第5章 【ドラマチックフィルター】 過程編 それぞれの仮面
「彼女の『推理』は突飛すぎる」
ゲートは、今まで彼女の解決してきた事件を思い出す。自分の忠実な部下であり、世界的にも名を轟かせる名探偵、ゴーガン。その少女はゲートが理解できないモノの一つ。
「実績こそあれど、どうしてもその結果に結びつく『過程』が理解できない」
「過程、ですか」
鎧の大男はがちゃりと鎧を揺らして、主の横に立つ。珍しく、複雑な表情を浮かべながら、他人を語る主の顔を少し珍しそうに男は覗いた。
男も勿論、彼女、ゴーガンとの接点を持っている。男から見れば、月狐のような薄気味悪さもなく、ただただゲートに忠誠を誓う彼女を高く評価していた。しかも、複数の魔宝の情報も度々持って帰るその器量は相当のモノだと感心していた。
「いつも彼女は的外れな推理をする。しかし、『何故か』それが『結果』に結びつく。まるで、『見えない何か』が彼女を真実に導いているように」
「『見えない何か』……ですか。マスターもそういったモノを信じるのですか?」
「信じるも何も……『居る』からね。まあ、それは置いておこう」
ゲートの意味深な言葉に、男は少し奇妙な感覚を覚えた。しかし、それは『触れてはならない部分』だと感じ取り、反応は見せない。ゲートの不敵な笑みの下には、確かに深い『負の感情』が宿っていた。
「……そう、彼女は幸運の女神に愛されている。まあ、彼女にあるのは『それだけじゃない』がね」
「ええ、彼女の魔宝調査への貢献は計り知れないモノでしょう」
「そうだが…………こういう事は言いたくないのだが、彼女はどうしても『苦手』だ」
「何故です?」
「これだよ……」
ゲートは机の引き出しを開ける。すると、そこには大量の手紙が詰まっていた。その内の数枚を鎧の大男に渡すと、目を抑え、ゲートはため息をついた。
「…………読むといい」
「………………『LOVE LOVE 愛してる ゲート様!』」
「音読じゃない!黙読でだ!」
低い声でのラブレター音読にとてつもない悪寒を感じたゲートは、珍しく大きな声をあげた。男は何が主の気に障ったのか理解できなかったが、黙ってその『ラブレター』を読んだ。
「…………これに何か問題が?素晴らしい忠誠心では?」
「君、大丈夫か?もしや、君までこんな感じで私のそばに居るのか?」
「私の忠誠心は揺るぎません」
「そうじゃないだろうが!」
ゲートは珍しく感情を露わにする。男はそれが意味する事も分からぬまま、呆然と立ち尽くしている。
「……あいつ、手紙をちゃんと保管してるかチェックを入れてくるんだよ……おかげで捨てられやしない。机はもう満杯だ。しかも、怖いんだよ、あいつは!『何故か』いつも私の行動を見ているかのような手紙を送ってくる!ここ最近の頻度は特に酷いぞ!あいつ、もしや絶対に覗いてはいけない部分まで覗いてやしないだろうな!?」
「マスター、落ち着いて下さい」
かなり取り乱している様子のゲートを見て、鎧の大男は静かになだめた。そして、それと同時に理解する。
「マスター、もしや最近の『不機嫌』は、それが原因で?」
「……それもある。……大人げないな、私も。済まない、今日はもう休む」
ゲートの数少ない悩みの種は、相も変わらずその奇想天外な推理をまさに披露していた。
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学園長の後ろに立つ5人の教師はゴーガンに睨まれ、少しビクッと反応した。
「ホラ!ビビった!絶対、この中に居るって!犯人!」
「先生、少し落ち着け」
バッカルゲンは冷静にゴーガンの頭にチョップする。
「いった!コラ、助手!先生の頭を叩くとは何事だ!」
「学園長さん、怪盗が出した『予告状』を先に見せていただきますか?」
キーキーと金切り声をあげるゴーガンを無視して、助手は学園長から『怪盗カタヴェリゴ』の予告状を受け取る。
「成程、明後日19時ですか。ならば対策は明日考えるとして、今夜は互いに休養を取った方が良いかと。本番前に疲れを残していては本末転倒ですしね」
「あ、それ分かる~!遠足前に眠れなかったりとか?」
「先生、黙れ」
バッカルゲンの言葉を聞いて、学園長は後ろに居る教員達と顔を見合わせると、軽く頷き、立ち上がった。
「そうしましょう!話はまた明日ということで!では皆さん、お部屋は多めに用意してありますので、ごゆっくりお休みください!君達、案内頼むよ!」
教員達は名探偵とその助手、旅人一行それぞれに一人ずつ付き添う。そして、用意された各部屋に彼らを案内する。
それを見送った学園長は、顔を不快な感情で歪ませる。そして、名探偵ゴーガンを始めてみた人間なら誰もが口にするその一言を発する。
「本当に大丈夫なのか?あんな奴で?」
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夜も深く、学園の周囲には魔法で浮かぶ火の玉しか見えない。校舎から学生寮に掛けての渡り廊下を歩く。すぐ傍には暗い森。魔法によって何らかの結界が張られているらしく、その木々がわずかに揺れているように見える。
「どうもすいません。学生寮の空き部屋しか用意できないもので……何せこんな場所ですから。でもご安心を。一人一部屋を割り振るぐらいには空きがありますので」
火の玉を閉じ込めたランプを片手に、教員の一人は後ろに続く客人達の方を振り向き、うっすらと笑った。少し長めの渡り廊下を通り抜けると、大きな学生寮が見えてくる。
「では女子寮はあちらですので、ここで分かれましょう」
教員は二手に分かれ、それぞれ一人ずつ客人達を招き、部屋へと招待する。
うっすらと気味の悪い気配を感じながら、それぞれ客人は黙ってそれに付いて行った。
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―――――――女子寮3階
「わたくし、魔法の歴史を教えております、ヘレンと申します」
「あ、私はロザと申します!」
女子寮の廊下を並んで歩きながら、ロザは魔法歴史教師ヘレンと挨拶をした。物静かな雰囲気を漂わせるヘレナは、ロザの緊張した表情を読み取って、自ら話をし始めた。
「ロザさん、大分目が冴えているようですけど……大丈夫ですか?眠れます?」
「え、いえ、はい、大丈夫です。ただガッコウなんて始めてみたので緊張しまして……」
「あら、そうなんですか。なら、明日は学校内を見学してはいかがです?授業の空き時間もありますし、案内しますよ」
「え、悪いですよ!それに……私、ゴーガンさんに何となく付いてきただけなのに……」
ヘレンはくすりと上品に笑った。その優しげな表情は妙にロザに安心感を与える。ランプに灯る淡い炎に浮かび上がるその姿は、何か懐かしいような印象を与える。
「まあまあ、遠慮なさらずに。見学だけでも歓迎ですわ。わたくし、お話するの大好きですから」
「あ、だったら……ちょっとだけ……宜しくお願いします」
ロザは少しだけ頬を赤らめ、その申し出を受け入れた。そんな風に何気ない話をしているうちに、ロザとヘレンは目的の部屋の前に辿りついていた。
「では、隣の部屋にわたくしは居ますので、何かあったらお越しくださいな」
「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
互いに丁寧に頭を下げて、部屋に入るロザとヘレン。
ロザは部屋に入ると、にっこりと笑顔を浮かべた。一方、ヘレンは部屋にこもると、今までの優しい表情を一転させ、その顔を禍々しく歪めた。
「う……うふふっ……!うふふふふふふ………!」
抑えきれない感情を、こみ上げてくる黒い笑いを必死で手で抑え込み、ヘレンはベッドに飛び込んだ。そんな様子を、ロザは知る事もなく、明日のヘレンとの学校見学を楽しみにしながら、就寝の準備を始めた。
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―――――――――女子寮2階
「…………」
「…………」
黙々と廊下を歩くクロと、長い髪で顔を覆い隠した不気味な女。ランプで顔だけが照らされたその二人の姿は、一見すると、深夜の学校を徘徊する七不思議のような不気味な雰囲気を漂わせていた。
「…………魔法薬学教師、ネムラス。よろしく……」
「…………クロ。よろしく……」
何だコイツ、薄気味悪い奴……
と、互いに思いながらじろじろと横目で互いを観察し合うクロとネムラス。互いに知らない人間と積極的に話すタイプでもないようで、特に何も喋らずに黙々と歩みを進めていた。しかし、ただただ歩くのもつまらないので、クロは適当な話を切り出す。
「…………『シゲンの本』って……見れたりするの?」
「…………見たい、のですか?」
「…………少し」
「…………明日、学園長に閲覧許可、取りましょう」
「…………いいの?」
クロは意外な返事が返ってきたので、少しその無表情を動かした。髪で隠れて見えないその顔からは表情を読み取らせないネムラスだったが、何処となくその声は弾んでいるようにも聞こえた。
「…………ええ、勉強熱心そうな、子は…………好きですよ。……『解読』の……ヒントも、見つかるかも、しれませんし」
「『解読』…………?」
「ああ…………部屋に付きましたよ。…………私、隣の部屋に居ますので、何かあったら……」
「あ…………ちょっと…………聞きたい事が……」
バタン……
ネムラスはクロの言葉を『聞こえない振り』をして、とっとと部屋に引っ込んでしまった。クロは少しイラッとしたが、黙って部屋に入る。
「ま、いっか…………」
自分達を案内した教員達。彼らが案内を対応する組み合わせをちゃんと確認したうえで、クロは『ソレ』を問題ないと判断した。そして、明日に備えて休む準備をし始めた。
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――――――――女子寮2階、ゴーガンの部屋
「ココが私の部屋か!なかなかいいじゃないか!」
「お気に召されたようで良かったです……」
なかなか綺麗な部屋にゴーガンは満足したようで、ベッドに飛び乗り、柔らかい枕に顔をうずめた。その様子を見て、女性の教員は微笑んだ。ゴーガンは落ち着きなく、体を再び起こすと、教員に手招きをする。
「ちょっと!ちょっと!」
「はい?」
「きて!きて!」
駄々をこねる子供のように足をバタバタさせ、手招きをするゴーガンを見て教員は仕方なさそうに、しかし可愛い子供を見るような目で近くに寄って行った。すると、一瞬気を緩めた隙に、ゴーガンの手が首に回る。
「え!?」
ボスッ!
突然の出来事に女教員は驚きの表情を隠せない。気付けば、ベッドの上に押し倒された彼女は、不敵な笑みを浮かべる少女に覆いかぶさられていた。
「な、何の冗談です!?」
「やだなぁ…………私が『気付いていない』とでも思った?」
その一言、たった一言で、女は表情を一転させる。慌てていた表情は一瞬で消え去り、ただ冷たい氷のような、仮面のように張り付いた『無』の表情に。
上からその顔を見下ろしながら、ゴーガンは鼻をすんすんと鳴らす。
「舐めない方がいいよ……私を。仮にも『名探偵』なんだから!」
「…………フフ」
全くの無表情から、微かな笑い声を漏らす女性教員。その不気味さに怖気づく事もなく、ゴーガンはその無邪気な笑顔を返した。
その二人を覆い隠すように、ドアは独りでにゆっくりと音を立てて閉まった。
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―――――――――男子寮2階、『旅人の部屋』
「で、お話とは?」
部屋の椅子に座り、格好を付けてコーヒーをすする彼の前には、ゴーガンの助手である男、バッカルゲンが座っていた。スーツ姿が良く似合う眼鏡の紳士は、懐からカタンと『おもちゃの門』を取り出すと、机の上にそれを置く。
「……!」
見覚えのあるそのおもちゃを見て、旅人は目を見開いた。その反応を見て、バッカルゲンは手を広げ、その手に何も持っていない事をアピールする。旅人はそのおもちゃとバッカルゲンの顔を交互に見ながら、彼の言葉を待った。
「敵意はありません。少し、お話しましょう」
「……」
一言も言葉を発しない旅人。バッカルゲンはそれでも構わないといった様子で、自分に敵意が無い事を示す為に掌を見せ続けながら、言葉を続ける。
「もうお分かりだと思いますが……我々は『門』の手の者です」
「…………ちょっと言っている意味が分からないです」
憎らしいその名を聞き、旅人は虚勢の笑顔を顔に張り付けながら、一言だけそう言い放った。その笑顔はいつも以上に作りモノのようで、奇妙な威圧感を漂わせている。バッカルゲンは、その雰囲気から、あまりこの男を挑発するのは控えた方がいいと判断する。もとよりそんな気はなかったが。
「勘違いなさらずに……『私』はあの男の為に貴方にこうして近づいているのではない」
「どういう意味です?」
旅人は少し笑顔を緩める。バッカルゲンからは敵意らしきものは欠片も感じられず、その印象からは何か妙な感覚を感じた。そして、次の一言は旅人にとって、予想もしなかったものだった。
「手を組みましょう。怪盗カタヴェリゴの持つ魔宝、『ドラマチックフィルター』の獲得に向けて」
「ドラマチック……フィルター…………?」
聞いた事もないその魔宝の名を受けて、旅人は目を見開く。
「協力してこの魔宝を奴から奪った暁には……それは貴方に差し上げましょう。どうです、悪い話ではないでしょう?」
その意図を計りかねて、旅人は言葉を発することができなかった。
バッカルゲンは、裏に何かを隠している様子も見せずに、ただ淡々と交渉を持ちかける。無表情に、無機質に、無関心に。
「何が…………狙いですか?」
「狙い……そういうものが無ければ信用できないというのなら……お話しましょう」
それぞれの意図を覆い隠す仮面。
それは夜が深まるにつれて徐々に剥がれ落ちていく。
事件は既に始まっていた