第1章 【赤黒い靴】 最終話 新しい足跡
――――――とある時間、とある館にて
「……ふむ、そうか。御苦労、月狐。下がっていいよ」
「御意。……はぁ、やはり給料は増やしてもらえないか?どれほどの重労働だったことか……」
「ふふ、君は素直でいい。分かった、考えておこう」
女の『忍』、月狐は狐の面の下でため息をついた。
「『考えておこう』は『いいえ』と等しいものじゃ。それに『狐』に『素直』とは片腹痛いわ」
「はっはっは。そういう君だからこそ、私は安心して『十三呪宝』を任せられるんだ。察してくれ」
「……『狸』め」
上司を敬う様子もなく、舌打ちした月狐は背を向けて部屋から出て行こうとする。
「月狐。昇給の件、期待していていいよ」
「……まぁ、期待しておこう」
バタン
月狐が出て行くと、男はずっと肩に入っていた力を抜いた。
「おお、こわいこわい。隙を見せたら喉笛を引き裂かれそうだ。流石は『忍』の生き残りといった所か」
「マスター、心配には及びません。奴が妙な気を起こしても、私が貴方を御護りしましょう。貴方が気を引き締める必要など皆無です」
鎧の大男が男の背後からぬっと現われる。今までそこにいた事すら気づけないほど、その気配は突然現れたようだった。
「心配しなくても君は信頼してるよ。これは私なりの彼女への『礼儀』だ」
「……あんな女狐を使う必要などないでしょう。御命令とあらば私が何処にでも参りましょう」
マスターと呼ばれる男は首を振り、目を閉じた。
「君は私の傍にいればいい。それが君に預けた『信頼』だ。彼女には彼女のための『信頼』がある。それを侮辱することは……分かるね?」
「申し訳御座いません、マスター」
「そこまで怒ってない。ただ、『悪口』は『関係者』の居ない所で、だ。OK?」
「……それでは失礼します。マスター・ゲート」
鎧の大男は男の背中にまた消えていった。男は机に並べた数々の宝を眺め、その中央にある小さなおもちゃの扉に手をかけた。
「……旅人、ね。彼は一体『魔宝』に何を求めているのか」
男はおもちゃの扉を開く。そして、男はその扉の中に語りかける。
「やあ、初めましての人は初めまして。もう会った事のある人もいるだろうか?」
「私の名は『ゲート』。そう、『門』だ。それは本名かだって?……さあ?それを明かす必要もないだろう?」
「……そう不機嫌な表情をしないでくれ。分かった。それは私の『名』ではない。いや、私には『名がない』といった方が良いだろうか?」
「人に与えられる『固有の名前』といったモノが私にはないのだ。私に与えられるのは……そう、『ゲート』という呼び名だけだ」
「訳が分からない?ああ、分からなくていい」
「い ず れ 分 か る」
ゲートはおもちゃの扉を閉じる。そして、天井に向かっていつも通りの『おまじない』を唱えるのであった。
「ああ、『魔宝』ってスバラシイ……!」
**********
ロザは必要最低限の荷物だけを鞄にまとめていた。彼女はこれからおじさんの店を、この町を離れようとしていた。
ロザ……淋シイ……?
魔宝『赤黒い靴』が彼女に語りかける。この前の一件以降、今まで一言も発しなかった意思持つ宝はロザのお喋り友達になっていた。喋れば喋るほど、その靴は人間らしい感情を学んでいるらしく、あまり日も経たない内に彼女の心情を察して、声をかけるようにまでになっていた。
「……うん、淋しい。でも……」
**********
……2日前
「おじさん、私、この家を出ます」
「……」
ロザは3日前の事件の時から、ずっと考えていた。
『焼殺人鬼ホムラ』は『誰か』の依頼を受けて、ロザを攫いに来たという。その『誰か』の目的がロザ本人だったにせよ、あるいは彼女の所有する『魔宝』であったにせよ、新たな刺客が彼女の元を訪れる可能性は決して低くない。
そうすればきっとおじさんをまた傷つけるし、町の人達もきっと巻き込まれる事になる。ホムラの狂気を目の当たりにして、その危険性をロザは十分に理解した。
「……何処に行くつもりだ?」
「『あの人達』が……一緒に連れて行ってくれるって」
彼女に『魔宝』の存在を教え、今回の事件を解決してくれた『旅人』。彼はロザに旅の同行の誘いを持ちかけていた。
彼もまた、彼女がここに残る事の危険性を考えていた。
「お前が考えている事、分からなくはない。だが、それが『他人の為に自分を犠牲にする』という理由だけならば……」
「違います」
はっきりと、ロザは言い放った。確かに、少し前の彼女なら旅立ちの理由はそれだけしか無かったかも知れない。しかし、今の彼女は、『旅人』に出会った彼女は、確かに変わっていた。
「知りたいんです。私の友達……『赤黒い靴』のこと、お母さんがどうして『赤黒い靴』の所有者だったかってこと、人が何故……『魔宝』を生んだかってこと、苦しんでる『魔宝』もいるんじゃないかってこと……数えきれない程、私には知りたい事がある」
ゴートは難しい表情を崩さない。
「……お願いします。行かせてください」
ゴートは初めてロザがやってきた時、確かに彼女に嫌悪を抱いていた。親戚であるロザの母に子供を押し付けられ、一人で魔法用品店を営む彼にとってロザは邪魔者以外の何者でもなかった。
失敗ばかりで、落ち込んでばかり、口を開けばすぐ「ごめんなさい」……目を離していては危なっかしくて仕方がない。
世話の焼ける娘だ……そう思いつつも、彼はいつも彼女を放っておけなかった。
気づけば数年は速く過ぎ、たったの数日が彼女を変えてしまった。
「……お前の親は、本当に面倒な子供を押し付けてくれたな」
「……」
ロザは真剣にまっすぐゴートを見つめていた。ゴートは今の彼女を見て、嬉しくも思い……また淋しくも思った。
「行け……」
「……ありがとうございます、おじさん」
**********
「……淋しいものだな。迷惑な娘でも……」
「ええ、お察ししますよ。ゴートさん」
旅人はこの町のお気に入りのカフェにゴートを誘って、話をしていた。
「明日、ここを発とうと思っています。ああ、彼女の事はお任せください。彼女の知りたい事を知れる旅になる事は保障しますし、彼女は僕が命懸けでお護りしますよ。なんなら大事な娘さんを連れていく僕をぶん殴ってもらっても結構です」
「……少しは何か言わせてくれ」
ゴートは苦笑した。子の旅人は何処となく胡散臭い男ではあるが、何故か心配というものを感じさせない男であるとも感じた。
「……よし、おじさん。……殴ってしまえ」
ココアを啜りながら、少女、クロはゴートの肩をたたいた。
「……そうだな。一発殴らせてもらうか」
「え!?ちょ……やめ」
ゴッ!
**********
「クロ……酷いですよ。ゴートさん、マジで殴ってったじゃないですか。あなたが煽るから……」
ゴートはすでに帰っていた。クロはいつも通りの無表情でココアを飲み終えると、頬をさすり涙目の旅人を気にも留めず、クロはそっぽを向いたまま話しだす。
「……ところで、ネタばらしは?……『赤黒い靴』が何故ここにあると分かったか……何故、その所有者がロザだと分かったか……何故、ロザがここを通ると分かったか……」
「クロ、今日はよく喋りますね?何かいい事でもありました……べっ!?」
クロの握り拳が旅人の顔面を捉えた。
「いい事……あったよ……お前の顔を…………2回へこませた。もっと……気分が良くなるかもしれない」
「ごめんなさい。話します」
旅人は真剣な表情を作って話し出した。多分、本心から真面目でいるわけではないが。
「この町に入った時からね、気になってたんですよ。通りに残ってる『足跡』が」
「……『足跡』?」
クロはちらりと通りに残る足跡に目をやった。確かにうっすらと石造りの通りにぺっこりと足跡が付いている。クロはそれを気にも留めなかったが。
「石造りの通りにあんな足跡残りますかね?と」
「……そういう『でざいん』……とか?」
「あんなまばらにつけますか?」
足跡は通りに乱雑に散らばっていた。確かにデザインというには少し不格好だ。
「だから私は予想したんです。『石に足跡が残るくらい強く地面をけっている人間がいる』と」
「…………『赤黒い靴』の所有者がいる……と?」
「その通り」
クロは通りの足跡から目を離し、珍しく旅人の目を見た。
「……で、何故ここに来ると?」
「……この町にある足跡、ゴートさんの店とココの間の通りにやたらといっぱいあるんですよ」
旅人はけたけたと笑い出した。
「きっと、彼女。毎日毎日すっ転んでたんでしょうね。それで毎日毎日包帯を買いにこの道を行ったり来たりしてたんでしょう。この道に残る足跡がその証明ですね」
「…………間抜け」
「ハハ……ロザさんと仲良くして下さいね、クロ」
苦笑いすると、旅人は残ったコーヒーを一気に飲みほした。
「……仲良くしてあげる。でも……お前はいやだ」
「相変わらずきっついですね、クロ」
旅人は明日からまた始まる旅を思い、軽く笑った。
**********
―――――――――翌日・朝
ゴートの店の前、旅人とクロはロザが出てくるのを待っていた。
「ごめんなさい!待ちました?」
「……待った」
「いやいやクロ、さっきついたばかりでしょう?ロザさんに意地悪しないで下さいよ?」
ロザは荷物を背負って、店の中から出てきた。その後ろにはゴートもいた。
「……ゴートおじさん」
ロザは後ろを振り向いて、ゴートと向き合った。
「今までありがとうございました」
「……ふん」
ゴートは気難しそうな顔を見せた。しかし、少しだけ照れくさそうに、目を逸らしながら、ぼそりと呟いた。
「……怪我、気をつけろ」
ゴートの言葉を聞いたロザの胸はキュッと締め付けられた。目から涙が溢れそうになるがそれをぐっとこらえる。
おじさんの前で泣かない
そう決めていた。
「さようなら……また会えるのを……楽しみにしてます」
「……ああ」
くるりと横を向くロザ。そして、一歩、前に踏み出そうとすると足元からぼそりと声がした。
ロザ……逆……
はっとしてロザは頬を赤らめた。
「……ドジ」
グサッ……
「ロザさん、『赤黒い靴』に関係なく、素でドジなんですね」
グサッ……
ロザ……ドンマイ……
グサッ……
「……お前ってやつは」
苦笑を漏らすゴート。変わったようで、変わっていない娘を見て、ゴートはどこか安心した。
「さ、行きましょうか」
旅人が手をパンと叩く。
ロザは今まで自分が何度も走り抜けてきた道をじっと見つめた。気付かなかったが『赤黒い靴』が残した足跡が大量に残る道。この道ともお別れだ。
くるりと回って、町から出る道を見つめるロザ。そこには『赤黒い靴』の足跡は全く無い。
(いつも同じ事しかしてなかったんだな、私)
少し前までの自分を思い返して苦笑する。そして、ロザはこれから自分が歩む道を見て、背筋をぴんと伸ばした。
(これが、私が残す、新しい足跡……)
「……何してるの?」
「ロザさん、行きましょうよ!」
「あ、はい!」
先に歩きだした旅人達の背中を見て、ロザは息を大きく吸い込み、大きな声で叫んだ。
「行ってきますっ!!」
ロザの新しい足跡が、フーロンの町に刻まれる。
大きく、勢いよく、ロザはその一歩を踏み出した。
「……ぷぎゃッ!」
ロザ……大丈夫……?
力みすぎたロザはいつも通り……いつも以上に派手にすっ転んだ……
「先が思いやられるな……」
ゴートは深く深くため息をついた。
――――――第1章 【赤黒い靴】 ~完~
読んでくださった方、本当にありがとうございます!
第1章はこれにて終了です。
感想、助言を頂けたら嬉しいです!
次回からは第2章に入ります。
これからも是非『魔宝の旅人』をよろしくお願いします!




