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魔宝の旅人  作者: ネブソク
第5章 【ドラマチックフィルター】
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第5章 【ドラマチックフィルター】 対決編 ドラマチックフィルター



「こんにちは……いえ、こんばんは、かしら?何故か月が出ちゃってますしね」


 女教員ティアは黒い十字架を唇にあてながら、その後ろ姿に語りかけた。返事はない。


 学園から寮に続く渡り廊下にある光は月明かりのみ。夜になると自動的に起動する魔法、『灯火』はこの闇の中でも作動していない。その事だけが、今は夜ではない事を確かな事実として伝えていた。


「……酷いですわ。『人の言葉は誠意を持って受け止めよ』、親御さんに習いませんでした?」

「さあねえ……俺ぁそういった『規律』が大っ嫌いでねぇ……親にそんな下らねぇ事なんざ教わってないなぁ。んで?デートのお誘いかい?ティア先生?」

「あらあら……冗談がお好きなんですね、フェルマ先生?」


 フェルマはくるりとティアの方を向き、にやりとその嫌味な笑みを浮かべた。


「しっかし、その『黒い十字架』……こりゃあ俺以上の下衆も居たモンだ!」

「あらあら、有難うございます。私を上に見て下さるんですか?そこまで自分を卑下する事もないと思いますよ?」

「……お前、ムカつくなァ……もっと良い女だと思ってたんだが……」


 フェルマの顔からは早くも笑みが消える。一方、ティアの顔は相変わらず柔らかい笑顔で固まっている。その笑顔をじっと見て、舌打ちするとフェルマはゆっくりとティアに歩み寄る。


「……お前も分かってんだろ?」

「貴方が『怪盗の協力者』だという事ですか?」

「もうバレてんのかなぁ?この学園の奴ら全員に……」


 フェルマはティアの横に立つ。しかし、ティアは笑顔のまま全く動じない。


「ああ、本当なら『最高のショー』が特等席で見れたのによぉ……邪魔ばかり入るな、全く……」

「あらあら」

「アイツは最高だぜ……まさに俺の求めていた存在……下らねぇ規律なんかに縛られない、最高に自由な奴だ!始めてアイツに出会った時、俺ぁすぐに奴に惚れこんだ!だから俺は奴に『俺の居場所を貸してやった』のさ!」

「随分と大きな独り言ですね。誰も話なんて聞いていませんけど?」


 それがティアの最後の挑発。


 気づけば、フェルマはその巨大な岩石の腕を振り上げ、ティアの頭を打ち抜こうとしていた。それを見抜いていたかのように、ティアは黒い十字架にキスをして、その魔法を発動させていた。


「『愚者に真珠を賢者に言葉を』『意味は似合わず価値に沈む』」


 岩石の拳は激しい音を立てて、地面を砕く。そこにある筈のティアの姿をすり抜けて。


「『痛み力によらず心に住まう』、理解できましたか?」

「……ふざけやがって……!どんなイカサマ使いやがった……!?」


 フェルマはグラグラと音を立てながら流動する地面に身を任せ、ティアから距離を取る。その得体の知れない魔法に苛立ちを覚えながらも、懐に忍ばせた砂時計を取り出し、それを握りつぶした。


パリン!


 中の赤い砂が風に吹かれて舞い上がる。そして、その砂が落ちた地面は鈍い音と共に隆起する。


「『大地ニ命ズ』」


 フェルマの言葉と共に、隆起した地面は徐々に人型を形成する。無数のそれを見回して、ティアは微笑んだ。


「……『家を尊べ』。私達の家とも言えるこの学びの園を荒らす貴方は……『敵』。少し厳しく教えを説きましょう」


 黒い十字架は怪しく光り、その優しい笑顔を不気味に飾り立てる。『岩人形ゴーレム』の群れに囲まれながら、一人の女教員が、教徒が、その歪み無き『言葉』を振りかざして、その力を見せつけようとしていた。




    ************




「……どういう状況ですかこれ?」


 複数の生徒を引き連れた学園長ストローガ。その敵意に満ちた目を見て、旅人は場違いな間の抜けた声を漏らした。


「どうやら我々がここに呼ばれたのは、『怪盗から宝を守る為』ではなくて『怪盗から宝を奪う為』だったようですね」

「理解が早くて感心しますな。本来なら皆様に怪盗を確保してもらう予定だったのですが……予定変更だ」


 ぱちぱちと手を叩きながら、状況を理解しているバッカルゲンを称賛するストローガ。勿論、それは皮肉に過ぎないが。


「お前達は……思っていたよりもずっと『役立たず』だったようだ。何せ名探偵がこんな餓鬼だとは思いもしなかった」

「まあ、学園長。こんな餓鬼とノロマ達だからこそ……いいカモなんじゃないですか?」


 生徒会長、カーネルは『真面目な生徒会長』の仮面を脱ぎ棄て、その悪意に歪んだ笑みを振りまいた。


「……折角、あの屑教師共を売ってやったのに……奴らの汚点くらいは見つけてほしかったんですがね」

「……ああ、奴らのような生徒に評判の悪い学園の面汚しを追いだすチャンスでもあったが……仕方ないですかな?」

「………………とんだ小悪党」


 クロの小さな声を聞いて、カーネルとストローガはにっこりと笑った。


「弱ったネズミが何を言うのです?それに生意気な口を利かない方がいいですよ?」

「私が厳選した優秀な生徒、『生徒会』の実戦訓練の餌食になりたくなかったらね……!」


 カーネルと並び立つその生徒達は、明らかにただの学生とは思えないような空気を放つ。10人ほどのその『生徒会』はまるで獲物を値踏みするかのような目で、その敵を見つめる。その様子を見て、そして今ある状況を見て、バッカルゲンは『最良の選択』を判断する。そして、一歩前に踏み出し、言葉を放った。


「……旅人さん。悪いですが……先生を……ゴーガンを連れて逃げてもらえませんか?」

「何を言ってるんですか……バッカルゲンさん……?」

「そのままの意味ですよ」


 振り向く事もせず、負傷していない腕を持ち上げ、バッカルゲンは懐から一粒の植物の種を取りだす。そして、それを一度強く握りしめると、旅人達の足元に放り投げた。


「ここはお任せを」


 旅人達の足元に落ちた種は、既に芽を出していた。そして、見る見る内に成長し、その上に立っていた全員を持ち上げ、天井の穴をさらに大きく広げる。


「バッカルゲン!」


ズズズズズズズズズズズズ……


 木の大きくなる音にかき消されるゴーガンの呼び声。それに答えようともせず、見向きもせず、バッカルゲンはただただ目の前の敵のみを見つめていた。


ズゥン……


 完全に全員が上階に消えた事を確認すると、深く深くため息をつく。


「……自分を犠牲に逃がしたつもりか?上に逃がしたところで我々からは逃れられないぞ?」


 ストローガは指をパチンと鳴らす。それと同時に生徒会の生徒達が即座にバッカルゲンを囲った。


「手負いと言えど……容赦しませんよ?」


 生徒達はそれぞれが得意とする系統の魔法の詠唱を始める。それを静かに眺めまわし、バッカルゲンはまたもため息を漏らす。


「……全く、何かを勘違いされているようで……私は『自己犠牲』など考えませんよ」

「まさか我々に勝てるおつもりで?いずれは世界のトップに立つであろうエリートの我々に?」

「『私は』弱いですよ。『私は』ね。まあ、子供には見せられないでしょう」


 カーネルはその言葉の意味を理解できずに一瞬、余裕の表情を崩した。しかし、すぐにその威勢を取り戻す。


「『残酷な場面』はね……」

「……かかれ!」


 カーネルの号令と共に、生徒達の魔法攻撃が火を吹く。それは炎、それは雷、それは氷、それは剣、色鮮やかな攻撃は綺麗にバッカルゲンの体をぐちゃぐちゃに押しつぶした。血が飛び散り、肉は焦げ、骨が砕けて散る。その凄惨な光景を見て、生徒の一部は顔色を悪くする。一部は満足げに笑う。


「おやおや……自分の死ぬところを見せたくなかったんですか。優しかったですね。じゃあ、同じところにお仲間を送りますよ。これからね」


 カーネルは笑いをかみ殺して、その肉片に背を向けた。他の生徒達も生徒会長の後に続き、その書庫を後にしようとする。しかし、彼らは歩みを止めざるを得なくなった。背後から響く声のおかげで。


「誰が死んだんですか?」


 その声は今、殺した筈の男の声。生徒達は思わず身を引きながら振り返った。


「な……!?」


 その男は何もなかったかのように立っていた。否、正確に言えば『何かはあった』。その男の腕には先程まであった傷が無かったのだ。そして、その前には奇妙な格好をした『狐の面』の女が立っていた。


「誰だお前は!?」

「なぁに、ただの『狐』じゃ……見ての通りのな」


 その奇妙な女はバッカルゲンの肩に手を掛け、生徒達そっちのけで話し始めた。


「しかし、あ奴らを下げるのが遅すぎるわ!おかげで出る場面を見定めるのに苦労したではないか!」

「すいませんね月狐さん。私も少々、シチュエーションの把握に時間がかかりましてね」


 生徒達は謎の女の出現に、死んだ筈の男の復活に少し戸惑いを見せる。どう動くべきか、そう考えている彼らの思考を読み取ってか、狐の面の女は『警告』を送った。


「……そういう訳で今は子供も見ておらんし、厄介者も居なくなった……わっちは手加減せんぞ?」

「手加減……!?舐めないで欲しいですね!我々は……」

「無残な死に姿を晒したくない者は伏せておれ」


 カーネルの言葉を遮るように月狐は『警告』を送る。すると、数人の生徒は即座に床に突っ伏した。それを見た学園長ストローガは怒りの声をあげる。


「何をしている!そんな奴のハッタリに乗るな!」

「…………じゃない」


 伏せた男子生徒はぼそりと声を漏らす。震えるその声は今にも消え入りそうだ。『彼は見てしまった』のだ。その圧倒的な絶望を。

 震えながら腕を持ち上げ、男子生徒は天井を指さす。


「ハッタリじゃないっ!!」


 カーネルとストローガ、地面に伏せていない生徒会のメンバー達は天井を見上げる。


じゅるり…………


 嫌な音を立てながら、不気味な液体が滴り落ちる。


 その天井には


「あ…………ああああああああああああ!?」


 巨大な、巨大な『化物の口』が大きく開いて待ち構えていた。それは徐々に徐々に降りて来ている。それはとても『この世の光景』には見えないほどにおぞましいものだった。


ぼとり……


 カーネルの横に、何かが落ちる。彼の心を折るものとなる、ぐちゃりと嫌な音を立てるそれは……


「う……あ……うあああああああああ!!」



 ぐちゃぐちゃに噛みつぶされた、『死体』だった




    ****************




 木に押し上げられて、旅人達は校舎の3階まで来ていた。そこは資料室のようで、誰も居ないその部屋には箱や本などが山積みにされていた。埃っぽい空気に咳込みながら、クロは足元の木を眺める。


「……特定条件下で急成長する魔法を持った木?これで私達を……逃がしたの?」

「そんな……バッカルゲンさんは大丈夫なんですか!?」


 ロザの問い掛けに対し、クロは視線を逸らした。旅人は少し難しい表情を浮かべ、言葉を詰まらせる。重苦しい空気の中、意外にも明るい声を放ち、その空気を吹き飛ばしたのは木に運ばれながら、絶望の表情を浮かべていたゴーガンだった。


「はっはっは!大丈夫!あいつはいつも前に出たがるからな!危ない所でも出しゃばって、それでもいつも帰ってくるんだ。だから大丈夫!」


 それはまるで自分に言い聞かせているかのような言葉。


「だから……私は待ってる。バッカルゲンは私を逃がした。だから、私は邪魔になるだけだ。何もできない。だからこそここで待つしかない」


 ぐっと溢れ出る何かを堪えるように、ゴーガンは旅人達に微笑みかけた。


「……行ってくれ。怪盗を捕まえるんだろう?私の事は大丈夫だから……気にしないで行くんだ」

「いえ、僕は彼に貴女の事を頼まれて……」


 ゴーガンをここに残す事はできない。そう言おうとした旅人は、突然腕を引っ張られ、言葉を止めた。腕を引っ張ったのはクロ。クロは旅人とロザの手を引き、ゴーガンにとっとと背を向けると、部屋の外に向かって歩を進めた。


「クロ?何をするんです?彼女はここに置いていけないでしょう!」

「そうだよクロ!何で……」

「…………二人とも馬鹿。いいから…………来い」

 

 扉を蹴飛ばして開けると、クロは旅人とロザを外に放り出した。そして、振り向きもせず、残されたゴーガンに小さな声で言葉を発した。


「好きにしたらいい…………」

「…………クロ……さん……」


 クロはもう何も話さずに、外に出て、バタリと扉を閉じた。そして、二人の首根っこを掴むと、ぐいぐいと引っ張って扉から離れるように促した。


「…………強がりたいんでしょ。……馬鹿みたい」

「え?何か言いました?」

「…………黙って表出ろ」


 クロは僅かに聞こえたその泣き声に、気づかない振りをして、旅人の背中を蹴飛ばした。旅人やロザのように素直に自分の心の内をさらけ出す事のない彼女だからこそ理解できることがある。クロは無理矢理二人を外に連れていく。





    ************




 痛む頭を抱えながら男教員グレルは校舎の外に出た。多くの学生たちが異変に気付き外に出ている。彼らが見上げるのは校舎の遥か上。そこにはあるのは屋根の上をうろうろと歩く怪しい男の姿だった。


「アレが……怪盗……?」


 何故か一人屋根の上に立つ怪盗。確かにあれも気になるが、それよりも周囲に漂う不穏な空気にグレルは胸騒ぎを感じる。ざわめく生徒達では無い、もっと『危険な何か』が近くまで迫っている。なんにせよ、この混乱を収める為には生徒達をここから離れた場所に退避させる必要があるとグレルは判断する。


「しかし、どうしたものか……!」


 混乱はかなり広がっているようだ。それに何より、今の状況全てを把握しきれていない自分に憤りを感じるグレル。既に、生徒達の集まりの中には、あたふたと彼らに移動を促す教師達の姿があったが、生徒達はまるで動こうとしない。グレルはフェルマに殴られた頭の痛みに耐えながら思考を巡らす。すると、ふと『甘い香り』が漂ってきた事に気付く。


「さあ、皆さんここから離れましょうね~」


 その『甘い香り』の発生源はその女教員ヘレンだった。ヘレンは校舎を囲む森の外の方を指さす。それだけで生徒達は何かに引き寄せられるようにその方向へと向かっていった。


「これは一体……?」

「『魅了芳香グッドスメル』。『魅了チャーム』系統の魔法ですわ。お怪我は大丈夫ですか?」


 ヘレンはにっこりと微笑みながらグレルに歩み寄った。その背後からは髪で顔を覆い隠した不気味な女教員ネムラスも続く。


「ネムラス先生!ご無事でしたか!」

「………………ええ、何とか。………………それより、手伝い、お願いします」

「……手伝い?」


 ネムラスは寮の方向を指さした。グレルが目をやったその先には、何か奇妙なものがうごめいている。その奇妙なものこそがグレルの感じていた胸騒ぎの原因だった。


「アレは……フェルマの……!」

「そう、『岩人形ゴーレム』。しかも、こちらに、向かってきている……」


 暗闇をゆらりゆらりと揺れているその人よりも大きな人形は徐々に此方に向かってきているように見えた。生徒達を避難させないと、まずい。それは明らかだった。


「足止めしなくては……しかし、他にも問題は山積みです!フェルマの事や怪盗の事、他にも……」

「……僕達が終わらせますよ」


 グレルの背後から響いたのは、探偵と共にやってきた一人の男の声。いまいち頼りにならなそうなその小汚い男はいつの間にかその場にいた。


 旅人は姿を変えた景色を見渡す。そして、屋根の上に立つ怪盗を見つけると、静かに目を閉じた。


 巡らすのは過去の記憶、そして今の記憶、それらを見つめて怪盗の持つ魔宝『ドラマチックフィルター』の力を考える。


 それはまるであらゆる『法則』を無視する謎の力。しかし、何故か今の旅人にはその力の正体がつかめそうな気がしていた。


 そのカギとなったのは昨晩、バッカルゲンが話していた言葉、『シチュエーション』。


 まだ推測の域を出ないその予想。しかし、それは徐々に『怪盗の言葉』や感じていた『違和感』と結びつき、信じる価値のあるものとなっていく。


「…………先生方は生徒さん達を避難させ、あの『岩人形ゴーレム』達を足止めしてください!クロも『岩人形ゴーレム』の処理を!」

「…………分かりました。やりましょう」

「わたくしが生徒達を誘導しますわ」

「………………了解」


 教師達は旅人の確信に満ちた表情を見て、素直にその指示に従う。クロは少し微妙な表情を浮かべていたが、こくりと頷き、疑問を投げかけた。


「……ロザとお前は何をするの?」


 旅人は、いつものにやけ面を見せる事無く、真面目な表情でロザの方を向き、頭を下げる。そして懇願した。


「ロザさん!大変危険なので頼みづらいのですが……僕をあの上まで運んでくれませんか?あの怪盗の元に……!」

「え?私がですか?確かに、靴さんの力を借りれば高く飛べるとは思いますけど……それから私はどうすれば?」


 旅人は様々なものが入ったその大きな帽子を脱ぎ、クロに被せる。ずしっと重いその帽子を乗せられて、クロの姿勢はガクッと下がった。


「…………何乗せて……」

「預かっていてください」


 その中には旅人の魔宝『独裁者の経典』も入っている。しかし、旅人はそれを放棄した上で怪盗の元へ赴こうとしている。


「ロザさんは僕を運んでくれるだけでいいです」

「でも私も戦えます!」

「今回は駄目なんです」


 旅人はストレッチを始める。いつもはのらりくらりとしている旅人は珍しくきびきびと動き、体を慣らしていた。そして、怪盗を見上げ、その『危険な対決』を宣言する。


「彼を『魔宝』から解放するには……『より強い負の感情』で捻じ伏せても意味はない。『魔宝』に頼って彼を打ちのめしても……彼は『悪役』から抜け出せないんですよ」


 一同はその言葉の意味が分からない。しかし、ロザはその言葉を聞いて、戸惑い気味だった表情を毅然としたものに変え、頬をパチンとたたいた。


「私は頭が悪いから、良く分かりませんけど……私は旅人さんを信じます!はい、背中におぶさって!」

「……ありがとうございます!」


 クロはロザが危険な行為に手を伸ばす事に賛成したくはなかった。しかし、今までにない真面目な旅人にそれを言う事は出来なかった。彼女は言葉にはしないが、旅人に全てを託し、言葉を贈った。


「…………怪盗、ぶっ飛ばしてきて…………できなきゃ後で……ぶん殴る」

「はは、善処しましょう」


 旅人はロザに背負われた。


「しっかり掴まっていて下さいよ!あと、舌も噛まないで下さいね!」

「はい!宜しくお願いします!」


 ロザはせーのの掛け声で地面を思い切り蹴り上げる。その体は楽々と宙に浮かびあがり、その学園の屋根へと一直線に向かっていった。


ドスン!


 その大きな衝撃音を聞きようやく怪盗はその曇った表情を明るく変えた。


「待ちくたびれたぞ……!私と闘う……お前は……誰だ?」



   ************




 旅人は『ドラマチックフィルター』の力をこう解釈した。 


 ―――――――――――『シチュエーション』を作り出す力


 それはあながち間違いではなかった。


 正確にいえば、その周囲に居る人間の思考……『妄想』を取りこみ、現実にそれを反映させる。あらゆる『枷』から人間を解き放つ『無差別発動』の魔宝。


 その枷は自制する『理性』であり、理想を諦めさせる『不可能』であり、平穏を守る『秩序』である。


 その特性故に『制御不可能』なその魔宝は、今まさに『妄想』を『現実』に変えている。


 『怪盗カタヴェリゴ』、その魔宝に魅入られた哀れな男の『妄想』を。




   ************




 旅人はばさりとマントを翻した。月をバックに立つそのシルエットは、怪盗カタヴェリゴが『欲していたモノ』に限りなく近かった。カタヴェリゴは思わず息を飲む。


「……名乗るほどの者ではありませんよ……僕はただの……」


 その姿はかつて出会った事のある男のものだった。


 そして、それは『かつての彼』とは全く違ったものでもあった。


 それこそがカタヴェリゴという男が欲していた『妄想』。自分を『悪』と称する彼が求めていた理想の『ヒーロー』。『魔宝』に魅入られた男が、ささやかな抵抗として望んでいた最高の『エンターテイメント』だった。


「通りすがりの旅人ですよ」


 旅人は、魔法を唱える様子もなく、魔宝を用いる事もなく、ただ闘う意思を見せ、構えを取った。彼が挑んだのは『肉弾戦』、拳と拳のぶつかり合い。怪盗は身震いした。


「面白い……面白いぞ……!受けて立とう、通りすがりの旅人よ!」




 偽物の夜空の下、怪盗と旅人の『ショー』は静かに、華やかに幕を開ける……




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