第4章 【真理の塔】 1話 求道者
ここは『首都』から少しだけ離れた巨大な研究所。そこでは多数の研究員が日夜魔法の研究を続けている。この国の王も、世界でさえも認める、最大の魔法研究所である。
「所長……失礼しま……臭っ!」
白衣を纏った男は部屋に入った瞬間、思わず顔をしかめた。資料が積み上げられ、無数の魔法関連の道具が積まれた汚い部屋。その真ん中の机に突っ伏して居るのは白衣の女。
「ちょっと!一週間目を離したらこれですか!起きてください!ねえ!」
「……ん、もう朝か?」
「昼ですよ!」
女は体を起こし、ぼんやりとした目をこする。傍にあった眼鏡をかけ、ぼさぼさのショートヘアーをぼりぼりと掻く。目の下に浮かんだ色濃いクマが、規則正しい生活とは無縁だという事を示していた。
「『清めの雨』くらい毎日使ってくださいよ!それと、研究室の掃除もちゃんとしてください!」
「私は多少汚いのは気にしない」
「こっちが気にするんです!多少じゃないし!」
がみがみと男に叱られ、女は面倒臭そうに傍に掛けていた白衣を羽織る。そして、そのポケットから煙草を取り出すと、口にくわえ、ぼそぼそと呪文を唱えた。
「…………『インフェルノ』」
「ちょっ!?」
ゴウッ!
激しい音と共に、強烈な炎の柱が立ち上がる。その炎は部屋の天井まで達し、そこらにある資料を燃やしつくす。女はその先に煙草を近づけ、火をつけた。
「燃えてる!燃えてる!研究室が!」
「…………慌てるほどの事じゃない」
女は煙草を右手で持ちながら、炎の柱に右手をかざし、ぶつぶつと何かを呟く。すると、巨大な炎はまるで霧のように消失してしまった。
「煙草の火をつけるのに、炎の上位魔法使うバカが何処に居ますか!?」
「む、馬鹿だと?聞き捨てならんな」
「馬鹿でしょうが!資料はどうするんです!?」
「もう全部覚えた。それに片づけろと言ったのはお前だろう?」
「あんたって人は…………!!」
男の研究員はぷるぷると握った拳を震わせる。今すぐにぶん殴りたい衝動を抑えて、研究員は所長であるこのだらしない女に、報告する予定だった事を話しだした。
「……所員達も順調に準備を進めています。しかし、『あの理論』までを理解するのはやはり無理なようで……」
「おいおい、大分簡単に纏めたはずだぞ?」
「いや……所々重要な説明が抜けてます」
「常識を省いただけだ」
「貴女の常識と我々の常識は違います!貴女程の天才は少なくともこの研究所にはいません!」
「そうだろう?私は天才だ。馬鹿ではない。先ほどの非礼、詫びてもらおうか?」
「ああ、もう!あんたって人は!」
面倒臭い所長にいらいらさせられる研究員は頭をかきむしった。
「しかし『あれ』を使える者が私のみとなると…………少し苦戦するかもな」
「苦戦って……十分我々の研究成果は一国の軍隊レベル以上のモノになっているのですよ?幾ら『所長の妹』といえど敵う訳が……」
「認めたくないが、あいつは『天才』だ。私と同じな。どんな手を打ってくるかは分からんが、きっと並大抵の魔法では太刀打ちできないだろう」
真面目に語る所長を見て、研究員は息を飲んだ。この所長はだらしなくて、面倒臭い性格をしているが、『冗談や嘘、不確かな憶測』などは言わない。彼女が語るのは『確かな事実』のみ。この女の中でどんな考えや確信が渦巻いているのかは、その研究員に分かるはずもなかった。
所長は机に置いた、奇妙な置物をちらりと見る。細い針がゆらゆらと揺れているのを見て、彼女はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「…………さて、戦力確保と行こうか。おい、何人か精鋭を用意しろ。出来るだけ戦闘用魔法に精通している奴が良い」
「……何をする気です?」
女はさらりと、何の問題もないかのように、その一言を告げた。
「『誘拐』さ」
************
「うわおっほう!」
ロザは変な声を上げながら、馬車の中でバサッと飛び起きた。その拍子に打ちつけた頭をさすりながら、興奮した様子で、声をあげた。
「すごい!すごい!貴方の力、すごいですね!」
『そ、そうか?』
「ちょ!そんなにすごいんですか!?僕も次、お願いします!」
『あ、ああ、分かったよ……』
旅人とロザの2人が囲んでいるのはついこの間入手した魔宝『希望喰』。彼らに危害を加えてきたこの魔宝は、危害を加えた同行者などにどのように接すればいいか悩んでいたが、それは無駄な事だったらしい。
その同行者は、何もなかったかのように彼を受け入れた。それどころか、今、旅人とロザの2人は『希望喰』の力を楽しみだしている。
旅人は、バハクから貰った魔宝『夢想の泡』に息を吹き込み、浮かび上がった泡を自分の指でツンとつつく。その瞬間、旅人は一気に眠りに落ちた。
(こいつら……無神経すぎるだろ!あんな事があったのに、もう忘れてるのか!?)
『希望喰』は正直、自分はこの同行者達に嫌われるものと思っていた。多分、この力を使うこと無く、何処かに仕舞われたまま旅をするモノと思っていた。しかし、ちょっとした親切心で『夢』を操作して、眠っている同行者に『良い夢』を見せてやった所、今の状況に至った。
『希望喰』は旅人の『夢』をちょちょいといじって、その理想に形を近づける。しばらくすると、眠っている旅人がにんまりと気持ち悪い笑顔を浮かべだした。
「私ももう一回良いですか?」
『あ、ああ、構わないけど……いいのか?』
「はい!」
ロザも同じく、『夢想の泡』に触れ、夢の世界に入る。『希望喰』が同様に夢を操作する。
『おいおい……冗談だろ?ボクが怖くないのかよ……?』
『希望喰』はどん引きする。この呑気な2人に。そして、恐らく自分に最も嫌悪感を抱いているであろう、その無機質少女の表情を恐る恐る確認した。
(怒ってるだろ、絶対……)
彼の行いに最も怒りを示していた少女クロ。「許さない」とまで言っていた彼女が今の状況を笑って見ているはずがない。
しかし、そこには思いもよらぬ表情があった。
そっぽを向きながらも、何故か、ちらっちらっと木彫りの蛇、『希望喰』の様子をうかがうクロ。何処となく、恥ずかしそうな表情を浮かべているようにも見える。どうしたものか分からずに『希望喰』が黙って様子を見ていると、クロはぼそっと呟いた。
「私だけ…………仲間外れ?」
『……お前も寝たらいいだろ』
何となくこの少女の言わんとしている事は理解できた『希望喰』。
「……私は別に……許してないし……」
『良いから寝ろ寝ろ!お前にまた『丑の釘』使われたらたまったモンじゃないしな!別に嫌がらせなんて今更しないっつーの!』
「べ、別に…………私もやってみたかったわけじゃないから……」
クロはそう吐き捨てると、『夢想の泡』を使って、こてんと眠りに落ちた。『夢』を軽くいじって、『希望喰』はため息をつく。
『こいつら本当に大丈夫か……?』
大丈夫デショ…………
1人残された『希望喰』が呟くと、思わぬところから言葉が返ってきた。それはぐっすりと眠るロザの足元からの声。
『『赤黒い靴』……だっけ?』
魔宝、『赤黒い靴』は同じ魔宝に語りかける。
アナタヲ迎エ入レル為二、ワザト間抜ケナ振リヲシテルンデショ……
心配ナンテ要ラナイデショ……
『赤黒い靴』の言葉を聞いて、『希望喰』は、少し考えを巡らす。こいつら、本当にボクに気を使ってるのか?それでわざとこんな風に?確かに、そうでもなきゃ簡単にボクを受け入れないよな……
真昼間から爆睡しているこの同行者達を見て、少し感謝の気持ちを抱きかけた魔宝に対し、もうひとつの魔宝は余計なひと言を発した。
マァ……意外トタダノ間抜ケダッタリスルケドネ。
……余計な事を考えたのが馬鹿だったようだ。気の抜けた3人の寝顔を眺めながら、『希望喰』は、変に何も考えずにこの旅に付き合う事を決めた。
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ある程度時間がたった頃、首都の周りの『ミドリ平原』をゆっくりと馬車は進んでいた。
中に居る3人は流石に眠るのをもう止め、外の景色を眺める。
「広いですね。まだ首都は先ですか?」
「う~ん、まあ、もうちょっとですかね?」
「……首都まで行く必要も……無いかもね」
周りを見渡す旅人とロザにクロはぼそりと呟いた。
「気配が大分近づいてる…………今、魔宝があるのは首都じゃないかも……」
「おかしいですね。所有者が居るなら町の中にいるものと思ってましたが……」
胸元に手を当てて、『丑の釘』から伝わってくる魔宝の気配をたどるクロ。確かに魔宝特有の、特に『十三呪宝』の持つ強い『負の感情』が刺さった釘から伝わってくるが、それは今まで感じた気配とは少し違っていた。
『負の感情』には違いないが、何処か崇高な意思のようなもの。それをたどりながらクロは馬車の向かう方向を指示する。
「もうちょっと………東寄り……」
「ふむ……シロ、もうちょっと東に方向を変えてください」
旅人の言葉を受けて、白馬のシロは素直に方向を変える。しかし、すぐにシロは立ち止まってしまった。
「ん?どうしました?」
旅人がそれを不審に思い、馬車の窓から前方を覗きこむ。すると、そこには白衣に身を包んだ3人の男が立ち塞がっていた。旅人は馬車からすっと飛び降り、その男達の前に歩み寄る。
「何か用ですか?」
「…………『魔宝の所有者』は居るか?その方にご同行願いたいのだが」
「どういう事です?」
旅人が怪訝な表情で尋ねると、男たちは3人そろって頭を下げた。
「協力していただきたい事があります。勿論、報酬は最高のものを用意しております」
「いえ、報酬って……まずは事情を……」
白衣の男の中央は、旅人達の目的を知っているかのように、事情を聞こうとする旅人の声を遮り、その報酬の名を告げた。
「『十三呪宝』の一つ……『真理の塔』。それが我々が用意できる報酬です」
旅人は、表情を変える。『十三呪宝』という言葉を聞いた、ロザとクロも馬車から顔をのぞかせる。旅人一行の顔を見回した中央の白衣の男は、不敵な笑みを浮かべ、威圧的な言葉を放つ。
「なお、ご同行頂けない場合は『実力行使』させていただく。それほど私達は『魔宝の所有者』の力を欲している」
旅人は身構えた。白衣の男たちはその様子を見て、旅人が『実力行使』に対抗してくるのだろうと予想し、身構える。
しかし、旅人がその意識を向けたのは、白衣の3人組ではなく、『後ろから迫る黒衣の3人組』だった。
「後ろ!」
「何!?」
白衣の3人組は振り向き、黒衣の3人組の放った魔法をバックステップで回避する。
「何故貴様らが!?」
「それはこっちのセリフだよ~ん!まさか、お前らも『助っ人』を?」
対峙する白衣と黒衣。旅人はその様子を見て、少し困った表情を浮かべた。
「あの~、話が飲み込めないので…………話を聞かせていただけないでしょうか?」
すごい形相でにらみあう両陣営は同時に旅人の方を振り向く。その気迫に思わずのけぞる旅人だったが、白衣と黒衣の男達は、取りだそうとしていた魔法札をひっこめ、旅人の方にお辞儀した。
「すみません。何分、気が立ってまして……そうですよね、事情も説明せずに……」
「突然悪かったな~?ちゃんとオレらが説明しちゃうからよ~?」
「いや、私達が……」
「おめ~らは引っ込んでろよ!」
「何!?」
「あ~~もう落ち着いてくださいよ!」
旅人は面倒臭そうに、大声をあげた。実際、これから巻き込まれる事件は非常に面倒臭いものであろう事は、すでに旅人一行全員が理解していた。
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それはそのさわやかな平原には似合わない、黒い不気味な古城だった。それは知る人ぞ知る、魔法使いの住処。魔法技術を磨く魔法使いが多く集まる、『魔法研究』にうってつけの城。一流の魔法使いを目指す者の大きな目標にもなっているこの城の主は鏡に向かって丁寧におめかしをしていた。
「ミラ様~?本当に『助っ人』なんて要りますかね?ミラ様の奇跡の魔法さえあれば、楽勝でしょ?」
「駄目駄目!ねね様を舐めたら、痛い目みるよ~?」
三角帽子に長い髪。不気味なアクセサリを身にまとい、黒衣に身を包んだその女は、まさに『魔女』と呼ぶにふさわしい格好をしていた。
「あなた達の魔法じゃまだまだ不安だしっ!まあ、ミラ的にはねね様との『一騎討ち』で勝負を決めてもいいけどね!」
全く頼りにされていない自分達を恥ずかしく思いながらも、黒衣の少女は目の前の魔女なら仕方がないと思った。
誰がこの魔女に勝てるものか。一国の軍隊でさえ潰せるでしょこの人なら。
魔女、ミラは髪をくるくると指に巻きつけて、鏡の前でにっこりと笑った。
「怖いな~!ねね様、一体どれほどすごくなってるのかしらっ!ミラも『すごい』けど……ねね様も相当『すごい』ものね……!」
何処か楽しそうに、何処か寂しそうに、魔女は呟いた。
ついに迫ってきた再会を前に、魔女は心の底からの笑顔と共に、その強い意志を示した。
「さあ、どっちが本当に『正しい』か……勝負よ、ねね様……!」
黒衣の女はそんな魔女を見て、深々とため息をついた。
――――――――――結局、私達は姉妹喧嘩に巻き込まれるだけなんだよなぁ
恐らく、この戦いに参加する者全てが抱いているであろうその思いを、女は再確認した。
皆が呆れる姉妹喧嘩まで、あと1週間……