第7章 【悪食王‐蠅‐】 3話 『七つの奇跡』
「ああ、魔宝はスバラシイ……!」
『門』は、目にする事のないその戦いに想いを馳せ、恍惚とした表情を浮かべる。
「魔宝、その頂点『十三呪宝』……確かに、並みの魔宝じゃ……ましてや魔宝もなくては対抗できまい」
魔宝をこよなく愛する男、ゲート。彼は魔宝の如何なる姿をも愛する。歪んでいようと、壊れていようと、誰の手の内にあろうとも。魔宝が輝けるその場所に、その時にある事を彼は望む。そして今、彼の望む通りに、魔宝は輝こうとしている。
「……しかし、『複数の魔宝』を同時に相手にするのならば?果たして、十三呪宝は勝つ事ができるのか?」
どちらに転んでも、彼は構わなかった。敗れればそれまで、自らの手に十三呪宝は転がり込む。勝とうとも、その身を削れば、『もう一つの十三呪宝』がそれを打ち破るであろう。
確証はあった。自らの『右目』を、『左耳』を犠牲にして得た確証。
「あるべきモノはあるべき場所へ……そろそろ、全て戻るべきだろう?十三呪宝ォ……!」
永き月日、運命が傾くまで待ち続けたその男は、遂に終局へ向けて腰を上げる。
そして、その序章が今まさに始まろうとしていた。
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構える百鬼撰に、『七つの奇跡』第一波が襲いかかる。
舞い上がるのは眼帯の男。身軽な軽装に身を包み、強烈な跳躍を披露した男は、両手で支える『奇怪な剣』を携えていた。
ギュィィィィィィィィ!
騒々しいまでの騒音を響かせ、震えるその剣。一目で百鬼撰は、それが『普通の武器』では無い事を理解する。『門の遣い』、『奇怪な武器』、そのキーワードを繋ぎ合わせ、百鬼撰はその七人に感じていた『力』の正体を理解した。
「魔宝か…………!」
「ひゃははは!今更かよ百鬼撰ンンン!」
振り下ろされる騒音を上げる奇怪な剣。下賤な笑いでそれを上空から叩きつける眼帯の男。百鬼撰は、抜き放った刀でその騒音の『魔宝』を受け止める。
ギャギャギャギャギャ!
その耳障りなまでの騒音と腕にのしかかる強烈な衝撃、その二つが奇怪な剣が『受けてはならないモノ』だと百鬼撰に理解させる。即断し、弾くように後方に飛びのいた百鬼撰に、眼帯の男は舌打ちした。
「……チッ。即、ブッタ切り確定かと思ったのによぉ」
「名も名乗らずに飛びかかるとは……流石は下種の遣いといった所。礼儀は知らぬようだな」
「余裕だねェ?『俺達』に勝てるとでも?」
後退した百鬼撰は、挑発しながら騒音の剣を振り回す眼帯男に『気を取られない』。その安っぽい挑発の裏で、バンダナの男が、何か動きを見せていた事に気付いていた。
正体の掴めないその動き、まるで『何かを放り投げた』かのような動きに警戒し、足元から漂った僅かな『臭い』に反応し、さらに後退する。
「ドカン☆」
眼帯男の笑顔の一言。それと同時に百鬼撰が先程まで立っていた位置から強烈な光が放たれる。
ゴゥッ!
破裂音、そして強烈な炎と共にそれは激しい風圧を生み出す。地面をも抉る爆発。そこに立っていれば確実に足を持って行かれたであろうその強力な攻撃、百鬼撰が視認できる限りでは、『呪文の詠唱』など無く、それが魔法でない事を暗示する。
「くっ……!」
爆発は百鬼撰に『直撃』さえしなかったものの、転がる小石や木の破片を散らばらせる。高速で飛び交う破片が、百鬼撰の体に僅かな傷を刻む。
「どんどん下がってくなァ、百鬼撰ン?このまま後ろに帰っちまうか?ああ!?」
挑発、そして突撃。轟音を上げながら吠える刀を振りかぶりながら眼帯の男は突撃する。
「やれェ!お前らァ!」
爆風に紛れ、その場所を移動していたバンダナの男と、一人の女。眼帯の男と三人がかりで百鬼撰を挟みこむようにその左右から襲いくる。それぞれが得体のしれない武器を携えて。
まともに受ける訳にはいかぬか……
百鬼撰は、眼帯男の攻撃を受けてそう判断する。囲う様に向かいくる三人。思考する間もあるまいと、百鬼撰は『回避』を選ぶ。唯一の逃げ道である『後方』に飛び退くように地面を踏みつける百鬼撰……それを見て、襲いくる三人組はにやりと不敵な笑みを浮かべ、声を揃えて言い放つ。
「「「はい、お終い……!」」」
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貴族の男は毎日のように鬼の元を訪れました。
そんな男を鬼は拒み続けます。
しかし、貴族の男は鬼の元を訪れ続けます。
いい加減にうんざりしてきた鬼は貴族の男に尋ねました。
「何が目的だ?」
貴族の男は笑顔で言いました。
「橋になるのだ」
鬼は意味の分からないその言葉に、何故か僅かに心惹かれました。
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プツン
糸が切れるような音。その音とその光景を見て、百鬼撰に襲いかかった三人組は唖然としていた。
百鬼撰は後ろに飛びのき、『そこに張られていた糸』を刀で斬っていたのだ。
「……見え見えだ。お主等が拙者を『後ろに下がらせようとしていた事』など。妙に硬い糸だったが……これも魔宝か?」
「わ、わたしの『鉄糸』があ!」
三人組の一人の女が悲鳴を上げる。どうやら、硬い糸はその女が張り巡らせたモノのようで、『鉄糸』というらしい。百鬼撰の首の高さに強く張られていたその硬い糸は、百鬼撰が仮に何の警戒もなく後方に勢いよく飛びのいていれば『その首を落としていた』だろう。
「お主か……爆風に紛れてのその手際……それだけは褒めてやろう」
「ほ、褒められた!兄ちゃん!わたし、百鬼撰に褒められた!」
「流石は俺の妹!あの百鬼撰に褒められるとは流石は俺の妹!」
「流石っす!」
「……お主等は緊張感というものがないのか?」
百鬼撰の正面に集まり勝手に盛り上がる三人組を冷たい目で見ながら、百鬼撰は少しずつ『七つの奇跡』に歩み寄る。それに対して、大した焦りを見せずに盛り上がる三人は百鬼撰に向き直った。
「流石は最強!楽しませてくれるじゃねぇの!そう言えば名乗れといったな!ならば名乗ろう!」
騒音を引き連れる剣を持ち上げ、眼帯男が名乗る。
「盗賊王、『ガジ』!」
腰の袋に手をかけ、バンダナ男が名乗る。
「盗賊王、『ジギィ』!」
奇怪な形の筒を構え、女が名乗る。
「盗賊王、『エイミー』!」
「「「我ら、最強の盗賊兄弟『盗賊三羽烏』!」」」
声を揃えて、高らかに自分達の自己紹介を終えた三人組は再びバラバラに散り、不規則に並ぶ木々の間を駆けていく。正面から襲いくるはガジ、その騒音の剣を振りまわしながら再び百鬼撰に飛びかかる。
「唸れェ!『回転鋸』ィ!」
百鬼撰は、その刃を受け、そして注意深くその刃を捉える事で、その攻撃力の正体を予測する。恐らく、何らかの力で『高速で回転している、鋸のような刃』がその力の源。しかし、正体が分かった所で、それを受け止める訳にも行かない。
次は横へと回避をしながら、反撃を試みる。しかし、そんな彼の足元から再び鼻をつく臭いが漂う。木の陰から、ジギィが袋から取り出した何かを放っていたのだ。
ボンッ!
爆発。呪文の詠唱も無しに起こった火炎と暴風が、百鬼撰を吹き飛ばす。しかし、先程の攻撃からその効力を知る百鬼撰は何らかのガードを張り巡らせていた様子で、態勢を崩しつつも、体の一部を失ってもおかしくない爆発にも関わらず、その身に傷一つ付けなかった。
「二度と同じ手は喰わぬ……」
「なら、違う手ならば?」
木の陰から、小さな影が飛び出す。高速で飛行するそれは鳥のように羽ばたく。しかし、明らかに鳥とは違う異形の生物。丸い体に一つ目、一本足、人のような口、そして枝のような翼。魔獣と呼ばれる異形の生物は、その数匹が口にロープを咥えながら百鬼撰を囲う様に、その数匹が口を開きながら百鬼撰へと飛びかかる。その指揮を取るのは、エイミー。
「行けっ!『ゲヘラ』!百鬼撰を縛れ!」
手に持つ筒を口に咥え、エイミーは息を吹く。それに合わせて動くように異形の魔獣『ゲヘラ』はロープで百鬼撰を捉えようと囲むように飛び回る。さらに、余計な動きを封じるかのようにロープを持たないゲヘラが噛みつきにかかる。
「ぐっ……!」
百鬼撰は僅かに顔をしかめながら、自らを囲うロープを斬り裂く。しかし、噛みつきにかかるゲヘラには対応する事無く、そのままその身で噛みつき攻撃を受ける。
「やった!」
「……無駄」
ゲヘラの噛みつきは百鬼撰確かに捉えていた。しかし、百鬼撰の体は傷付くどころか、逆に噛みついたゲヘラの歯が欠けていた。ぎゃっと短い悲鳴を上げるエイミーに構う事無く、百鬼撰はその刀を腰元に下げ、前傾姿勢で突撃する。
「……『縛鎖』」
「きゃああ!兄ちゃん助けて!」
百鬼撰の突撃に、エイミーは筒を咥えたまま器用に助けを呼ぶ。目を瞑り、怯えるように仰け反るエイミーに百鬼撰は真っ先に向かい、その刀を振ろうとした。しかし、刀が届く瞬間、エイミーの口元がぐにゃりと歪む。それは勝ち誇ったかのような笑み。
「なんちゃって♪」
百鬼撰はそこで、自分の周りにうっすらと気配を感じ取る。そして、反射的にその刀の照準を自分の周りを飛び交う『気配』に向けた。何もない筈のそこを刀が通る。そして、ある確かな手応え。その手応えが残る空間に、『鎖が巻きついた何か』がぼとりと落ちる。
「あ!バレた!」
「……『透明化』……また面倒な魔法を……!」
「下がりな、エイミー!」
ジギィがその手に握る『見えない何か』を放り投げる。そこから漂う鼻を突く臭いが、先程から爆発を起こしているモノだと察知し、百鬼撰は刀を構え直す。
「『水龍』」
刀を振り抜くと、それについて行くように水の刃が宙を駆ける。刀から切り離され、飛翔する水の刃となったそれは、『見えない何か』に直撃し、じゅっと火が消されたような音と共にそれを両断し、後方のジギィに襲いかかる。
「そろそろあたしも行かせてもらおうかな!」
水の刃が、ジギィの前に割って入った一人の女の『盾』によって防がれる。身の丈ほどの盾で、その水の刃を防いだ女は、その驚きを見せる百鬼撰ににやりと笑って忠告した。
「後ろ、大丈夫かい?」
「……ふん」
ブオン!
ガジの『回転鋸』が宙を斬る。ひょいと軽く横に体を退かすだけで、楽々とその攻撃を避けた百鬼撰の後ろで、ガジが怒りを顕わにする。
「ケイティ!テメェ、何教えてんだ!不意打ちで決まりだってのに!」
「あっはは!バカかアンタ?とっくに気付かれてるっての!それより下がったらどう?」
「……チィ!」
百鬼撰の反撃を、『回転鋸』をかざして受け止めようとするガジ。その高速回転の刃を打ち付ける訳にもいくまい……その読み通り、百鬼撰はその刀をひき、木々の入り乱れる中に飛び込む。
「逃がすかッ!」
「三バカの長男、釣られるなって!戦いにくい場所じゃあ、三バカコンビネーションも台無しでしょう?」
「三バカ言うな!」
様子見のつもりで、視界の開けた道での戦いを選び、相手の手の内を探っていた百鬼撰。しかし、これ以上の広い空間での様子見は難しい、対峙する相手がその程度の実力者である事を認め、『多対一』における、まともな戦い方を選ぶ。その姿を確認し辛い木々の隙間に隠れながら、奇襲の対策をする。
「ま、囲まれないように戦おう……ってなら、『心配ご無用』といってあげるかね」
ケイティと呼ばれた女は、姿を隔した百鬼撰に聞こえるように大きな声を張り上げる。そして、無数のポケットがついた赤いジャケット、その無数のポケットに収まる奇妙な箱を複数個に指を添えてから、その大きな盾を構える。
「ハナから、その三バカカラス以外は……チームプレイなんか当てにしてないからねぇ!」
ぴちゃり
ケイティの足元から水の音。それが聞こえると同時に、多量の水がケイティの立つ位置から噴き出す。水に飲まれたかのように見えたケイティの体は、水に飲まれる事なく、『水に浮かぶ盾の上に乗っていた』。
「あたしは海賊『ケイティ・キャット』!海の支配者たぁあたしの事だ!」
それは『大波』。地面から噴き出した水流が、まるで海の波かのようにうねり、地面を駆ける。その水流の上を滑るように走る『盾』の上でバランスを取りながら、海賊ケイティは水の上を走っていた。ケイティの足元だけを水は木々を押し倒しながら走る。そのさらに上を自在に滑りながら盾の上に立つケイティは退避する百鬼撰を捉えた。
「見つけた……!」
波の上を滑るように、ケイティは盾を操り、百鬼撰に突撃する。鋭利な盾の上端、まるで全てを引き裂く牙のような『それ』が、『盾』で無いことは明らかであった。
「『風駆』」
向かいくるそれに合わせるように放たれる百鬼撰の刀の一振り。それは、空気を捕まえ、暴風となって百鬼撰の体を拾う。押し寄せる小規模な津波と、水を走る牙をかわすように、百鬼撰の体は回りながら上昇する。
ケイティの『牙』は、百鬼撰の隠れていた木を切り裂く。うねる波を『牙』で支配し、ケイティは波のスロープを駆けあがり、空を舞う。そして、百鬼撰の巻き起こした風さえも『牙』で捕まえ、片手に持つ『筒』を百鬼撰に向けた。
「逃がすかっての!『酒神祝砲』!」
ドン、という轟音と共に、その筒『酒神祝砲』が炎と煙、そして黒い球体を吐き出す。未だに支配下に置く風を操り、百鬼撰がそれを地上に受け流すと、黒い球体は激しい爆音と共に、煌びやかな爆炎を巻き起こす。
「ゲゲ!?その風、乗るだけじゃないの!?」
そのままケイティの乗る風を操り、百鬼撰はケイティの体をその『牙』ごと地面に振り落とす。ケイティは驚きの声を上げつつも、決して焦ることなく地上で渦巻く水流を自らの落下地点に引き寄せ、『牙』で再び波を捉えた。
「卑怯者ぉ!降りてきなぁ!」
「そうだ!俺達に勝てないと見て逃げに徹するのかよぉ?最強が聞いて笑えるぜェ!」
「兄貴、かっけぇ!」
「上空の風を支配されてたら……わたしの『ゲヘラ』も攻撃できないよ!」
地上で騒ぐケイティと盗賊三羽烏を見下ろし、風に身をまかせながら宙に立つ百鬼撰はあれほどに攻め立てられても、なお冷静な、冷たい目を保ち続ける。
まるで品定めをするようなその目には、残る白い男と、怯える男、そして無表情に立ちつくす男の三人が映る。
白い男は微笑する。百鬼撰と同じく、敵を値踏みするような目で。
「…………容易に理解。百鬼撰……貴様、『手抜き』が非常に下手」
「…………流石に分かるか」
ぼそりと呟く白い男、その口の動きから発言を読み取り呟く百鬼撰。それは互いにその『実力』を薄々と感じ取った故のやりとり。
「笑止。その余裕、容赦なく『侵略』する次第……!」
白い男が、するりと魔法札を取りだす。それに警戒しつつも、百鬼撰は焦れったい『自らの戦い』に対する苛立ちを噛み殺した。
何時ごろからか……
『殺める人間』の値踏みを始めたのは……
『斬り放題』の過去を思い出しながら、百鬼撰は刀を構える。なおも、眼前の敵をすぐに殺めるつもりはない。その『価値』を見出すまでは。
「さて……『喰らう価値』ある『鬼』は、何匹居る事やら……」
百鬼撰は笑う。冷酷に、残酷に、非情に、それこそまさに『鬼』の如く。
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「世界を、国を、そして人を繋ぐ『橋』」
貴族の男は言いました。
貧富の差、人の隔たり、思想の違い、その『隔たり』全てが『無知』から来ると。
故に、『知る事』で、『伝える事』で、その隔たりを埋めたい。
その隔たりを埋める『橋』になりたいと。
「だから、そなたには、共に世界を見て欲しい」
鬼は「何故自分に?」、そう尋ねました。
「『弱き者の味方』、そなたならば、また違った目で世界を見れるであろう」
『強き者』の立場に置かれた貴族の男は、決して恵まれた立場にない鬼に言います。
「何より自らはなんの力も持たない『弱い』貴族と、不敗を誇る『強い』そなた、二つの目で世界を見たい」
「……それは護衛を頼んでいるのか?」
貴族の男は、「半分当たりだ」と笑い、そして言いました。
「『目』は多い方がいい。『弱き者』を救うそなたの『目』、どうか貸しては貰えぬか?」
「綺麗事を……素直に『怖いから守ってくれ』とでも言えばいいものを」
鬼は、呆れたように言い、そして呆れたように笑いました。
「貴様のような偽善者に、『橋』など任せてはおけぬな」
「拙者が貴様を見張ってやろう」
鬼と貴族の男は正面から向き合う事はなくとも、固くその手を握り合いました。
そして、少しの時が経ち
二人は世界へと歩み出します。
これから起こる事を知らないままに……