第1章 【赤黒い靴】 1話 町娘の事情
ここは何の変哲もない町。
私はこの町で生まれ、この町で育ってきた。私はこの町が大好きだ。
ガシャーン!と大きな音が鳴り響く。
「またかロザ!お前はどうしてこんなに使えないんだ!」
「はい……ごめんなさい」
いつもの事だった。
私の父親は私が生まれる前にいなくなった。
私の母親は大分前にいなくなった。
私に残されたのは、母の形見である薄汚れた赤い靴だけだった。
「お前は本当に反省してるのか!今すぐここから追い出したっていいんだぞ!」
おじさんは顔を真っ赤にして怒っている。いつもの事だ。
この顔を見るたびに、私は自分の情けなさに嫌気がさした。
両親を亡くし、行き場のなかった私をおじさんは引き取ってくれた。嫌そうな顔をしながらも私に居場所をくれたおじさんに私はとても感謝している。
おじさんはお店をやっている。様々な魔法用品を取り扱うお店だ。私は少しでも恩返ししようと、手伝いを積極的にやってきた。でも、うまくいかない。
――――――なぜか、私はいつも転んでしまう。
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「うんうん、落ち着いた町ですねぇ」
「……」
「こういう少し淋しげな町って、たまに来るとすごくいい感じがしますよね?なんというか……大昔に忘れてきた大切な『何か』がある……みたいな?」
「……寒い」
「え?それどういう意味です?」
静かな町を一際目立つ2人組が歩いている。
やたらと喋るのは少し汚れたマントを羽織り、大きな帽子をかぶった、気の抜けた顔をした男。にっこりと笑っている……というよりは笑った口を顔に張り付けたかのように表情を崩さない。
それに対し、隣を歩く背の低い少女は絵に描いたような無表情を一切動かさない。長い黒髪をなびかせ、男の小汚い服とは対照的な綺麗な黒い服をひらひら揺らしながら黙々と歩く。
見慣れない奇妙な2人組に町の人々の視線は集まっていた。
「傷付くなあ……寒いって……寒いって」
男は少し口を尖らせ、顔を伏せ、背を丸めて立ち止まってしまう。見るからに『いじけたフリ』と分かるような表情と素振りである。黒い少女はそれを気にも留めず、2、3歩歩いたところで立ち止まった。
「……寒気がする。多分……『ある』」
少女の言葉を聞いた途端、男の背筋はピーンと伸びる。……というより、少女が話している途中から反応している。……まるで何を言うのかを知っていたかのように。
「何だそうか!いやあ、勘違いしてしまいましたよ!僕に向かって君がそんな冷たい事言うはずないですもんね?」
「……寒い」
少女は男に聞こえない位の声でぼそりと呟く。男はその言葉に全く気付かずにわははと笑った。
「さて、この町で出会えるのはどんな素敵な『魔宝』でしょうか?『金を生み出す魔女の大窯』か?『人を生き返らせる奇跡の杖』か?……はたまた、『人を転ばせる愉快な靴』か?」
男は腕を広げて、まるで舞台に立つ演者のようにくるりと回ってポーズを決めた。
「それは出会ってからのお楽しみ!」
「……一生やってろ」
2人を見つめる町の人々の冷たい視線、平凡なこの町で奇妙な騒ぎが幕を開けようとしていた。