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魔宝の旅人  作者: ネブソク
第7章 【悪食王‐蠅‐】
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第7章 【悪食王‐蠅‐】 最終話 鬼の物語




 遥か北に存在すると言われる『氷の大陸』。

 数多くの調査団がその地に足を踏み入れるも、そこに生息する数多くの魔獣、さらに厳しい環境は、彼らを強く拒み続けた。人が住む事は不可能、そしてその深部に何があるのか、それさえも分からない謎に満ちた氷の大地。


 その深部にあるものが明かされたのは、数年前の事である。そして、それは思わぬ形で訪れた。


 『氷の大陸』から最も近いとされる国、今は『白い大地』と呼ばれるその国は、ある日、『氷の大陸』から海を渡りやって来た軍勢に『侵略』されたのだ。

 侵食されるように凍りついた大地、暗雲に覆われる空、降り注ぐ雪、氷の彫像へと姿を変えた人々。悪夢としか思えない白い世界の侵食、それを成し遂げたのは『たった一人の人間の意志』だった。


 『氷の大陸』に住む凶悪な氷の魔獣達。さらには強大な龍までも従えて、その男は顕れた。その強大な魔法で、世界の一部を凍りつかせ自らのものに変えた侵略者。『氷の大陸』最深部、そこでひっそりと暮らしていた悪魔。その正体も、何もかもが謎に包まれた白く冷たい男。


 未だにその勢力を伸ばしつつあるその白い男。世界中から危険視されるその男。人々は彼『侵略者インベーダー』と呼ぶ。




   **********




 百鬼撰を飾る氷の塔。それを一瞬で煙に変え、『侵略者』コールズは高くに祀り上げられた百鬼撰の体を地面に叩き落とす。しかし、百鬼撰も刀に眠る力、『創世』によって自らの肉体の損傷を一瞬で修復し、立ち上がる。如何なる傷も致命傷足り得ない……一瞬で再生するその姿を目の当たりにすれば、本来は絶望を抱き、勝利を諦めるだろう。しかし、コールズは違った。口を閉ざしたまま、独特の『腹話術』で流暢に喋る。


『高速再生……確かに厄介。だが、『痛み』は感じているのだろう?そして、過度の痛みに、お前の精神は耐えられるのだろうか?』

「……都合のいい妄想だな」


 百鬼撰はそう吐き捨てる。しかし、コールズの言う事は、あながち間違いではなかった。


 『悪食王―蠅―』、他者を殺してその力を奪う魔宝。『奪った力』、その中に『痛覚の遮断』というものも確かにある。故に、コールズの指摘は間違いであるともいえる。しかし、それは『今の状況で使えない』、それが大きな問題であった。

 その理由、それは『見えざる敵』、月狐ゲッコウの存在。


 確実に周囲に身を潜めているその敵、その存在を確信したのは、『七つの奇跡』との交戦中の事。戦闘に神経を傾ける彼の『背後』から、時々襲いくる鋭い『針』。確実に身を削るその攻撃、始めは背中の違和感により気付く。背中に突き刺さり、気付かぬ間に身を削る攻撃。それを把握した時から、百鬼撰は『痛覚の遮断』を解除した。

 普段は目測で『創世』の発動を図る百鬼撰だが、死角外を的確に突く暗殺者の存在が、その選択肢を奪い取る。故に彼は『痛覚』により、自らの蓄積ダメージを把握するという選択肢を取らざるを得なかった。

 『欲する能力を自動で発動できない』、強力な魔宝『悪食王―蠅―』の数少ないデメリットを突かれている。しかも、感覚を強化し探知しようにも、月狐ゲッコウは視覚、聴覚、嗅覚といったあらゆる感覚に訴えかけるフェイクをばらまいている。


(誘いを持ちかけても……その時が来れば容赦無しか)


 あるいは、『誘い』も布石なのか。対峙する七人の敵よりも、後に控える月狐ゲッコウただ一人の存在が彼の立ち回りを乱す。さらには、眼前に立つコールズも想像以上に厄介な相手である事も百鬼撰を窮地に追い込む。


『『氷弾ヒョウダン』』


 掌をかざし、無数の氷の弾を撃ち出すコールズ。それを難なく弾くと、百鬼撰は刀を振りかざして、その刀に炎を宿らせる。


「『炎王エンオウ』、『赤駆アカガケ』」


 燃える刀を握り、赤いオーラを足に纏い、百鬼撰は猛スピードでコールズ目がけて駆け出す。


『『氷に炎』?……笑止!笑止!笑止!笑止!我が『真髄』、未だに分からないと来たか!滑り踊れ、『スリップサイン』!』


 地面の砂を蹴り上げるようにして、コールズはその魔法を発動させる。周囲一帯の地面を凍結させる魔法『スリップサイン』。凍結した地面はそれを強く蹴りつける百鬼撰を滑らせ、機動力を奪う。


「ぐっ……!」


 それに対し、コールズはまるで地面が凍っている事を気に掛けないように、むしろ滑る地面を自らの機動力に変え、動きを止めた百鬼撰に向け直進する。何とか体勢を立て直しつつ、百鬼撰は炎の刀で、氷の鎧を張り巡らしながら突進するコールズを迎え撃つ。


「愚直なり!」


 構えから降り抜かれる俊足の太刀筋。あらゆるものを焼き尽くす炎の魔法『炎王』。その複合攻撃により、百鬼撰は確実にコールズを氷の鎧ごと真っ二つにするつもりだった。しかし、その思惑は大きく外れる。


『どっちが愚直なのやら……『氷に炎』、我が力を侮るなよ?』


 ギンと響く接触音。それは、『百鬼撰の炎が一切氷の鎧を溶かしていない事』、そして『刀が鎧に受け止められた事』を示していた。


『我が力の真髄は『氷』にあらず、『極低温』にあり!……我が魔法は『温度操作』……この氷は、決して温度を下げることはない!』


 コールズは『熱を奪う』。そして、『熱を操る』。彼の作る『氷』は決して溶けない『不動の氷』。足元を氷に取られ、まともに回避も出来ない百鬼撰に、コールズは即座に創り出した『氷の鎚』を叩きこむ。


「ぐふっ……!?」

『そして、まともな『踏み込み』も出来ない貴様の剣術も……我には届かない!」


 血を吐きだしつつも、百鬼撰は即座に『創世』により回復する。そして、顔をしかめつつも、刀を振りかざす。


「『暗黙アンモク』、『光明コウミョウ』」


 放たれるは強力な光。体に宿すは漆黒の闇。光はコールズの目を潰し、闇は自らに届く光を遮断し目を護る。強烈な光の攻撃にコールズの視覚は完全に奪われる。


『ぐああああああああああ!?』


 暗闇で視認こそできないが、その悲鳴から考えるに、隙を見せたであろうコールズに追撃を加えんと、百鬼撰は闇を解きつつ刀を向ける。しかし、視界を開いた百鬼撰の視線に飛び込んできたのは、『再び氷の鎚を振りかざして襲い来るコールズの姿』。コールズの悲鳴、それはただの『演技』だったのだ。


『……最初から、『我が目に光など無いわ』!』


 巨大な氷の鎚が、ドズンという鈍い音と共に、百鬼撰を地面に捻じ伏せる。ぐちゃりと潰れ、熟れたトマトのようになる百鬼撰の頭は、早くも『創世』による再生を始めている。しかし、確実に激痛を叩きこんだであろうその一撃。百鬼撰は短いうめき声を漏らし、中々立ち上がれずにいる。


 『光による目潰し』、それはコールズにとって何の意味も成さない一手だった。元々、吹雪が厳しく、視界の悪い『氷の大陸』で生きてきた彼は、『視力に頼っては生き残れなかった』。故に彼は、周囲の状況把握を、『温度』によって感じ取っていた。『熱源感知』、それが彼が『視力』を犠牲に得た、『進化』。コールズは、『本当の意味』で、『人間』とは一線を画す存在だったのだ。

 『腹話術』という『口での呼吸を極力回避する』話術も、『熱源感知』も、『温度操作』も、全ては『極寒の地に捨てられた彼が、そこで生き抜くために成し遂げた進化』なのだ。


『……どうした?痛くて立てないか?よし、もっと痛くしてやる。ぐしゃぐしゃに潰してやる。発狂し、精神が保てなくなるほどに壊してやる』


 『氷の大陸』で『進化』した、謂わば『氷人』のコールズは、足元に転がる百鬼撰を見下ろし、その氷の鎚を振り上げる。冷淡な白い瞳が、冷たくその身体を射抜き、



 氷の鎚は地面に落とされる。




   **********




「…………」


 無表情の男は、背後で震える二人の仲間を護るように、静かにその男の前に立ち塞がった。


「…………悪いな。俺等は大した力もないからな。見逃してくれ」

「…………怖気づいたか」


 長い髪を風に靡かせながら、その男、百鬼撰は刀を抜く。『決して見逃す気など無い』……それは無表情な男にも分かってはいた。


「…………嘘は分かるんだろ?その『眼』で」

「…………『見る目』だけはあるようだ」


 百鬼撰は、その『紫色』を瞳に灯し、にやりと笑った。男の言う通り、百鬼撰には『嘘は通じない』。故にこの男が言う通り、残る三人の『七つの奇跡』には期待に値する力が無い事は、百鬼撰には分かっていた。

 悪食王の刀、その一つ『真眼シンガン』……嘘を読み解くその力を、百鬼撰は『七つの奇跡』ガジの残りの手の内の有無を確かめるのに一度だけ使った。無表情の男は、それを見抜いていたらしく、その眼力に百鬼撰は関心を示す。


「…………それは『謙遜』か。あるいはお主のみが信じる『真実』か。どちらでもよい。例え、お主等が相応の価値を持たずしても、拙者に牙を剥けば『五体満足で帰しはしない』」

「…………ああ、怖いな。『謙遜』じゃない。『事実』。俺は『人間』だからな。『化物』さんよ」


 無表情の男は、あくまでも無表情で、百鬼撰に問う。


「…………んで。どうやって『白いの』を倒した?」


 ケイティを殺め、百鬼撰を氷の塔で串刺しにした『白いの』ことコールズ。彼はその後、『何もする事無く突如倒れ、その魔法全てを解除した』。その首を斬りおとし、止めを刺した百鬼撰は不敵に笑む。


「…………『夢堕ユメオチ』。『他者を眠りに誘い、望む夢を与える』一振り。『あ奴の中では』、拙者は敗れていたのだろうな」

「…………そいつは酷い。『やたらと手加減する』と思ったら、やはり相当余裕だったのか」

「それも見抜くか……」


 百鬼撰は『余裕』があった。多少の攻撃を喰らって自らの身を削ってもなお。その痛みすらも快感にしながら。


「折角の『食事』……楽しませろ。極限まで……!」


 百鬼撰の冷酷な笑み。それにエイミーは震え、おっさんは凍りつく。ただ一人、無表情に構え一向に様子を変えない男だけが、静かにその目を見て、ため息をついた。


「…………『嘘』は良くない」

「…………何?」

「『とっくに折れているクセに』。そうだな。例えば、『赤い奴』」


 百鬼撰はぴくりと眉を動かす。『赤い奴』、その言葉の意味を一瞬百鬼撰は理解しかねた。しかし、何か胸を抉るような言葉に百鬼撰はその表情を揺らされる。


「あれだよ。『速く走れる赤い奴』。あれ。あれ使う時、あんた『変だぞ』」

「…………お主、何者だ?」


 理解する。百鬼撰が抱える『闇』。それを男は見抜いている、と。


「『人間』だよ」

「……何故、知っている?」


 それはもはや会話になっていなかった。ただ、ひたすらに百鬼撰が言葉をぶつける。鬼気迫る表情で、淡々と、その腹の底の『苛立ち』を燻ぶらせながら。男は始め、質問の意図を測りかねるように、首をかしげるが、すぐに百鬼撰の表情から、質問の答えを導く。


「このおっさん、『家族』居るんだ。この盗賊妹も『兄弟』殺されて傷付いてる。見逃してくれ」

「…………何故!」

「…………何故って……『殺していい人間なんていないだろ』?」

「……やめろ……!」


 まともには聞こえないそのやりとり。頭を抱えて、うめき声を上げる百鬼撰。その違和感に気付き、エイミーとおっさんは顔を上げる。何かに苦しむ百鬼撰、その異変に気付き、呆然とする。そんな二人に気付いたのか、ちらりと無表情の男は後ろを見て、言葉をかけた。


「悪い。手を貸せ。『多分、キレる』。だいじょぶだ。『策はある』」


 男の予想は当たっていた。百鬼撰は、ぶつぶつと呟きながら、刀を片手にぶら下げる。その構えは酷く乱れていて、まともには見えない。ぶつぶつと呟きながら刀をぶら下げる百鬼撰、まるで『自我を失った』かのように、その身をゆらゆらと揺らす。歯を食いしばり、潰れた目を掻き毟り、鼻息荒く男を睨みつける。


「……殺す」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

「イタダキマスイタダキマスヒサシブリハエヒサシブリハエハエハエハエハエハエハエハエ」

「ジャマジャマジャマジャマジャマジャマジャマヒッコメヒッコメウマウマウマウマウマウマ」


 口をカタカタと動かす百鬼撰。

 正気じゃない、誰もが分かるその状況。百鬼撰はゆっくりと掻き毟る眼を見開く。真っ赤に染まった不気味な瞳が姿を現す。かたかたと人形のように身体をガクガクと震わせながら、壊れた百鬼撰はケタケタと笑う。


「イタダキマス」


 それは戦闘開始の合図。赤い眼、そこから湧くように広がる黒い痣。姿を完全に『鬼』へと変えた百鬼撰はカタカタと口を動かしながら、男に切りかかる。


「盗賊妹。『あの気持ち悪いの』だ」

「え……げ、『ゲヘラ』の事……?」


 エイミーは戸惑いながらも、素直に男の指示に従う。あらかじめ潜ませておいた魔獣『ゲヘラ』に特殊な指示を出し、その不気味な姿を百鬼撰の目の前に飛び出させる。


「ジャマァ!」

「もっとだ」


 エイミーは素直に、召喚魔法により追加の『ゲヘラ』を呼び出す。一つ目の不気味な魔物が数を増し、百鬼撰に付き纏う。そこでエイミーはその『奇妙な点』に気付く。


「…………何で殺さないの?」


 百鬼撰はゲヘラを『一匹たりとも殺していなかった』。ただただ拘束系の技でひたすらその動きを封じるのみ。よく考えれば、最初から百鬼撰は『ゲヘラを一匹も殺していない』。


「『リミット』だ」


 無表情の男は、その拳をぱんぱんと片方の掌に叩きつけながらつ呟く。


「あいつが『記憶』できる能力には『リミット』がある。しかも、それは新たに敵を殺せば『強制的に元ある能力上書きされる』。その数は恐らく『百』」


 無表情の男の見解、それは百鬼撰の表情をさらに歪ませる。


「『百の選りすぐりの鬼』、それを有する『悪食王』の使い手……故にあんたの故郷の言葉で『悪食王百鬼撰』。違うか?」

「…………イタダキマス!」


 ゲヘラの群れを振り払いながら、百鬼撰は叫ぶ。男の見解が『正解』である事を認めるように怒りを顕わにする。

 

「あんたはその『気持ち悪いの』に手を出せない。どの程度で『死ぬ』か分からないからだ。もし殺せば、あんたの『記憶』は上書きされる。折角の『百鬼撰』の一部が潰される」


 それは完璧に図星だった。百鬼撰はゲヘラの大群にまともに手出しできないまま、もがく。少しずつ拘束し、動きを封じてはいるものの、持てる力でエイミーはどんどんゲヘラを追加する。男に導かれた、ほんの僅かな『生きる道』を信じて。


「おっさん。援護頼む。俺は、あいつを『殴る』。だから、何とか隙作ってくれ」


 おっさんは、バックにしまう魔宝に手を添えた。『神様のお告げにより選んだ、耳潰しの魔宝』。もしや、コレは今使うべきなのか?おっさんはしかし即断する。迷う時ではない、と。


「……『音』に気を付けてくれ」

「ああ、塞いどく」


 おっさんの小声の忠告。男はポケットから取り出した耳栓をキュッと耳に締めた。まるで、『こうなる事が分かっていた』かのように、男は気合いを入れて駆け出す。


「クケケケケケケケケケケケケケケ!」


 勿論、それを黙って見逃す百鬼撰では無い。ゲヘラに付きまとわれつつも、その刀を構え、未だに正体の分からぬ男に、相応の武器を準備する。


 男は、その握りしめた拳を、


 百鬼撰に向けて、『開いた』。




   **********




 その光景は、町のあらゆる場所から見る事ができた。

 この世のものとは思えない『戦争』。あり得ないレベルの魔法が衝突しあうその光景は、百鬼撰を討とうとこの町を訪れた戦士たちを震え上がらせる。誰もがその戦線に参加する度胸など無く、ただ怯えながらそれを眺めるか、足早に退散する。


 やはり、『悪食王百鬼撰』は化物だ……!


 それが共通見解、突きつけられた事実。今や殆どの人間が彼に挑もうなどとは思っていない。勇気ある者でも、できる選択肢は『ただ眺める』、それだけだった。


「……何が起こってるんでしょう」

「………………良くない事なのは確実」

「ロザさん、何を今更怖気付いているんです。大丈夫。ですよね、クロ?」

「……『あの程度』の魔法……大した事無い。……ロザも喧嘩で負ける気ある?」

「え、喧嘩なんてしませんよ!…………でも、足手まといにはなりません!」


 そんな中、とある三人組が異変の中心へと向かう。とても強そうには見えない奇妙なパーティ、しかしやたらと自信に満ちた三人は、勇ましく進む。彼らが異変の元へと向かっている事に気付くものはいない。ただ呆然と立ち尽くす人々をかき分け、彼らはただ進むだけ。


 彼らその中心地に辿りつくのは、もう少し後の事……




   **********




「グアアアアアアアアアア!」


 男が放ったのは『砂』。先程、湖周辺で拾った砂をずっと握りしめていた男は、百鬼撰の目を潰し、懐に飛び込む。しかし、百鬼撰は『聴覚強化』の一振りでその動きを把握する。


「シネ」「今だ」


 二つの声が重なる。おっさんはその瞬間に、自らの魔宝『爆音球クラッカー』を放り投げる。

 放たれる爆音。

 それは百鬼撰の耳を潰し、そのバランスを著しく崩す。


「オ・ノ・レ…………!!」

 

 しかし、百鬼撰は即座にダメージを『創世』にて回復する。痛みで怯みはするものの、それは僅かな隙。そして、その隙から一撃を叩き込もうとも、百鬼撰に致命傷を与える事は不可能。


 そこで、男は『刀』を狙う。


 それは単純にして、明快な一手。再生が厄介なら、それを成す『道具』を奪う。それは誰もが思いつくが、誰も成しえない一手。百鬼撰に、刀を手放す隙はない。何故なら彼は今まで圧倒的な力で相手を捻じ伏せてきたから。彼の『強化された握力』から、刀を剥ぎ取れる人間などいなかったから。


「……ギ?」


 男の掌が、百鬼撰の刀を握る手にあてがわれる。その瞬間、狙いを理解し、即座に腕の硬度、握力を強化する百鬼撰。能力の集中により、より強化された刀の保有能力。それにおり、刀を放させる事は愚か、腕を切り落とす事も不可能。……と、『百鬼撰は油断した』。


「…………『天拳』」


 男が呟く。眩く周囲を照らすその光。それは『鬼』には眩しすぎた。




   **********




 ふわりと柔らかな風が吹く。木々が揺れ、さわやかな小道を太陽が照らす。先日までの魔法入り乱れる空の下とは思えないほどに、そこは静かで穏やかだった。血も綺麗に拭い去られ、死体も片づけられたその平和な風景に、小さな墓標が一つ。


「…………『悪食王百鬼撰』。いや、『橋君はしきみ』……それとも『はえ』と言うべきか?」


 狐の面を付けた女は、誰も通る事の無い静かな道で、その表情を伺わせる事無く静かに墓標と向き合っていた。


「呆気ない……最強が聞いて呆れる」


 籠る声も感情をはらまず、女は花の供えられた墓標に手を添える。


「…………哀れな鬼よ。貴様は、それでも『救われた』のか?それとも、貴様は『苦しんだ』のか?」


 女はその最期を見届けた。だからこそ、その答えは分かっていた筈だった。しかし、問う。それは、会う事の叶わなくなった、数少ない『共感』できる相手。最後に殺し合いに興じた、『最強』の相手。そして、『自らが手に掛ける事の叶わなくなった』相手。


「…………わっちが、貴様を殺すと言うたのに」


 手を合わせる事は無い。ただ、女は『墓標を変質させ、小さな髪飾りへと変える』。


「…………せめて、故郷の土を踏ませてやる。それが、わっちに出来るせめてもの弔い」


 血に塗れた周辺も片付け、転がる死体も土に返し、残された墓標も片づけて、何も無勝ったかのように女は姿を晦ます。


 その仮面の隙間から、一筋の水を零しながら。




   **********




 凄惨。

 

 その光景を一言で纏めるとしたらその言葉が的確だと言える。

 血が飛び散り、転がる無数の肉片。木々もなぎ倒され、無残な姿の死体は複数。首を落とされたもの、形が分からぬほどにバラバラにされたもの。グチャグチャに潰されたもの。そんな光景を目の当たりにして、三人はその歩を止めていた。


「…………二人共。今更ですけど、戻って下さい。見ちゃいけない」


 ロザは震える。言葉もなく。普段は冷静なクロでさえ、その表情を凍りつかせる。言葉はない。らだ震えるしかできない。そんな光景。


「………………私は大丈夫。……ロザは?」

「…………うん」


 ロザの決意は相当に硬かったらしい。旅人はその今にも泣き出しそうな表情からそれを察する。何処となく、百鬼撰について話すロザの様子がおかしいとは思っていた。旅人は考える。恐らく、彼女はエインから『より多く』、情報を与えられている。その上で、『一部』を隠している、と。

 それは『身の危険』には関わりない。ロザは旅人とロザまで巻き込むような事は選ばない筈だと旅人は考える。だから、自信を持って語る彼女は知っていたのかもしれない。『百鬼撰は自分達に手を出さない事』を。


 死臭漂う小道を三人で進む。ロザは泣き出しそうな表情を作りつつも、それを堪えて力強く。クロは顔に手を当て、顔を背けながら。その目にうっすらと涙が浮かべている事に気付かれないように。旅人は二人の様子を後ろから見張りながら歩く。


 女の子二人に……この光景は辛すぎるでしょう……でも、『避けられない』。


 二人の決意。それを尊重して旅人は進む。


 そんな彼らの目の前に現れたのは、一本の異質な刀を腹に突き立て、横たわる一人の男の姿だった。


「…………あれは」

「………………まだ生きてる」


 旅人とクロは、その長髪の男が僅かにその身体を揺らしている事に気付く。刀を腹に突き刺し、血に塗れる男に何があったのかは二人には分からない。しかし、ただ一人、ロザだけは悲痛な表情でつぶやいた。


「……間に合わなかった」


 旅人とクロは同時にロザの方を振り向く。ロザは二人の視線に気づかない。ただ、静かに横たわる男に歩み寄った。


「…………赤い靴……その顔立ち……」


 横たわる男は、ロザに気付き、血の滴る口を静かに動かした。


「…………ああ、思い出した。『あの時の娘』か。…………そういう事か、はえ。お前は最期に……」

「……百鬼撰……いえ、『橋君はしきみ』さん……ですよね」

「……懐かしいな、その名。………………何処で知った?そして、何故『思い出した』?」

「…………『お山の神様』。そう言えば分かると、聞きました」

「……ああ、『あの方』か。やってくれる…………まさか最期にこんな演出を用意していたとは。……敵わんな、やはり」


 その会話の意味を旅人もクロも正確には理解できない。しかし、ロザがその男、百鬼撰と何かを交わしている所に、口出しすることはしない。ただ黙ってその光景を見つめる。


「…………憎いか、拙者が」

「…………」

「……仕方あるまい。親を奪われて、平気でいられる子がいようか……いや、いるまい。……去れ。放っておけば拙者は死ぬ。いや、放っておかずとも死ぬ。『蠅に喰われた』。最早、生き残る術は無い」

「…………知ってます。聞きました。その刀に魅入られ、『喰われた』ものは必ず『死ぬ』。それが避けられないことだって……聞きました」

「……その口振り、『お山の神様』に全て知らされていたか。そして、拙者の死に様を見に来た、と?」

「違います……」


 ロザはぐいっとその顔を百鬼撰の顔に近づける。しゃがみ込み、今にも息絶えそうな青白い顔色の男によせたその顔は、くしゃくしゃに歪んでいた。ぽろぽろと零す涙が、百鬼撰の気力の無い顔を濡らす。


「…………ごめんなさい……!……救えなくて、ごめんなさい……!」

「……何故、謝る。…………謝るのは拙者だろう。……お主の母に、考えさせられた……『喰う』事が……必ずしも『一つ』になる事ではないと……『他者』という存在……それの意味を。『強い』の意味……分かっていたのだ。しかし、認められなかった……認めたくなかった。拙者は『強者』足り得ない事を……」


 徐々に消え行く声は、百鬼撰の命がそう長くは持たない事を明確に示していた。しかし、まるで何かに生かされているかのように、百鬼撰は言葉を止めない。


「拙者は『弱い』。……そして、『間違っていた』。…………ふん、死を目の前にしてようやく認められるとは……やはり『弱い』な……拙者は」

「…………違う」


 ロザは、その青白い頬に手を当て、掠れた声を絞り出す。


「…………貴方は、『認めた』じゃないですか……『自分の弱さ』を。それは、『弱い』人間にはできない…………」

「……おかしな事を」

「……って、エインさんが言ってました」

「……あ、受け売りか。…………あんな弱々しかった娘が、随分と臭い台詞を覚えたな、と感心しかけた所だったぞ」

「…………ふふ、自己嫌悪は終わりました……?」


 冗談めかして、ロザは涙を目に浮かべながら笑った。百鬼撰も、また笑った。憎む者、憎まれる者、それは本来あるべき二人の姿には見えなかった。まるで昔馴染みのように、和やかな空気を漂わせ、二人は笑いあう。しかし、その顔は決して明るくはない、虚ろな笑い。


「…………先に謝ります。……この後の言葉も、『受け売り』でごめんなさい」

「……何だ?」


 ロザは涙をこすり、真っ赤になった頬で、情けなく汚れた顔で、それでも精一杯に微笑んで、エインから教えられた百鬼撰を救う『受け売り』を言葉にした。


「…………『許します』」


 たった一言。それは、百鬼撰が決して、与えられる筈の無かった一言。


「…………はは…………『嘘』でも…………優しい言葉だ……」

「…………『一緒に、行きませんか』?」

「…………ああ、連れて行け。…………『母の代わり』だ。……『護ってやろう』」


 百鬼撰は、突き刺さる刀の刃をぐっと握る。最早、手から溢れ出る血など気に掛けない様子で、そのまま刀を腹から引き抜く。傷口からは血が零れ、その口からもごぼりとより多くの血が溢れ出す。ゆっくりと立ち上がった百鬼撰は、ふらふらとよろめきながらも、ぼそりと呟く。


「『浄土ジョウド』」


 刀は見る見る内に、その血で汚れた刀身を美しい銀色へと変える。その刀を腰にさす鞘に収め、百鬼撰は血で濡れた手で、その刀をロザに手渡す。


「………………すまんな。……随分と……血で汚した。……お前の母も……多くの命も……。……『一つ』になど、なれる筈も無かったのに……」


 百鬼撰は、『鬼』になりたかった。強く、強く、ただただ強い、あの鬼、『はえ』に。


 だからこそ、その力を奪い、多くの力を集め、それを一つにした。彼は『蠅』よりも強くなった筈だった。『鬼』になれた筈だったのだ。


 しかし、満たされない。幾ら力を集めようと、満たされない。


 『答え』は知っていた。ロザの母、ガーネットと対峙し、『かつて無いほどに追い詰められた』彼は、その時に知ったのだ。


 強く、美しいその姿。それは彼が『鬼』に見たものと同じで、決して力では自分に及ばない『弱い』彼女が、それほどに『強く』見えたその『答え』。百鬼撰は、自らの過ちを恐れ、逃げていたのだ。その、『答え』から。


 しかし、今、『許し』を得て、百鬼撰は決意する。自らの過ちを認め、自分が目指した『鬼』になる事を。


「…………『護って』、下さい。そして、行きましょう。……貴方の故郷に、『橋を掛け』に」


 ロザはぎゅっと刀を握り締めて、涙を堪えて、精一杯に笑った。それでも、涙を隠せずに、弱々しくなっていく笑顔を見て、百鬼撰は微笑んだ。


 ああ、私は『護りたかった』のだ。最初から、ずっと…………


「…………泣くな。…………拙者はお前と共にあろう。お前の母も、優しき鬼も、共に…………」


 百鬼撰はふらりとよろめき、その身体はゆっくりと地面に吸い寄せられていく。


「……橋君さんッ!」

「……ああ、はえよ。待ってくれたのか。…………悪いな。お主を斬り捨てた拙者を、なおも救ってくれようとは……」


 その身体が地面に落ち、百鬼撰は、かつて橋君はしきみと呼ばれた男は、静かに、静かに、最期の言葉を贈った。


「………………『救われた』ぞ。…………ありが……とう……」


 橋君はしきみは目を閉じ、遂にその動きを止めた。


 言葉なく、ロザはその刀を手に、立ちつくす。ひたすらに頬を伝う涙を、地面に零しながら。何の暖かいつながりも、美しい過去もない。むしろ暗い僅かな過去しか共有していない相手が目の前で息絶えた。しかし、ロザは涙する。まるで、往来の親友が去ったかのように、それどころかまるで家族が去ったかのように。


 クロは理解できなかった。でも、そんな彼女だからこそ自分は始めての友達に彼女を選んだのかもしれないと思った。人を問わない度を越した『優しさ』。恐ろしくねじ曲がった、とても自分勝手な『善意』。それは、恐ろしくもあるが、受ける側からすれば心地よくもあった。

 

 旅人は理解できなかった。それ故に、ロザは『魔宝』の『適合者』なのだと理解した。狂気じみた『善意』。自らの何もかもを犠牲にしても成し遂げる『優しさ』。それは酷く人間離れしているようにも見え、それこそまさに彼女が『所有者』では無く『適合者』であるように思わせるものだった。


 怖かった。ロザが、ではなく。いずれ何処かに行ってしまいそうな、彼女の後姿が。


 旅人は、帽子からするりと一つの仮面を抜き出す。それは目を覆う奇妙な仮面。旅人は仮面を装着し、パチンと指を鳴らした。


 ふわり


 百鬼撰の体が消える。代わりにあるのは小さな墓標。涙を浮かべながら、呆然とするロザの肩をぽんと叩き、旅人は何時の間にやらその手に握っていた花束を手渡した。


「…………ごめん……なざい……」

「……謝る所じゃありませんよ。ここは、『ありがとう』、でしょ。……『ロザ』」

「……はい……ありがとう……ございまず……!」


 それでも、旅人とクロは、少しだけ、ほんの少しだけ、理解した。


 彼女は、こういう娘なのだ、と


 花を墓前に供え、ロザはくるりと踵を返す。


「…………さようなら、百鬼撰」


 百鬼撰は死んだ。あまりにもあっけなく。

 人を殺め、人を傷つけ、人を苦しめてきた鬼は、最後も勝手な死を迎えた。彼はきっと、永遠に誰にも許されない存在だろう。たった一人の人間を除いて。


「…………これから宜しくお願いします、『橋君さん』、『蠅さん』」


 しかし、『橋君』も、『蝉』も、生き続ける。彼らが望んだ形とは、また別の形で『一つ』となって。


 しかし、少なくとも、最後に彼らは『救われた』。『護る』、そんな単純な一つの志の下で。




 ――――――――これは、人知れず語られる、酷く哀れな鬼の物語



 ―――――所々、抜け落ちた無数のページ



 ―――ここから先は、一切のページはありません



 

 これから何が起こるのか


 それを知る事が叶うのは


 もっと先のお話




 

7章はこれにて終了です。

少し予定より遅れましたが、この後7章のまとめ、8章の予告を挟んで、8章に入る予定です。

 今はまだ未定ですが、各章の話の補足に当たる番外編、もしくは道中の話の番外編をやるかやらないか悩んでおります。

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