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魔宝の旅人  作者: ネブソク
第7章 【悪食王‐蠅‐】
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第7章 【悪食王‐蠅‐】 1話 不穏は苦く




「少々、面白い噂を耳にしました」

「……お前の『面白い』程あてにならないものもないな」

「何だよ、勿体ぶらずに言ってみろ!」

「居るそうですよ、この近くに」

「……勿体ぶるな、聞こえなかったか?」

「お前は本当に面倒臭いな!誰が居るって?」

「あの男ですよ」


「『悪食王あくじきおう百鬼撰ひゃっきせん』」


「……本当に面白くも何ともないな」

「全くだ!いくら俺らでもアイツはヤバいんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。既に『ルーラ』も動いてますし」


「まぁ、他にも動いている人間が沢山いるようですが」


 その人の群れは異常なまでに殺気立っていた。そんな中に囲まれながら、呑気に話す三人組。そのうち一人、白いローブの少女がさも何処かからこっそり聞いてきたかのように語った『噂』のそもそもの発生源というのが何を隠そう『ここ』であって、無関心を貫く三人組は明らかにこの場から浮いていた。


 何も理解せずに、語る三人組を周囲の人間は睨みつける。それにさえ気付かずに、呑気にぐだぐだと話し続ける三人組を、慌ててやってきたもう一人の仲間らしき小柄な少年が押していく。


「へっへっへ!失礼!自分ら、関係ありませんので!それじゃ!」


 殺気立つ人の群れにぺこぺこと頭を下げながら、少年は文句を垂れる三人組を連れていく。それを苛立ちながら見送りながらも、そこに居る人間達は、ようやく失せた邪魔者をすぐに意識の外に追い出した。


 三人組を連れていった少年は、押すな押すなと喚く三人をそのまま人の群れから離し、十分に人混み距離を取れた所で、三人に告げる。


「聞いての通り、この辺りに『悪食王百鬼撰』が出たようで。分かったらとっととトンズラしましょうや!ここに居たら、面倒事に巻き込まれますぜ!」


 三人組は顔を見合わせると、少年の言う事を素直に受け入れたようでこくりと頷いた。一見、間の抜けた三人組、しかし群れていた人間の誰よりも現実を見ている三人と少年は、その『当たり前だが集まる人間が誰も理解していない事実』を口に出して確認し合った。


「ま、『勝てる訳ないしな、あんな化物に』」


 面倒事に巻き込まれる前に、背中を向けて知らん顔でその場を去る四人組。

 そんな中、白いローブの少女だけが人の群れを憐れむような目で振り返った。


「可哀そうに」


 少女の残した言葉は当然誰にも届かない。届いた所で彼らの運命が変わるとは思えない。故に、少女はこれから『死に逝く』人間達に、優越感と侮蔑を込めて、その冷たい冷たい視線を送った。


「生きてこその栄誉でしょうに。やはり賢く生きなくては、ね」


 少女は背を向け、その場を離れる。


 それはまさしく『賢い』選択だった。


 それが分かるのは数分後、五体不満足になった腕自慢達が絶望に顔を染めながら周囲に転がってからの事。




   **********




「旅人さん、大丈夫ですか?」

「あはは……ご心配なく……」


 淡々と進む馬車の中、氷水の入った袋をロザとクロの二人に当てられながら、旅人は横になっていた。強がりの笑顔を浮かべて見せるが、ぴくぴくと震える頬が情けない。


「…………強がりなんていいから。……本当、面倒臭い」

「クロ……貴女には少しくらいは心配してもらいたいです……ってあ痛たたた!」


 情けない悲鳴を上げる旅人。

 何故、彼は今こんな状態にあるのか?

 その原因は、少し前の事……旅人が試しに使ってみた魔宝『独裁者の経典』の新しい使用法にあった。


 『独裁者の経典』は、所有者の下した命令を、対象に強要する魔宝である。

 その命令というのは何も、あれをしろ、これをしろといった『行為』にだけ及ぶものではない。『怪我の治りよ早くなれ』などといった、身体が行う意識の絡まない機能などにも及ぶ。例にあげたような使用方法は、以前から旅人も知っていた。


 それを踏まえて、とある敵との交戦時、さらなる力を迫られた旅人は『自らの身体能力のリミットを解除する』という命令を実験的に実行した。『信用に足る者』の、言葉にはされない後押しがあってこそ実行に移れたその命令は、旅人にとって予想外の効力を発揮した。


 旅人が、『自らを絶好調にする』、その程度の命令だと考えていたその命令は、予想外に強力に『身体のリミット』を外したらしく、『体の崩壊』を考慮外にした、文字通り『人間離れ』の能力を開花させた。

 しかし、それは『諸刃の剣』だった。

 リミットを越えて、その能力を引き出した旅人だったが、その体が能力に付いていけなかったらしく、命令実行後暫くの時を経てから、命令が解けだした時……


 旅人には地獄の苦しみが待っていた。

 

 悲鳴を上げる体の節々、もう何処が痛いのやら分からなくなるレベルの激痛に旅人は悩まされることとなる。意味不明の絶叫を上げて馬車の中でひっくり返った旅人に、ロザは勿論の事、クロでさえも驚きと焦りと混乱を見せた。


 そんなこんなで状況の把握と応急手当を終えて、今のこの状況に至った。


「想像外です……まさか、あんな力を発揮出来ようとは……」

「……格好つけるな」

「うぎゃああああ!」


 クロがびしっと軽いチョップを適当な所に叩き込んだだけで、絶叫する旅人。ロザもそろそろ「あまり痛くしたら可哀そうですよ」とクロを止める事に疲れ、苦笑いを浮かべるだけになってきた頃だった。


「うう……!やはり馬車の揺れは辛いですね……!……どうです?お二人とも疲れてきたんじゃないですか?ここらで何処かに立ち寄って……」

「……嫌だと言ったら?」

「……お願いします、クロさん。何でもしますから、本当に」

「あはは……」


 天井を見上げたまま懇願する旅人と、それをつつきながら苛めるクロ、そんな光景を苦笑いしながら見ているロザ、何とも緊張感のない光景が馬車の中で繰り広げられる。


 結局は旅人の願いを聞き入れ、馬車は近くの町の前で止まる事になる。

 

 不穏な空気の漂うその町に……




   **********




「マスターゲート」

「……何だ?」


 鎧の大男は、物陰からぬっと姿を現し、主人の顔を覗きこんだ。何処か、嬉々とした表情を浮かべる主人に違和感を感じ、その理由を率直に尋ねる。


「最近、何か良い事でもあったのですか?」

「良い事……か。あったな。実にスバラシイ事が……!」


 大男の主人、『ゲート』はぐにゃりとその顔を歪ませ、黒い笑顔を浮かべる。大男は背筋も凍りつくような嫌な寒気を感じながらも、主人に質問を続けた。


「……月狐ゲッコウに『いい顔』をしてらっしゃたようですが」

「ああ、ちょっとした仕事を頼みたかったんでね。クク……!気味悪がっていたよ、彼女……!しかし、黙って向かってくれた。実に良いことだ……!」

「未だにあの女を使うのですか……」


 嫌悪する同僚に対する、禍々しい感情を素直に吐き出す大男。普段はそれを咎めるゲートも、今日はそれに触れない。


「クク……!お前にもその内仕事を頼むさ……直に、直にね……!」

「…………何があったのです、本当に」


 ゲートの異常な様子の理由、その答えを何も気にせずにゲートは説明した。


「『奴』が、やってくれたよ……!あの忌々しい『神気取り』から、魔宝を手に入れてくれた……!」

「……『崩界の針』、ですか?」

「ああ、そうだ……!『欠けたピース』が……戻ってきたのだ!決して完成しなかったパズルが、ようやく完成に向かう!」


 ゲートが、『唯一』手出しできぬと諦めかけていた魔宝『崩界の針』。それが唯一無二の所有者の手から離れたという知らせは、彼を狂喜させた。

 『十三番目』、決してお目にかかれぬと思っていた最後の十三呪宝……それに辿りつく為のピースが全て舞台に揃った。今までは十三呪宝を野放しにして、その動きを楽しんでいたゲートもついにその欲望を剥き出しにする。


「『奴』から魔宝を奪う事など造作もない事……!これで『林檎』は復活したも同然……!」

「しかし、『あの刀』は?『あの男』は中々に侮れぬ存在かと……」


 大男は、『最強』と呼ばれる魔宝所有者を頭に浮かべ、主人に尋ねる。ゲートも、その男を危険視し、今まで距離を置いていた事は、側近の彼なら当然知っている。男の質問に、ゲートは嬉々として答えた。


「分かっている……!確かに、あの男は厄介だが……『決して落とせぬ訳ではない』……!」

「……どういう事です?」

「多少の賭けではあるが……『力づくで奪い取ろう』という訳だ。『数』を使ってね……」


 『数』、その言葉を聞き、大男はピンとくる。それ故、大男は声を震わせながら、主人に尋ねた。


「まさか……『奴ら』を使うと?」

「ああ……まさにその時だろう?」

「あんな屑どもを!?」


 大男は声を荒げる。しかし、主人の冷たい眼に気付き、「申し訳ありませんでした」と謝罪し、一歩後ろに引いた。「いい」と一言、笑みを浮かべるゲートは、部下の心配を理解した上で、不気味に微笑んだ。


「安心しろ……『奴ら』には『死んでもらう』。『奴ら』は『撒き餌』。釣るのは……『狐』。ああ、黙っていてくれ。『十三呪宝』を仕留めるのは……『十三呪宝』が適任だろう?」

「…………!」


 大男の不満も聞き入れず、ゲートは最後の『詰め』に向かって動き出す。


「『悪食王‐蠅‐』を回収したら……次はお前だ…………!」


 ゲートは天井に向けて手を伸ばす。


 まるで『見えない何か』をつかみ取るように……高く、高く……




   **********




 そこは『悲劇の町』。


 その町に出没したという『悪食王百鬼撰』の噂を聞きつけた多くの腕自慢達が集っていた。


 『悪食王あくじきおう百鬼撰ひゃっきせん


 世界にその名を轟かせる凄腕の『さむらい』は、世界から追われる『大罪人』であり、世界最強の『戦士』であった。

 魔法、剣術、その他……あらゆる戦闘手段を持つ様々な戦士、その頂点に立つと言われる彼の首を狙う者は少なくない。彼の噂立つ所には、無数の『戦闘狂』が湧く……これは長年、ずっと続いてきた事。


 何故、彼は『最強』と語られるのか?


 それは単純に、『最強』と言われるあらゆる人間を『斬ってきた』からである。


 魔法、格闘、剣術……その中に分岐する細かいジャンル全てにおいて、『最高峰』とされる人物は必ず存在する。その『最高峰』を次々と殺しながら、世界を転々と彷徨う……それが世界に知られる『悪食王百鬼撰』。

 目的さえ分からぬ不気味なその男は、ただその『強さ』と『恐ろしさ』を世界に広めていた。




 そんな男に釣られ、町は勿論、町の周辺にも柄の悪い戦士達が集う中、


 町の南東に位置する湖の畔には、ごろごろと、無数の『死体』が転がっていた。


 『バラバラに切り刻まれた死体』、『ぐしょぐしょに濡れ、口から水をあふれさせる死体』、『氷漬けの死体』、『体中に締め付けられた痕の残る死体』……一貫しない痕跡を残す、死体の中心に立つのは、刀を携えた侍などではなく、けたけたと談笑する複数の影だった。


「ははは!これが俺達の実力!」

「流石だぜ兄貴ぃ!」

「ちょろいね、兄ちゃん!」

「うるっさい!この三バカ!殺し過ぎだよ、全く!」

「そういう貴様もまた同様」


 異様な雰囲気を漂わせるその影から離れた場所で、二人の男が広がる光景を眺める。


 一人は異様なまでに震えながら。


「あ……ああ………あああ!いやだ……!こんな奴らと一緒に……!神様……助けて……!」


 一人はその男を無表情で見つめながら。


「……おっさん。どうした?そんなに震えて。寒いのか?」


 無表情の男、そしてただただ震える男は、この殺戮に手を出していなかった。震える男は、唯一、この意味のない殺戮に手を出さなかった男に、自らの心情を吐露する。


「怖いんだ……!怖いんだよ……!『百鬼撰』に勝てる訳ないんだ……!あの時……『ゲート』に手を貸していなかったら……金に釣られていなければ……!」

「……過去を悔やんでも仕方ない。『それなりの事』をしたからココに居るんだろう?それなりの度胸、あってしかるべきだと思う。違うか?」


 無表情に男は、突き放すように言う。しかし、喚きじゃれあう狂気を秘めた殺人鬼達とは違い、極めて落ち着いた様子の男に、震える男は縋る訳でもなく、ただ自らの感情を静める為の自己満足の為に言葉を続けた。


「昔は何もなかった……でも、今は違うんだ……!愛する妻もいる……!それに、子供だって……!ようやく、家族の大切さに気付いたんだ……こんな死地に立たされて!死にたくない……死にたくない……!絶対に生きて帰るんだ……!」


 その目に涙を浮かべながら、男は決意を口にする。そんな男を、まるで感情の籠っていないような冷めた目で見ながら、それでも目を離す事無く、無表情な男はぼそりと呟いた。


「……決意、結構。だが、熱くなるな。何ならずっと隠れてろ」

「……え?」


 『隠れてろ』、その意外な言葉に男は濡れた顔を無表情に顔を向ける男に向けた。


「……多分、俺達は『助からない』。だから、隠れてろ。それで、俺達の首でも持って帰れ。それで、ゲートに首でも渡せ。『負けました』とでも言って」


 男はそのまま『自分達は死ぬ』という事を確信している事を包み隠さずに示した。その上で、震える男に無茶苦茶な指示を出す。


「……何言って」

「……家族が居るんだろう?だから『生きろ』。俺も情ってモンぐらい理解出来る」


 男は、不慣れなようにぎこちない笑顔を作り、震える男に向けた。


「俺は『人間』だからな」


 その強調された『人間』という言葉によって、男が何を示したかったのかは震える男には分からない。ただ、震える男はその言葉の意味の解釈を勝手に行う。



 今から相手にする『悪食王百鬼撰』という男は、情も知らぬ、『人間』ではない『化物』であると……




   **********




 そこは町の診療所。比較的平和なこの町『ネシル』では、普段から大した怪我人が出ないのかその診療所は非常に空いていた。空きのあるベッドの一番端に、旅人は横たわっていた。


「しかし……一体、何をしたらこんな事になるのかね?」

「はは……人間、無茶をしたらこうなるようですよ」


 医者が顔をしかめるほどに、その状態は凄いものだったらしい。ある程度の手当てを受けた旅人は、暫くこの診療所でお世話になる事になる。引きつった笑いを浮かべながらも余裕ぶる旅人に医者は呆れたように、ベッドの並ぶ部屋から立ち去った。その横には、旅人を心配するように顔を覗かせるロザの姿があった。


「はは……悪かったですね。まさか、ロザさんに背負って貰おうとは……」

「いえいえ。大丈夫ですよ」


 にっこりと笑うロザに、旅人も無理矢理作った笑顔を向けた。この診療所まで、ロクに動けない旅人を背負ってきたロザは、大した疲れも見せずにいた。その一瞬のやり取りを終えた後、大した話題もなかったのか、ロザはベッドの脇の椅子に座ったまま窓の外を見る。旅人も、する事もなかったので、適当な話を切り出す。


「そういえばクロはどうしたんですか?」

「あ、クロは図書館があったからって言って……」


 苦笑しながら、ロザはそれ以上は言わなかった。勿論、そこまででクロが何をしに行ったのかはマル分かりである。


「……はは、心配しないでと言いたいところですが……少しくらいは心配して欲しいですね」

「クロも心配してますよ。少し素直じゃないだけで」

「……だったら嬉しいですけどね、はは」


 会話が再び止まる。良く考えてみると、旅人はロザと積極的に話した事があまりなかった。クロとロザが、旅人とクロが長々と話す事はあっても、案外深い事を旅人とロザの間で話した事は少なかった。実際、普段も互いに『さん』付けで名前を呼び合い、互いに敬語を使うくらいに距離を置いて話している。

 そう考えると、一見無愛想なクロが、実はこのメンバーで一番フレンドリーな存在だと言う事に今更ながら旅人とロザは気付いた。

 恐らく、言葉にせずとも二人は互いに何を思っているのか気付いただろう。


(気不味い……)


 大した話題もなく、ただぼんやりと座るロザ。大した話題もなく、ただぼんやりと天井を見上げる旅人。互いに、話すほどのネタを持ち合わせていない、というよりも相手が興味を持つジャンルを知らない二人は、ぼんやりと視線を泳がせながらも、共通の話題を探す。


「……そういえばこの町、何だか『怖い人』が多いですね」


 ロザが先に、『この町』という扱いやすい話題を見つけ出し、話しだした。しかし、旅人は話題が振られた事よりも、ロザのその言葉の意味が気になったようで、少し不思議そうな顔で聞き返した。


「『怖い人』……ですか?」

「はい。……なんて言うんでしょうか……『見た目が怖い』じゃなくて、『雰囲気が怖い』って感じでしょうか?何か、気が立っているというか……」

「でしょうねぇ。本当に困るわ」


 突然の声に、驚いた二人はびくっと肩を弾ませ、声の方向に振り向いた。それと同時に旅人が「あ痛っ!」と悲鳴を上げる。

 声の主は、この診療所の看護師の女性。看護師は、二人を見ると「あらま」と声を漏らして、にやりと笑った。


「お邪魔だった?カップルさん♪」

「ち、ちちちちち違いますよっ!カッカカカカカカップルって!そんなじゃないですっ!」

「痛たたたたたた!ロザさん!叩かないで!叩かないでっ!」


 顔を真っ赤にして、手をバタバタと動かすロザ。その腕がヒットして悶える旅人。そんな二人に、笑いながら「冗談ですよ」と謝り、看護師は二人を宥めた。


 落ち着きを取り戻したロザは、まだ頬を僅かに赤らめながら看護師に尋ねる。


「何かあったんですか?あの人達……」

「ええ。あの人達はこの町の人じゃないの。余所から来た腕利きの『戦士』って所かしら?」

「『戦士』、ですか?」


 『戦士』、つまり戦う者。


「ひとくくりにし辛いの。『勇者』に『魔導師』、『賞金稼ぎ』とか……とにかく、『戦う事が仕事』と言える人達が集まってる、ってことね」

「何かあるんでしょうか?」

「……あなた達は旅の道中に休憩に立ち寄ったって所かしら?だったら、暫くは大人しくココに籠っているか、すぐに町から立ち去るべきかもね。ま、この状態じゃ前者を取るしかなさそうだけど」


 ロザの問い掛けに答えず、看護師は始めにその『忠告』を伝える。その上で、この町で起こっている『ある事態』を簡潔に告げた。


「……出たの。この町に」


「『悪食王百鬼撰』が……ね」


 この世界に住む多くの人間は、その名前を聞いただけで、訪れた『災害』を理解する。生きる『災害』、恐るべき『化物』……『悪食王百鬼撰』、その名前は旅人の表情を一変させた。


「…………馬鹿な」


 誰もが漏らすであろうその一言。誰もが見せるであろうその表情。他者と違わずその反応を見せた旅人は、少し遅れて、『違う』反応を目にする。


「…………ロザさん?」


 驚き、しかし困惑……複雑な心情を織り交ぜたようなその表情は、『恐怖』を示すその名に対し、また違った感情を抱いているように見えた。膝に手を添え、足にぐっと力を入れたロザは、すぐに何かを決意したような目を作り、窓の外を横目で見やる。


「旅人さん。一つ……お願いがあるんです」


 旅人は何故か、その『お願い』に嫌な感情を抱いた。


 『いけない』


 その願いが、決して聞き入れてはならないものである……旅人の本能はそう告げていた。恐らく、ロザもその返事が返ってくる事を分かっていたのだろう。だからこそ、ロザは『許して』という言葉を選んだ。


「……私、『百鬼撰』に会いたいんです。……それを『許して』戴けませんか?」


 旅人はロザのその真剣な眼差しを、厳しい目で、強く、強く、睨み返した。


「分かってます……私がどうしようもなく『馬鹿な事』を言ってるって……」


 旅人は答えない。ロザの続ける言葉をただただ険しい表情で聞くだけ。


「でも……お願いします。私……」

「……『理由も無しに願いを聞き入れるのは難しい』、それ位は分かってますよね?僕もそこまでお人好しじゃないですよ?」


 厳しい、強い口調で旅人は言い放った。その重苦しい雰囲気に、看護師は触れてはならないものに触れた事に気付き、小さな声で「失礼します」と挨拶をし、そそくさと部屋を抜け出した。


「分かってます……お話します……」


 ロザは語る。神の住む山アクバハルで、『神』から聞いたその話を。何の確証もない、実に信じがたい、その『昔話』を。


 自らが見た、赤い、赤い、辛い過去と共に……




   **********




「……空気が……不味い」


 自らを餌に、多くの『つわもの』をおびき寄せ、少しずつ、少しずつその『味』を確かめながら町の周囲を彷徨う男、『悪食王百鬼撰』。百鬼撰は、ぺろりと舌を出し、ぼそりと呟いた。


 その言葉は、百鬼撰がその近くに訪れている『嫌な何か』を感じ取っている事を示していた。


 正体も分からぬ『何か』。その苦々しい気配に顔をしかめながら、百鬼撰は人間が転がる草原を往く。


「…………これは何の『味』だったか。……『お主』には分からぬか?」


 目を閉じ、何かに問いかける百鬼撰。


 不穏な空気が、どんよりとその町、ネシルを包んでいた。




 ――――――その苦く、辛い『味』は何を示すのか


 



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