度は私次第なのだ。
「頭を使え。自分の周りで奇妙な出来事が起こった時を思い出せ。妖力を使え。一番手っ取り早く能力が引き出せる」
「……自信無いなあ」
「一週間じゃ。一週間後に山へ戻って来るが良い」
「……分かったよ」
「さらばじゃ! 緑!」
「ばいばい」
短い別れの言葉と共に、水は山へ飛び去った。
「……はぁ。一週間究極のサバイバル生活か」
ここは見晴らしが良く、妖怪に見つかり易いので取りあえず、博麗神社があった森の中へ行こう。
「……あ」
「……あ」
水がいなくなった瞬間これだよ! 早速エンカウントしたよ!
「おまえはこのまえの! しんでいなかったのか!」
水と出会う直前に襲われた黒髪長髪二本角長身スタイル抜群のバカ妖怪だ。
「少し待とうね。私、今頭が回らないから」
「しょうぶだ!」
話すだけ無駄である。どうしようこの妖怪頭は悪いけど持ってる力はスゴイ。いきなりピンチだ。
「パーンチ!」
「うわっ!」
不意に妖怪はパンチを放ってきたので、すれすれで避ける。前は余裕で避けられたこの真っ直ぐなパンチ。今は酔いのせいで上手く反応出来ない。
「キーック!」
「うおっ!」
続けて放った回し蹴りをしゃがんで避ける。いつもやってる手順だ。
「うっ……」
急にしゃがんだお陰で一瞬意識が飛んだ。不味い、この隙は不味い!
「とどめの……」
妖怪は、前と同じように地面にクレーターを作る威力のパンチをするようだ。前と違うのは、私が動けない事。
「ひっさつ……」
ああ、何でいきなりこんな危ない状況になっているんだ! 考えろ、考えるんだ! 私の能力は何なんだ!
私がこの過去らしき世界に飛んだ時。
「あのころにもどりたいこんないまなんていらない」
「いのちをさしだしてもいい」
“今を失い、過去を得る”
“人間としての命を失い、妖怪としての命を得る”
私が椛と相対した時。今になってやっと思い出してきた。
「わたしとさなえがこんなにきずついているのになぜおまえはそんなにげんきなんだ」
「な、なんですかこれはっ!?」
“自分が失った体力の分を、相手にも支払わせる”
ああ、考えてみれば簡単な事だ。
“対価を支払い、利益を得る”
こんなの世の中じゃ基本中の基本じゃないか。
私の能力はこんなにも分かり易いものだったのか。
「すーぱー……」
これが正解かどうかは分からない。しかし試してみる以外に道は無い。
「“妖力を使って……」
「パーンチ!!!」
「相手を吹き飛ばせ”!!」
迫り来る拳に反射的に目を瞑ってしまった。
「……あれ?」
相手の攻撃は来ない。目を開けて、周りを見る。
「……おお!」
鬼は、数十メートル離れた所に倒れていた。
「良かった。当たってた……」
私の能力。
名付けて“等価交換する程度の能力”と言ったところか。
等価交換とは、元々建築の世界で使う用語だった気がするが、他に良い呼び方が思い付かないのでこうしよう。
「あの鬼、死んで無いよね……」
いくら私を襲ったとしても、殺してしまったとなると私の心が痛む。なので、少し近付いて様子を見てみた。
突然鬼は起き上がり、こちらに駆け寄って来た。
「すげーーーーーー!!」
「え?」
「あたしをとばしたのなんて、おまえがはじめてだぞ!」
「そうですか」
「ししょーとよばせてください!」
「ええ!?」
能力が発現した瞬間、弟子が出来てしまった。
・・・・・・・・・・・
それから一週間。妖力の使い方が分かった私には、7日間の生活など容易いものであった。かなり調子に乗った。
まず、垂れ流しだと言われていた妖気は、“妖力を使い妖力を隠せ”という、おかしな方法で隠した。隠すのに妖力を使ってるけど大丈夫かなと思ったが、大丈夫だった。
妖怪に襲われたとしても、弟子(気分で花子と名付けた)が適当に蹴散らしてくれるので、安全に生活出来た。
「よし帰ろう」
「きょうはどこにいくの?」
「私の師匠のお家」
「ししょうのししょうのおうち? すげーー!」
やっと水と会える。強くなった私に跪くがいいさ。
そんなこんなで、私達はすでに水のねぐら近くまでやって来ているのであった。
「あ! あれだよ花子!」
「なんだあのどうくつは!」
何だか洞窟の様子がおかしい気がする。静か過ぎる。
「おーい! 水ーみーなーみなみなみなみなみー!」
何の反応も無い。
「あれー? 歓迎は?」
その時、鼓膜を破るかのような雷鳴が轟いた。
「ひっ!」
「でっかいおとだねー」
雷につられたようにポツリポツリと空から水滴が降って来て、次第に雨足が強くなる。
「早く洞窟の中に入ろう!」
「ししょうのししょうはー?」
「雨宿り優先!」
分厚い雲におおわれて、世界は真っ暗になる。不規則に落ちる雷が、辺りを照らす。
今日は私が修業を始めて一週間になる日。
また、意見が分裂した人間達により月の居住計画と、山のリゾート化計画が実行される日。
雷は轟き続ける。豪雨は降り続ける。
それは、祝福のクラッカーのような音に聞こえ、怒りの爆発音にも聞こえた。
三日三晩雷雨が続く。
帰って来いと言った本人、龍巳神 水は帰って来る事は無かった。
「怒った。水が帰って来るまで、待ってやる」
第二部が終わりました。ありがとうございました。