第4章 【真理の塔】 2話 決裂
平原の真ん中で、旅人達は突然現れた白衣と黒衣の男達の話を聞いていた。
「我々は魔法研究者、『デフィーネ・フィナン』の使いの者です」
その名前を聞いた時、一番反応を示したのはクロだった。
「デフィーネ…………もしかして、あの『魔法物質論』の?」
「おお、よくご存じで!貴女ももしや魔法研究の分野に?」
「昔に論文を一通り……彼女の研究はとても興味深いものばかりだし……尊敬もしてる」
「でしょう?あの方はまさに天才!何せあの……」
「おいおい!説明は途中だろーが!」
熱く語り出した白衣の男の言葉を遮り、黒衣の男が声をあげた。
「俺らのボスは、超大物魔法使い『ミラ・フィナン』だ!名前くらい知ってるだろう?」
「おお!ミラ!知ってますよ、超有名人じゃないですか!」
こっちに喰らいついたのは旅人。
「ミラと言えば、3年前の『サタニア戦争』!『宗教国家サタニア』と周辺国の間で起こった大規模な戦争を、彼女一人で無血の終結に導いた英雄じゃないですか!」
「そう!何を隠そう俺は『サタニア』の魔法兵士だったが、あの人に惚れこんで下で働かせてもらってるのだ!」
「おお~!『魔法少女☆ミラクルミラ』……是非お会いしたい!」
「いや……その呼び方はやめてくれ。自分の上司がそんな恥ずかしい呼び方されるのは……」
「え?自分で名乗っているのでは?」
「まあ、そうだが……」
「おい!説明途中だぞ!」
今度は白衣の男達が話を遮る。
「あの~、どちらも『フィナン』って事は……ご家族ですか?」
たった一人、事情を全く呑み込めないロザがその熱狂的な雰囲気の中で恐る恐る手を挙げて尋ねた。すると、白衣の男の一人が説明を始める。
「確かにその二人は姉妹です。有力な魔法研究者『ロード・フィナン』の娘であり、互いに偉大な功績を残しております。世界でも屈指の『天才姉妹』として知られていますが……」
黒衣の男が面倒臭そうに呟く。
「世界でも屈指の『険悪姉妹』としても知られているんだな、これが。まあ、何でそんなに仲が悪いかは知らないが」
白衣の男達も黒衣の男達も同様にため息をついた。
「その二人が1週間後、再び『大喧嘩』を予定しておりまして……しかも今回は『十三呪宝』を用いた、世界的にも超重大な規模のものを」
「せ、世界規模の喧嘩ですか……?」
ロザがにわかには信じられないといったように尋ねる。しかし、旅人は『十三呪宝』というワードを通して、その意味を理解する。
「『真理の塔』ですか……」
「その通り」
旅人は顎を抱えて、考えるような素振りを見せた。
「それでは『大喧嘩』レベルで済むのですか?その二人の力を考えると最早それは『戦争』レベルの話になるのでは?それに僕達を巻き込もうと?」
「いえ、『殺傷魔法禁止』のゲームのようなものですよ。言わば『真理の塔争奪戦』と言ったところでしょうか」
白衣の男の一人が強い口調で訴える。
「デフィーネ所長は、魔法を全ての人間に簡単に扱える『システム』として作り替えようと考えている!そうすれば魔法を学ぶことができず、生活に苦労する人間にも魔法の恩恵を与える事が出来る!彼女の魔法理論の正しさを全世界に認めさせる事で、世界は大きく進歩するのです!」
黒衣の男も対抗して主張する。
「ミラ様は、魔法をより『奇跡』に近づけようと考えているんだ!人間の理解の及ばない『奇跡』に!人間の創造しうる範囲の魔法では世界全体はそこで停滞してしまうだろ!だからこそミラ様の魔法思想を世界に浸透させ、より大きな魔法を生み出す事で、世界全てを救う『奇跡』が起こるのだ!」
男達は睨みあう。互いに自分達が信じる『理想』を持つ彼らに譲るモノなど一切無かった。だからこそ、彼らは理不尽な『大喧嘩』であっても、自分の信じた人についていく。
「デフィーネ所長に協力して頂ければ、用の済んだ『真理の塔』は差し上げます!どうか、我々の理想の為にそのお力を!」
「ミラ様に協力してくれるならこっちだって『真理の塔』くらいくれてやらぁ!」
ずいずいと迫る黒衣と白衣。どちらに協力しても、『真理の塔』が手に入る可能性はある。『どちらの勝率が高いか』、『どちらの考えに協調するか』によって、この後の動きも変わってくる。それに、『殺傷魔法禁止』の『大喧嘩』とは言ったものの、その勢力、力を見るに、その『大喧嘩』が本当に危険の無いものなのかも疑問である。
最初に口を開いたのはクロだった。
「私は……デフィーネに協力させてもらう」
「え?クロ?」
ロザが驚く中、クロはポケットから二つの魔宝を取り出す。それは、キセル型の魔宝『夢想の泡』と、木彫りの蛇『希望喰』。馬車から降りるときにポケットに忍ばせておいたようだ。
「私が持ってるのはこの二つ……戦力になるかはアナタ達が判断して……」
「勿論。こちらも所長の探知した強い魔力を辿ってきましたので、信用はしてますよ。御協力感謝いたします」
「おいおい!なんでだよ!何でそんな奴らに!?」
黒衣の男達も当然黙ってはいない。声を荒げて、クロに迫った。しかし、クロは無表情で淡々と答える。
「私は彼女の事を尊敬してるし…………彼女の研究にも興味があるしね。よく分からない魔法使いよりは、デフィーネの方が信用できる」
「ちょっとそれは聞き捨てなりませんね、クロ」
それに反応したのは、黒衣の男達では無く、旅人だった。言葉を発しようとした黒衣の男達も思わず驚いた表情を浮かべる。
「ミラですよ?あの魔法少女☆ミラクルミラですよ?」
「だからそれはやめろって!あの人、そんな年齢じゃないから!」
旅人に、真剣な表情でつかみかかる黒衣の男。しかし、旅人は構わず続ける。
「何考えてるのか分からないガリ勉さんよりも、正義の魔法少女の方が格好いいでしょうが!」
「『少女』って年じゃないって言ってんだろ!そういうのは抜きにしてくれ!恥ずかしいから!」
「何を言いますか!『魔法少女』はいつまでたっても『魔法少女』ですよ!」
旅人のあまりの剣幕に黒衣の男達は思わずたじろぐ。ついでに少し引く。
「聞き捨てならない…………デフィーネがガリ勉?…………ミラだか何だか知らないけど……そっちこそただの痛い奴でしょ」
「クロ!魔法少女を馬鹿にしてはいけません!正義の味方ですよ!?」
いつの間にか、依頼を持ちかけてきた黒衣と白衣の男達よりもヒートアップしている旅人とクロ。2人は凄まじい迫力で睨みあうと、その視線をロザに向ける。
「ロザさんは」
「ロザは」
「「どっちの味方!?」」
正直、どちらにも思い入れの無いロザ。しかし、今まで見た事もない2人の迫力に気押され、どちらかを選択する事など出来なかった。
「あ、あ、私は……」
「「はっきりと!」」
既に涙目になっているロザにぐいぐいと迫る二人。あまりにも気の毒だと感じた黒衣と白衣の男は思わず止めに入った。
「落ち着け落ち着け!分かったから!」
「そうです!もっと冷静な話し合いを……」
「「すっこんでろ部外者は……!」」
当事者たちを『部外者』呼ばわりする旅人とクロ。突っ込みたくても、怖くて突っ込めない黒衣と白衣。クロは焦れったくなったのか、ロザに歩み寄り、手を引っ張った。
「私達は……デフィーネ側につこう……!あいつはどうでもいいから」
「え!?ク、クロ……!そんな……!」
おろおろととり乱すロザを気にする様子もなく、クロは旅人に背中を向けた。対する旅人もふんと鼻息を荒げるとクロに背中を向ける。
「じゃあ私はミラにつきましょう……正義は必ず勝つのです……!シロ、こっちに来てください」
「旅人さんも……!」
ロザが振り向き声をかけるも旅人は振り向こうとせず、馬車をひく白馬のシロも旅人に素直についていく。
「「絶対に勝つ……!」」
背中を向かい合わせ、旅人とクロは決裂を宣言する。黒衣の男達も白衣の男達もそれぞれの協力者を黙って、素直に受け入れた。ロザだけが、この状況に戸惑いを隠しきれず、潤んだ目で2人の背中を見回していた。
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「……本当に大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
未だに物の散らかった研究室内で、煙草を蒸かし、瓶の中で揺れる光を眺めるデフィーネに、研究員の男は尋ねた。
「『魔宝』の所持者とはいえ、ろくに知りもしない人間を信用するなど……」
「知っているさ。向こうはどうか知らないがな」
帰ってきた意外な返答に、研究員は驚きの表情をつくる。煙をふぅっと吐き出し、デフィーネはにやりと笑った。
「『ここを訪れる奴のこと』はとっくに知っていると言ったんだ。この喧嘩を予定する前に、ちゃんと確認をとってきたからな」
「確認……?」
デフィーネは研究員が困った表情を浮かべる事を見越したように、嫌味な笑顔を向けて、その奇妙な言葉を吐いた。
「『神様』にな」
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「『神様』ぁ?」
「そうそう!『神様』!必ず当たるって有名なんだからぁ~!『神様の予言』!」
怪訝な表情を浮かべる、黒衣の女に対して、魔女ミラはその反応を楽しむように笑いかけた。
「信じられない?そう、それが『魔法』よ」
ミラの信じる『魔法』とは、何者の理解も及ばない『奇跡』。それは彼女の下につき、慕う者達にとっても同じ事。アクセサリを選び終えたミラは立ち上がり、傍にあった箒を取り上げると、くるりとそれを回転させる。
「まだまだ、『認識』が足りないの……人はもっと『魔法』を『奇跡』として讃えるべき」
女がずっと見ていたにも関わらず、箒は何時の間にかミラの手から姿を消していた。女はぽかんと黙ってそれを見つめている。
「ねね様みたいに『魔法』を『理解』するなんて愚かな事……ねえ、そう思うでしょ?」
「……そうですね」
その一見無邪気に見える笑顔には、圧倒的な威圧が込められていた。YES以外の返答が残されている筈もないほどに。
「それを1週間後に、ミラが示してあ・げ・る……!魔法少女☆ミラクルミラ……いっきま~す!」
「いい年して何言ってるんですか……あなた今年で23でしょう?」
「ミラは永遠の13歳よん!魔法少女に歳の話を振るなんて笑止千万!」
いつもの無邪気な痛い魔女の表情に戻ったミラを見て、女は少し安心した。最近、部屋で思いつめた表情をしていた彼女を気遣っていたのだが、そこまで余裕がないわけではないらしかった。
―――――――出来る事なら、姉と喧嘩などせずに、お互いの思想を批判し合わないで仲良く進んでほしいなど言える筈もなく、女は尊敬するこの魔法少女(自称)にただ笑顔を向けた。
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「所長でもそういうもの信じるんですね。てっきり『存在も証明できないものは信じない』とか言うものかと」
「実際に居るんだ。仕方ないだろう」
デフィーネの信じる『魔法』とは、理解し解明することのできる『現象』。彼女の研究を見て、その理論を聞いてきた人間にはそれが当然の事であった。瓶の中の光が消えると、簡単な呪文を唱え、手につまんだ煙草を一瞬で焼失させると、立ち上がった炎を握りつぶすように消して見せた。
「しかし、それを人智の及ばぬ『奇跡』と信じて終わらせていいのか?全てのものは『説明可能』なんだよ。『奇跡』など、理解に乏しい『凡人』の言い訳に過ぎない」
不敵な笑みのそこには、確かな信念。普段はだらしなく見える彼女でも、魔法研究の事となったらまるで別人である。研究員はその迫力に思わず息をのんだ。
「理解できるか?それが『天才』と『凡人』の差だ」
否定などできない。目の前に居る『天才』には確かな力があった。
「ミラのように『魔法』を『奇跡』と讃えるのは『愚者』のする事。人間は『魔法』を正しく『認識』する必要……義務がある。そうだろう?」
「ええ」
否定など出来る筈もない。彼女の内から溢れ出る自信は、研究員に否定の余地すら与えない大きなものだった。
「1週間後……決めようじゃないか。正しいのはどちらか。……と言う事で私は寝るので、研究室の片付けを頼む」
「また人任せですか……分かりましたけど、ちゃんと自室に戻って休んでください!あと、『清めの雨』も忘れずに!臭すぎます!」
「相変わらず口うるさいな……何処で寝ても一緒だろう……臭いだって私は気にならないし……」
「いいから言う事を聞いてください!」
ぐしぐしとぼさぼさの髪の毛を掻き毟ってぶつぶつと文句を言うだらしない所長の背中を見送って、研究員はため息をついた。
――――――――――出来るなら穏便に事を済ませてほしいのです。それぞれに考えがある事を受け入れて。
などと言える筈もなく、散らかった部屋の掃除を始めた。
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「クロ!良いの!?旅人さんとあんな別れ方をして!」
白衣の男達の馬車に乗せられた2人。ロザはこそこそと先ほどの旅人との喧嘩についてクロに問いかけた。すると、クロはくすくすと笑うと、ロザの頭を撫でた。
「…………ごめん。あれ、演技」
「え?」
白衣の男達に気取られぬように、クロは囁いた。
「どちらが勝つかなんて分からない……勝った方に付いていないと魔宝を入手できない……だとしたら、何が一番確実な一手?」
「…………あ!」
「簡単でしょ?…………『両方に付けばいい』」
これで、例えデフィーネとミラのどちらが喧嘩の勝者になっても、協力した彼らは『真理の塔』を得る権利を得たのだ。どちらにも属さずに『真理の塔』に手を出すのは、姉妹に喧嘩を売るのと同じ。そのリスクよりはこちらの方が圧倒的に安全で確実。そう踏んでの一手。
「旅人さんとそこまで計画して?」
「ううん…………あいつも多分気づいては居ると思うけど…………正直、ミラを語る姿には引いた」
クロは冷めた目で正面を見つめた。ロザはクロの表情を見て、苦笑いしながらも、2人が強くつながっている事を意識した。相談もなしにこんな計画を実行できるなんて……ロザには少しだけ2人がうらやましく思えた。
「まあ、あいつを公式にぼこぼこに出来る機会が出来たし…………」
「……クロ、もしかしてさっきの計画って口実?」
「さあ……どうかな?」
クロの不気味な笑みに少し冷や汗をかきながら、ロザはふと思った。
……本当にこれでいいのかな?と
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「クロがあんなに魔法少女に理解が無いとは驚きでしたよ!」
旅人は不服そうに声を荒げた。旅人の馬車に乗せられた黒衣の男達は少しだけ気まずそうにしていた。
「なあ、ミラ様を良く思ってくれるのはいいが……『魔法少女』ってのは止めてくれ。俺らも必死でそんな痛い部分を世間から隠しているんだから」
「痛いってなんですか、痛いって!」
旅人の頭の中に作戦などといったものは皆無だった。彼にとって魔法少女☆ミラクルミラは絶対的ヒロイン、それを否定することは絶対に許せないのだ!旅人は結構残念な人間なのだ!
「僕がヒーローになりましょう……!ミラクルミラと共に正義を貫く……!」
厄介な奴を連れてきてしまったなぁ、と後悔しだす黒衣の男たちは、それと同時にこいつと自分達の上司ミラが妙に意気投合しそうな悪寒を感じていた。
大喧嘩の舞台は着々と整っていく……