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魔宝の旅人  作者: ネブソク
第5章 【ドラマチックフィルター】
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第5章 【ドラマチックフィルター】 決着編 正義か悪か


 生徒は着々とヘレンの魔法『魅了芳香グッドスメル』により、ふらふらと無意識のうちに学園を囲む森を通り、外へと誘導されていた。しかし、ふらふらと歩く生徒達は非常に動きが遅く、しかも周りの状況に対応できない為、非常に手間がかかる。しかし、混乱をより早く収めるにはこの方法が最善である事は間違いない。


「来たようですね……!」


 グレルはすぅっと息を吸い込んだ。そして、徐々に迫りくる人の倍近い大きさの『岩人形ゴーレム』を睨みつける。


 その魔法『岩人形ゴーレム』は、媒介を通して非生物に疑似生命を与え、コントロールするという魔法である。しかし、疑似生命の形成に多くの手間を裂く故、現在この系統の『生命魔法』で作られる生命には知能が宿らず、『単純な命令』しか守れない。そして、その『単純な命令』はその用途によって単純にパターン分けされている。


 今、この『岩人形ゴーレム』達に入力された命令は恐らく『戦闘用』のものであろう。そうなると使われ得る命令のパターンはたった一つ。


 『術者以外の生物を攻撃せよ』


 つまり、『岩人形ゴーレム』は無差別に人を襲う。フェルマが大量にこの『岩人形ゴーレム』を解き放った事により、生徒達は今、本人達も気づかぬところで非常に危険な状態に晒されているのだ。それを守りきるのが、ここに居る教員達とクロの仕事。


「『風神様、風神様、捧ぐは畏敬、貢ぐは心、その息吹、分け与えたまえ』」


 グレルは吸いこんだ息を思い切り吐き出した。それは強烈な突風となり、迫りくる『岩人形』達を『砂』へと変える。かなりの数の『岩人形』を消し去ったが、それでも次々と『岩人形』は湧いて出てくる。


「…………さて、実験段階だが、仕方ない」


 ネムラスは一本の試験管を取り出し、その中にある怪しい薬を服用する。すると、長い髪と服の隙間から僅かに覗く肌色が、『黒く』変色していく。


「『黒化フォーリンダウン』」


 ぎょろりと髪の隙間から深紅の瞳を覗かせ、ネムラスは一瞬で『岩人形』に飛びつく。そして、その拳で『岩人形』を粉々に砕くと、次々と『岩人形』に飛びついて行く。その姿はまるで『悪魔』のようだった。クロは二人の教師のその風変わりな魔法を見て、感心しつつも、自らも魔法を放ちながら『磐人形』を処理していく。


「……キリがない。『術者』を何とかしないと」


 クロはこの『岩人形』を生み出している『術者』が近くに居ないか、見渡した。この系統の魔法は『術者』が魔法をキャンセルする事で、完全にストップさせることができる。なので、本来ならば『術者』を叩く事が最善の解決方法だった。しかし、今は現れる『岩人形』の処理に追われていて、その場に居る全員がまともに動けなかった。


「……都合良く誰かが『術者』を倒してくれればいいのに」


 クロは軽く迫りくる『岩人形』をあしらいながら冗談を言う。見渡した領域には術者らしき人間はいなかった。しかし、『術者』は意外にも近くに居たのだ。

 この時、クロもその場に居た者達も、まさか『都合良く誰かが『術者』を倒してくれる』とは思ってもいなかった。




    *************




 寮と学園を繋ぐ渡り廊下、そこに居る『岩人形』達の大きさは、クロ達が対応しているものよりも数段大きかった。その巨大な『岩人形』達が、フェルマの号令一つで一斉にティアに襲いかかる。


「ぶっ潰せゴーレム!」


 『術者』の指示を直接受け、『術者』の近くでより強い魔法干渉を受ける『岩人形』は、フェルマがばら撒いた『岩人形』達とは比べ物にならない程に強力だった。その動きを見極めながら、ティアはその奇妙な魔法を使い、攻撃をかわし続ける。


「『重みは形に宿らず』」

「チクショウ!何で当たらない!?」

「『重みは内に宿る』」


 その謎めいた言葉の羅列がフェルマには魔法の呪文であるかどうかさえ分からない。しかし、脳みそを掻きまわされるような不気味な感覚が、フェルマを苦しめる。


 フェルマのゴーレムは容赦なく拳を振り降ろし続ける。しかし、当たらない。捉えられない。『ティアは一歩も動いていないのに』。

 ティアの狙いが分からずに、フェルマはただただ攻撃を続けるだけだった。その狙いを崩す為に挑発の意味合いを込めて、学生達の居る方向に無数のゴーレムも送り込んだ。しかし、それを気にする様子もなく、ティアは言葉を羅列し続ける。


「チクショウ……まさか、その気味の悪い魔法は『ヴィレフ』のものか!?やっぱり噂通りの……!」

「『汝、我を愛せよ。我、汝を愛す』…………さあ、『始めましょう』」


 『始めましょう』。それは何かの合図。フェルマは身構え、ゴーレムを待機させる。もしも、この女、ティアが本当に『ヴィレフ教団』の人間だったら?想像もしたくない。顔色を変えつつあるフェルマの様子に気づき、ティアは優しく微笑んだ。


「……そんな『怖いもの』を見るような目で見なくても大丈夫ですよ。私は、貴方に『罪を認め』、『反省し』、『手を引く』事しか求めていません。だからこそ、私は『言葉を紡いだ』のです」

「何、意味分からない事言ってやがる……!お前……おかしいぞ……!」

「『言葉に意味などありません』。『言葉は本来、主の物』。『主のみ意味を知れば良い』。」

「やめろ……やめろ……やめろぉ!」

「『それでも意味を求めるのなら』、『アル・ヴィレフ』、『彼に与えてください』」


 フェルマは徐々に自分の体がギシギシと悲鳴をあげ始めている事に気付く。しかし、時すでに遅し。まるでフェルマの体は『その言葉』を拒むように、反り返り、『その言葉』を掻き消すように息を漏らし、『その言葉』を拒むように、視界を暗くした。



「『***』」



ベキキキキキッ!


 それでも、『その言葉』はフェルマの耳に届いてしまった。


「ああ、主よ、哀れな魂を迎え入れ給え」


 ゴーレムは静かに地面へと還っていく。ティアは黒い十字架に唇を当て、その哀れな魂に同情と称賛を送った。




    *************




 怪盗と旅人、二人はにやりと笑い、対峙した。


「……いつぞやの旅人よ。以前の姑息な『魔宝』は使わないのか?」

「ええ、今回は男同士……拳で語り合うというのはどうでしょう?『魔宝』や『魔法』なんてものは抜きで、正々堂々と」


 旅人の言葉に、怪盗は胸を躍らせる。しかし、その喜びを噛み殺し、怪盗は虹色のシルクハットを旅人に投げつけた。


「おっと」


 旅人は軽くそのシルクハットを受け止める。そして、一瞬、目を離した隙に怪盗の姿が消えている事にすぐ気付いた。旅人は握ったシルクハットを盾にしながら後ろを振り返った。


ドスッ!


 おもちゃのステッキがシルクハットを突き破る。旅人の視線の先には少しの間見失っていた怪盗の姿が浮かび上がる。


「正々堂々?……ハハハハハハ!私がそんな提案飲むとでも!?」


 怪盗は最後まで『悪役』を貫き通す。『その提案に乗りたい』という、感情を押し殺して。そうして、高笑いする怪盗に旅人は怒りを向けることなく、ただ笑った。


「そのくらいのハンデがあった方がいいかもしれませんね。ならば僕はこのまま拳で戦いますよ」

「……戯言を!」


 怪盗はその顔に笑みを浮かべたまま、旅人に突進した。風を裂くようなそのスピードは、普通の人間のそれではない。怪盗はそのまま何処からか取り出したナイフを両手にかざし、旅人の腹を目がけて、突き出した。


ドッ!


 怪盗のナイフがカチンと音を立てて、屋根に落ちる。旅人の姿はいつの間にか、上を向いた怪盗の顔の上にあった。


 旅人は向かってきた怪盗の顔に片足で飛び乗っていた。そして、そのまま強く顔を蹴りあげると、怪盗の後ろに着地する。顔を蹴られた怪盗は、顔を赤くして、鼻血を流しながらバタリを仰向けに倒れた。


「おっと失礼、踏んづけてしまいましたよ」


 旅人はとんとんと屋根の踏み心地を確かめるようにその場でステップを踏んだ。まだウォーミングアップといった感じで余裕を見せつける。


「おのれ……!」


 怪盗はむくりと置き上がると、鼻に手を当て、旅人を睨みつけた。それは怪盗が始めて見せた感情的な表情。旅人はその様子を見て、自分の思惑通りに事が進んでいる事を確信する。


「……この屈辱……必ず返す!見せてやろう!『ドラマチックフィルター』、その真の力を!」


 怪盗は『目元を覆い隠すマスク』の上に指を軽く走らせた。すると、マスクは僅かに発光し、その光は徐々に怪盗の身を包んでいく。


「『怪盗は空を飛ぶ』!」


 怪盗は地面を強く踏み締め、宙へと舞った。そして、空気を捕まえるように足をつきだすと、まるでそこに道があるかのように『空中を駆ける』。


「『怪盗は姿を消す』!」


 空の闇が徐々に怪盗の体を蝕む。背景と同化した怪盗の姿は最早、視認できない。旅人は怪盗が姿を消す瞬間を視認すると、鋭い目つきで周囲を見渡した。勿論、怪盗の姿は見えない。そして、何処からともなく声が響く。


「『怪盗は何処からともなく現れる』!」


 視線を動かし、死角をカバーするように動いていた旅人。しかし、その行為がまるで無駄であるかのように、旅人の背後から突然怪盗は姿を現した。そして、『わざと声を発する事で、こちらを向かせ』、先程のお返しといわんばかりに、顔面に拳を叩きつける。


ゴッ!


「旅人さん!」


 旅人を屋根まで送り届け、今は黙ってその戦いを見ていたロザの叫びが響く。次こそは旅人もその不意の一撃を避けきれずに、顔面で綺麗に受け止めた。しかし、一撃を決めた筈の怪盗の表情には余裕などなかった。


「…………貴様!」

「……捕まえましたよ!」


 顔面に突き刺さった腕を旅人の手は掴んでいた。ダメージを負いながらも、旅人はその腕を引き寄せ、怪盗の額に強烈な頭突きを叩きこむ。


ゴンッ!


「ッ!?」


 痛々しい音が響く。怪盗は旅人の石頭をモロに食らい、大きくのけぞった。しかし、旅人はまだ放さない。先程の打撃で切れた口の中から血を滴らせながら、追撃の右ストレートを怪盗の頬目掛けて叩きこむ。


「ぐゲッ!!」


 それは『喧嘩』。魔法もなく、魔宝もない、神秘など何処にも宿らない、人と人の激突。ロザはその荒々しい光景を見て、恐怖を覚えた。そして、ここに入っていくことなど、旅人に止められていなくともできないと感じた。


「……何故だ……私には『ドラマチックフィルター』の力があるのに!何故、今は何も持たない貴様にここまで……!」


 口から血を流しながら、怪盗は叫んだ。旅人は未だに怪盗の右腕を放さない。


「簡単な話ですよ……『僕が何故、魔宝を持っていたか?』その答えを考えれば良いじゃないですか」


 旅人は『魔宝』の所有者である。『独裁者の経典』、他者を洗脳するその凶悪な魔宝は、その力ゆえ、嫌われはすれど、『欲する者』が居る事は当然である。故に、これを旅人が入手する以前に『何者かがそれを所持していた』という可能性は十分にある。むしろ、旅人の問い掛けにはこの可能性を肯定する意味合いが含まれていた。


 それを旅人は所持している。それはつまり、『旅人はかつて魔宝の所有者を『己の身一つ』で打ち負かしている』という事を意味している。


 怪盗はそれを理解し、今対峙する人間の強さをようやく把握した。


「成程……!それでこそ……我が宿敵ライバルに相応しい……!」

「……」


 不敵な笑みを浮かべながら、左手で口から滴る血を拭う怪盗カタヴェリゴ。それに対し、旅人は黙してその笑みを見つめていた。そして、その『疑問』を怪盗に投げかける。


「怪盗カタヴェリゴ……貴方は何故、そこまで『悪であること』にこだわるのですか?」


 旅人の問い掛けは、怪盗の表情を一瞬で変えた。凍りついたその表情は旅人が踏み込んではいけない部分に踏み込んだ事を示している。しかし、旅人は続ける。


「貴方はかつても語っていた。『自分は悪』だと。そして、それに見合った振舞いを『無理矢理』行っている」


 それはあくまで旅人の『直感』。


「貴方はもしかして、人一倍『正義』に執着しているのではないのですか?」

「……黙れ!」


 怪盗は徐々に怒りをその目に宿し、左拳で旅人の頬を打ち抜いた。旅人の左手が怪盗の右腕から離れる。怪盗はその隙をついて、後ろに引きさがり、距離を取った。


「……『魔宝を手放せる』貴様には分かるまい……!『魔宝に魅入られた』苦しみが!『あの歌声』を守れぬ……『正義』を語れぬ苦しみが!」

「……歌声?」


 怪盗は目を血走らせ、叫ぶ。


「だからこそ!私は『彼女』を救う『正義』にはなれずとも!その目的を成就させる為の『噛ませ犬』になろうと誓ったのだ!」


 旅人は黙ってその言葉を受け止めた。怪盗はなおも叫び続ける。


「魔宝に身を委ねた今……私は『悪』!打ち砕け!踏み越えろ!我が宿敵ライバル、真の『正義』よ!」

「それはできませんね」


 旅人は言葉を返す。


「『悪』を駆逐するのが『正義』ですか?貴方の思う『正義』とは随分と乱暴なんですね。それに魔宝に魅入られたから『悪』?人の一時の感情だけで貴方は善悪を区別できるのですか?」


 怪盗は鋭い視線を旅人に送り続ける。歯を強く食いしばり、その言葉に憤りを感じているようにも見える。


「思いあがらない方がいい。真の『悪』など人には語れないのですよ。貴方は『正義』でも『悪』でもない……まあ、何かと聞かれたら返事に困りますが」

「…………そこはきっちり決めゼリフを用意してほしかったな。全く、おかしな奴だ」

「ああ、すいません。良く言われます。まあ、決着をつけましょうか」


 怪盗はその表情を和らげる。


 十三呪宝『ドラマチックフィルター』、真の名を『煽動者アジテイター』。それを手にした時、その力に彼は魅入られた。本来なら『彼女』の為に手に入れたその魔宝を自らの為に使った時、彼を襲ったのは罪悪感。その罪悪感の正体が『煽動者』によって煽られたものだとも知らずに、彼は自らを救いようのない『悪』に見立てる事で、いずれ現れる『正義』に気兼ねなく魔宝を受け渡す事を決めた。自分は決して『正義』にはなれぬと、今更これを『彼女』に渡せぬと。


 そんな勝手な暴走が今更になって下らなく思えてきた。そうして今まで多くの人を傷つけてきた自分が『本当の意味で』醜く思えた。


 怪盗カタヴェリゴは最後のステップを踏み出す。身勝手な男のショーに幕を降ろす為に。『煽動者』は鈍く光り、ショーの終わりを拒む。しかし、目の前の奇妙な男の言葉が今はそんな煽動よりも強く心に響いた。


「さあ、これが怪盗の、最後にして最高のエンターテイメンツ!『怪盗は夜空に舞う』!」


 周囲の偽物の夜が明けていく。その闇は衣のように怪盗カタヴェリゴの見に纏わりつき、歪な牙へと姿を変える。空を舞い、月を背負い、闇の牙をむき出しにして、怪盗は『ドラマチックフィルター』の最高の力を絞り出した。その顔には何かを覆い隠したような影は無く、何かがふっきれたようにも見えた。


「……『天拳』」


 旅人は手を開き、しゃがみ込むと、その手を足元に降ろした。そして、その態勢から両足で地面をけり上げるように立ち上がり、独特の捻りを加えて、その掌を怪盗に突き出した。


「その技……まさか……!」

「『天砲』!」


 その掌は、闇の牙をすり抜けるように進み、怪盗の体を捉え……



 ――――――眩い光と共に、その闇を打ち払った




    ****************




「バッカルゲンのバカー!バカバッカバッカルゲンー!」

「一体、何があった……?」

「いえ……説明すると長くなるのですが……ちょっと先生、申し訳ありませんでした。お願いですからそろそろお許しを」


 『怪盗カタヴェリゴが現れる』、その情報を得た『シェンディア』の法治機関『ルーラ』は、下位組織では無く、上位組織『カタラベ聖団』を動かした。その使徒、白い仮面の集団はその異様な光景から状況を読み取る事に苦戦する。

 その場には依頼を受けて訪れていた、あの名探偵ゴーガンが居たが、何故かむくれた様子でその助手をずっと叩いている。

 以前も彼女らと仕事をした事のある使徒、ゼフィエルは以前も頼りになったその助手に状況を尋ねるがゴーガンが邪魔で話を聞けない。


 現場の状況は非常にややこしい事になっている。



 書庫。

 そこは歪んだ異世界のようだった。そこには完全に変質した壁から、腕のようなものが生え、複数の生徒と学園長を握り、拘束していた。それはとても世界で知られているような魔法で実現できるような所業では無く、とてもその状況を実現した要素は判定できなかった。拘束されていた生徒、学園長は現在では精神的ダメージの大きさからまともに状況を聞き出せなかった。


 渡り廊下。

 無数の岩の塊が崩れ落ちて散乱していた。それは学園の周りにもあったものだが、ここでは特に多くみられる。そして、その中心で、『体中が捻じれた教員の変死体』が発見された。複雑に絡み、捻じれたその状態は、どのような魔法、若しくは道具を使ったものかすら分からない。ただ被害者はこの学校の教員『フェルマ・ディエル』氏である事、そして彼が怪盗の協力者であった事が分かっている。


 特に異常な事態が見られ、何が起きたのか十分な証言を得られなかったのはこの付近であった。他は生徒、教員の証言により、大体の状況は徐々にではあるが判明しつつあった。


 


「ククク……全く、ようやく私を捕まえたというのに……随分と難しい顔をするんだな」

「黙れ、カタヴェリゴ。お前が全てを話せば済むものを……」

「話さんよ。それを解き明かさずに答えだけ聞こうなど……野暮だろう?」


 怪盗カタヴェリゴは今、縄で縛られ拘束されていた。その顔には無数の痣が残り、体中がボロボロである。屋根の上で気絶していた所を拘束された。見た目はボロボロだが、ペラペラと喋る怪盗は健康そのものにしか見えなかった。そして、何処となく嬉しそうに怪盗は笑っていた。


 失踪した女教員。消えた怪盗の魔宝。怪盗以外の何者かの血痕。女生徒下着連続盗難。その他諸々、まだまだ謎は多く残されている。


「ククク……まさか、『引き継ぐ者』が居ようとは……!」

「カタヴェリゴ、何か言ったか?」

「さあな……」


 怪盗は笑った。彼の宿敵ライバルの事を思い返して。


「さて、お手並み拝見と行こう…………通りすがりの旅人よ……!」



 

    ***********




 バッカルゲンは数日間、怒っていたゴーガンを何とかなだめ、カタラベ教団に事情の説明を終えていた。


 しかし、旅人達の事は一切話さず。むしろ、彼らに無駄な負担がかからぬよう、多少の嘘を織り交ぜながら、捜査をかく乱しておいた。


「しかし、バッカルゲン。何故、カタラベの奴らに嘘を?」

「旅人さん達には負担ばかりかけましたからね。事後処理くらいは請け負いませんと」

「そうだな。結局は旅人君に全て持ってかれてしまったよ」


 学園の外へと通じる森を歩きながら、ゴーガンは上機嫌でそこらを歩く動物達を見回した。ゴーガンは咥えたおもちゃのパイプに息を吹き込む。すると、ピィと笛のような音が鳴る。


 すると、その音に引き寄せられた、巨大な黒い鳥がバサバサとゴーガンの元に降り立った。


「まあ、次会う時はしっかり魔宝を戴こうか!さあ、ゲート様の所に帰ろう!」

「はい先生」


 二人は巨大な鳥の背に乗り込む。鳥は軽々と二人を乗せたまま、羽ばたきだした。


「しかし、よく無事だったなバッカルゲン」

「ええ、月狐さんが助けて下さいました」

「ゲッコーが?そういえば何処行ったんだろう?」

「さて、もう帰ったんじゃないでしょうか?……それより、先生。もしかして私の心配をしてくださいましたか?」

「ば、バカ!バカバカバッカルゲン!私は全てお見通しだったからな!心配などしていない!」

「そうですか」


 下らない会話をしながら二人は一路、『ゲート』の元へ向かう。


 バッカルゲンは、隣でむくれるゴーガンを見て、誰も気づかない程に小さな笑顔を浮かべた。そして、新たな魔宝を手に入れた、旅人の事を考える。


「旅人さん達の次の目的地は『神の住む山』だそうですね……」

「へぇ、『アイツ』の所か。なら心配ないな」

「おや?ゲート様に仇成す彼らは敵なのでは?心配しているのですか?」

「ば、ばか!別にそういう訳じゃない!……本当だぞ!」


 ポカポカと背中を叩くゴーガンを軽くスルーしながら、バッカルゲンはゴーガンの言う『アイツ』の事を考える。


「…………殺されないで下さいよ」


 ゴーガンはその恐ろしさを知らない『奴』の性質の悪さを思い出しながら、バッカルゲンは一時でも手を結んだ戦友、事件解決に尽力してくれた恩人の身の安全を願った。



 

 黒い鳥は羽ばたいてゆく。その下を歩む白い馬を見下ろしながら……






これで第5章は終りです。

後は、設定と次回予告の際に、『後日談』も追加する予定です。


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