番外之壱、古文書いとをかし!
本編とはほとんど関係のない、完全な番外編でございます。初めての方は第一部へお願いします。第三部を読み終えた後にこれを読むのがぐっどたいみんぐです。
高校二年生の時の主人公を好き放題に綴った小話です。好みが分かれるかもしれません。書式も少し違います。
「でっかい家には宝があるものです!」
私が教室に入った時、早苗の第一声がそれだった。
「いいねぇ。夢があるねぇ」
私を待ち構えていたかのように、教室に入ると叫ぶ早苗。二年に上がったばかりの頃は、叫ぶ度に教室が静まり返り、早苗と私が注目の的になっていた。今は皆慣れていて、早苗の挙動を気にかけるクラスメイトはいない。
「そのことで緑、話があります!」
「うわ、巻き込まれた」
最初からこちらを見て叫んでいる為、今更巻き込まれるも何もない。でも一パーセントの可能性にかけてみたかったんだ。
「緑のばあちゃんの家、でっかいですよね?」
「貴様早苗、私の家族をも取り込む気か」
「使えるモノは使う……、それがサバイバルってやつですよ? キリッ!」
現代っ子な早苗さん。守矢神社の中には、外観からは想像もつかないようなハイテク部屋が一つだけある。そこにあるメモリ8テラのパソコンには、一人暮らしにもかかわらずアカウントが三つある。「現人神」と「大和神」と「真ノ神」の三つだ。最初に見たときは心が痛くて、早苗の友人であることを考え直そうかと思った。
「私のばあちゃんはモノか」
「緑、今日の放課後ですよ!」
「あ、もう決定なんだ」
流石早苗さん。私に負けない位の強制力だ。
「ゴルァェ! 野郎共席につけェ!」
今日も変わらず厳つい担任が入ってきて、朝礼が始まる。
……ばあちゃんの家って、宝物あったっけ?
⇔ MOVE! ⇔
「やっぱ緑の実家、でっかいですねぇ」
「ちょっと待っててね。ばあちゃんに一声かけてくる」
学校から直行。二人共制服のままだ。
私は一人、木葉と書かれた分厚い表札が埋め込まれた玄関から中に入り、日中どうやって暇をつぶしているのか分からんばあちゃんの元に駆け込む。
「早苗が来るよー! ばあちゃん、宝ない?」
「宝? あー、蔵に古文書が積んであったり、別の蔵には大昔の服が仕舞ってあると思うのじゃが……」
「オーケー。ちょっと見せてもらうね」
「ボロイからな。書物を読む時は丁寧に開かないと文字がハゲるぞい」
「うん。気をつける」
歴史的なモノをぞんざいに扱う勇気は持ち合わせていない。遠目から望めるだけでもいいのに、手に取って開くことまで許されている感じだ。そこまで貴重なモノじゃないの?
「……確か、奈良時代からの書物が保存されている筈じゃ」
「奈良時代? いつそれ。二百年前?」
歴史は最も苦手な科目だ。
「……千年前じゃ」
「はぁ!?」
「古事記、なんて聞いた事ないかぇ?」
古事記。確か、『現在する最も古い書物』じゃないか? わ、私でも知っているスゴイ本と同じ時代に書かれた本が、ウチに……?
「……触っていいの?」
「在庫が何冊かあるんじゃ。一つ位壊れても気にせんよ」
「は、はい……」
それでも触るのには勇気がいるよね。
⇔ MOVE! ⇔
薄暗い蔵。そこで私達は、衝撃的な本を発見してしまった。
「なんだ、コレ……」
「ミミズがのたくったような字ですけど……」
昔らしい字体で書いてあるけど、全く読めない訳でもなかった。
「『藤原妹紅月人討伐記』、でいいのかな……?」
「緑、著者が……」
タイトルの下には著者の名前らしき文。どうやら二人いるらしい。
「くるい、ひめ、はすい……?」
『狂姫覇翠』と書いてあるが、なんて読めばいいのか分からない。
「緑、その下です……!」
「……このは、みどり……!?」
どうして私の名前が!? ど、同姓同名?
「とにかく、読んでみましょう!」
古文書の内容に、一気に興味がわいた。
私達はこれが歴史的な本である事も忘れ、身を寄せ合ってページを開いた。
『藤原妹紅月人討伐記』
著・狂姫覇翠
原案・木葉緑
俺、藤原妹紅は、ある日月人達に襲撃されて死んでしまった。俺だけでなく、家族もだ。
古くから鬼の力を有してきた藤原家が、いともたやすく殺されたんだ。全滅だよ、全滅。
……ははっ。笑っちまうだろ? でももう俺にはその感情が表現出来ない。これが死ぬってやつなのか……。
???(……おい)
もっと生きていたかったなァ。まだ火の鳥の羽すら出せなかったんだからな。鳳凰に跨って世界を旅するのが夢だったんだが……。
???(……おい!)
一体何者なんだ? 月人ってヤツは。親父の噴怒が全く通用していなかったんだぜ?
???(……返事をしろ!)
さっきから何か聞こえてくるんだが、誰の声だ?
もこたん「……ん、んん」
???「やっと目を覚ましたか。藤原家頭首、妹紅よ」
俺の上で、赤い顔のオッサンが覗き込んでいた。
今コイツ、俺の事を頭首って言わなかったか? 現頭首は親父なんじゃ……?
もこたん「……アンタ誰だ」
???「鬼だ」
もこたん「そうか」
???「ま、待て! 冗談じゃないからな!? 目を閉じようとするな!」
ったく、面倒臭い。死んでまでこんな狂ったオッサンの相手をしなきゃならないなんて。
鬼「お前が死んだら鬼の力を継ぐ者が途絶えてしまう。そこで今からお前を生き返らせようと思う」
もこたん「……何を言ってるんだか。俺は眠いんだ。どっか行ってくれるか」
鬼「お前を殺した月人が憎くないのか?」
もこたん「……ッッ!」
そうだ、俺は奴らが憎い。一家を全滅させた月人共が憎いッ!
鬼「その憎みをお前の生きる糧とするのだ」
もこたん「ああ憎い! アイツらを殺してやりたい! 鬼か何だか知らねぇが、俺に力を分けてくれ!」
鬼「それでこそ藤原の子。よろしい。我の力を全て託そう!」
瞬間、鬼の体は真っ赤に燃える炎の塊となって、俺を包み込んだ。俺はそのまま意識を失ってしまった。
Ω Ω
目が覚めた所は、丁度俺が殺された所だった。
辺りは静か。もしかして、今までのは全部夢だったのか?
と思ったが、服に付いている俺の血が、思考を現実に戻す。
もこたん「……ん?」
俺の横に手紙が落ちている。見た事のない封がしてある。
近くに落ちてる位だから、俺宛てに書かれた手紙だろう。どれどれ……。
藤原の子へ
お前に託した力は強大なものだ。お前が望めば一瞬で辺りを地獄の業火で焼き尽くせる。
その紅く染まった目で見られた生物は、心を焼かれる。
そしてお前は、死なない。
我の力を全て受け継いだお前は、もはや我と一心同体。つまり人ではない。
自らの容姿を見てみよ。瞳の色は分からないだろうが、髪の色なら分かるだろう。
その髪は最古の鬼である我しか持たぬ、王者の毛髪。
これからは我の代わりとなって、世を混沌に沈めるが良い。お前の望みは、我の望み。
憎しみと力は比例する。
by鬼
もこたん「そうだ。俺は月人を殺さなければならないんだ!」
俺は鬼の手紙を焼き捨て、白く染まった髪を流して復讐の旅に出ることにした。
Ω Ω
あれから数百年。ついに俺は憎き月人の元に辿り着いた。
もこたん「会いたかったぞ。月人、蓬莱山輝夜!」
KaGuYa「フン。誰だ貴様は」
もこたん「忘れたとは言わせねぇ。俺は……、俺はお前に殺された、藤原妹紅だ!」
KGY「藤原? 知らんな。そこら辺の雑魚の一匹だろう」
もこたん「お前は俺の家族を皆殺しにしたんだぞ!?」
KGY「……貴様は今まで食べた米粒の数を覚えているか」
もこたん「……っ! ゆ、許せねぇ……!」
KGY「貴様も所詮米粒の一つに過ぎない。さあ死ね」
蓬莱山の宣告で、時は動き出した。
蓬莱山は俺に向かって虹色の光弾を無数に飛ばす……!
俺はそれを避ける事もせず、光弾は俺の体に当たって爆ぜた。
ドォォォォォンッ! ガッッッシャ——————ンッ!!
KGY「……もう終わりか。これでは米粒にすら値しないな」
しかし、俺は死なない。
鬼の力を背負った俺に「死」という概念は存在しない。
もこたん「弱い攻撃だなァおい。そんなモノに俺の家族は殺されたってぇのか……?」
KGY「なっ……! 我輩の攻撃を食らって生きている、だと!?」
もこたん「今度はこちらから行かせて貰う!」
俺は鬼の力で炎剣・怖嵐部屡呪を生み出し、蓬莱山に肉薄する。
もこたん「行っけぇぇぇぇぇ! 藤原家最終奥義!」
KGY「何、それは……!」
もこたん「鳳凰飛翔流星剣!」
KGY「グァァァァァァァッッ!」
親父が使ってた技を見よう見真似で創った最終奥義。
この一撃は藤原家全員の憎しみが詰まった渾身の一撃。これの為に、俺は数百年の旅をしたのだ。
KGY「……フフ、フフフフハハハハハ」
もこたん「なん、だと……!」
俺の剣を直撃した蓬莱山が、何食わぬ顔で立ち上がった。
KGY「……そんな憎しみの篭った剣で、我輩を倒せるとでも思ったか!」
俺は……、一体何の為にここまで来たと思っているんだ……! 足りないのか!? 俺の心に渦巻く憎しみが足りないというのか!?
その時、俺の頭の中に親父の声が響き渡る。
直接頭に語りかけてきたヴォイス(――剣はな、決して恨みを晴らす道具ではない)
昔、親父が俺に言った言葉だ。
直接頭に語りかけてきたヴォイス(――剣も人と同じ。お前は憎しみで動く人間に、力を貸そうと思うか?)
そ、そうだ。大切な事を忘れていた。
直接頭に語りかけてきたヴォイス(――生き物を殺す事。お前はそれに向き合わなければならないんだ。誰もが共感出来る理由がなければ、剣は付いて来ないぞ?)
親父、ごめん。俺、そんな簡単な事が出来なかったんだ。
KGY「……どうした。剣が止まっているぞ」
目の前の敵をしっかりと見据える。
ふらんべるじゅよ、俺に力を貸してくれ!
もこたん「俺と同じ思いをする人が増えないように、この月人を倒してくれ――」
それは守る力。黒い憎しみの海を割って出てきた、白銀の光。
もこたん「うおぉぉぉぉぉぉ!」
その想いは、俺の瞳に宿る鬼の力を、更に引き出す……!
もこたん「人類救聖鬼炎浄化鳳凰斬!」
KGY「何だこの一撃は!? あ、熱い! 心が熱い! これが人の重いだと言うのか!? グアァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
蓬莱山輝夜は、動かなくなった。
俺は、人々を救ったのだ。
もこたん「……やった。ついに俺の旅が終わった……!」
俺の心の中に家族で過ごした日々が再生される。
もこたん「やったよ、母さん」
俺の人生は、今から始まるのだ――。
〈THE END〉
藤原妹紅月人討伐記を読み終えた私達は、お互いを見合って感想を言う。
「な、何だコレは……!」
「熱いです……! 奈良時代にこんな本があったなんて!」
「私と同じ名前の人、なんて壮大な原案を出すんだ!」
「それを文章で表現した狂姫覇翠って人もスゴイです!」
昔の本だから、意味不明な文しか書いてないのかと思っていたけど、間違っていたようだ。
「緑! この本何冊もあるんですよね! 一冊、譲ってくれませんか……?」
「う、うん。多分、大丈夫だと思う」
時間を忘れて読んでいたら、夜になっていた。備え付けの懐中電灯の光が唯一の明かり。
私は読んでいた本を早苗に渡して、お見送りをする。
「じゃあ緑、また明日ー」
「ほーい」
奈良時代って、すごいね。
⇔ MOVE! ⇔
軽くスキップをしながら帰った早苗は、神社で晩ごはんを待つ洩矢諏訪子と八坂神奈子の元に、緑の家で貰った本を見せる。
「見て下さい! すごい本を貰いました!」
「んー?」
長い問待たされ、一秒でも早く晩ごはんを食べたいという衝動をどうにか押さえつけて、諏訪子は早苗の持つ本を手に取る。
「……ふじわらのもこーつきじんとーばつき。……うわ。神奈子、みてコレ」
タイトルの下にある二人の作者の名前をちらりと見て、苦笑いを浮かべつつ神奈子に示す。
「きょうきぱるすいと、このはみどり、か……」
早苗は神が読み上げる名前で、始めて著者の名前の読み方を知る。パルスイって名前、変だなあ。お坊さんか何かかな、とひそかに考えていた。
「やっちまってるね」
「そうだな。これはマズイな」
「誤字があるよね」
「『これが人の重いなのか』って、どうだろう」
「もこうの体重がすごかったんじゃない」
「鬼が取り憑いてるしな」
「はははははは。……ラノベ読も」
諏訪子が部屋の隅にある本棚の方に行ってしまい、神奈子は一人、気まずい顔でページをめくる。あんな面白い物語をどうして残念そうに読むのか。普段好みが分かれることはないので、早苗は疑問を感じずにはいられなかった。
途中で諏訪子が早苗を追い払う為、自分の欲求も重ね合わせてお願いをした。
「……早苗早苗、晩ごはん作ってよ」
「あっ! 忘れてました! 今作ってきます!」
邪魔者はいなくなった。諏訪子は目的の本を見つけ、神奈子はなんだか申し訳ない顔でそっと月人討伐記を床に置いた。
「諏訪子。この本、封印するぞ」
「……うい」
優しい神様は、誰に知られることなく問題の本を、押し入れの奥底に封印した。
早苗は翌日、本のことをすっかり忘れていたので、黒歴史が広まることはなかったそうだ。