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魔宝の旅人  作者: ネブソク
第3章 【丑の釘】
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第3章 【丑の釘】 4話 丑の釘



――――――――――――――――7年前 クロによると



 新しく私の世話係になったその人、レーベはとても明るい人だった。前の真面目で物静かな世話係、ククルのように落ち着きや安心感といったものはないものの、私にとってはとても新鮮で面白い人だった。


 主に彼女の仕事は給仕や掃除などであったが、それ以外の時にも時々私の部屋に顔を覗かせてくれた。


「いや~、掃除も意外と大変なもんですね~!狭い部屋しか掃除した事ないからびっくりですよ~!」


 仕事にも慣れてくると、私が許した事もあってか、彼女はとても砕けた感じで話すようになった。元々、堅苦しい事は苦手だったらしく、この仕事もやっていけるかどうか不安だったという。


「いつもご苦労様です」

「いえいえ、お嬢様の為ならば!そして、ご主人様の為ならば!例え火の中水の中!槍が降っても働きましょう!」


 くるりと器用に箒を回すと、レーベは得意げに胸を張った。私は彼女の動きの一つ一つが見ていて楽しかった。私の周りには、無機質な世話係と父しかいなかった。父は確かに私を大切にしてくれた。しかし、その他の召使達は何処か余所余所しくて、人間味がなかった。彼らはあくまで仕事で私に接している身。それも当然だろう。

 そんな中で、人間味に溢れた彼女の存在はとても貴重なものだった。


「さて、お嬢様。今日も読書ですか?」

「う~ん、もう全部読んじゃいました。……だから、あの……」


 レーベは、私のもじもじとした様子を見て、いつも通りに微笑んだ。

彼女がここで働き出して、随分たった。私には読書以外の新しい日課が出来ていた。


「さ~てさて、前は何処まで話しましたっけ?」

「え~と、確か……」


 彼女は私に『外の世界』のお話を聞かせてくれた。彼女の昔話だったり、嘘も交えた物語だったりと、彼女は色々な事を話してくれた。

 彼女の人生は決して幸福なものでは無かったらしい。辛いことや悲しいことの方がずっと多い人生。しかし、彼女はそれでも悲しいことや辛いことを全部笑い話に変えてしまった。時々、私が彼女の悲しい過去の話で、暗い表情を見せても、全て笑い飛ばした。


「悲劇なんて笑い飛ばすものですよ!だって、私には今があるんですから!だから、お嬢様。クビにだけはしないで下さいね?私、流石に泣いちゃいますから!」


 彼女が言ったとても印象的な台詞。彼女はとても強かった。裏表なく、真っ直ぐで、眩しかった。そして、とても優しかった。


「外には……もっと色んな事があるんでしょうか?」


 レーベは話の途中、私の目を見て、きょとんとしていた。しかし、すぐに笑顔を作り直すと、話を続けた。

 彼女は気づいていた。そして、気づくまでもなく、彼女は思っていた。

 この広いけれど狭い世界に閉じ込められた私の事を心から心配し、ずっとここに居るのは間違っているのではないかと。


 外への憧れを抱きだした私の目を見て、レーベはやりきれない気持ちになって、また酷い罪悪感を感じていたらしい。

 その罪悪感が彼女に、『決して取ってはいけない行動』を取らせてしまうことになるなんて。




        **************


――――――――――――――――7年前 『丑の釘』によると




「ご主人様、この間のご無礼、お許しください」

「……ああ、いいさ」


 その従者、レーベは一昨日、あろうことかこの男に「お嬢様を外に出してあげてほしい」と懇願した。私なら、その必死な目を見たら、断らずにはいられないだろう。本当にその娘を想っている人間の目。この男にも見習って欲しいくらいだ。

 男は当然、激怒した。「お前に何が分かる」、男は憎悪に満ちた目で従者を睨みつけた。


 その時は身を引いたものの、この女はまだ諦めていなかったらしい。決意に満ちた目をしている。


「しかし、私はどうしても諦められません。お嬢様に外の世界を見せて差し上げたい。その気持ちに変わりはありません」

「……何故、ただの雇われの身でありながら……そこまで?」


 男は尋ねた。前も他の従者にした質問だ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。今ならまだ間に合う。


「……彼女の目を見ていますか?彼女のあの……」


 この男に言葉など通じない。どんなに偉大な王の言葉さえも、どんなに清らかな聖人の言葉でさえも、この男を止める要素になど、成り得ないのだ。


 レーベの体はずんと揺れた。やはり前の従者ククルと同じだ。


「ああ、私の質問には答えなくてもいい。ああ……やはり急いだ方がいいだろうか?神よ……」

「……え?」


 自らの胸に深く突き刺さった剣を見て、レーベの顔が一瞬で真っ青になる。気付く事も出来ぬまま突き刺さっていたその剣からは、赤い血がぽたりぽたりと滴り落ちていた。


 前の従者ククルも同じ運命を辿っていた。真面目に、黙って仕事をこなしていた彼女も、ずっと閉じ込められている娘に特別な感情を抱いていた。そして、この女と同じように動いた。

 アリアが苦しんでいた時も、言葉をかけた人間が無数にいた。その人間すべてを、この男は容赦なく排除していた。何も変わらない。この男は誰にも止められない。


「そうだ、今だ。今すぐ。今すぐに『儀式』を取り行おう!さあ、今!アリアを失ってから、初めて!連ねてきた私の想いが!花開くのだ!」


 男は冷酷に手をくいっと動かす。最早、息も絶え絶えで、ろくに立ってもいられないレーベは、その娘に迫る危機を感じ、顔色を変える。しかし、その不可思議な力に体を引っ張られ、深く剣を胸に抱えたまま、哀れな女の体は窓を突き破り、暗闇の中に投げ出された。


「さあ、『丑の釘』!私の『愛』を!試す時が来たのだ!」


 ああ、私は何故、こんな『醜い力』を抱えて生まれてきたのだろうか?



 

     ************



 私はその女、アリアに一目惚れした。

 美しく儚くも、強い芯を持ったその女は、魔宝である私にとってすら、高尚なものに見えた。この男が、思い直し、私を彼女に振り下ろす事を止めてくれたら……何度もそれを願った。


 しかし、闇に取りつかれた男は、本来、成し得ることなどできない、私の力の『発動条件』を見事に満たしたのだ。


 『十三呪宝』、『うしくぎ』。

それはこの世で『最強』にして『最悪』の『呪詛』をもたらす邪悪な魔宝。


 その所有者は『愛する者』にその黒い大きな釘を打ち付ける事により、『望んだ相手』に『呪い』をかけることができる。

 それは、身体だけでなく精神でさえ削り取る、『激痛』。それを受けた者は、一瞬のうちに絶命する。それほどに強烈な『痛み』。

 そして、当然、『丑の釘』を打ち付けられた『愛する者』にも、その『激痛』は与えられる。『人を呪わば穴二つ』、所有者に帰る『呪い』は、『愛する者』の永遠の苦しみ。


 釘を打ち付けられた『生贄』は、やがて、その痛みから逃れるように『心を壊す』。虚ろな目で、ただただ『痛み』に耐え続ける『人形』になる。その釘が胸の奥に刺されば刺さるほど、『痛み』は増していく。そして、その釘が刺さりきった時、対象者はようやく『死』を迎える。


 所有者の払う代償は『愛する者』。得られるのは『究極の呪詛』。

その特性上、私は本来、使われるはずのない魔宝だったのだ。


誰が、己の『愛する者』を犠牲にしてまで、他人に己の『負の感情』をぶつけようと思うだろうか?


しかし、この男は本当に、妻も娘も愛していた。それでもなお、『釘』を打ち付けたのだ。


幾度となく、釘を打ち付けられ続けたアリアは、娘を生んですぐに、限界を迎えた。虚ろな目で、もう心はとっくに壊れた筈なのに、最期に微笑み、言った。


―――――あいして、います


男は笑って、それを見送った。私も愛しているよと。君の分まで、娘を愛するよ、と。


アリアの胸の奥底、限界の位置まで突き刺さった黒い釘を、男は何食わぬ顔で引き抜くと、淡々と娘への『愛』を育て始めたのだ。血のしみついた黒い釘は黙って、次の『生贄』を求め、『呪い』を振りまくだけである。




      ************




 ――――――――――――――――7年前 クロによると



 それは真っ暗な夜の事だった。私はガシャンという奇妙な物音を聞き、目を覚ました。


「……何だろう?」


 窓の割れる音のようにも聞こえた。怖い。何かあったのだろうか?お父様は大丈夫だろうか?

様々な事に思いを巡らせ、私はベッドに潜り、息をひそめた。

 体が震えるのを感じる。今までに感じた事のない恐怖が私の肌を通して伝わってくるのを感じた。


「何で……何で……何でこんなに怖いの?」


 窓が割れた音がした。それだけじゃなかった。何かが自分に迫ってくるような根拠のない恐怖を私は感じていた。かつかつかつかつと響いてくる足音。それは誰の物かは分からないが、『嫌な』ものだという事は漫然と感じていた。


ギィィィィィィィ……


 鈍い音を立てて、ドアが開く。私はベッドにもぐり、ガタガタと震えながら、目を瞑った。恐ろしい雰囲気を漂わせる何か。その何かが発した声は間違いなく父のものだった。


「ああ、『###』。眠っているのかい?」


 私は震えながら、固く閉じていた目をゆっくりと開けた。

何だ、気のせいか。お父様だったんだ。そう安心して、私は会いにきてくれた父の顔を見ようとベッドから顔を出した。


 見ては行けないモノを見てしまった。


 血のこびりついた頬、焦点の定まっていない目、醜く歪んだ口、そこにいたのは父では無かった。父ではないと信じたかった。


「何だ……起きているじゃあないか……!『###』……君に大事な話がある」


 その手に握った太く大きな黒い釘。禍々しい雰囲気を醸し出すそれは、当時の私にでも『危険』なものだと、理解できた。自分の瞳から涙が自然と零れ落ちる。助けて、と掠れた声が喉の奥から勝手に発せられる。


「『###』赦してくれ……これから私は、君に『酷い事』をする。でも、仕方がないんだ。愛しているんだ。でも、やるしかないんだ。『あいつらを引き摺り下ろすために』……!」


 父の姿をしたその男は、ぱらりと紙を開いた。そこに連ねられたのは名前、名前、名前、名前、名前、名前……ひたすらに連ねられた人間の名前。


「こいつら全員、引き摺り下ろす。君の為でもあるんだ。私は『愛』を証明するよ。だから、答えておくれ……!」

「やめてくだ……さい……おとうさま……やめて……!」


 お父様は、優しく微笑みながら、大きく振りかぶった、黒い釘を、私の胸を目がけて、



振り下ろした。





       **************



 ――――――――――――――――7年前 旅人によると



 まだ魔宝を追う手段にも困っていた頃、僕は信頼のおける情報をもとにその街を訪れていました。

『黄金都市ヴェヘラ』、高貴な雰囲気の漂う街に、僕が到着したのは夜遅くだったでしょうか?


「えーと、場所は……ああ、あそこですか。『レヴィアーレ家』のお屋敷は……」


 僕の探していたお屋敷は、この街でも目立つほどに大きなものでした。

この屋敷の主人が、『十三呪宝』の一つ、『丑の釘』を所持し、その力を十数年前に行使していたとの情報を受けていたのです。


「嫌な空気ですね…………何かが起こりそうな予感がしますよ」


 不自然に割れた屋敷の窓を見上げて、僕は気付きました。微かに見える血の跡が、その異変を示しているという事に。


 そして、僕がそれに気付いた時には、既に自体は取り返しのつかない事になっているという事に。




 虚しく闇夜に響いた少女の断末魔が、まさに悲劇の始まりの合図でした。

 



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