第3章 【丑の釘】 最終話 クロ
―――――――――――――現在、『娯楽の町レディア』にて
「とまあ、こんな感じでお終いです」
『おい』
旅人は不満そうに、手に持ちあげた木彫りの蛇『希望喰』を凝視した。少年の声は、ため息のような音を漏らした。
『中途半端なんだよ!その先は!?何でアイツがお前についてきたとか!』
「物語の歯切れがいつでも良いモノだと思ったら大間違いですよ」
旅人は『希望喰』を馬鹿にするように笑った。木彫りの蛇から漏れる少年の声が怒りを表現しながらぎゃあぎゃあと喚きだす。旅人はその声が喧しかったのか、仕方なさそうに話し出した。
「放っておいたら衰弱死してしまいそうな少女を、無理矢理抱えて連れてきただけです。あ、誘拐とかじゃありませんよ?」
『…………じゃあ、結局、あいつの父親は駄目だったってことか』
「ええ、僕の魔宝はあくまで『心に語りかけるモノ』。心の壊れた人間には何もできませんよ」
旅人は、忌まわしい昔を思い返し、薄暗い表情を浮かべた。彼にとっても忌まわしい過去であり、何より一人の少女に自分のミスで深い傷を負わせてしまったその過去は、旅人にとって忘れられるはずもないものだった。
「……最善の手はなかったのか、今でも思いますよ。でも、過去は取り戻せない。だから、僕は一生クロの憎しみと悲しみを受け止めていかなくてはならない」
『…………憎しみ、ねぇ』
『希望喰』は意味深に呟いた。
旅人は、7年前からずっと、自分はクロから憎まれてもしょうがないと思っていた。それだけの事を自分はしたのだ。
『お前、案外何も分かってないんだな』
「……何がです?」
『希望喰』はため息交じりに呟いた。彼女の『夢』を覗き、彼女の感情を真っ向から受けた彼だからこそ、分かる事。しかし、それを言っても無駄な事は分かり切っていたので、『希望喰』は適当にはぐらかした。
『何でもないよ、別に』
「何ですか、それ」
『希望喰』は、説明しても無駄だとは思っていても、何処かこの鈍い男に無性に腹が立ったので、言葉を選んで、適当な事を言ってやった。
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―――――――――――――現在 『魔法薬専門店2階』にて
「クロは…………どう思ってるの?」
クロの過去を一通り聞き、ロザはクロに問いかけた。無表情なその少女の抱えるモノは分かった。しかし、どうしても分からないモノがあった。
「何…………って……?」
「旅人さんのこととか、お父さんのこと。クロは一体どう思っているの?」
それはその悲劇を受けたクロの心。何故、彼女は旅人について来たのか?心を壊された父を、自分に釘を打ち付けた父を彼女はどう思っているのか?
クロは別段、暗い表情も見せずに、いつも通りの表情でつぶやいた。
「父の事なら…………恨んでないし……引きずってもいないよ……まあ、強いて言うなら……」
「強いて言うなら?」
ロザは真面目に体を前に乗り出す。そのロザの顔を見て、クロは一発軽くデコピンをすると、うっすらと笑った。
「子供の時に『丑の釘』を刺してくれたおかげで…………その影響か、釘を刺された時から姿が変わらない事は…………恨んでる。おかげで何度…………ガキだと馬鹿にされた事やら……」
冗談めかして微かに笑うクロを見て、ロザは少しむすっとした表情を浮かべた。しかし、続けて質問する。
「旅人さんは?」
クロはロザの不機嫌な顔を見て、笑うのを止める。そして、無表情ながらも真剣さを漂わせながら、言葉をゆっくりと発した。
「きまってる…………」
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『あいつ、自分で自分に『丑の釘』を刺して、ボクに攻撃したんだぞ?ああ、思い出したくもない』
「…………ええ、出来れば寿命を縮める事になるので、やめてほしかったんですが。貴方のせいでね」
『ああ、悪かったよ』
「……いえ、だから何です?」
察しが悪い男だと『希望喰』はため息のような声を漏らした。わざわざ遠まわしに恥ずかしい言い回しをしたのに、台無しである。
『『丑の釘』を扱う条件、分かってるだろ?』
「……はい。で、それが?」
『希望喰』は、諦めたように、語り出した。
『『愛する人間』に突き立てる事が『呪い』の代償だ。じゃあ、あいつが、クロが自分に釘を突き付けられたのはなんでだ?』
「…………自分を愛しているから?」
当たってはいるが、言いたい事までは察していないだろうと思った『希望喰』は、構わず続ける。
『憎い人間と旅をしている自分を愛せるか?』
「…………はあ?」
気の抜けた声を出し、未だに理解を示さない旅人に『希望喰』はいい加減嫌になってきたようで、乱暴に話を打ち切った。
『ああ、もういいよ!こんな鈍い男は確かに憎まれてるかもな!』
「ええ?何で怒るんです?」
『希望喰』はもう喋らなかった。きっとこいつには一生理解できないんだろう。そう思って。
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「悪く思ってる人間から…………『貰った名前』を好き好んで使うと思う?」
クロの話から、『クロ』というのはこの少女の本名ではない事はロザにも分かっていた。という事は旅人がくれた名前なのだろうか?
とにかく、ロザは優しく微笑む少女が、あの男、旅人を微塵も憎んでいないことだけは確かな事だと分かり、少しほっとした。
「…………感謝してる、あいつには。…………客観的に自分の周りを見れないほど……子供じゃないしね」
「そうなんだ……この前『旅人さんを蹴っ飛ばして』なんて頼まれたから、憎んでいるものかと」
クロはクスリと意地悪な笑みを浮かべて、ロザの額を小突いた。
「…………いじわるしたくなるの。…………鈍いからね、あの人」
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――――――――――――――現在 『丑の釘』によると
娘は私が思っているよりもずっと大人だった。
壊れた父にしがみ付いて、泣きじゃくるだけじゃなかった。
彼女は彼女なりに、自分を見つめていた。
自分を救ってくれた旅人、最期まで自分を思ってくれた従者、優しかった父、その全てを受け入れ、彼女は父の手から離れる事を決めた。
旅人のミスを責めるつもりはない。自分を傷つけた父を憎むつもりもない。
ただ、彼女は前だけ見て進む事にしたのである。
私は素直にその選択を祝福する。
そして、出来れば私を扱って欲しくなかったが
彼女が私を『扱えた』事は、とてもうれしく思う
自分自身を、『今を』、愛してくれて
これからも私は、『丑の釘』は寄り添おう
『宿命』を共にするモノとして
クロ、私はお前を愛している
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休憩を終えたロザは店の倉庫の片付けをしていた。
クロの話を聞き、彼女の抱えるモノを知ったロザは、これからの事に思いを巡らす。
クロの持つ『丑の釘』。それは生贄に打ちつける事で、他者に呪いをかける魔宝。そして、呪いをかける度に、それは深く深く刺さっていき、『釘が完全に生贄の胸に埋まった時』、生贄は『死』を迎える。
今回の事件についてもクロは隠さず話してくれた。そして、『丑の釘』の使用の反動で自分が倒れたということも。
これからも、もし何かが起こって、彼女が『丑の釘』を使わざるを得ない状況に陥った時、彼女は迷いなくそれを使うだろう。そうしたら、彼女の寿命は間違いなく縮む、いや下手をしたらすぐにでも死んでしまうかも知れない。
それに、ロザはクロが苦しむ姿を絶対に見たくなかった。
「頑張らなきゃ……私も。クロに心配かけないくらい、クロを守れるくらいに……」
決意を胸にロザは足元の靴に声をかけた。
「これから沢山頼る事になるかも……その時はよろしくね、靴さん」
…………ウン、イツデモ力二ナルヨ
頼もしい相棒と共に、ロザはこの旅に対する認識を改め直した。
守られるだけじゃいけない。私は何かを守れる人間にならなくちゃ。
ロザの目には今まで以上の輝きが宿っていた。
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魔宝『希望喰』は旅人の懐の中で悩んでいた。
今度会った時、クロに何と声をかければよいか?他の同行者にも何と挨拶をしたらいいか?
『…………難しいな』
迷惑をかけた人間への謝罪の言葉は全く思いつかず、『希望喰』は生まれて初めて大きく悩んだ。
『…………よろしく……とか?いや、う~ん……』
悩みながら、不器用な魔宝は少女クロの過去を思い返す。
あいつも辛い思いをしたんだな。それなのに、ああも明るくいられるものなのか……
悩みを、他者に怒りをぶつける事でごまかしてきた彼には、クロはとても眩しく映った。
『……ボクにも何か……できないのかな?』
残酷だった魔宝は、初めて、誰かの為に何かをしようと思った
夢の中にしか干渉できないけれど、せめて夜は『良い夢』を見せてやろうかな?
魔宝はこれから自分も付き添う事となる旅に思いをはせた。
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『眠らない町』は『眠れない町』でなくなっても、『眠らない町』のままだったようだ。
『希望喰』の影響も大分落ち着いて、眠っていた人間は全て帰ってきていた。
それでも、この町の人間はずっと騒ぎ続ける。
その楽しげな雰囲気は、ほんの少しだが
悲しい気持ちを吹き飛ばしてくれる、そんな感じがした。
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早朝、時はあっという間に過ぎ、旅人一行がレディアを離れる日。
「バハクさん、1週間ありがとうございました!」
「…………いやいや、助かったよ。それとこれ……少ないかも知れないが」
1週間のアルバイトを終え、挨拶するロザにバハクはお金の入った袋を渡した。
「え、こんなに一杯……悪いですよ!」
「受け取ってくれ。すまなかったね…………色々手伝いをしてもらって」
バハクの暗い表情を見て、ロザは彼の思う事を理解した。彼が『希望喰』を扱い、彼女に手を出した事も、バハクが旅人に頼まれてそのことをロザに隠している事も知っていたロザは、優しく微笑んで、お辞儀した。
「じゃあ、これは有難く受け取ります。バハクさん、お元気で!」
「ああ、ロザちゃんも元気でね……」
魔法薬品店からクロが出てくる。結局、彼女はこの町の殆どの時間をこの店で過ごしていた。体調が回復した後もロザの仕事ぶりをずっとまじまじと観察していたのだ。そして、結局夜遅くまで店に居て、泊めてもらう毎日だった。
「クロ!じゃあ、そろそろ行こう!」
「うん…………」
ロザは最後にバハクにもう一度、深く頭を下げて微笑んだ。
「私は元気ですよ。何も問題ないです。また、この町に来たら、絶対に会いに来ますから」
バハクはこの娘が自分に気を使っている事を感じ取った。罪を悔い、びくびくとしている自分を救うために言葉を選んで、励まそうとしているのだと感じとった。
「ああ、ありがとう…………いつでもおいで」
バハクはロザに優しく微笑んだ。
そして、離れていく2人の少女の背中が見えなくなるまでずっと2人を見送っていた。
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旅人は待ち合わせ場所の宿の前で一人寂しく待っていた。
「うう、結局2人とも宿には一度も来ませんでしたね……」
『はは!やっぱりお前、嫌われてんじゃん?』
旅人の傷口を抉るようにからかう『希望喰』。そろそろ本気で涙目になってきた旅人の前に、ようやく2人の同行者は姿を現した。
「ああ!待ちましたよ、2人とも!」
「ごめんなさい!遅れました!」
旅人は2人に駆け寄る。そして、クロの方を見ると、真っ先に顔色をうかがった。
「体調は大丈夫ですか?まだ痛い所があったりしませんか?」
クロは無表情でつんとそっぽを向くと一言だけ「別に」とつぶやいた。そのいつもの表情を見て、旅人は安心したようににっこりと笑った。
「それはよかった!さあ、2人とも行きましょう!」
旅人はくるりと方向を変えて、町の出口を指さした。
「ありがとう……」
クロは聞こえないくらい小さな声でぼそりと呟いた。無機質な表情を浮かべながらも、何処となくその頬は赤く染まっているようにも見えた。
レディアの町に別れを告げ、彼らの旅はまだまだ続く。
クロは、町から消えた薄暗い雰囲気を実感しながら、
自分の過去を振り返りながら、
旅人とロザの居る『今』を噛みしめて、
誰にも悟られぬよう、くすりと笑った。
次に待ち受ける魔宝は何だろうか?
一向が目指すは『首都』
物語はまだまだ続く…………
第3章終了です。
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