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魔宝の旅人  作者: ネブソク
第1章 【赤黒い靴】
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第1章 【赤黒い靴】 2話 町娘と旅人

「ああ、ああ、早く……早く試してみたい」


 虚ろな眼をした男がゆらゆらと歩く。きちんとした正装に身を包み、左手に大きな革のの鞄を持ち、右手で上着のポケットをさすりながら彼はぼそぼそと呟く。


「……ああ、この契約……上手く『いかない』といいねえ……はは…!」


 男はある契約のためにこの町にやってきた。彼が雇い主に受けた依頼は『あるモノ』を手に入れること。彼に対する『報酬』はすでに彼のポケットに入っていた。

 鈍い光を放つソレは、人として越えてはいけない一線を越えた彼にとってはとてつもなく魅力的なものであった。

 にんまりと笑いながらポケットをソレの形を確かめるように撫で回す。ソレは本来、この世界に存在してはならぬモノ。


――――『火の矢』、それがこの世界でその『魔宝』に与えられた名前であった。



   **********



「全く!お前は一体どれだけうちの商品を壊せば気が済むんだ!」


 割れたビンを片付け終えたおじさんは私の足の怪我を手当てしてくれていた。


「ごめんなさい……」

「全く……ほら!これで大丈夫だろ!……ったく!包帯がもう切れちまったよ!お前はどれだけうちの包帯を使えば気が済むんだ!」

「……」


 俯いていると、おじさんは大きなため息をついて、私の手にお金を握らせた。

「新しい包帯買ってきな!」

「あ、はい!」

 私は立ち上がり、店の外に出た。



「……駄目だな、私」


 ぽろりと口から漏れる言葉。それは何年もの間、ずっと言い続けてきた言葉。それは何年もの間、私がずっと変われないでいる情けない証。

 この言葉で、自分が変われないことを認めているようで、それを許してしまっているようで、いつも嫌な気持ちになるのも同じ。


「……よし!急いで勝手こよう!」


 少しだけ痛む足を動かす準備として軽く足踏みする。お店の手伝いをしている時はいつもぎこちなく感じる足も、この時だけはまるで喜んでいるかのように弾む。

 私は包帯を買ういつものお店の方を向いて、いつものように駆けだした。



    **********



「……ねえ、何してるの?」

「フフ、小粋なカフェを見つけたので一服しているのですよ」


 無機質な少女と、うす汚い男は明らかに浮いていた。

 椅子に座り、自慢げな表情でコーヒーをすする男。綺麗で少し洒落た店先ではその薄汚れた服は余計に汚く見える。そんな男に語りかけながらも、そっぽを向いている少女。その店先でもそのテーブルの周りだけが異様な世界がつくられていた。


「クロ、あなたもコーヒー飲んだらどうです?僕の奢りですよ?ほらほら!」


男は少女の近くに置かれたコーヒーカップをツンツンと指さす。その少女、クロは横目でカップを一瞥すると、すぐにそっぽを向いた。


「……苦いの……嫌い」

「ええ!?そういうの先に言ってくださいよ!……もう!僕が飲んじゃいますから!」


 男は少女の近くのカップを取り上げると、グイと中のコーヒーを飲みほした。


「……いつ、探しに行くの?」


 少女は表情一つ変えずに尋ねた。どことなくその声からは不満げな様子が漂っている。男はにっこり笑うと、指先をすぐ傍の建物に向けた。


「……ビンゴ!」


 その時、まさにちょうど一人の町娘がその建物に入ろうとしていた。



    **********



「ちょいとそこのお嬢さん?赤い靴のあなたですよ!」

「……え、私……ですか?」


 包帯を買おうと店に入ろうとした時、後ろから誰かが呼ぶ声がした。


「そうそう!いや~お美しいお嬢さんだ!少しお話でもどうです?」


 見慣れない顔だった。薄汚れた服、マント、そして得に目につく大きな帽子。その人がこの町の外から来たという事はすぐに分かった。視線を少しずらすと、可愛らしい少女が視界に入った。全体的に真っ黒といった印象。男の人とは対照的にとてもきれいな人形みたいだ。

 その全く噛み合わない組み合わせがとても奇妙に思えて、私は少し返事に戸惑った。

 しかし、すぐに今の状況を思い出し、言葉を返す。


「ご、ごめんなさい……急いでるので……」

「え~?そこを何とかできませんか?すぐに話も終わるので」


 すぐに包帯を買って帰らなければならなかった。しかし、気になる言葉が私の耳に飛び込んできた。


「お嬢さん、よく転ぶでしょう?そんな『不可思議な』靴を履いていたら、それはもう大変でしょうねえ。もしかしたら、困ってたりしません?」

「不可思議な……?」


 私が反応したのをその人は見逃さなかった。


「『その靴の秘密』、『あなたが失敗ばかりする理由』、僕は知ってるんですよ。……もしかして、聞きたいですか?」


 『私が失敗ばかりする理由』?……『その靴の秘密』?この靴に、私が失敗ばかりする理由があるの?

 気づいた時には私は彼のほうに歩み寄っていた。彼はにこりと笑うと、席に座るよう促した。


「お嬢さん、お名前は?」

「……ロザです。……あなたは?」


 男は大きな帽子を外し、それを手に抱えると、立ち上がりぺこりと頭を下げた。そして、誇らしげな表情で口を開いた。


「僕は『旅人』……それ以外の何物でもありませんよ」



    **********



 そこは多くの魔法用品を扱う事でこの町では有名な『ゴート魔法用品店』。中には魔法に用いる、様々な大きさの瓶や、本、呪文が描かれた札が並べてある。厳つい店主ゴートと、少し……どころか相当なおっちょこちょいの看板娘ロザといえば、この小さな町フーロンに住む人間は皆彼らを知っているというほどの有名人である。

 店主ゴートが椅子に腰かけ休んでいると、一人の男が彼を訪ねてきた。


「いやあ、いいお店だねえ……なかなかいい魔法用品を扱ってる……この薬なんか我が故郷のどの店にも置いてなかったなあ……」

「……何か用かい?」


 ゴートは怪訝な表情で黒服の男を見上げた。その男が他所から来た人間だから……というだけの理由ではない。その男からゴートは確かな違和感を感じた。


「今日はある人から君に美味しい契約を持ちかけに来たんだ……とっても美味しい契約だ……」


 その男の眼は話し相手のゴートには向けられておらず、ただ虚空を見つめていた。その異様な雰囲気を、魔法に多く携わり、様々なモノを見てきたゴートは感じ取っていた。


「何だ?」


 男は片手にぶら下げたカバンから、大きな袋を取り出した。じゃらりと音を立てるその袋の口からはちらりと黄金色の輝きが見えている。


「お宅が預かってる娘……ロザっていうのか?……厄介者なんだろう?」

「……」


 ゴートは顔をしかめる。ロザの名前が出てきた事……全く知らない気味の悪い男がロザの名前を知っている事が彼の背筋に嫌なものを走らせた。それに男も気づいたようだった。

 その男のずれた視線が、その時初めてゴートを向く。


「『雇い主』が……その娘、『買ってやる』ってさ……」


 その言葉と同時に、男は手に持った大きな袋をするりと落とす。言葉を失うゴートを見下ろしながら、男はにやりと笑った。



 机に落とされた大きな袋は、とんでもない量の金貨を吐き出した……



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