第5章 【ドラマチックフィルター】 推理編? 名探偵ゴーガン
それはただのショー。盗み出す品などに興味はない。ただ『演出になる』ものを狙うのみ。それが『怪盗カタヴェリゴ』の求めるモノ。自分は『怪盗』、あくまで『悪』。
演じて見せようじゃないか、『最高の悪』ってものを……
その為ならこの手を幾らでも汚そう。だから、見せてみるがいい。お前達の『力』というやつを。そして、打ち破ってみろ。この『悪党』を。
『悪』は最高の『正義』の前に敗れてこそ、輝くのだ。
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「本当に大丈夫なんですか?先生」
「ふっふ~ん!大丈夫だ!私の鼻を舐めないほうがいい!」
意気揚々と行進するゴーガンに不安を抱きながらも、バッカルゲンはその隣にぴったりと付いて廊下を歩く。その最初の目的地は『生徒会室』。
勢いよくドアを開け放つと、そこにはいかにも優等生といった感じの学生が待っていた。
「貴方が生徒会長の?」
「ええ、僕が生徒会長のカーネルです。お話とは一体何でしょうか、探偵さん」
教員達に紹介された、『この学校において、最も信頼の置ける学生』である彼は、真面目な表情でゴーガン達を迎え入れる。事情は伝えられていないようだが、何やら深刻な事態が起きている事は理解しているらしい。
「実は……」
バッカルゲンは事情を話しだす。『怪盗』の事、行方不明者の事など全てを。
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「成程、そんな事が……」
カーネルは目を閉じて、じっと何かを考える素振りを見せる。
「そこで、君に聞きたいのだよ!最近、何か変わった事が無かったか、あとあの5人の教員の話とかもね!」
「……貴女は?」
「私が名探偵ゴーガン!勘違いするな!こっちは私の助手!」
「……それは失礼しました。てっきり探偵さんの連れ子かと……」
「こらぁぁぁぁ!」
「先生、今は話を聞くのを優先しましょう」
顔を真っ赤にして、怒るゴーガンの首根っこを掴み上げてバッカルゲンはカーネルに視線を送る。カーネルはこくりと頷くと、話を始める。
「最近あった変わった事と言えば…………下着泥棒とかですかね」
「下着泥棒?」
バッカルゲンは怪訝な表情を浮かべる。カーネルも微妙な表情を浮かべて、首を振った。
「いや、あの『怪盗カタヴェリゴ』がそんな事するとは思えませんよね」
「……そうですね。では、教員の方々の話をお願いできますか?」
「悪口みたいなのでもいいぞ!噂とかでも!あ、あとさっきの下着泥棒の話も詳しく!」
何故かにやにやとにやけながらゴーガンは言う。バッカルゲンはその何かを企んでいる表情を見て、何となく気が重くなった。
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教員その1 魔法解析学教師『フェルマ』
性別、男。性格は非常に明るく、気さくで、生徒に人気がある。
しかし、一方でその賑やかな性格のせいか、大人しい生徒には嫌われがちだったり、気の弱い生徒には刺激が強い。よく冗談を言うが、その加減が効かないらしく、生徒を泣かせることも多々あり。
教員その2 呪文語法教師『グレル』
性別、男。フェルマとは対照的に、物静かで真面目な教師。その堅苦しさ故か生徒にはあまり好かれない。しかし、その真剣さを理解する生徒には尊敬されている。度の過ぎた真面目さ故に、陰で一部生徒に指導として暴行を働いているという噂あり。冷静だが、怒ると他の教師よりも厳しいことがその噂の原因と思われる。
教員その3 信仰哲学教師『ティア』
性別、女。穏やかで優しいと生徒達に人気の教師。しかし、正義感は強く、生徒の指導には非常に熱心。それ故、一般的な生徒からは信頼されているが、一部生徒に『偽善者』と反感を買っている。その担当教科故か説教臭い語りが多くなりがちなのが生徒間でも教師間でも不評。怪しい宗教団体と関わっているという噂も。
教員その4 魔法歴史学教師『ヘレン』
性別、女。おっとりした上品な教師。非常に緩い教師で、緊張感に欠けるので、真面目な生徒には悪く見られがち。しかし、時折普段から想像もできないような態度を見せる事があり、気味悪く思う生徒が居る。普段のおっとりキャラも嘘だと噂される。しかし、その態度に妙な感情を抱く生徒多数。一部、女子生徒に心酔されているのはその為か。
教員その5 魔法薬学教師『ネムラス』
性別、女。髪で顔を覆い隠した不気味な教師。いつも研究室に引き籠もっている暗い教師。生徒ともあまり話さず、気味悪がられている。しかし、モノ好きな一部生徒が興味本位で彼女に近づき、その後その研究の虜となり、一緒に研究室に籠りきりになったという事例があり、ごく一部の生徒に心酔されている事がうかがえる。怪しいクスリを生徒に飲ませるという噂あり。
生徒会長カーネルは、一通りの話を終えて、既に自分の教室に戻っていた。バッカルゲンは女子寮をどんどん進むゴーガンの後ろに続き、歩く。教員達の一通りの情報をまとめ、バッカルゲンはメモ帳を閉じた。
「先生……『下着泥棒』の話、本当に必要でしたか?」
「……まあ、興味9割、必要性1割……ってところかな」
「興味の割合大きいですね……それに珍しく積極的に動きますね」
「フフ……今回は自信があるのだ!まあ、見ているがいい!」
いつになく自信満々のゴーガンにバッカルゲンはより不安になる。今回は何か普段と違う要素でもあっただろうか?ゴーガンの持つ『特性』を考慮し、推測するバッカルゲン。しかし、それだけでは答えが導きだせる筈もない。
「しかし、今は一体何処に向かっているのですか?」
「……犯人は現場に戻る……コレ基本!」
辿りついたのは、姿を消したクロの部屋。誰もいない筈のその部屋からは、奇妙な音ががさごそと聞こえる。
「まさか本当に……!?」
バッカルゲンは予想外の出来事に目を見開く。ゴーガンはその珍しい表情をどや顔で一瞥すると、自信満々に扉を開け放った。
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「しかし、おかしいと思いませんか、フェルマ先生?」
「え?何が?」
グレルとフェルマの2人は学園内を共に歩きながら探索していた。本来なら、手分けをした方がいいのだろうが、グレルがフェルマに持ちかけた形で合同で探索するに至った。グレルはその鋭い視線を呑気に歩くフェルマに向けた。
「怪盗に動きがあったという事は、確かに怪盗がこの学園内に既に侵入しているという事。多分、予告時間までは動かない気でしょうが、少なくとも学園の何処かに潜んでいる筈」
フェルマは視線を送り返す。
「……かもね」
「では怪盗は何処に居るのでしょう?我々よりもこの学園の構造に疎いであろう外部の者が、我々の想像できない場所に潜んでいる?まさか!私は思い当たる場所は全て探索しました。しかし、見つからない。つまりは怪盗は『分かりにくい場所』に潜んでいるのではなく……『捜索できない』場所に隠れているのでは?」
「捜索出来ない……?例えば?」
フェルマは興味もなさそうにそっぽを向きながら尋ねる。その様子を見て、グレルはある結論に至る。
「……『誰か』に成り済ましている……とかですかね。多分、この『誰か』と言うのは我々、怪盗の問題に関わる者の一人でしょうがね……さて、ここで少々問題が」
「……遠まわしに言わなくていいよ、グレル先生。もう分かってるよ、アンタの言いたい事ぐらい」
フェルマはぐにゃりとその表情を歪ませ、グレルを睨み返す。グレルはポケットに忍ばせた紙片に指を触れる。
「貴方は少々気が抜けすぎている。その態度、いつもの貴方とはどうも違う気がするのですが……まあ、遠まわしに言うのは止めよう。……お前……怪盗だろ?」
「……惜しい。惜しいよグレル君よォ……俺ぁ怪盗じゃないな……だが、実に惜しい……確かに俺は怪盗『だった』……」
意味深な言葉に表情を歪めるグレル。瞬間、グレルの頭を強い衝撃が襲った。
「うぐッ!?」
「『昨日の俺』は怪盗だった。だが残念、『今日の俺』はいつものフェルマだよ、グレル君!」
突如出現した岩の拳に頭を打ち抜かれ、グレルの意識が遠のく。その倒れる姿を見て、フェルマはその醜い笑顔で顔を歪ませた。
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開かれた扉。荒らされた部屋の真ん中には女性教員の姿。先程も見ていた筈の教員の姿は今や別のものになっていた。
「はっ!?」
扉が開かれた事にようやく気付き、女性教員は振り向いた。バッカルゲンはその姿を見て、顔を引き攣らせる。
「へ……変態だーーーーー!」
似合わない叫び声を上げるバッカルゲン。そこに居たのは魔法歴史学教師、ヘレンだった。しかし、頭には女モノの下着を被っている。
「ご……誤解です!」
「現場は抑えた!もう遅い!」
ゴーガンがぴしゃりと言い放つ。もっともである。この状況はどんな言い訳をしても覆らない。ヘレンはかくんと首を落とすと、漁っていたクロの荷物から手を離した。
「ふふ……折角、怪盗騒ぎを利用できると思ったのに……わたくし、油断しました……。いいでしょう、完敗です。私が『学園下着泥棒』の犯人です!」
何故か勝手に自供を始めるヘレン。バッカルゲンは最早どん引きして言葉すら出ない。
「わたくし、女の子に並々ならぬ興味があるんです……最初はお喋りだけでした。しかし、だんだんそれだけでは満足できなくなり……気づいたら女の子の下着に手が出ていました……仕方なかったんです!」
「仕方なくないでしょう!馬鹿ですか貴女!?」
思わず、ツッコむバッカルゲン。
「……クロちゃんもロザちゃんもあまりに可愛かったんで、隙を見てキャッキャウフフしたかったのです……でも、中々隙がなくて……そしたら、まさかのクロちゃん誘拐。このチャンスを逃す訳にはいかないでしょう?だからこうして下着を漁りに……」
「最低ですね……」
「あれ?私も可愛いのにどうして名前が挙がらなかった?ねえ?どうして?」
ヘレンは涙を流しながら、立ち上がる。
「いっそ人思いに殺して!」
「大袈裟です!」
変なスイッチが入ったヘレンにバッカルゲンは冷静な対応ができなくなる。一方で、ゴーガンはにやりと笑い、ヘレンに近づきその肩をポンとたたいた。
「特別に見逃してあげよう……しかし、利用させてもらう!」
ヘレンはきょとんとゴーガンの目を見る。バッカルゲンもその意図を理解できなかった。
ゴーガンが立てたのはとてつもなくくだらない1つの作戦だった。
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「本当にうまくいくのですか?私には到底理解できません」
「大丈夫だって!行ける!」
その作戦を聞いたバッカルゲンは、そのくだらなさに正直、絶望した。
確かに、その作戦を試すにいたる『根拠』には納得した。それがゴーガンが今回自信を持って推理?を行った根拠でもある。正直、その根拠だけでも事足りると思ったバッカルゲンだったが……
「怪盗はプライドが高い筈!きっとボロを出す!」
「……もういいです」
2人は目的地にたどり着く。それはシゲンの本が置かれた保管室。そこには旅人とロザの2人が本の周囲で待機していた。
「ゴーガンさん?バッカルゲンさん?どうしました?」
「旅人君、実は面白い話があってね」
ゴーガンは嫌らしい笑みを浮かべた。ゴーガンの作戦が開始される。そして、バッカルゲンは、何故、彼女が今回、事件の真相に近づけたのか、その『真の理由』を理解する事になる。
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「大丈夫か?」
女教員ティアは、縛られたクロの縄を解きながら、声をかける。口を塞いだ布を解かれた時、ようやくクロは声を発する。
「…………貴女は?」
「事情は後でな。他の者を解放するのを手伝え」
クロは近くに転がる、情けない、良く知る男に目をやる。ティアはもう1人の女教員の縄を解き始めた。クロは黙って、その男の口の布を外す。
「ぷはっ!」
「…………何してるの?」
「クロこそ!どうして捕まっちゃってるんです!?」
その男は旅人だった。
「…………ティア先生…………助かりました…………しかし、貴女一体……」
女教員ネムラスはティアに感謝の言葉を送った後、その違和感について尋ねようとする。しかし、それは一つの声によって遮られる。
「月狐さん。急ぎましょう。やる事は多いんですよね?」
そこは『フェルマの部屋』。そこに入ってきたのは、そこに居るティアと瓜二つの人物だった。状況が掴めない3人は言葉を失う。その様子を見て、最初にこの部屋にいたティアが言葉を発する。
「困ってる間があったら急げ!直に怪盗の『演劇』が始まるぞ!」
事態は旅人達が想像していた以上に複雑に絡み合っていた。
そして、ついに、怪盗が
動く。