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魔宝の旅人  作者: ネブソク
第6章 【崩界の針】
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第6章 【崩界の針】 7話 想いを胸に




 『動く死体』、43号は引き連れる『死体人形』の頭に手を乗せる。手とは言っても、その『手』は既に千切れて無くなっていて、剥き出しの骨の先に手の代わりに溢れ出る不気味な黒い液体が不格好な掌を形成して手の役割を果たしているようだった。液体は手の形を保てぬまま、しかし死体人形の頭をぐしゃりと『握りつぶす』。


「何?その目……まるで不気味なものを見るみたい……。あたくし、そんなに不気味かしら?」


 ぼとぼとと零れ落ちる血。その中から、43号が引き抜くのは『白い剣』。皮を脱ぎ棄て、肉をそぎ落とし、バキボキと不気味な音を立てながら、人間を支える筈の『それ』は、人間を殺める為の『それ』へと変形する。


「いきますわよ」


 身の丈ほどもある大剣を千切れた腕に突き刺すように持ちあげると、43号は片腕で軽々とそれを振りまわす。肉がそげ落ちた足からは想像もつかない程に安定したバランスで走り、旅人に襲いかかる。

 そのスピードは人より少し早い程度。大剣の振りの遅さもあって、回避自体はそう難しくはない。軽く、その動きを見切り旅人は身を僅かに横にずらす。


 ヒュッと空気を裂く音と共に、旅人の横を刃が通る。完全にその攻撃をかわした旅人。しかし、触れていない筈の旅人の頬からピッと血が飛び出した。


「うぐっ!」

「うふふ……!ギリギリで避けるなんて余裕ですわね。でも残念。この刃の切り裂く範囲は『見た目以上に広いの』」


 旅人は顔をしかめる。攻撃を自分の身で体感した事により、その正体は旅人には大まかに理解出来ていた。


「『風の魔法』を付加した刃……!」


 旅人がわざわざその攻撃をスレスレでかわしたのには理由があった。

 まず一つの理由として、体に残るダメージが激しい動きを許さないという事があげられる。先程のエインの『試験』において、圧倒的な強さを見せつけられた旅人は一方的にダメージを負わされていた。全く動けないとは言わないが、その動きを鈍らせる程に。

 とはいえ、攻撃をかわす事は難しいことではなく、あえてギリギリの回避を選んだのは、体力の温存と様子見の為。さらには、エインに指摘された『不合格点』を考慮しての選択だった。


「動きはそこそこ、そしてまずは手の内を一つ……これは対処できないほどではない」


 次からは少し多めに体力を消費しながら、大きく攻撃をかわす。それでも、最初は多少の傷を付けられるが、徐々に、徐々にその傷を浅くしていく。

 次第に見えてくるのは、『ギリギリの回避ライン』。そして、あえてギリギリの動きを見せる事で、相手の『手の内』を引き出す。


(無論、多少リスクのある行動ですが……)


 自分が危険な道を選んでいる事を自覚しつつも、妙な確信を持って旅人はその道を選ぶ。


「いいねぇ、見違えたよ」


 ずしりと旅人の背中に軽くはあるが、戦う上で十分に邪魔に感じられる重さがのしかかる。自分の肩にかかる腕を見て、旅人はふうとため息を漏らす。


「ちょっと、邪魔しないでもらえます?」


 その重みの正体はエイン。何時の間にやら、恐らくは『崩界の針』の力を用いたのだろうが、エインは旅人の背中におぶさっていた。けらけらと笑いながら、エインはぶんぶんと揺れる背中から旅人の耳元に囁く。


「本能的に『危険』を読み取る力はあるみたいだね。頼りすぎなければ、それもまたよし!相手の手札を探る方向性もよし!」

「……降りて下さい」

「まあまあ、気にしないで。ほら、来るよ」


 大剣の一閃、風の刃、その有効範囲の僅か外側に身を翻し、旅人は攻撃を回避する。旅人が見たのは、攻撃範囲、敵の手の内、そして『突破法』。


「……この相手には加減はいらないですかね」

「うん、彼女は『人じゃない』。遠慮なくぶちかましな。……あと、ウチと闘った時は手加減してたなんて言い訳はナシね」

「……はいはい、分かりました」


 背中にエインを背負いながら、旅人は大振りな攻撃をひょいとかわし、43号の懐に飛び込む。その剣の大きさ故、43号の懐は完全なる『安全地帯』になっている事は、その間合いの取り方から見抜けていた。そして、旅人は43号の『肘』を狙い打つ。


「『光針コウシ』」


 指を立ててのその『突き』は、鋭く『剥き出しの砕けた骨』を捉える。大剣を振り終えて剥き出しになったその『弱点』は、見るも無残に砕け散る。

 ただでさえボロボロの腕は、つながりを断たれそのまま地面に落下する。大きな落下音と共に地面に突き刺さった大剣を横目に、43号はぎしりと歯を鳴らした。


「面倒臭い……!さっきから人の体をグチャグチャと……!」


 43号はふらりとよろめきながら、待機させていた死体に駆け寄る。残った腕から黒い液体を噴出させ、それで今度は、死体をぐしゃぐしゃに『圧縮』する。


「死にゆく体に酔っている場合ではないようですね……とっとと『修復』……いえ、『強化』しましょ」


 『圧縮』された死体は、赤い液体を滴らせる不気味な『腕』へと姿を変える。先程の骨の剣のように、装飾に凝った造形を作り出した43号は、壊れた腕に腕の尖った先端部分を乱暴に突き刺す。


「ああ、山の麓で死体を調達しておけば良かった……まぁ、貴方程度これで十分ですけど♪」


 ゴキリと嫌な音を鳴らし、造形された腕は43号の体になじんでいく。すると、その腕から、何かを得たかのように43号の体はみるみる内にその欠損を消していく。


「さ、『そろそろ始めましょ』。あたくしの『シスベノ杖』……返してもらいますわよ、『神様』♪」


 青白い顔がぐにゃりと歪む。旅人は43号の不気味な笑顔に思わず身構えた。


「……彼女は一体何者ですか?」

「『シスベノ杖』ぐらいは知ってるだろ?『死者を蘇らせると云われる十三呪法』、十三呪法を語る上での例として挙げられる程に有名な十三呪法。彼女はその『元』所有者さ」


 『シスベノ杖』……その名前は旅人も知っていた。十三呪法の伝説が伝わる場所では、必ずと言っていいほどに『語られる』、最も有名な、最も典型的な十三呪法。『死者を蘇らせる』という分かりやすい『禁断』を顕わすのが『シスベノ杖』である。


「彼女はどうやらその杖を『失くした』ようでね。それを探してここに来たみたい」

「……ここに『シスベノ杖』があるのですか?」


 ひそひそと話すエインに、旅人も小さな声で質問を返す。


「ある訳ないだろう。彼女、唆されてるんだよ。『ゲート』の奴にさ」

「『ゲート』……!」


 その『仇』の名前に旅人は僅かに表情を歪めるが、エインがおぶさりながらぺシンとその額をひっぱたき、感情の荒ぶりに喝を入れる。 


「別に彼女が『ゲート』の手先ってワケじゃないって。むしろ、彼女は『ゲートより強い』」


 その意外な言葉に旅人の湧き上がる感情は一気に冷める。


「彼女は大体……魔宝を持っていれば『悪食王百鬼撰と同等位に強い』ってところかな?ま、ウチには遠く及ばないけどね♪」


 エインはにやりと笑う。そして、囁く。


「『ウチを背負いながら、彼女を倒してみな』。ちょっと体が痛むかもしれないけど……相手も魔宝がないんだからその位自分を追い込んでもらわないとね」


 旅人は理解する。エインの言わんとしている事を。それを口に出す前に、エインはやれやれとため息をついた。


「人を鍛える時にちょうどいい相手を用意するのは意外と大変だからね。ちょっと、荒いやり方だけども君を『調節』させてもらったよ」

「…………その為に、わざわざ痛めつけてくれたわけですか」


 旅人も始めてエインに笑みを見せる。その顔を見て、エインもまた楽しげに笑いを見せた。


「ししし!退路は断ったよ!彼女を逃がせば、この山に居る人間は皆『死体』にされちゃうからね!」


 旅人は理解する。エインの目論見を。そして、決意する。自らに課す課題を。


 確かに目の前の女は危険な存在に違いない。彼女を食い止めることがこの山の何処かに居るクロとロザ、二人の同行者を守る事の証明になるだろう。

 しかし、それでも足りないと旅人は考える。

 目の前に居る女が、例え化物じみた敵だとしても、彼女は利用されているだけである。だからこそ、自分にとって何の恨みもない相手を殺める事は旅人にはどうにも納得できなかった。


 そこで旅人はあえてそれを『枷』にする。


『43号という化物を、殺める事無く無力化する』


 それは圧倒的な力の証明。例え、後ろに守るべきモノがあっても守りきれるだけの力の証明。


 勝機がある訳ではない。43号がその力をまだ見せていない事は分かっていた。その上で、旅人は自らの力を試す。


 エインに与えられた『ヒント』が、一筋の光である事を直感して。




   **********




「何……あの気味悪い女……」

「旅人さん……大丈夫でしょうか?」

「ししし!大丈夫さ。別にウチは『生か死か』の試練を押し付けてる訳じゃない。本当にヤバくなったらウチが止めてあげるよ!」


 その三人の姿は、旅人達を見下ろせる一際大きな木の上にあった。まるで、白い木々がステージを作るかのように、旅人と43号が衝突している場所をさらけ出す。旅人に、43号に気配を悟られぬよう、エインは自分たちの気配の伝達を『停止』させ、その『補習』を見物していた。


「君達にも学ぶことがあるだろうからね。じっくりと観戦しなよ。ここからならはっきりと見えるだろう?クロ、ロザ」


 旅人と同じく、エインの『試験』を受けたクロとロザは、真剣な眼差しで旅人を見下ろした。


 二人の試験の結末、それはほんの少しだけ前に訪れていた。




   **********




 守るべき二人が見ている事も知らずに旅人は、自分でも驚くほどに冷静に戦闘に取り掛かる。


 43号は向かってこなかった。ただ、不気味に微笑みながらコキコキと体中の骨を鳴らす。


(待っている……という訳ですか)


 自分と同じように、43号も様子見をしていると旅人は予想する。どうやら、43号は旅人の所有する『魔宝』の気配を察知しているらしい事は、少し前の彼女の言葉で把握していた。『シスベノ杖』を返せと迫った割には、旅人の所有する魔宝の正体をそれと決めつけず、43号はあらゆるパターンを警戒している……旅人は自分なりに相手の考えを予想する。


 43号は警戒していた。

 対峙するへんてこな男。何らかの魔宝を持っているであろう男。突然、背中に子供を背負いだすなど、理解の及ばないその男は、未だにその『体術』しか披露していない。しかも、それだけで此方の武器を一つ攻略されたのだ。『手札』をチェックするまでは迂闊に体を破損する訳にはいかないと考える。しかし、相手がそれを出すまで待っている程、43号は甘くもないし、間抜けでもない。


 ゴキゴキと骨を鳴らしつつ、周囲に『配置』した『ストック』の位置を確認する。地面に突き刺さった骨の大剣一体、盾に使ったニ体、そして未だに地面に潜ませている三体。大剣の一体と盾のニ体は、形を崩してしまった為、『糸』でのコントロールが難しい。距離を置いて様子見をするならば、地面の三体を使うべきだろうと判断する。


 現時点での位置取りは自分の背後にニ体。敵の右斜め前方に一体。43号はどれを動かすのが有効かを計算し、なおかつ決定打を模索する。思考の間にも、ストックの配置を調整しながら。


 手の内を晒すのならそれでよし。来ないのなら……奇襲をかける。


 長考の最中、攻める気配なく何やら背中の子供と話している敵を見て、きっと相手は出方を伺っていると考える。先程も此方の攻撃範囲を分析していたようだし、『待ち』の姿勢を取る敵なのだと43号の中で旅人のタイプは決定づけられる。


「…………じゃ、行きましょう」


 ぼそりと呟き、43号はその指を動かす。まずは、敵に近い一体を動かし、気を引く事が狙いだった。しかし、旅人は予想外の動きを見せる。


 ダッ!


 旅人は迷わずに43号に突っ込んでくる。旅人の右斜め前方のストックに意識をやっていた43号は一瞬、反応が遅れる。


「チィ!」


 しかし、それに対応する余裕はあった。瞬時に、43号は『近接戦闘』に意識を切り替える。その身に宿す『黒』を身体に馴染ませ、迎撃態勢を取る。


 黒い痣が43号の体を侵食する。旅人はそれに少し驚き、スピードを一瞬緩めかけた。


「あれは……?」

「『黒化こっか』。『悪意マリス』を身に宿し、その能力を『人ならざるモノ』に近づける術さ。魔宝に心を売った人間が辿りつく、『悪魔との契約』といったところかな?」


 エインの『忌子イミコの儀式』を思い出し、旅人は何となくその意味合いを理解する。『悪意マリス』を身に宿したエインは、魔宝の与える情報量に耐えうる程の器を得たという。つまりは、『悪意マリス』には宿主の能力を跳ね上げる作用があるという事だろう。その『代償』は分からないが、相手がパワーアップした事だけを理解し、旅人はスピードを即座に上げた。


「うふふ!向かってくるのね、お馬鹿さぁぁぁん!」


 43号は右腕に、黒い痣を集中させる。明らかに『何か』を臭わせるその腕を武器に、向かいくる旅人を迎え撃つ。


 旅人の攻撃は単純なパンチ。しかも、何の捻りもない右ストレート。正面から勢いに任せて放つ拳は、無駄を極限までそぎ落とした一撃。当たり前のように伸びる攻撃は、何らかの『仕掛け』を警戒した43号にとっては予想よりも速い一撃だった。意表を突かれた43号、先程までの彼女ならばその一撃をまともに受けていただろう。しかし、今や多少の油断など無意味だった。


「残念♪」


 『黒化』、禁じ手とも言えるその魔法によって、43号の反応速度は人間のそれを遥かに上回っていた。来ると分かっていても、捉えるのは難しい旅人の鋭い一撃を43号は『視認し、分析し、対応』した。その間、一秒にも満たない瞬断。


 バチン、とその拳を空いた左手で叩く。『旅人が方向を変えずにそのまま自分にまっすぐ向かってこれるように』、的確にその攻撃をいなした43号は、勢いだけを自分に傾ける旅人を優しく右手で迎え入れた。


「……がっ!」


 黒い腕は禍々しく変質した刺々しい骨を剥き出しにしながら、旅人の腹部を楽々と貫く。その攻撃が致命的なものである事は誰の目から見ても明白であった。


 しかし、光を失っていく旅人の瞳を睨みつけながら、43号は違和感に気付く。


 背中に居た子供が居ない……?


「……残念でしたね」


 43号の一撃は、確かに鋭く強力なものだった。しかし、岩でさえも紙のように引き裂くであろうその威力が、仇になった事に43号はようやく気付く。


 ボワンという奇妙な爆発音と共に、貫かれた旅人の体から白い煙が噴き出す。


「なんですの!?」


 ずしりと自らに重みが加わるのを感じながらも、完全ンい平静を失った43号は抵抗する事無く地面に捻じ伏せられる。煙により奪われた視界が晴れるまで、何も理解できずに43号は思考を整理していた。

 ようやく晴れてきた視界に飛び込んできたのは、腹に大きな穴を空けた大きな人形だった。


「人……形ォォ!?」

「『人形劇ドールプレイ』。貰いモノの魔法ですよ」


 その声が背後から響いた事に気付いた43号は、囮を使われ、敵に背後を取られた事を理解する。即座に立ち上がらなければならない事を把握した43号は体を腕で持ち上げ、振り返りながら勢いよく起き上がった。


 そこで見たのは、奇妙な表紙の本を片手に、にやりと笑う敵の姿。その男は振り向くのを待たずにその言葉を言い終えた。


「『止まりなさい』」


 43号は、見覚えのあるその本の正体を即座に理解した。『独裁者の経典』、相手の魂に語りかけ、命令を遵守させる支配者の十三呪宝。しかし、時既に遅し。実行された命令の内容を、43号が理解した時、それは戦いの終わりを迎える瞬間だった。


 旅人はふぅと息を吐くと、パタリと本を閉じる。此方を睨みつけたまま、その動きを止めている43号を確認すると、後ろのエインに語りかけた。


「……これでいいですか?あ、もしかして命令受けてます?」

「大丈夫だよ。『音の進行を停止させた』。ウチには君の声は届いてなかったよ」


 エインは余裕を示すようにけたけたと笑い、旅人の肩をぺしぺしと叩き、疑問を投げかける。


「ところで、何でわざわざ囮なんか使ったの?」

「本を出すのを警戒されたくなかったので。それに、直線的な動きを見せたら彼女の視線は人形に集中してたので、簡単に背後を取れると確信しました」


 エインは続けて疑問を吐く。


「何で背後を取ったの?」

「流石に視界から外れたら、彼女も此方の動きに反応出来ないでしょうしね。念の為ですよ。事実、彼女の反応速度は異常だった。その攻撃スピードも。だから、背後から安全に行動し、混乱を狙う事が最もいい手かと考えたんです」


 旅人の言う通り、恐らく命令を実行しても、『一文字』の発音を聞きとられた時点で、彼女は旅人に攻撃を届かせることができただろう。背後を取り、撹乱し、予想外の攻撃で思考を狂わせる……こうする事で、無傷で相手を制圧する、それが旅人の狙い。それは、意表を突くと見せかけて愚直な突進を行った旅人の動きに、驚きを示していた彼女の反応から導き出した手でもあった。


「彼女は強い。でも、『混乱を招きやすい』。よほど、思考を張り巡らせる方なんでしょうか、『余計な思考が多い』。故に、僕はこの作戦を決行出来た」


 エインは正直驚いていた。たった少しの駄目出しで、ここまで落ち着いた動きを見せた旅人に。その理由を尋ねようとしたエインだったが、旅人は質問を待たずして、その答えを返した。


「あなたのおかげですよ。正直、あなたと戦っていた時、頭に血が上ってました。でも、あなたにボコボコにされて、現実を思い知らされて、大分反省しましたよ。それに、あなたの過去も見たせいか……急に冷めてしまいましたよ。あなたに対する苛立ちがね」


 エインは目をぱちくりと動かし、信じがたい旅人の変化に唖然とした。そして、旅人を過小評価していた事に気付く。エインが思う以上に旅人は『素質』を持っていたのだ。


「……君は中々に面白い。だから、ウチも『意地悪』は止めておこう」

「はい?それよりそろそろ降りてもらえませんか?」

 

 エインは笑った。そして、始めて『直接的な助言』を旅人に与える。


「まだ終わってないよ」


 エインの真剣な声色に、旅人は悪寒を感じ、即座に飛び退いた。『エインの強大さを知った』、それが財産となり、旅人は身に迫っていた『危機』を本能的に理解した。


 ぷつりと旅人の腹が切れる。


 浅い傷から、僅かに血液がにじみ出る。服は鋭い『何か』に切られ、小さな切れ目からその赤を露わにした。


 振り抜かれたのは、鎌のような腕。放たれたのは、風の爪。


 封じ込めた筈のその化物は、けたけたと笑いながら立ち上がる。


「あらまあ、何か仰りまして?独裁者さまぁ?うふふふふふふ……!」


 43号に『独裁者の経典』は『効いていなかった』。その命令も何のその、余裕の表情で立ち上がった43号はぎしりと腕から突き出した骨を鳴らし、腕を構えた。


「思考は整理できました……どうやら、貴方は『シスベノ杖』ではなく、『独裁者の経典』の所有者だったようですね。全く……『ゲートちゃん』たら、嘘吐いてくれちゃって……ぶち殺しますわよ……!」


 ぎしりと歯が鳴る。ぎしりと骨が鳴る。


「殺す……殺す。殺す!殺す!!」


 旅人はその殺意に身震いする。その牙は『ゲート』に向けられたモノに違いない。しかし、その牙が今は何を砕こうとしているかは容易に理解できた。


「貴方も『ついで』にぶち殺すッ!この無駄足の代償、その魔宝で、その体で払っていただきますわッ!」


 43号は怒っていた。この山で、彼女は大切な『死体のストック』を複数失った。それにも関わらず、当てにしていた『シスベノ杖』の不在は、彼女の怒りのゲージを大幅に振り切った。この時点で、彼女の目的は『シスベノ杖の奪還』から、『魔宝回収、および死体ストック確保』に移行する。


 旅人は気を引き締める。この時点で43号は旅人の『明確な敵』と化した。今までは、別の目的あっての対立。しかし、今度はその目的の一つに『旅人の死』が明確に含まれる事になる。同時に『仲間の危機』もこれでさらに確実なものとなった。


 『想い』の力は偉大……エインの言う事が改めて身に染みる。

 今まで、旅人は確かに『あの人の為』に動いていた。しかし、今は、少なくともこの瞬間は、『違う』と旅人は断言できる。


 分かりやすい程に明確な殺意、それを一身に受け止めて始めて意識したその感情。『彼女達を守らなければ』という、『自ら』が感じた危機意識。皮肉な事に、その『危機』を目の前にし、その『危機』の強い『殺意』という『想い』を受け止めて、旅人はそれを把握する。


 旅人は始めて、自分の判断で行動する。


 それは『想い』と『想い』のぶつかり合い。


 旅人はこれからの為の一歩を、危機を討つ為の一歩を、


 力強く踏み出した。





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