第4章 【真理の塔】 最終話 Hello my sister
私の目の前にはいつも姉の背中があった。
私の世界にはいつも妹の笑顔があった。
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姉は父の影響からか、私に物心がついた頃から、ずっと魔法研究に励んでいた気がする。
机に向かい、本とにらめっこばかりの姉。難しい言葉をペラペラと父をかわす姉。私には理解も出来ない魔法を軽々と見せる姉。
格好いいなあ、そう思った。
姉の真似をして、私も研究のフリをしてみる。本はとっても難しい。魔法の仕組みも良く理解できない。でも私は姉の真似をして、必死でその格好いい背中に追いつこうとした。
初めてロウソクに火を灯した時の事は今でもはっきりと覚えている。それが私が本当の意味で魔法が大好きになった瞬間だった。
でも、姉はずっと遠くに居た。魔法が大好きになった私は初めて「悔しい」と思った。姉の辿ったレールを走っていても、私は一生姉に追いつけない。せめて、その背中にくっついていたかった。そして、姉と魔法の話をしたかった。
私は自分でレールを作る事にした。姉のしない事を自ら行って、何とか違う道を通って姉の後ろにくっつこうと思った。
でも姉の目にはそれは『遊び』に映ったのかもしれない。
姉は後ろなんてちっとも振り向いてくれなかった。
姉の魔法はいつしか私には全く理解できない何処か遠くを向いたモノになっていた。
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私は父の影響を受け、子供のころから魔法の研究というものに取り憑かれていた。初めてロウソクに火を灯す魔法が成功した時からだろうか?
新しい魔法を身につけ、それを理解出来る度に感じられる喜び。そして、それを妹に見せてやった時、妹がいつも楽しそうに笑ってくれる喜び。
いつか、私は妹と共に魔法を追いたいと思っていた。
その為に、私はもっと多くの事を学ぶ必要があった。妹に頼りにされるように、もっと大きなモノを追いかけられるように。妹は私の真似をして、多くを学んでいた。近いうちに、二人一緒に魔法の話が出来るのが楽しみだった。
しかし、妹は私が思っているよりもずっと、進んでいたのだ。
いつしか妹は私の真似などしなくなっていた。私の魔法を見て喜んでいた妹は、自分で新たな魔法を追い、楽しそうに笑っていた。私が前しか見ていない間に、妹は私の後ろから消えていた。妹は回り道をして私を追い越していた。
さも簡単に、楽しそうに、まるで私の魔法など眼中にないかのように。
妹の目は眩しかった。私のように縛られた世界などに向いていなかったのだ。
妹が初めて『自分の考えた魔法』を見せた時、妹は私とは全く違う方向を向いているのだと思い知らされた。
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「ねね様」
妹が、ミラが目の前に居た。しかも、それは現在の大人の姿ではなく、子供の頃の姿。白い世界でぽつんと立つ寂しげな少女はこちらをじっと見つめていた。
「ミラ?」
先ほど、頭に流れ込んできた……と言うよりも目の前に広がって見えた妹の、ミラの『想い』。それを見せていた窓はもう閉じて、見えなくなっている。
一言も発せず、困った表情でこちらを見つめている小さな妹。私は状況が良く掴めず、困って頭を掻こうとする。その時、さっきまで激痛の走っていた指が、折れ曲がっていた指が綺麗に治っている事に気づく。
「一体何がどうなっているんだか……」
状況の理解が出来ない。確か、『とっておき』を使った所までは覚えているのだが。じっと考えても何も出てこない。私はとにかく目の前でおどおどしている小さな妹が気になったので、軽く手招きをした。すると、子供のミラは嬉しそうに駆け寄ってくる。
「……夢か?……ああ、この時は可愛かったのになあ」
子供のミラの頭を撫でながら、デフィーネは昔を思い返す。そして、いい年して『魔法少女』とかいう痛い成長を遂げた妹を思い出し、軽くため息をついた。
「ミラ……あいつは自分なりに道を選んだだけか……何を私はムキになっていたのやら……」
そして、立派に、自分も驚かされるほどの成長を遂げた妹を思い返しデフィーネはため息をついた。
「私はあいつの事、何も分かっていなかったのかもな……」
「それは私もだよ、ねね様」
デフィーネは聞き覚えのある声にはっとする。撫でていた筈の頭はいつの間にか自分と同じくらいの高さにまできていた。魔女の格好をした現在のミラが目の前に現れていた。
「何を意地になっていたんだろうね?ねね様に追いつきたかっただけなのに……いつも喧嘩ばかりしてさ」
「追いつくも何も……お前はとっくに」
「そんなことないよ。ねね様はねね様。ずっとミラのねね様。凄くて、凄くて、凄い、ミラのねね様……」
ミラは、この『夢の中』なら、引くに引けなくなったこの感情を落ち着かせて、素直に姉に謝れる気がした。目に涙を浮かべ、言えなかった言葉を伝える。今、目の前に居る、昔のような暖かい姉ならそれも受け止めてくれると期待して。
「ごめんなさい……ねね様。ミラは勝手に嫉妬してたのかも。いつも前を向いているねね様に、追いつけない背中に……だから、魔法は『奇跡』だって……そんな幻想で、ねね様を否定したかっただけなのかもしれない」
ミラは姉の、デフィーネの目を見つめた。気難しい表情をいつも浮かべている筈のその顔は優しく緩み、言葉を零す。
「私だってそうだ……私の『理解』を超えていくお前に、私はいつも嫉妬していたんだ。だからこそ、理解できないお前を何処かで排斥しようと思っていたのかもしれない。魔法は『理論』だと決めつけるのも、全てにケチを付けたいだけの屁理屈だな。実際、お前には驚かされたばかりのくせにな」
デフィーネは可笑しそうに自分自身を笑った。
「そんなことない。ねね様は何でも『理解』できるよ」
「いや、お前の魔法も『奇跡』と認めざるを得ないな」
ミラはその言葉に少し不満げに言葉を返した。
「む、一応ミラも頑張って魔法を研究してたんだけど……いざ、『奇跡』って一言で片づけられると少しイラッとするな……ああ、ねね様もそうだったのかな?」
「……まあ、お前のそういう感情も私は『理解』出来なかったという訳だ。何でも知ったような口を聞かれたら確かにイラッとするな」
2人は笑いあった。夢の中だからこそ、心を許して。出来るならいつまでも、この夢が覚めなければいいと願いながら。
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眩しい日差しが差し込んでくる。デフィーネは開け放たれたカーテンを見て、目が覚めた事を悟った。
「ん……ここは……?」
気付けばデフィーネはベッドの中にいた。横にはもう一つベッドが並べてあり、そこには同じく光を浴びて目を覚ました妹、ミラがいた。
「あり?……ねね様?……さっきまで喧嘩してたんじゃなかったっけ?」
「……ああ、私もそう記憶している」
未だにボーっとしている頭の中を整理している2人。するとその頭を覚醒させるような大きな声で、2人が聞きなれた部下の声が耳に飛び込んできた。
「ミラ様!ほら!さっさと起きて!ご飯ですよご飯!」
「所長!とっとと起きてください!色々と片づけなきゃいけない用事があるんですから!」
黒衣の女がミラをつまみ上げ、白衣の男がデフィーネを引っ張り起こす。
「「え?どうなってるの?」」
間の抜けた声を揃えて、姉妹は首をかしげた。
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時は2日前まで遡る。それはまさに『大喧嘩』の真っ最中。
「ああ、片付きましたか?」
旅人は戦場から少し離れた岩陰でクロとロザの2人と落ち合っていた。
「始めから教えて下さいよ!『喧嘩を止めさせる』つもりだったなら!」
珍しく旅人に強い口調で言うロザ。旅人は苦笑いしながら、頭を下げる。
「申し訳ない。僕も初めからそういうつもりではなかったもので……最初はもう意地でもミラさんを勝たせようと思っていたんですけど……」
「え……あれマジだったの……?…………ひくわー……」
クロが侮蔑の目で旅人を凝視する。旅人は汗を拭きながら、その視線から目を逸らした。
「いや……あのですね、まあそれは置いといて……」
その表情を真面目に作り替えて、旅人は話し出す。
「ミラさん、デフィーネさんの話をする時、すごい自慢げに話すんですよ。嬉しそうにね。それを聞いていると彼女はずっと『意地を張っているだけ』のように思えてきましてね」
「ああ…………それもあるかもね…………」
クロも真面目な表情で頷く。
「デフィーネも妹の事……褒めてた。…………何か違和感を感じた」
「『すれ違い』……」
ロザは上空の2人を見上げ、ぽつりとつぶやいた。旅人とクロは静かに頷く。
「……ならこんな手はどうでしょう?」
ひそひそと2人に耳打ちする旅人。
「…………なるほど」
「でも、どうやってあの2人の所に?それだとあの2人にかなり近づかないといけないですよね?」
「あ!そう言われればそうですね!……と言う訳で、ご協力願いたいのですが……」
旅人がクロとロザの後ろに居る2人に声をかける。そこに居たのは白衣の男と黒衣の女。デフィーネとミラに最も近い位置で世話を焼いている2人。
「……何をする気か知りませんが、あなた方をお二人の元に運べばいいのですね?」
「……本当に……ミラ様を……デフィーネ様を救ってくれる?」
3人は声を揃えて、言い放った。
「「「勿論」」」
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白衣の研究員テスタと黒衣の魔女ジュリアは、共に残った力を込めた、風魔法『暴風』を発動させ、3人を上空に運ぶ。『魔宝』、その圧倒的な力を携えたその3人に希望を託して。
3人が運ばれたのは、姉妹の丁度真ん中。まさに2人の最上級魔法が衝突しようとするその場所だった。
打ち合わせとは違う展開ではあったが、そうも言ってはいられない。咄嗟の判断で3人はそれぞれのやるべき事を確認し合った。
クロは、デフィーネから教わった『魔法物質結合構成理論』の呪文を展開し、強力なエネルギーの塊、『生命球』の解析にかかる。
「ここらの魔法物質を集合体なら…………分析は簡単……!」
クロは素早く魔法の構成を読み取り、両手を突き出しそのエネルギー球の分解に取り掛かる。
「今までの私とは…………違う!」
ロザは風に支えられながら、足を振りかぶる。『夢の世界』であえて『痛みの知覚』のロックを解除し、痛みに耐えながら探しだした、体に負担のかからない『本気の蹴り』を放つ為、ロザはイメージを固めた。『赤黒い靴』に不気味なオーラが宿り、迫る巨大鉄箒に狙いが定まる。
「2人とも、よろしくお願いします!」
「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」
掛け声と共に、その『成長の証』は大きな唸り声をあげる。
ギャギャギャギャギャギャッ!
不快な音を立てながら、その圧倒的なエネルギーを内蔵する球体は削れていく。
ギィィィィィィィンッ!
大きく響き渡る金属音、それと共に巨大箒は徐々に軌道を変えだす。
「お見事!」
旅人の祝福の声と共に、2つの強大な最上級魔法は軌道を変え、人の居ない方へと転落する。勢いを失ったそれらは力なく地面に消えていく。
「消しきれなかった……けど、何とか逸らした……」
「痛たたた……やっぱり本番は違うなあ……」
風に抱かれながら2人は耳を塞ぐ。そして、旅人が『独裁者の経典』を開き、自分の仕事に取り掛かる。
「……『眠りなさい』」
その言葉は、自慢の魔法を弾かれ、言葉を失う姉妹の耳に届いた。2人は抗えぬ睡魔に襲われ、目を閉じる。テスタとジュリアはすかさず崩れ落ちる2人を『暴風』で受け止め、3人の元に近づける。
クロは最後の仕事として、懐に忍ばせている『希望喰』を取り出す。
「…………お願い」
『ああ、『2人の夢を繋ぐ』んだろ?簡単だ』
2人はこうして夢の中で互いの感情を知る事になる……
こうして姉妹の『大喧嘩』はあっけなく幕を閉じる事になった。
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「ハァ、疲れた……」
デフィーネはため息交じりに、新しく煙草を咥え、頭をかきむしった。今、彼女は首都の王宮前にいた。同行しているテスタは呆れ顔でため息をついた。
「こちらも疲れましたよ。世界規模の喧嘩をしたのだから事前事後報告は当然の事。王も『魔法の在り方』が決まる儀式と聞いて、了承して下さったのに、結局どっちつかず……呆れてらっしゃったじゃないですか」
「ふん、悪かったな……お前らには迷惑ばかりかけて」
「おや、珍しい。所長が謝罪するとは。今日は雨でも降るのでは?」
「それは困る。これから、ショッピングに出かけるというのに……」
「え?」
デフィーネは手を振る。その先には、微妙な表情のクロとロザの肩を抱えながら、ニコニコと笑っているミラの姿があった。
「『女の子』の会合だ。お前、先帰ってろ」
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「ハハ、仲直りできて良かったじゃないですか……僕、除け者ですけど」
研究員テスタの言葉を聞いて、旅人は微妙すぎる表情で笑った。
「ミラ様が、所長に『お洒落に気を使え』と言ったそうで……まあ、ミラ様は所長よりしっかりしてますしね。女らしさを身につけてもらえればいいんですが……」
「ミラ様は買い物長いですからね~、多分、連れまわされて旅人さんの連れのお二人もデフィーネ様もへとへとですよ」
姉妹の付き人2人は旅人と談笑していた。ミラの提案で、デフィーネ、クロ、ロザは首都のあちこちを見て回っている。夢だと思い、心を開いた姉妹二人は、その事実を知った途端、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたが、落ち着いたらすっかり仲良くなっていたという。今までのいがみ合いは何だったのかというほどに。
「単純だ、本当」
「単純ね、本当」
苦労人二人は、互いに苦笑いした。呆れるけれど大好きな自分達のボスの幸せを祝福する意味を込めて。
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―――――――――1週間後
『真理の塔』は結局、真理を示さなかった。テスタ、ジュリアが姉妹の代理として塔に同時に手を触れた。
勝者は二人。真理はなし。
しかし、これで良かったのだろう。
正しい答えなんて誰かが決めるものではない。
その曖昧な結末を、姉妹喧嘩に関わった者たちは素直に受け入れた。
「世話をかけたな」
「元気でね~!旅人君、クロちゃん、ロザちゃん!」
フィナン姉妹は首都を離れようとする旅人達の見送りに来ていた。デフィーネは旅人に歩み寄り、1枚の紙を渡す。
「これは『通行許可証』。国境を越える時に見せるといい。私がちゃんと手続きしておいた」
旅人はその通行許可証を不思議そうな表情で受け取った。
「国境を越える?どういう事です?」
「隣国、『シェンディア』には不思議な力を持った『神』と呼ばれる存在がいる。『十三呪宝』を集めているなら、その『神』に会いに行くと良い。まず間違いなく『所有者』の筈だ」
「『神』……ですか……ありがとうございます」
旅人達は挨拶をすませ、馬車に乗り込んだ。新たな魔宝『真理の塔』を積み込んで。
馬車は走りだす。新たなる目的地に向かって。
ミラは消えていく馬車に向かっていつまでも手を振り続ける。デフィーネは煙草を蒸かし、ミラの肩をポンとたたいた。ミラが笑顔で「なあに?」とデフィーネの方を振り向くと、ギラギラランランとその目を輝かせながら、デフィーネは嬉々として言葉を放った。
「さて、ミラ。客人も見送った事だし……早速、お前の改良した『練成魔法』……研究させてもらおうか」
ミラは少しイラッとした。相変わらず研究ばかりか、と。
「ねね様の……研究馬鹿!」
「馬鹿だと?聞き捨てならんな……私は『天才』だ。魔法少女(笑)に馬鹿にされる筋合いはない」
「あぁん!?今なんつった!?」
ガンを飛ばし合い、姉妹は火花を散らす。そして、暫く睨みあった後、大きな声で笑った。
この二人が、力を合わせて今までよりもずっと大きな事を成し遂げるのはずっと先のお話……
『喧嘩するほど仲がいい』、姉妹はこれからもちょくちょく喧嘩を繰り返す事になるのですがそれは置いておきましょう……
旅人達の旅が再び始まる。
次なる目的地は『神の住む山』。
……しかし、その道のりは一筋縄ではいかないものでした