第4章 【真理の塔】 3話 修練と決戦前夜
「歓迎するよ、『魔宝』を持つ者達」
デフィーネは寝ぼけ眼で研究所を訪れたクロとロザの2人に歓迎の言葉を贈る。『清めの雨』で服や体を綺麗にはしているものの、そのぼさぼさの寝ぐせを抱えたショートヘアーは彼女のだらしなさを強調していた。
「…………初めまして、私はクロ。…………アナタの論文をいくつか読みました」
「おお、君も魔法研究を?」
「少しではありますが……」
丁寧に敬語を使って話をするクロに少しロザは驚いたが、自分の方をデフィーネが向いているのに気づき、慌てて自分の自己紹介を行った。
「ロ、ロザと申します!あ、えと、ろ……いえ、なんでもないです……」
「はは、緊張などしなくていい。仮に君が魔法研究の分野に携わっていなくとも、私はそれで対応を変えたりはしないよ」
「は、はい……」
デフィーネは穏やかに微笑むと、クロとロザを交互に眺めて、顎を抱える。
「事情は部下が話しただろう。……では早速、君達の持つ『魔宝』を見せてもらおうか」
言われたとおりに、クロは持ってきた『夢想の泡』と『希望喰』を見せる。ロザは履いている『赤黒い靴』を脱ぎ、デフィーネに見せた。デフィーネは初め、驚いた表情を見せた後、再び顎を抱え、何かぶつぶつと呟くと再び話を初めた。
「『赤黒い靴』……驚いた。『十三呪宝』を持っているとは想定外だった。そして、この木彫りの蛇は一体?」
「……『希望喰』、と言えば分かりますか?」
「これがか……!という事は『十三呪宝』が2つ……!君達、一体何者だ?」
デフィーネは驚きを隠そうともせず、素直なリアクションをとった。研究者たる彼女でも、『十三呪宝』複数を纏めて目にするのは初めてのようだった。
「何者でもありませんよ…………」
「そうか、そうだな。それを気にしても仕方あるまい」
デフィーネはにやりと笑う。彼女からしてみれば、『十三呪宝』2つを戦力に数える事が出来る事は嬉しい誤算であった。しかし、それと同時にその所持者の顔と魔宝を見て、一つの疑問を抱く。
「ロザ、君は戦闘経験は?」
「あ、あの……全く無いです」
何処か抜けた表情をした、普通の娘にしか見えないロザはデフィーネの予想通り、戦闘とは無縁の娘だった。これでは上手く『大喧嘩』に生かす事は難しい。
「そして、クロ。確かに『夢想の泡』と『希望喰』の組み合わせなら、『希望喰』の力は生かせそうだが……それは『実戦向き』ではない事を理解しているか?」
『希望喰』は定位置に長い期間置き、『根』を張り巡らせる事により、力を発動する魔宝である。故に、持っているだけでは実戦でその力は利用しにくい。仮に『夢想の泡』で眠らせた相手に『希望喰』を利用して、動きを封じ込めようとしても、相当な接近が必要となる。しかも、多対多の激しい戦闘において相手を眠らせるメリットが少ない。『希望喰』で深い眠りに落とさない限り、『夢想の泡』で眠った人間は他の人間に簡単に起こされてしまうだろう。
あらゆる観点から見ても、『希望喰』が多対多いの『大喧嘩』には不向きな事が分かる。
勿論、クロはそれを理解していた。
「『夢想の泡』は牽制に使います……『希望喰』は『大喧嘩では実際に使いません』」
「……どういう事だ?」
デフィーネは目を細める。
「……使うならば『準備』で」
「なるほど……!それは名案だ!」
「え?どういうことです?」
ロザが首を傾げる。一方、デフィーネはその真意を即理解したようで、明るい表情を浮かべた。クロがロザにも分かるように説明を開始する。
「『希望喰』は『夢を操作する』。…………そして『夢の世界』では思い通りの事を起こせる。…………これって利用できると思わない?」
実際に馬車の中でその夢を体験したロザは、少しの睡眠でも多くの経験が出来た事を思い出す。
「確かに……『体を鍛える』みたいな事は出来ないけど…………意識的な特訓なら?」
「?」
未だに理解が追いつかないロザにクロは結論だけを述べる事にした。
「ロザ、あなたは…………『希望喰』の作った『夢の世界』の中で、『赤黒い靴』の扱い方、戦闘の感覚を特訓をするの」
「特訓……」
ロザは『赤黒い靴』を見つめて、静かに考えを巡らせた。クロを守れるようにと、色んなものを守れるようにと考えていたが、それを実現する手段までは考えつかなかった。しかし、今言われた通りに、自分を鍛え、『赤黒い靴』をより理解すれば、『守る力』を得る事につながるのではないか?ロザはすぐに頷いた。
「私、やります!絶対に強くなります!」
「ああ、頼もしいな。是非頼む。それと、クロ。『希望喰』で私の部下も特訓させてくれないか?『ある重要な魔法理論』をあいつらに理解させるには時間が足りなくてね。もしかしたら『根』を張る時間が足りないかも知れないが……」
クロは『希望喰』の方を見る。すると、『希望喰』はしばらくの間をおいた後、言葉を発した。
『無理だね。1週間じゃ出来ても『夢の世界』に連れて行けるのは5人。それ以上は不可能だ』
「ほう、喋れたのか『希望喰』は……!まあ、5人か……ならば選りすぐりの者にだけで良いから頼もう。……それとクロ。これは良ければの話なんだが……」
デフィーネは、小さな指に乗るサイズの魔法札を取り出し、ぶつぶつと呪文を唱える。すると、その小さな紙片は一瞬で資料の束へと変化した。
「これは私の新しい理論……良ければ『希望喰』の『夢の世界』の中でこれをマスターしてきてもらえないか?」
「デフィーネの……新しい理論……!」
クロは珍しくその虚ろな眼を輝かせる。
「本当は部外者には見せないんだが……戦力増強の為と、それと礼のつもりだ。君も研究に携わる者なら為になると思うのだが……」
「……喜んで」
デフィーネはにっと笑い、資料をクロにぽいっと投げると、勢いよく立ち上がった。
「頼むぞ同志。あと1週間もないからな」
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「あはははははは!ミラ感激!ファンは大歓迎よっ!」
「光栄です!魔法少女と握手出来るなんて……!」
数人のミラの部下が、白い目で見つめる中、旅人はにやにやしながら、初めてあった魔法少女(?)と握手していた。
「旅人さん!あなたの力、ミラに貸してくれるのねっ?」
「勿論ですとも!」
旅人は今まで生きてきた中で最高の笑顔で頷いた。
ミラはここまで『魔法少女』として自分を尊敬してくれる人間に出会ったのは初めてだったので満更でもない様子で、旅人に椅子に腰かける事を促した。
「さあ、旅人さん。あなたの魔宝……ミラに見せて?」
「少々お待ちを……」
ごそごそと帽子を漁り、旅人は一冊の本を取り出した。それを見て、驚いた表情を浮かべるミラにその魔宝の名を伝える。
「『独裁者の経典』……これが僕の魔宝です」
「すっごい……『十三呪宝』じゃない……!しかも『独裁者の経典』……!?これ、何処で手に入れたの!?」
「それは秘密ということで……魔法は『奇跡』、理解の外側……でしょう?」
「……そうね!あなた、最高!よ~く分かってるじゃない!」
ミラは理解ある人間が自分の協力者になってくれた事が、『十三呪宝』を戦力に数えられることよりもずっと嬉しかった。『独裁者の経典』ならば、今回の『大喧嘩』においても、申し分ない力を見せてくれるだろう。それに加えて只者とは思えないこの男のこと、ミラは勝利に近づいている事を確信した。
「期待してるよ、旅人さん!一緒に魔法の奇跡を世界に思い知らせてあげよっ!」
「ええ、任せてください!」
「じゃあ、一緒に『決めゼリフ』の特訓よっ!今日からあなたは魔法少年!」
「おお!やりますよ!やってやりますよ!」
苦笑いしながら部下達は2人の様子を眺める。本当にこの人達、大丈夫だろうかという不安を抱きながら。
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「…………ユメ、『魔法粒子の分解』の本お願い」
『ユメってなんだよ……』
「『希望喰』って長い…………めんどくさい。……いいから本」
『……ったく、おい、デフィーネ!『魔法粒子の分解』の本だとさ!』
『希望喰』は現実のデフィーネに声をかける。すると、クロの手元には瞬く間に指定した本が握らされていた。『希望喰』はその傍にモノを置く事でそれを夢の中に引きずり込む事が出来る。これにより、デフィーネ伝いに必要な資料はすぐに夢の中に持ちこめた。
そして、夢の中では時間の流れを遅らせる事も出来る。既に何時間もの時間をこの中でクロは過ごしているが、現実世界ではほとんど時間が経っていないらしい。しかも、『疲れ』を感じないのも大きなメリットだった。
『なあ、現実で1時間したら一旦全員起こすぞ。少しは休憩を挟まないと精神に異常をきたす。飯もちゃんと現実で食べろ。分かったな』
「…………ええ、分かった」
クロは黙々とその難解な論文に向かい合っていた。幼いころから魔法研究の論文を大量に読んでいた彼女にもそれは理解の外側にある難解なものであった。しかし、読む事に慣れている彼女にとってそれはあまり苦ではなかった。
「絶対に…………マスターする」
クロは新しく来た必要資料に目を通し、その論文を再び読み進める。
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無数の黒い人間が、ぞろぞろとロザに襲いかかる。ロザはその強靭な脚力で一旦距離をとりながら、敵の動きをよく観察した。
ロザ……マズハ動キヲ良ク見ル事……
私達ナラ、敵ガ視界二入ッタ時点デノ対応デモ十分間二合ウ……
「はい!」
『赤黒い靴』の指導を受けながら、ロザは『夢の世界』で戦闘訓練を積む。勿論、身体能力を鍛える事は『夢の世界』では不可能なので、鍛えるのは『戦闘センス』である。そして、『赤黒い靴』の操り方も同時に鍛える。
足ハ無暗二振リ回サナイ!
「はい!」
少しずつ、ロザは戦闘の感覚を磨いていく。『殺しの道具』である『赤黒い靴』を、『人を制圧する』為に使うには、相当の鍛錬が必要であろう。好きな環境が作れ、特訓相手も無限に用意でき、体力も消費せず、時間を多く取れる『夢の世界』はこの特訓に適していた。
走リ方モ良ク考エテ!出来ルナラ、相手ノ動キモ意識シテ!
「はい!」
ロザは必死で『赤黒い靴』の指示を受け、動く。そして、自分でも考えながら徐々に戦闘のセンスを磨きあげていった。
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「そこでミラは言った訳!『魔法少女☆ミラクルミラ、参上!あなたに奇跡を見せてあげる!』」
「おお!」
「そして、自慢の魔法でバッタバッタと魔法兵士達を気絶させて一気に制圧したの!いやぁ~我ながらすごい『奇跡』だったわ~」
「すごい!」
ミラの武勇伝を聞き、夜遅くまで起きている旅人。目を輝かせるその様子はまるで子供のようだった。
「ふあぁ、眠っ……。旅人くん、そろそろ寝かせてもらっていい?睡眠はとっても大事でしょ?美容の為にも健康の為にも!」
「そうですね!話はまたにしましょう!おやすみなさい!」
旅人はミラの自室から立ち去り、素晴らしい笑顔で足を弾ませた。
「いやぁ~楽しいですね、ミラさんは!何とかして彼女に……」
しかし、旅人は表情を曇らせる。
「…………出来る限りの事はしましょう。彼女が傷付かないように」
旅人は旅人なりの決心を固め、戦いに臨む事にした。
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時はあっという間に流れ、『大喧嘩』は明日に迫っていた。
準備を万全に整え、心を静める者。
戦いの直前ながら、自分を未だに高め続ける者。
複雑な思いを抱き、空を見上げる者。
それぞれの者のそれぞれの夜があった
「さあ、ミラ……明日だ」
「フフ、ねね様……明日ね」
姉妹は笑う。楽しそうに、そして寂しそうに。
2人が抱くその心情は誰にも理解できないだろう。
綺麗な満月が浮かぶ決戦前夜
『真理の塔』は一体何を導くのか……?