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魔宝の旅人  作者: ネブソク
第7章 【悪食王‐蠅‐】
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第7章 【悪食王‐蠅‐】 2話 追憶も苦く




「…………変な空気」


 図書館で『異国語』や『歴史』の資料を探そうとしていたクロは、扉が固く閉ざされた図書館に入る事を諦め、診療所へと向かっていた。そんな中、殺気立つ人間を度々見つけ、その異変に気づきだしていた。関わらない方がいいだろうと考え、あまり近づかないように町中を歩く。


「お譲ちゃん、一人でどうしたんだい?ここは危ないからお家に帰りなさい」


 そんな彼女に殺気立つ集団の中の一人の男が近寄り、声をかけてきた。子供扱いをされて、かなり頭に来たクロだったが、軽い印象を受けるこの男にだったら、事情を聞けそうだと悪態をつくのをぐっと堪える。


「……何が危ないの?」

「知らないのかい?この町に『悪食王百鬼撰』が出たんだ」

「何そいつ?」

「え?知らないの?『最強の剣士』……本人は『侍』と名乗ってるらしいけど。だからこそ、最強の称号を欲する人間が、奴にかかった懸賞金を欲する人間が、この町に集結してるってわけさ」


 変な名前だな……それがクロの第一印象。そして、奇妙な奴だな、というのがクロの第二印象だった。何故、この町にその侍とやらは留まっているのだろうか?これほどに彼を狙う人間が集まるまで長く。思考を巡らせていると、男はさらに気になる情報を告げた。


「あとこれは『噂』なんだけど……奴は持っているらしいよ」


 その言葉は、『複数の意味』でクロを驚かせた。


「不思議な道具、魔宝の中でも最強と謳われる十三呪宝の一つをね」




   **********




「出てこい。……拙者は質問しておるのだ。『これは何の味だと思う?』とな」

「……お見通しか。流石だと言っておこうかの……悪食王百鬼撰」


 百鬼撰は既に気付いていた。自らの背後に潜む、自分と似た『禍々しい何か』を携えた存在に。その存在は、気付かれた事に何の問題もないかのように、地面からずぶずぶと這い出して来る。

 それは狐の面を付けた、女。『しのび』と呼ばれるその女、月狐ゲッコウは『さむらい』、悪食王百鬼撰と向かい合う。


「何用だ?」

「……そう睨むでない。敵意があるのなら、とっくの昔に襲いかかっておるわ」

「……『悪意マリス』も隠さず何を言うか。女狐め」


 険悪。人間が呻きながら転がる草原で対峙する二人の様子を表現するならば、その一言しかないだろう。月狐は、ピリピリとした殺気を放ちながらも、百鬼撰に対して明確な敵意を向けずに言葉を発する。


「隠さないのではない。隠せぬのだ。それはわっちの未熟さ故。わっちに敵意はない」

「なら何用だ?その質問に答えぬ限り、拙者はお主に気を許さんぞ?」

「気を許す必要など無かろうに。わっちはただ『警告』に来ただけじゃ」

「警告……?」


 百鬼撰は月狐を睨みつける。月狐はそれをまるで気に留めないように、微動だにせず言葉を続ける。


「これから七人、七人の『駒』がやって来る。そ奴らは、貴様がこの町で捻じ伏せてきた者とは格が違う」

「それに拙者が負けると?」

「いや、貴様は勝つ。多少の苦労はするだろうがの」


 意外な言葉に僅かに顔をしかめる百鬼撰。月狐は、平然と、決して言ってはならない『その作戦』を百鬼撰に伝えようとしていた。


「そして弱った貴様を……『わっちが討ち取る』」


 刹那、反応など出来る筈もないその一太刀が、月狐の首を通過する。『作戦』を言い終えた月狐は、そのまま僅かな時間硬直する。そして、遅れて斬られた事に気付いたかのように、その首はかくんと傾き、地面に落ちた。


 ぼとり


 百鬼撰は、迷いなくその首を刎ねた。それは月狐の十三呪宝の存在に気付いていたからであり、その上で自らに牙を剥こうとしていた月狐を放っておく理由は無かったからである。


「急くな。話はまだ終わっておらぬ」


 落ちた首が声を発する。百鬼撰は一瞬は驚きの表情を見せたものの、その声が首から、正確には月狐の口元から発せられて居ない事に気付き、すぐにその違和感の正体を見破った。


「……『地面の味』。土人形か?」

「ご名答」


 ずぶずぶと地面から再び別の体が這い出して来る。百鬼撰はそれを見て、刀を振るおうと構えた手を一旦休める事にした。『今は斬っても無駄』、それを悟ったが故である。


「もの分かりが良くて助かる。わっちは最初に述べた通り、『警告』に来たのじゃ」


 それは、百鬼撰にとって、屈辱的な『警告』。


「『逃げよ』。そうすれば命は助かる」


 刀を再び振り抜こうとする百鬼撰。その腕をぎちぎちと締め付ける『腕』。刀を抜く事を封じ込めたその『腕』は、その肌に不気味な口を浮かべて、さらに屈辱的な一言を告げる。


「勘違いするな……。わっちは、貴様を弱らせずとも……『その首を取れるぞ』?」




   **********




 昔々、海を越えた先に、とある島国がありました。


 稀に大陸に『遣い』を送るその国は、大陸から訪れるのは少し難しい国でした。


 周囲には不思議な風が渦巻き、風を避ける術を持つその国の民以外は島に近づけないのです。


 奇妙な文化を形成するその国は、大陸の人間達から、不思議な魅力故に


 『黄金の国』と呼ばれました。




   **********




 月狐は、決して『百鬼撰を侮って』、その言葉を投げかけたのではない。


 紛れもない『事実』を述べ、その上で彼を『救う』為にその言葉を投げかけたのだ。


 しかし、月狐も、百鬼撰を『甘く見ていた』事は認めざるを得なかった。


「拙者を愚弄するか……良かろう、その奢り……『喰い散らして』やろう……!」


 百鬼撰はまだ何もしていない。しかし、月狐は即座にその腕の拘束を解き、腕を頭の後ろで組んだ。そして、膝をつき『戦う意思』がない事を示す。

 勿論、奇怪な力を用いる月狐にとって、如何なる降伏の体制からでも攻撃、若しくは防御をすることは可能である。それを百鬼撰も感じ取っている。その上で、月狐は騙し討ちにしては芸の無いその行動を見せる。


「申し訳ない。誤解を招いたようなら謝罪しよう。わっちは決して、貴公を愚弄せんが為に参ったのではない」

「ならば何故に?」

「…………『同郷の者』として、せめてもの情けを。本当にそれだけじゃ」


 百鬼撰は、その言葉を聞いて始めて、その鋭い目付きに宿す殺気を弱めた。とは言え、対峙する月狐はそれに反応する事はなく、平静と不動によって誠意を示す。


「……腑に落ちんな。同郷?それは『国』の単位で申しておるのか?ならば、何故、お主は『生きている』?」

「……それを聞くか。だが良い。『事情』を知るなら、見せてもよかろう」


 月狐は静かに、その仮面に手を添える。それは、自らがあの『地獄』を生き抜いた者である事の証明。


「…………う……!」


 百鬼撰は顔をしかめる。しかし、慌てたように即座にその表情を作り替えた。狐の面を外した、その女の顔……同じ『地獄』を知る自分が見ても、目を逸らしてしまいそうなその顔から、目を逸らさず、嫌な顔をしないように努めながら、百鬼撰は刀から手を離した。


「……よい。仮面をつけ直せ」

「妙な気遣いはいい。わっちとて『醜い』ことは自覚しておる。素直に目を逸らせばいい……」


 そうは言いつつも、悲しげな色を宿した目を伏せながら、狐の面を再びつけ月狐は口を噤んだ。気遣い、そんな事をするのは、彼女には失礼にあたるだろう……それを意識しながらも、百鬼撰は彼女の言葉の信憑性を認める。

 

「……誰の企みだ?言わずとも想像はつくが」

「『ゲート』。名乗り遅れたが、わっちは『一応』奴に仕える『月狐ゲッコウ』という者」


 その忌々しい名前を聞き、案の定百鬼撰は顔を歪めた。そして、『一応』という言葉を使った月狐も、その言葉の端々に、不満と不快感を顕わにする。それを容易に読み取れた百鬼撰は、月狐に尋ねる。


「お主、『かなりの力』を持っているようだが……ならば何故、奴に従う?脅されているのか?」


 『かなりの力』、百鬼撰は控えめにそう言った。『最強』と呼ばれる彼から見ても、目の前の『忍』の女の実力、十三呪宝の力は、相当なものだった。それこそ、自らの『敗北』さえも見え隠れするほどに。少なくとも、『ゲート』如きに力で従わされるような女ではない事は分かる。

 

「理由は二つある。一つ、『奴の魔宝とわっちの魔宝は相性が頗る悪い』という事。二つ、『奴の持つ情報と金銭が必要である』という事」


 月狐はあえて、『三つ目』の理由を隠す。それは、月狐にとっての、最大の『弱み』であり、つい最近までは『ゲート』にさえ知られていなかったこと。彼女にとって最大の理由、弱点を、例え同郷の侍であっても、話す事など出来ない。


「……まあよい。それよりもお主の『警告』についてだが……『断る』、そう返答させてもらおう」

「……何故?」


 百鬼撰は、『以前よりもずっと穏やかになった』自らの心に驚きつつも、その『信じがたい提案』を月狐に持ちかけた。


「今は『ゲート』の『目』がない事はお主も分かるだろう?あれば拙者が即座に叩き斬るがな」


 月狐は、あらかじめ警戒をして確認していた。あの男は、やろうと思えば、いかなる場所でも見聞きができる。しかし、今は百鬼撰を恐れて、町周辺の監視を行っていないようだった。


「奴が居ないからこそ、同郷の者だからこそ……誘おう。『拙者と協力し、故郷を取り戻さぬか』?」

「……孤高の百鬼撰が、何を言い出すかと思えば……貴公こそ何があった?」


 月狐は目の前の『化物』の異変に気付く。『冷酷無慈悲』、その噂とは随分とかけ離れた穏やかな雰囲気を漂わせる侍は、自らを罵るように笑い、語った。


「何、拙者とて旅で何も学ばない訳がなかろう。『越えられない山』と『人間の後ろ側』を見た。それだけで、たったそれだけで折れてしまう程度の男だ、拙者は」


 『折れた』。百鬼撰自ら発した言葉に月狐は驚き、しかし深く追求する気は起きなかった。自らも、その目が何を意味するのか理解していたからである。それは『過ち』を悔やむ目。決して掘り起こされたくない『過ち』を。


「……すまぬ。表立って、奴を裏切る事は出来ぬ。わっちには……」

「皆まで言うな。ちょっとした戯言だ」


 月狐の言葉を遮り、百鬼撰は背中を向けた。それは月狐が言い淀んでいた『三つ目の理由』を薄々感じ取ってなのか、それは分からない。しかし、百鬼撰は無理強いせずに、最後に月狐に言葉を残した。


「もし、お主が拙者に牙を剥くのなら……その牙は容赦なく叩き折ろう」


 『宣戦布告』。しかし、その後には、彼らしくもない言葉が続いた。


「しかし、国の為にお主の『仮面』を剥ぎ取る気はない事も、覚えておくがよい」

「…………情け深いな。十三呪宝が一つでも欠けたら、『国は取り戻せぬというのに』」

「『悲しまれなければ』分からんよ……」


 月狐は、数少ない、国を同じくする者の後姿を見送りながら、仮面の下で歯をぎしりと鳴らした。そして、最後の『忠告』を送る。


「迷えば死ぬぞ……」

「迷ってからではもう遅い……拙者はもう抜け出せぬ」


 百鬼撰は『諦め』に近い言葉を吐き、開いた片目を月狐に向けた。月狐も、その言葉を聞き『諦め』ざるを得なかった。


「…………死に場所を探そうというのなら止めぬぞ」

「探して無いわ、そんなもの……拙者は限りなく優れた『味』を探求するのみよ」


「例え、『許されず』とも。今まで喰ろうた『命』が為に……」




   **********




「『魔宝の気配』……何かおかしい……?」


 神経を研ぎ澄まして、自らの胸に手を当てるクロは、その『寒気』に違和感を感じる。

 今までは、大きく、明確に感じ取れていた『魔宝の気配』。魔宝の感知というクロの特別な才能は徐々に、近くに魔宝が増えるにつれて鈍くなっていた。それは『魔宝に対する嫌悪』が薄れ始めたからなのかは分からない。しかし、確実に弱まった感覚を研ぎ澄ました彼女は町の周辺に『複数』の小さな気配を感じ取った。


「仮に……悪食王百鬼撰が『十三呪宝』を持っていたとしても……この数は多すぎる……」


 大きな気配が一つ。一か所に複数集まった小さな気配。そして、息を潜めるようにする小さな気配が一つ。そして、自分達の所有する魔宝の気配であろう大きな気配が複数。さらに注意すると、無数の小さな気配が町中に広がっていた。


「どうしたんだい?顔色が悪いね?」

「……あなたも帰った方がよさそう。『変なの』がいっぱい来てるみたい……」


 クロは男に忠告すると、そそくさと旅人とロザが居るであろう診療所へと向かう。いつものマイペースで歩かず、足早に二人の元を目指す彼女の目には、明らかな焦りと動揺が宿っていた。




   **********




 『黄金の国』には、とても強い鬼が住んでいました。


 しかし、鬼はとても優しい鬼でした。


 弱きを守り、虐げる者を討つ。


 決して自分の為に牙を剥かない鬼はある日、一人の男と出会いました。


 男は貴族。鬼から見れば、男は『虐げる者』に違いありません。


 鬼は、自分に話しかけてきた男に気を許しませんでした。




   **********




 百鬼撰の歩む道には、ごろごろと転がる無数の死体。死体が作る肉の道を辿りながら、百鬼撰はその惨状を生み出した者達を追う。

 殺人鬼を裁くつもりなど毛頭ない。しかし、これだけの数の人間を殺めるその『力』に百鬼撰は興味があった。

 殺害方法から見て、『力』は複数。恐らくはあの女、月狐が言っていた『七人』だろうと百鬼撰は予想する。


「…………『喰らう』に値するか……期待させてもらおう」


 転がるのは、百鬼撰を追ってきた猛者達。その中には、何度か相見えてきた『喰らう』価値の無い者の姿もあった。多少は実力を認めていたその者達の無残な姿を見ながらも、百鬼撰は進む。


「長髪、隻眼、そしてあの刀…………兄ちゃん!あいつが百鬼撰かな?」


 死体を椅子に、一人の女が百鬼撰を指さす。その周りには、話通りに女も含め『七人』の人間が立つ。


「…………確かに拙者は『悪食王百鬼撰』と呼ばれる者。お主等は何者ぞ……?」


 白い髪をなびかせ、マフラーを巻いた男がふらりと百鬼撰の前に躍り出た。その青白い肌に浮かび上がる青い瞳で冷たく百鬼撰を睨みつけ、白い男は『代表』として名乗りを上げた。


「我ら、『ゲート』の使者、『ななつの奇跡きせき』」


 『七つの奇跡』、統一性の無いその不気味な七人。そのバラバラな特徴を眺めまわしながら、百鬼撰は腰の刀に手を添える。そして、さも『今、目の前の七人の存在を知ったかのように』、白々しく尋ねた。


「お主等もまた……拙者の首を狙う者か?」

「惚けずとも結構。『ゲート』と聞けば想像は容易」

「言うな。その名を聞くと、耳が腐る」


 白い男は、百鬼撰のゲートに対する嫌悪の言葉を気にも留めずに、その目的を改めて告げた。


「魔宝、『悪食王‐蠅‐』の奪還。それが我らが使命」

「ああ、来るがいい。束になれば、拙者を討てると思うておるのならばな……」


 言葉を交わしながらも、対峙する七人の力量を測り、百鬼撰は不敵な笑みを浮かべた。


 少しは……『味わい深そう』だ…………!


 久しく、『戦い』の味を噛みしめるように、その七人の『強者』に威圧的な殺意を剥き出しにする百鬼撰。常人なら腰を抜かしてもおかしくはない、その圧倒的な気迫を、笑顔で押しのけて白い男は腕を広げた。


「愚問」


 その男は少なくとも『強者』であると判断する百鬼撰。その背後に居る数人も、交戦的に笑いながら、それぞれが奇妙な武器を構える。「あたしが先だ!」「俺等の出番だ!」我先にと、飛び出そうとする命知らず達を代表して、白い男は宣言する。


「『コマ』で終わる気など毛頭無し!我一人でも、お前を『侵略』する次第!」


 白い男の背後から三つの影が躍り出る。百鬼撰も勢いよくその刀を抜き放つ。


「……『喰らえ』、我が相棒……!」




「『悪食王‐蠅‐』!」




   **********




 鬼は誘われたのです。


 貴族の男に。


「私に力を貸してはもらえぬか?」


 鬼は「断る」と一言。


「そうか。それは残念」


 貴族の男は笑顔で一言。


 鬼は「軽いな」と一言。


「無理強いはしたくない」


 貴族の男は笑顔で一言。


 鬼は「貴族のくせにか」と一言。


「また来よう」


 貴族の男は笑顔で一言。


 勝手な再会の約束を残し去る貴族の男。


 鬼は不満げに牙を収めました。


 

 僅かな興味を貴族の男に寄せながら。




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