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魔宝の旅人  作者: ネブソク
第4章 【真理の塔】
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第4章 【真理の塔】 5話 絶望の中の希望



 炎が旅人に直撃する。白衣の研究者は拳を握り、ガッツポーズした。異常な制圧力を見せる男をついに捉え、形勢を変えるべく、さらに前方の敵に目を向ける。しかし、その後ろからは倒した筈の男の声が聞こえてきた。


「伏せていなさい」


 たった一言で、白衣の研究者は地面に縛りつけられた。研究者は歯を食いしばり、背後に立つ男を睨む。


「くそっ!くそっ!なんでだ!何なんださっきから!」


 戦場のあちこちに現れる、魔宝『独裁者の経典』の所有者。その力は全て本物で、近付くものは片っ端から制圧されていく。


「……まあ、僕も初めて知ったんですけどね。こんな事ができるなんて」


 旅人は苦笑いしながら、大分片付いてきた戦場を見渡した。そして、最後に上空で激しい戦闘を行う姉妹を見上げると、軽くため息をついた。


「はぁ、骨が折れますね……あの2人を相手にしなくてはならないとは」




      *************




 上空の姉妹は、互いに魔法の連射を止め、睨みあっていた。このままじゃ埒が明かない、2人は分かり切っていた事を今更になって再確認する。


「やっぱり、この程度じゃ駄目ね、ねね様」

「そうだな。少しお前を舐めていた」


 ミラは懐から小さな瓶を取り出す。その瓶の中に満たされているのは赤い液体。ミラはその瓶の蓋をあけると、中身を振りまいた。空中で飛び散った赤い液体は、ミラの呪文と共にその姿を変える。顕れたのは人間。その姿は地上に居る筈の『独裁者の経典』の所持者、旅人そのものだった。


「『人形劇ドールプレイ』!さあ、ねね様を封じ込めちゃって!」

「……チィ!」


 デフィーネは妹にしようとしている事に気付き、口を動かそうとしている人形目がけて、魔法を放った。焦った為、あまり大きな魔法こそ放てなかったものの、『人形』を砕くのには十分であった。着弾と共に人形がはじけ飛ぶ。


ボン!


「何だそれは……!一体……」


 言いかけて、デフィーネは言葉を止める。そして、すぐに呪文の詠唱を開始し、目の前にまで迫った青い光に手をかざした。その豊富な知識で目の前の魔法の構成を把握し、『魔法物質結合構成理論デフィーネセオリー』、あらゆる魔法の結合を分解し無力化するその魔法で無力化しようと試みる。

 

 青い光は確かに、デフィーネの手に触れて、消えていく。先ほどまでと同じように魔法は霧のようにかき消される……かと思われた。


ゴキッ!


 そんな幻想を打ち破るように、『その音』は騒がしいこの戦場に、確かに響いた。2人の間に流れる一瞬の静けさ、そしてデフィーネに追うようにやってくる『痛み』。


「あ、あああああッ!」


 ミラの顔が悲しげに歪む。それは勝利を確信した笑顔。デフィーネが今まで聞かせた事もないような悲痛な声を漏らす。その指は、重々しい『鉄の箒』によって、ぐにゃりとあり得ない方向に曲げられていた。


「ねね様、ごめんね?本当は怪我させたくなかったけど……ねね様、凄いから。ま、ミラの方が凄かったみたいだけど……」


 今までのように、楽しそうなけらけらとした笑いではなく、本当に苦しむ姉を憐れむような悲しげな表情に、その苦しげな笑顔を浮かべるミラ。まるで、もうすぐ終わるこの『姉妹喧嘩』を惜しむように。 


「な……んで……!?何で私の理論で……捉えられない!?」

「仕方ないわ。だってこれは『奇跡』。ミラが偶然見つけた、『奇跡の魔法』なんだもの」


 ミラは、鋭い視線を未だに送ってくる姉に、静かに自らの『奇跡』を紹介し始める。


「まず、『魔宝の量産』について聞かせてあげる。あれは別に『量産』なんてものじゃないけどね。あれはただ『独裁者の経典』の特性をミラなりに解析した上で導き出した『最良の使用法』」


 最早、返事をする余裕もないデフィーネ。しかし、構わずミラは続ける。


「『独裁者の経典』は対象に命令を強要する魔宝。そして、その発動条件は、その1『経典を手に握る事』、その2『対象に声を聞かせる事』……後は『適用外条件』もあるみたいだけど、それは確認しきれなかったから省略ね」


 ミラはもう一本、新たな瓶を取り出し、その中の赤い液体を振りまく。すると再び、旅人の人形が形作られる。ミラはそこに『もうひと手間』呪文を唱える。すると、人形は空中でくねくねと動きだした。


「どう?これが私の作った魔法その1『人形劇ドールプレイ』」

「「この魔法は人形に意識を通わせ、自由自在に操る魔法なの」」


 旅人人形がパクパクと口を動かし、ミラの声を発する。ミラと人形の声が重なって奇妙な響きを生み出す。


「「この通り。この人形は使用者の声を伝達することができる。遠くの人間と連絡を取るのにも便利かもね。でも、今回は『独裁者の経典』強化の為に使ったの」」


「「『独裁者の経典』の発動条件の2つ、まずは『持つ』、そして『声を聞かせる』。ここで問題なのは『声を聞かせる』の範囲ね」」


 ミラは自分が旅人と接触してから、何度か行った実験結果を基にその範囲を説明する。


「「簡潔にまとめると、『声を聞かせる』って言うのは、本人の声であれば『伝達』しても効力があるの。まあ、考えれば当然よね。民衆は『独裁者の声』に従うのであって、『独裁者が目の前にいる』から従うのではないもの。要は『独裁者が声を発したという事実』さえあれば、その力は適応されるってわけ」」


 歯を食いしばり、折れた指を抑えながら、デフィーネはようやく言葉を発した。


「……なるほどな……!じゃあ、さっき出した『人形』は、私にこの一撃を喰らわせる為の『フェイク』でしかなかったわけか……!」

「「ご名答」」


 『人形劇ドールプレイ』はあくまで『術者』の言葉を伝え、『術者』の命令で人形を動かす魔法。したがって先程まで地上にいた旅人人形は旅人本人が操っていたもの。ミラが先程生み出した人形は、その力を誤認させて気をそらせる為『だけ』に生み出されたものだった。言われてみれば非常にくだらない作戦、それに引っかかった自分にデフィーネは苛立ちを隠せない。

 姉の表情をじっと見つめ、ため息をつくとミラは静かに人形に手を触れ、霧のように消してみせる。


「……その指痛い?ちょっと気合い入れすぎたかな?流石に鈍器でボキッじゃあ、『魔法耐性』しかつけてきてないとつらかったかな?」

「……何だ……今の魔法はッ……!?何故、私の理論で消せない……!『練成魔法』?いや、それなら私の理論で消せるはず……!」


 青い光に隠されていた、鉄の箒。その正体をミラが紹介しだす。


「『練成魔法』、歴史が比較的浅い高等魔法。発明者は名門貴族出身『ロドリー・ヴィクトラス』。己の血液を媒体に魔法物質を結合し、『物質』を構築する魔法。ミラ、この魔法が『完成形』とは思えないのよね。ロドリーって人は本当にこの魔法、この状態で発表すべきと思ったのかしら?」


 『練成魔法』は今や、あらゆる生活で役立っている便利な魔法である。高等魔法なので、一部の魔法に深くかかわるものにしか扱えないが、それで作られた『物質』は人々の生活のあちこちに存在している。原料は自分の少量の血のみで資源の消費を抑えられるので、とても重宝されている。事実、この魔法を発表したロドリーは歴史に名を刻む人物となっている。


「これは『魔法物質』をただ『物のカタチ』にしただけ。これじゃあ、安定性に欠けるのよね。『魔法物質』は元々あちこちに漂っている不可視の不安定物質だしね。だから、ミラはこの魔法、ずっと研究してたの。そしたら見つけちゃった。『本当の練成魔法』を」


 ミラは懐から自分の血液をストックした瓶を取り出し、その中身をふりまき、鉄の箒を生み出した。


「恥ずかしながら『偶然』だけどね。まあ、魔法は『奇跡』だし仕方ないかな?いつだったか練成魔法の実行を失敗しちゃってさあ、構成のイメージ作りのミスだっけ?全く予定の構成と違う『物質』が出来たの。そしたらそれがオドロキ!構成要素が『魔法物質』じゃないの!そして、ミラはこれを解析してある発見に至ったの!」


「それはこの世に存在する全ての『物質』と『魔法』の関わり!この世の『物質』全ては、『安定した魔法物質』で構成されている!ミラは『魔法物質安定構成』を発見したの!」

「魔法物質……安定構成……?」


 ミラは手に握った鉄の箒をぐっと握る。すると、その箒はチリのように消えてしまう。


「そう。これが完璧な『練成魔法』!『奇跡』でしょ!?これさえあれば『魔法物質を物質に』、『物質を魔法物質に』変えることもできるの!さっきねね様の理論で箒を止められなかったのは、それが『魔法物質』じゃない『物質』だった証拠。だってねね様の理論は『魔法物質』しか分解できないでしょ?」


 デフィーネは妹の『研究成果』に息をのんだ。ミラの言うとおりなら、それは歴史的大発見である。昔から勉強嫌いで、遊んでばかりいた妹がここまで研究に打ち込んでいたとは姉であるデフィーネは想像もしていなかった。


「……大したものだ。まさかお前がそこまで……」

「……褒めてくれるの?」


 にやりと笑い、デフィーネは使えなくなった右手を垂らしたまま、左手の人差し指を突き出し、ミラに言う。


「ああ、ご褒美に……こいつをくれてやろう」


 ミラはデフィーネの指先がぐにゃりと歪んだのを見た。ミラはそこで起こっている現象を肌で感じ取る。

 そこで起こっているのは『魔法物質』の大きな変動。先程までデフィーネが見せていた『分解』。しかし、今までとは様子が違った。


「ねね様……!?まさか……!」

「そう、終わらせてやろう。この場にいる全生命に宿る『魔法物質』を『分解』し、『搾取』してやる……」


 ぐらりと視界が歪むのをミラは感じ取る。自分の体内に宿る『魔法物質』がギシギシと不快な音を立てながら崩れていくのを感じる。生命を支える魔法の加護が徐々に取り払われ、体が悲鳴をあげだす。


「これが私の最高の研究成果……『生命球ジアース』だ。唯一無二の『魔法物質吸収魔法』。生命の営みを支える『魔法物質』を失えば……その生命はどうなるか……まだ実験していなかったんだ……」

「や、やめ……やめ……て……!ね……ね様……!」


 デフィーネの指先に徐々に青い光球が灯ってくる。生命の輝きを宿したようなその球体は、圧倒的なエネルギーを放っている。ミラは改めて、姉の恐ろしさを思い知らされる。そう、姉は、デフィーネの執念は並々ならぬものなのだ。


「み、味方まで……巻き込む…よ…!?ここにいる……みんなが……」

「そんな盾は私には効かない。油断したらお前に何をされるか分からんしな……」


 デフィーネは苦しそうな笑みを浮かべる。ミラは姉の歪んだ表情を見て、歯を食いしばり、懐から取り出した瓶を開け放ち、血液をばらまいた。


「なんで…………なんでねね様はッ!!!」


 ミラがばらまいた血は巨大な鉄の箒を生み出す。圧倒的な威圧を放ち、その質量を誇示するその箒は、一撃で大地を粉々にし得るほどの規模を誇っていた。デフィーネはその危険性を理解し、歯を食いしばる。


「なんで…………なんでお前は……!!」


 デフィーネは自らの指先に溜まった『魔法物質』を巨大な鉄の箒、そしてミラに向ける。凝縮された高密度のエネルギー体は、その力をびりびりと空気に乗せて伝えている。


 睨みあい、互いにその内に眠っていた感情を爆発させ、その『究極魔法』を向ける。


「「いつも私を馬鹿にするんだ!!」」


 2人の感情の塊が放たれる。圧倒的破壊力、『生命』を奪うその力の衝突は確実にこの周囲を巻き込むだろう。僅かに残った兵士たちのほとんどはその絶望の光景を見て、目を閉ざした。しかし、ほんの少しの兵士たちは目を見開き、『最後の希望』に言葉を贈る。


「「頼む!2人を……救ってくれ!」」


 白衣の男と黒衣の女が魔法『暴風』によって、3人の人影を持ちあげる。その人影は、まっすぐに、まっすぐに2つの脅威の間に立ち塞がった。


「お任せを……みっともない姉妹喧嘩はお開きにしましょう!」


 旅人はぱらりと『独裁者の経典』を開き、左右の姉妹に意識を向ける。


「絶対に…………かき消す」


 クロは両手を前に突き出し、『生命球ジアース』を睨みつける。


「止めて見せます!」


 ロザは落ちてくる箒を見据え、『赤黒い靴』を履いた足を振りかぶる。




 姉妹はその眩い光の中で、小さな2つの人影を見た。






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