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魔宝の旅人  作者: ネブソク
第8章 【祭壇ドラグロア】
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第8章 【祭壇ドラグロア】 1話 吸血鬼




 十三呪宝ジュウサンジュホウ


 『彼ら』はいよいよ一つの所に集い始めている。


 これは『偶然』?それとも『必然』?


 どちらにせよ、これで分かる筈。


 『十三呪宝が集結を望むか』


 『時は来たのか』


 その答えを知るのはやはり


 『彼ら』自身なのだから




   **********




「…………?」


 目が覚めると、そこは見慣れぬ部屋だった。

 ベッドに横たわっていた少女は、まずは周囲を見渡す。

 窓の外には黒い森が広がる。蝙蝠がまるで私を見張るかのように窓の外を飛び交う。空は暗い。


 部屋はというと、かなり広く、ランプが綺麗な数々の装飾品を照らし出し、窓の外から見下ろすような景色からも、そこが相当に豪華な館の一室である事を想像させる。所々、古めかしい雰囲気を漂わせ、年季を感じるこの部屋だが、掃除は行き届いているようで、埃もなく非常に綺麗であると言える。


「…………私はどうしてこんな所に?」


 少女は自らの記憶を辿る。暫く眠っていたのだろう、ここに来た時の記憶はない。ならば眠っている間に連れてこられた?何故、眠っていたのか?


 はっきりとは思い出せずに、少女は頭を抱えていると、ベッド脇のテーブルに一枚の紙が置かれている事に気付く。ふとそれを手に取り、そこに書かれている文字に目を通す。


「…………そうだ……私は…………!」


 自らの置かれる状況を把握し、眠る直前の記憶を取り戻し、少女は絶望に顔を染めた。


『目覚めても決して逃げる事の無いよう』


 角ばった文字でそう書かれた紙。それは少女が『逃げる立場にある』事を示す。それを理解する事で、少女は今自分がまさに『その状況』に置かれている事を理解する。


「『吸血鬼の館』……!」


 部屋の唯一の扉の外から、こつこつと足音が響いてくる。その足音の主は誰か?それは定かではないが、この館に居るという時点で、少女はそれが『危険』な存在だと気付く。


「殺されちゃう……!『吸血鬼』に……!」


 怯えて身構えても、逃げ場など無い。少女は震え、ベッドのシーツにしがみ付きながら、コンコンとノックされる扉を凝視した。

 そして、ぎしりと音を立てながらゆっくりと開かれる扉。

 そこから現れた姿に、少女は言葉を失う。



 少女は『生贄』に選ばれたのだ。






   **********




 

 馬車の中で休養を取りながら、旅人は同行者の様子を見渡した。


 悪食王百鬼撰の一件、それを終えて暫くの間診療所での療養に時間を費やした旅人達だったが、騒ぎの終息が近づくにつれて、各国家の法治組織が集まり出した為、早めに旅立つ事を決定した。


 その結果、十分な休息の取れなかった旅人は相も変わらず寝たきりの状態だったのだが……


(…………思いの外、何ともないようですね)


 クロは、何やら紙の束に目を通しながら本を読み漁っていた。どうやら、旅人が診療所に居る間、度々図書館に出向き調べ物をしていたらしく、それの延長とも言える『何か』に熱心になっていた。とはいえ、時々本から目を離しては、ロザとお喋りをしたり、旅人の様子を見たりもしている。


 ロザはと言うと、百鬼撰の一件がすっきりとした形で解決できなかったせいか、始めの内は落ち込んだ様子を見せていたが、暫くしたらすっかり気を取り直していた。旅人の看病を主に引き受け、常に世話をしている。調子が落ち着いてからは、旅人の常に付いて居なくてもいいという言葉を聞き入れて、何やら考え事などに時間を費やすようになっていた。新しく手に入れた魔宝、『悪食王あくじきおうはえ‐』と呼ばれる刀をじっと眺めるその顔は、決して暗い悩みを抱えているような顔では無かった。結局、百鬼撰の身に何があったか、それは分からずじまいだったが、ロザの強い希望でその刀は彼女が持つ事になった。


 旅人はロザの事を心配していた。百鬼撰との間に何があったのか分からないが、彼女が何やら大きなモノを背負いこんでいた事は確かなようで、それが結局は『百鬼撰の死』という形で彼女に深い傷を残す結果となった事を気に掛けていた。


「あれ?どうかしましたか?」

「え?……ああいえ、何でもないですよ」


 見ていた事に気付き、ロザが明るい表情で旅人に顔を向ける。

 その表情を見て、旅人は少し安心する。

 そう、彼女は決して弱くない。いざとなったら助ける、そのぐらいの気構えでいても大丈夫だろう、と旅人は自らの認識を組み替えた。


 一旦の落ち着きを取り戻した一向。しかし、その平穏が崩れ落ちるのは意外に早かった。


「………………魔宝。しかも、『大きい』」


 久しぶりにクロが感じ取った『大きな』気配。それは新たなる『十三呪宝』を知らせる合図。




   **********




「随分と陰気な村っすねぇ。村人も死んだ魚みたいな目ぇして」

「…………どうでもいい。俺達は厄介事を片づけに来ただけだ」

「依頼主は何処だ!とっとと済ませて帰ろうぜ!」

「村長を訪ねればいいんですよね。依頼内容はそこで聞きましょう」


 四人組は話しながら、静かな村の中を歩く。大声を上げるその集団にも、村人達は目も向けず、ただただ俯きながら暗い表情を浮かべていた。それがこの村に明らかな『何か』が訪れている事を示している。


 そんな四人組が村を訪れた理由。その詳細を聞く為に、四人組は村長の元を訪れる。


「よくぞいらっしゃいました!『勇者』様!」


 村長はそんな四人を迎え入れる。


 『勇者』。


 そう呼ばれ、返事をするのは赤い鎧の男。不思議な輝きを放つ宝石を埋め込んだ鎧、そして背負うのは大きな剣。不敵に笑むその男、勇者は他の三人の前に出て、威圧的な言葉で応じる。


「詳細を言え!歓迎なんていらないからな!」

「まぁまぁ、ルクスさん。そう慌てなくてもいいじゃないっすか!」

「そうです。歓迎は受けるべきかと。何より、長旅疲れましたし」

「…………図々しいな、お前」

「まぁまぁ、『奴』が出てくるのも少し先の話ですし……歓迎の準備はできておりますので、どうかごゆっくりおくつろぎ下さい!」


 『奴』、それが彼らがここに呼ばれた理由。


「『吸血鬼』、あいつを倒す為にもどうかゆっくりとお休み下さい……」


 『吸血鬼』。


 その聞きなれぬ名前を前に、四人の『勇者一行』は怪訝な表情を浮かべる。


「…………聞いた事がないな。何だそれは」

「……数年前より、この村に現れる人型の『魔物モンスター』です。世に恐ろしき力を持ち……つい最近の調査によると『魔王』指定すら与えられる可能性を示している難敵……」

「『魔王』……ですか」




   **********



 

 村長は語る。

 『魔物モンスター』、そう呼ばれる一際強力な魔獣の一角、それが『吸血鬼』。

 人型に限りなく近く、特徴は鋭い牙と金色の瞳。そして、人間の血をこよなく愛するという性質。


 吸血鬼は、無数の魔獣を引き連れて、月の照らす夜に、この村『アカシア』を訪れたという。


 『不死種アンデッド』と呼ばれる、『死なない種族』の魔獣を引き連れた吸血鬼に、村人は成す術なく、屈したという。

 背後には無数の蝙蝠を纏い、暗闇に溶け込むようなスーツを着込んだ闇の権化は、全てを貫くような鋭い視線で村人達を射抜き、『摩訶不思議な力』を操り恐怖を増長させた。

 死者こそ出なかったものの、トラウマを植え付けられた者は未だに家で震える毎日を過ごし、負傷した者は二度と自由に動き回れない状態になっていた。


 何かに怒り狂うかのように暴れる吸血鬼に、村長は『生贄』を捧げる事で、村への手出しの抑制に踏み出た。


 昔から、アカシアには『生贄』の風習がある。それは予期せぬ『災い』が村に訪れた時、若い娘を村の『祠』の中へ生贄として差し出す事で、その災いを回避すると言う儀式。


 村長の一か八かの決定は、意外にも『吸血鬼』に届き、その暴走を収めることに成功したという。


 しかし、村の近くの『黒い森』に建つ館に住み着いた吸血鬼は、定期的に村に現れ、再び暴れ出した。その度に、村は『生贄』を捧げ、その暴走を収めてきたのだという。


 しかし、徐々に生贄の若い娘も尽きはじめ、さらには見通しの無い吸血鬼対策に困り果てた村長は、外部に助けを求める事にしたのだ。


 当初は、法治機関の刺客が送られてきもしたが、とてもじゃないが吸血鬼には敵わない。

 その奇怪な力は、国の自慢の戦闘部隊でさえも捻じ伏せたのだ。

 法治機関はその後、その危険性を認め、彼を『魔王』に指定する事さえ提案したという。


 『魔王』、それは魔を統べる『王』。人類最大の敵と指定される、最高危険度の『指名手配犯』でもある。その存在は、何よりも最優先の『討伐対象』とされ、高い懸賞金が付けられる。例外なく、未知数の力を秘めた彼らは世界にも一握りしか存在しない。


 吸血鬼に、『魔王指定』の可能性が出てきた事で、アカシアの依頼のランクが急上昇し、彼ら『勇者一行』が駆り出される事になったのである。 


「成程……それで自分らに突然依頼が舞い込んだって訳っすか」

「『魔王』が相手なら納得だ!」


 『勇者一行』は頷く。それが彼らの仕事に相応しいと納得した上で。




   **********




 『勇者』とは、国家に認められた『正義』である。それは『悪』を討ち、『邪』を滅する者。彼は、パーティーを組み、その『正義』の名の元に、世界中を回り『悪』と指定された敵を倒していく。それは危険な思想を持つ者であったり、凶悪な魔獣であったり、魔宝を所有する者だったりする。


 そんな彼と、その仲間達に、この村『アカシア』へ向かえという伝令が届いたのは二週間程前の事。


「ハァ…………面倒っすねぇ。幾ら『金』になるとはいえ……『魔王狩り』の帰りに、まさかまた『魔王』の処理に追われるとは……」

「…………仕方あるまい。近頃の『怪しげな噂』のお陰で、王の求心力は落ちる一方……我々が働き、世に王の力と『正義』の在り処を示さねば」


 村自慢の温泉に浸かりながら、疲れをためた勇者の仲間はため息を漏らした。

 一人は小柄な少年、職業ジョブ盗賊シーフ』のボロウ。

 もう一人は、体中に傷を刻む大柄な男、職業ジョブ騎士ナイト』のバイン。

 一見すると一般人にしか見えないが、二人は立派に勇者を支える戦士である。

 とは言え、その戦闘スタイル、職業ジョブを示す装備を脱ぎ捨てた今は大して一般人と変わらない。


「そりゃそうっすけど……こちとら人間っすよ。流石にあの暴走勇者様に付き合うのも大変っす」

「…………言うな。前線で盾になる俺の身にもなれ」

「そうっすよね……バインさんは何時も傷だらけっすもんね。でも、偵察だの何だのの裏方に徹するのも大変なんすよ」

「…………そうだな。愚痴ばかり言わずにここは身体を休めよう。幸い『あの馬鹿』も、『今は動けない』事を理解したようだしな」


 今はここには居ない、『面倒な上司』を思い浮かべ、二人は湯船に身体を沈める。


「そうでもないですよ。さっき、『黒い森』に単身『魔獣狩り』に向かいました」


 二人は突然の声に驚き、視線を声の方向にずらした。湯煙で気付かなかったのか、それとも『彼女』が音もなく入り込んできたからなのか、何時の間にやらそこには仲間の一人の少女が居た。


「~~~~~!?」

「~~~~~ちょっ!メリルさん!?何入ってきてんすか!?こ、こ、ここここ男湯っすよ!?」

「何を興奮してるのですか。知ってます?ここ、混浴です。女湯は随分前に無くなったそうで」


 堂々と二人の男と同じ湯に入り込んできた銀色の美しい髪を結った少女、職業ジョブ『白魔導師』のメリルはその細く開いた目で、顔を赤くする二人の男に平然とした様子で視線を送った。


「…………お、お、お前には……恥じらいというものがないのか!?」

「ありますよ」

「その答えと行動、矛盾してるじゃないっすか!?」

「……その価値が、自分達にあるとでも?」


 少女のえげつない一言がぐさりと二人の男の胸を抉る。赤い顔を少女から背けるように、二人の男は暗い表情を湯の中に落とした。


「…………相変わらず嫌な女だ」

「酷いっすよ、メリルさん……」

「お湯に口、付けないで下さい」

「「はい……」」


 メリルの言葉に、二人の男は背筋を伸ばして顔を湯から離す。何やら機嫌が悪そうなメリルが気になったのか、パーティーの人間関係を保つ役目も担うボロウはその様子をうかがう。極力、身体を見ないようにして。


「あの……メリルさん?もしかして……何か機嫌悪いっすか?」


 パーティー内では沸点の低い、比較的何を言っても突然に機嫌をさらに悪くする事の無いメリルには、ボロウは直接的な質問を用いる。すると、案の定、その質問に気を悪くするでもなく、メリルは不満な点をぼそりと述べた。


「女の子として気に食わないんですよ」

「………何がっすか?」

「…………一言で纏めろ、面倒臭い」


 メリルはその細く開いた不満げな目で、湯煙で何も見えない前方へと視線を移す。そして、暫く黙りこくった後に、その答えを続けた。


「ここの村が」


 嫌悪。メリルの目に浮かぶのは明らかなそれだった。


「…………『生贄』か」


 バインはすぐにメリルの言葉の意味を理解し、難しい表情を浮かべた。ボロウもそれを理解したが、その上でメリルに言う。


「メリルさん……気持ちは分かるっす。でも、『仕事は仕事』。それに……『あの人』がそんな事を気にすると思いますか?」


 メリルも、バインも分かっている、『あの人』の事。彼らを従える『勇者』の事。メリルは自分の不満が何の意味も成さない事を理解した上で、自分の勝手な叶わない望みをぼそりと漏らした。


「…………いっそ、吸血鬼に潰されればいいんですよ。こんな村」




   **********




「何と言うか……暗い村ですねぇ。しかし、どうやら温泉が名物だそうで……コレはちょっと興味ありますね。療養にもいいでしょうし」


 十三呪宝の気配を追って、旅人一行は寂れた村、『アカシア』を訪れていた。入り口付近に建てられていた看板を頼りに、この村の特色を大まかに把握した旅人は、十三呪宝の事に対してそれほどの焦りを見せずに、呑気な台詞を吐く。それに対し、不安げな表情を浮かべるロザは質問する。


「良いんですか?十三呪宝を早めに見つけなくても……」

「大丈夫ですよ。むしろ、『魔宝を追う者』だと分からない様に行動するべきですね。観光客気分でふらふらしながら、ゆっくりと様子を探りましょう」

「でも……」

「………………ロザ。こいつが言うと不安かもしれないけど、別に大丈夫。……慌てても足元すくわれるだけ」

「……うん」


 魔宝を追う、それはかなりリスクの高い行為。多くの国で『魔宝の所有』は罪とされている事、そして魔宝に関わる人間が大概『訳あり』である事、その他にも様々な要素が相まって、その行為のリスクを高めている。故に、その行為に手を伸ばす人間が何よりも心がけるべき事、それが『自分達の目的を悟られない事』なのだ。

 ひとまず、様子見と言う事で、魔宝を探す事無く村の探索に移る事にした一行。そんな中で、クロだけはその奇妙な異変に首をかしげていた。


「…………にしても……今は『気配』は村の中にはない……?ん……あれ?」

「どうしたの、クロ?」

「…………ううん。何でもない…………何でもないけど……後でちょっといい……?」

「ん?どうしました?」

「うるさい…………黙って温泉でも行ってろ」

「酷い!」


 旅人を鬱陶しそうにあしらうクロ。何やら考えがある様子の彼女は、どうやらロザに個人的に話があるらしく、旅人を遠ざけたかったようだ。

 そんな様子を見抜けないほど旅人も鈍感では無いようで、ショックを受けた振りをしながら、二人から距離を置いた。


「……ま、と言う訳で。クロもロザも気を付けて。と、言いつつも既に二人とも僕よりもよっぽど強そうですから、むしろ僕は自分の心配をしろって話なんですけどね。…………できれば仲間外れにしないで下さいよ?」


 旅人は冗談交じりに手を振ると、ふらりと村の奥へと歩いて行く。いまいち緊張感の無い素振りを見せる旅人。彼も全く彼女達の心配をしていない訳ではない。しかし、その言葉通り、彼女達の実力は既に相当なものとなっており、『旅人が護る必要性』どころか、今の不調な旅人はむしろ護られてしまう立場にある。それに加え、村全体の様子を見渡しても、暗い表情の村人達が気にはなるものの、『今すぐに大きな脅威になり得るもの』はないと判断できる事も旅人が二人から離れる事を選べる理由の一つであった。


 それはあくまで予想に過ぎないが、村人達は『何か』を恐れている。しかし、それは今すぐに訪れるものではない。だから村人達は暗い表情こそ見せても、切羽詰まった様子は見せていない。

 そして、恐らくその『何か』こそが、『魔宝に関わるもの』であると旅人は予想していた。


「…………そう近い話でもなさそうですが、そう遠い話でもなさそうですね」


 村人達の顔色をうかがいながら、旅人はふとすれ違いざまに一人の青年に向けて、わざとその呟きを漏らす。


「…………明日、いや明後日……若しくは三日後か……」

「……!」


 青年は途中で明らかな反応を示す。それを確認した旅人は青年に詰め寄り、笑顔で語りかけた。


「……で、『明後日』に何かあるんですかね?……いや、『何が』来るんでしょうか?」

「……あ……あんた一体……?」


 旅人はにっと笑い、青年に答える。


「名乗るほどの者じゃあありません。……ただの通りすがりの旅人ですよ」




   **********




 旅人の姿が見えなくなった頃。クロはロザに自らが感じ取った『奇妙な気配』について語る。


「…………この近くにある『魔宝』、気配が『無数に増えてる』」

「…………『増えてる』?」


 クロは魔宝の気配を感じ取ることができる。魔宝独特の『おぞましさ』、それが漂わせる『寒気』を知覚する事ができるのだ。クロは、この村の近くに潜むその大きな気配が、無数に、まるで『分裂』するかのように動いている事を感じ取った。


「どういう事?」

「分からない…………でも、この近くにある魔宝……それは確実に『今までの魔宝とは違う』」


 それは決して今までの魔宝と比べ『強い力』を持つという意味では無い。決定的に何かが『違う』のだ。

 『分裂』?そんな十三呪宝があるのだろうか?それは本当に十三呪宝なのか?魔宝なのか?

 考えても仕方がない。何故なら、最初から魔宝は『未知の存在』であるのだから。知らない事を考えても解決には向かわない。

 しかし、ロザにはその事もそうだが、もう一つ疑問に思う事があった。


「…………どうして、それを旅人さんに話さないの?」


 ロザもクロの考えは分かってはいた。その上で、『最終確認』の意味も含めて質問する。クロが始めに返したのは、直接的な答えではなく、全く関係の無い質問。


「…………ロザは、戦う『意思』はある?…………戦う『自信』はある?」

「……あるよ。……クロは?」

「勿論」


 クロはそこでようやく旅人に、自分の感じ取った奇妙な気配について話さなかった理由を語る。


「……あいつ、今もボロボロでしょ。……だから、今回は私達だけで片づけたい。あいつは怒るかもしれない……けど……」


 言葉を詰まらせ、クロは視線を泳がせた。それは何か言葉を探しているようで、時折頬を染めたりなど、普段の無表情の仮面の上に様々な色を浮かばせて、最終的には一番自分らしい言葉を選び出して、得意げな表情で胸を張る。


「あいつに心配されるとか気に食わないから……心配する必要なんてない事を思い知らせる」

「あはは……」


 苦笑いするロザ。しかし、概ねクロの本当の願いと同じ気持ちを胸に、頷く。


「出来れば、私も旅人さんに無理させたくないな」


 二人は、目を合わせ互いの意思を確認し合う。旅人の為に、その奇妙な魔宝を自分達の手で掴む事を誓う。




   **********




 『黒い森』の奥深く。魔獣住まう森は人を寄せ付けず、『彼』の根城は侵入者を拒むように霧の結界でその姿を隠す。蔦の絡む外壁、うっすらと汚れた窓、手入れの行き届いて居ないように見えるその館こそが『彼』の住まい。


「……ドラクル様。お出かけは明後日でしたっけ?」

「ああ、そうだ。……もう少しで、終わるのだ。もう少しで……」


 エプロンを付けた召使の女に、『彼』はその横顔を向ける。口からはみ出る鋭い『牙』、そして金色に輝く瞳が暗い部屋の中で鈍く光る。

 立派な顎髭を撫で、男は召使の女に微笑みかけた。


「待っているがよい……あまり期待せずに、な」

「はい。あまり期待しないで待ってます」

「そこは『期待しております』と、言って欲しいのだがな……」


 意地悪な笑みを浮かべる女召使を、ちょいちょいと手を動かして下がらせる『彼』。クックとかみ殺すような笑い声を漏らして、彼は悲願を目の前にして窓の外の黒い風景を見下ろした。

 変わり映えしない寂しい風景、しかしそれを見下ろす事にまるで飽きた様子も見せずに『彼』は今日も一人思索にふける。


「……奇妙な香りだ。これは何の香りだ?……そう、これは運命の香り!」


 とは言え、その思索が、凛々しいものであるとは限らなくはあるが。


「……出会いが待っている、そんな予感がするぞ!ああ、待っているがよい明後日!待っているがよい我が妻に相応しき女性ひと!」


 恍惚とした表情でくるりと回る『彼』。何の根拠もない勝手な希望に嬉々として踊る。くるくる、ふらふら、よろよろと。

 くるりと回る体から伸びる手が窓にかかる。勢いよく開け放たれる窓がバン!と大きな音を上げる。その音と、『彼』の踊りは窓から小さな客人達を招き入れる。


「帰ってきたか。御苦労である」


 それは無数の蝙蝠。蝙蝠は、まるで内緒話をするかのように、わらわらと『彼』の耳元へと群がり、ざわざわと蠢く。傍目から見れば、黒い塊が耳元でうごめくという非常に不気味な光景。そんな中で『彼』はにやりと笑い、蝙蝠を指先で撫でる。


「成程……村に他所者が来たか……御苦労であった」


 スーツの胸元を広げ、『彼』は懐に蝙蝠達を招き入れる。蝙蝠はまるでその小さな闇に溶けるように消えていく。

 全ての蝙蝠を胸元に収めた『彼』は、蝙蝠が消えていった闇の中から、一本の杖を取りだす。果たしてそれが蝙蝠達が変化したものなのか、それとも元々隠していたものなのかは分からない。まるで手品のような一連の動作は、誰に見せるでもなくただ本人が満足する為だけに行われた無意味な行為。


「…………女性レディは……三人!……花束を用意せねばならぬ!」


 ポン!という音と共に、杖の先端から花が顔を出す。色鮮やかな花を眺めながら、『彼』は微笑み、その口を杖を握らない自らの左手に添える。


 ぶちりと何かが切れる音。


「…………駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ」


 どくどくどくと何かがこぼれる音。


「落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け…………!」


 ぐちゅりと何かを啜る音。


 皮に、肉に牙を指し、零れる血液を啜る音。狂ったような同じ言葉の繰り返しに気付いたのか、部屋のドアをバン!と開き、数人の使用人が部屋に飛び込んでくる。


「ドラクル様!今すぐに……」

「下がれ!」

「いいえ!」


 使用人達は一様に手にした銀のナイフで指先を斬る。そしてじわりと湧き出る血液が零れ落ちない内に、その指を主人の口に押し込む。じゅくりと液体を口に流し込む音。使用人達は顔を一瞬だけ歪めるが、自らの指に突き刺さる鋭い牙の感覚を受け入れる。

 『彼』の目はその鋭さを増し、感情の一切を消し去ったかのように爛々と狂ったように輝く。牙の隙間から血液が零れ落ち、口からはじゅるりと血を啜る音が漏れる。


 数十秒の間血を啜り、『彼』は正気を取り戻す。そして、使用人達の指を口から引き抜くと、ぎりぎりと歯を食いしばり、その顔を掌で覆った。


「……ドラクル様。お加減は?」

「よい。…………すまん」

「いいんです。だってドラクル様は……」

「本当にすまん……!」


 『彼』、ドラクルと呼ばれる男は自己嫌悪を抱きながらその唇に牙をたてた。


 『血の衝動』、血液を欲する、血に飢えた化け物。



 彼こそが『吸血鬼』。

 アカシアを脅かす恐るべき魔物。

 


 彼がアカシアを訪れる明後日、彼の運命が急速に変化する。


 ――――――それは一つの出会いから始まる。





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