第2章 【ユメハミ】 3話 眠れない町
ブルブルと懐にしまっている何かが震える。面倒だと分かってはいても、しつこく『コール』されても鬱陶しいので、建物の陰に隠れて、嫌々月狐は懐の小さなおもちゃを取り出した。
魔宝『次元門』。それがそのおもちゃに与えられた名前。手のひらサイズのおもちゃの扉をパタリと開き、月狐はそれを耳に押し当てる。
『やぁ、月狐。あの2人はどうなった?』
心底胸糞悪い声を何処でも聞ける……という邪魔で邪魔でしょうがない魔宝に毎回イライラさせられながら、月狐は無愛想に返事をする。
「大体、貴様の思い通りじゃ。悪趣味め」
『ははは、別にいいだろう?奴らは所詮『駒』に過ぎないよ。どうでもいい『捨て駒』。君達みたいな優秀な仲間とは違うさ』
「『仲間』?はて誰の事かな?」
『はは、君のそういう細かい所を気にする所、評価に値するよ。ところで、魔宝は見つかった?』
いちいち本当に鬱陶しい男だ……月狐はこの男『ゲート』に対する不快感を足に乗せて、壁にぶつけた。
「見つかる訳があるか!姿形も分からない宝など!」
『それもそうだ。すまないね、私もそこにある魔宝の『名前』までしか知らないんだ』
変な所で手回しはするくせに、肝心なところは抜けている。いや、あえて『抜いている』のか?いつもいつも何処か人を馬鹿にした空気を漂わせる男、『ゲート』はそんな男だった。
そんな風に何処か読めない、不気味な男だからこそ、彼女は今までこの男を『裏切る』事が出来なかった。
『まあ、その町で楽しんできてよ。休暇も時には必要だろう?例えば、そこらへんで『人助け』をするとか?』
「……貴様!」
月狐は先ほど、あった『知っている娘』にちょっとした親切を働いた事をすぐに思い返し、声を荒げた。何故、ゲートがこの事を知っているか?それも疑問だったが、月狐はゲートのターゲットの一つであるその娘と勝手に接触した事が知られた事に焦りを感じる。
『……ああ、安心して。彼女の事はもういい。『奴』と共に旅をしているようだし、いずれ私の所に自分から来るだろう。だから、別に彼女に世話を焼いたって構わないよ』
そして、次の一言が、月狐の背筋を凍らせた。
『重なるのかな?『君の友達』とさ……・?』
「……やめろ……!……やめろ!」
ゲートは意地悪く、冗談めかすように笑った。
『大丈夫。私は『脅迫』なんてしないよ。私と君の『信頼』は……そんなモノで成り立ってないだろう?ただ……』
『私が何も知らないと思ったら大間違いだ。それだけは覚えておいてね』
プツンという音と共に、魔宝『次元門』の接続が切れる。おもちゃの扉を握った月狐の体はふるふると震えていた。
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「…………へえ、仕事……見つかったの?」
「……親切な人に見つけてもらったと言った方が正しいです」
「…………やっぱり一人じゃむりだった?」
「……はい」
クロは町の中心の魔法薬専門店でようやくロザを発見した。しゅんと落ち込むロザを見て、少しため息をつく。
「……これ、宿の場所」
ぽいっと地図を投げて渡す。ロザが開いた地図には、赤い丸で宿の場所が示されていた。
「あ、ありがとう!」
クロはくるりと店の入り口のほうを向くと、無表情のまま無愛想に店を出ていこうとする。すると、店主の老人はクロを呼びとめた。
「夜も遅いし、泊っていったらどうかね?空いてる部屋もあるし、女の子だけで夜道を歩くのは危険じゃろう?」
「……」
クロはしばらく立ち止まって考える。別にこの親切を受け取った方がいいと思ったわけではない。彼女の中には、宿に帰ってきたら、待ち合わせしていたはずの同行者が一人もおらず、淋しさに膝を抱える旅人の姿があった。
「…………よろしく」
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「……これじゃ宿に帰れませんね」
旅人は後ろから感じる鋭い視線を感じながら、ため息をついた。町長を訪ねた後からずっと見張られているようだ。厄介な事になったと思いながらも、「いきなり当たりか?」と軽い期待を持った。
あの町長は『魔宝』について何か知っている。それだけは確実だった。
「……撒くのも苦労しそうですしねぇ」
このまま見張りを連れたまま、クロとロザの存在が知れるとまずい。そう思った旅人は宿に帰るのを止め、仕方なく……そう仕方なく、この町を一晩、遊び尽くす事を決心した。
「仕方ないですよね?彼女達の為ですしっ!」
突然、うきうきとスキップを始めた旅人を見て、彼を見張る男達は「なんだコイツ」と思った。彼にとっては、見張りが付く事など、遊びに行くための口実にしか過ぎなかったようだった……
こうして、旅人はクロの目論見を逃れ、宿で一人寂しく待ちぼうけする事を回避したのだった。
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その魔法薬専門店とても広く、その店主バハクの住居でもあった。その2階の空き部屋を2人は貸してもらっていた。
「クロ、ごめんね」
「…………反省しなさい」
いきなり飛び出していき、結局迷子になりとめちゃくちゃなロザにクロは呆れながらため息を吐いた。しばらく黙っていたクロだったが、窓の外を見て、クロはぼそぼそと話しだした。
「…………この町、ちかちかしてて……やかましい」
「そうだね、私、夜遅いけど寝れそうもなくて……」
慣れない町並みに、ロザは少しドキドキしていた。いつものロザならこの時間には寝ていたが、今日は目が冴えわたっており、どうも寝れそうもなかった。
「『眠らない町』かぁ……明日も寝れなかったらどうしよう?疲れちゃうかな?」
「…………慣れれば大丈夫。…………ロザは枕が変わると眠れない?」
「う~ん、変えた事がないから……」
どうでもいいような事をぽつぽつと話しながら、ロザとクロは夜を過ごす事にした。馬車の中でも話していた事もあってか、2人の距離は意外なほどに近いものになっていた。
今まで、普段はあまり話さないで無表情でぼーっとしていたクロにとっても、町で近い年ごろの友達がいなかったロザにとっても、初めてと言っていい『友達』との話はいつまでたっても飽きないものだった。
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よい子はそろそろねんねしな
早く眠りなこっちにおいで
夢の世界へご案内
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―――――――――翌日、朝 中央部『魔法薬専門店』
「…………じゃ、がんばれ、ロザ」
「うん!私も配達のお仕事の時に町を周れそうだから、その時『魔宝』の手掛かり探してみるね!」
「…………仕事に集中しなさい。……それは私がやっておくから」
クロは無表情のまま、背伸びをして、こつんとロザにデコピンした。
「…………じゃ……また夜に……ね」
「じゃあね!」
クロはゆっくりと町の中へと歩いて行った。その背中を見送ると、ロザは店の中に戻る。店主バハクはキセルを咥えながらにっこりと笑った。
「じゃ、頼むよロザちゃん。この地図にある家にこの薬を届けておくれ」
「はい!大急ぎで行ってきます!」
薬の瓶が詰められた箱と、届け先の地図をちゃんと受け取り、ロザのレディア初めての仕事がスタートした。
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―――――――――昼 北部『町長の家』
「おお、来たかァ!……って、オイオイ……どうしたァ疲れた顔して?」
町長の部屋に招かれた客人。その姿を見て、町長ゼパルドは唖然とした。
「ハハ……遊びすぎましたよ。本気で遊ぶと意外と疲れるんですね……初めて知りましたよ」
再び旅人は町長の家を訪れていた。その姿はよれよれで、疲れ果てた表情を浮かべる。彼は町長の家から立ち去った後、この町のあらゆる場所を遊び歩いていた。ついさっきまで。
「ハハハハ!どんだけ遊んでんだァ?……で、どうだった?」
「ええ、楽しかったですよ!サーカスなんかが個人的にはお気に入りですかね?」
ゼパルドはげらげらと下品な笑い声をあげた。
「そいつァ光栄だ!この町を楽しんで貰うのが、おれァ何より嬉しいんだ!……そういや、飯は食ったか?どうせならここで食ってきな!な?」
「おお、ソレはありがたい。いただきましょう」
一晩遊び呆けて、腹をすかした旅人はありがたく昼食を御馳走になる事にした。
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「ハハハハハハ!アンタ、面白いぜ!気に入った!」
「光栄です!いやぁ~~どうも僕の面白さを分かってくれる人に出会えなくて……貴方ぐらいですよ、そう言ってくださるの……うぅ……!」
「おいおい、何急に落ち込んでんだァ?」
食事を取りながらゼパルドと旅人は談笑していた。胡散臭い旅人の喋りを、どうもゼパルドは気に入ったらしく、かなり打ち解けていた。
げらげらと笑うゼパルド。だったが、食事も終わりに近づくと少し表情を硬くして、旅人を睨んだ。
「おれァ、人を見る目は腐っちゃいねェと自負してる。アンタ、信用してもいいか?」
「ええ、勿論。これから話す事は口外しませんよ」
「……話が早くて助かる」
昼食を終えたゼパルドはサングラスを外し、その鋭い眼光が露わにする。
「……じつは、相談してェ事がある。『魔宝』に詳しそうなアンタにな」
「……ほう」
旅人もフォークとナイフを置く。途端に真面目な雰囲気を漂わせ始めたゼパルドに合わせて、旅人も真面目に話を聞き始めた。
「一晩、この町を見て……何か感じた事はねェか?」
「……皆さん元気でしたね。『目にクマをつくっている』のに」
「察しがいいな。ソレがこの町の問題だ」
そう語るゼパルドの目の下にも、色濃いクマが浮かんでいる。長い間寝ていない事が簡単に見て取れた。
「それと魔法薬『ヨルマタギ』を飲んでいる人をやたらと見かけましたが……」
「ああ、それもそうだな。あのジジイには世話になってる」
魔法薬『ヨルマタギ』は、体力を蓄える魔法薬である。一本飲めば、夜を寝ずに越せる。その昔、戦争を続けていた国で開発された魔法薬だ。副作用もなく、その効果は絶大だが、睡眠を長期間欠く事はさすがにこの薬を服用していてもよろしい事ではない。
「必死になって起きていないといけない理由がある?」
「ご名答だ。……まァ、聞くより見た方が早ェだろ?来いよ」
立ち上がり、ついてくる事を促すゼパルドに黙って着いていく旅人。彼はずんずんと階段を降りて行き、立派な扉の鍵をあける。
ギィィィ……
重々しい音と共に扉が開くと、そこには地下へと続く暗い階段があった。ゼパルドはポケットに突っ込んでいた『火の魔法』を閉じ込めた瓶を取り出し、簡単な呪文を唱えて火を瓶の中にともす。その明かりを頼りに2人はまた下へ下へと降りていく。
ようやく狭い階段も終わるころ、その開けたスペースには大きな鉄の扉があった。ゼパルドがその扉に手を当て、ぼそぼそと旅人に聞き取れないくらいの声で長々と呪文を唱える。しばらくすると、扉は青く輝き、ゆっくりと音を立てて開いた。
「……これは……!」
「……これが『犠牲者』だ」
そこに広がっていたのはとても広い空間。無数のベッドが並び、その上ではぐっすりと多くの人々が眠っている。それは子供、老人、大人……様々だ。彼らの周りを、白衣をまとった男たちがぐるぐると巡回しており、何かメモをとったり、薬を投じたりと忙しく動き回っていた。
「生きてはいるんだがな。こいつらは『起きない』。ずっとな」
ゼパルドは重々しく俯くと、舌を鳴らした。
「検査しても病気でもねェし、極めて健康だ。『この町で眠る人間全て』が一度眠ると二度と目を覚まさない……数年前からの話だ。これがこの町が抱える問題」
眠った人間が起きない……その状況を見て、旅人の脳内にはある一つの『魔宝』が浮かび上がっていた。
「この町は『眠らない町』じゃねェ……眠ればお終い、だから誰もが眠れねェ……『眠れない町』なのさ」
次第に旅人の心臓の鼓動が早まっていく……
「ずっと黙ってた。観光客が来なけりゃ、この町はお終いだ。しかし、そんな勝手な理由のせいで犠牲になった観光客もいる」
ゼパルドは額に手を当てて、苦しそうに言葉をひねり出す。
「この町を守りてェだけなのに……オレにゃあ何もできねェ……!観光客を出来るだけ寝かすな、この秘密を離すな、と町の人間に言い聞かせるしかできなかった」
ゼパルドは旅人のほうを向くと、頭を深々と下げる。彼は、顔色を悪くし、心当たりのありそうな旅人の顔を見て、この事件に彼の話していた『魔宝』が関わっている事を確信したようだった。
「頼む……!そのふざけた『魔宝』ってやつを……どうにかしてくれ……!礼は幾らでもする!情けねェが……アンタの力を貸してくれ!」
旅人は、ゼパルドの姿を見て少しだけ平静を取り戻し、ひきつった顔で笑った。
「ええ、何とかします。何とかして見せます……」
「すまねぇ……」
ゼパルドの目には少し涙がたまっていた。旅人は重々しい雰囲気を漂わせながら、ぼそりと話し出す。
「まず間違いない……この力は魔宝……『十三呪宝』の一つ……」
「『ユメハミ』のものに違いありません……!」
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旅人は走った。
目指す場所は彼の仲間が居る筈の宿屋。
「どうか……どうか無事で……!」
迂闊だった。今まで出会ってきた魔宝は『町全体』に影響を及ぼすようなモノでは無かった為、『ユメハミ』のような存在に対する警戒が抜け落ちていた。
魔宝『ユメハミ』の『呪い』に2人の仲間が捕らわれていない事を祈りつつ、旅人は必死に宿屋を目指す。
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「『ボク』に触れようという愚かな人間がまた来たか……」
真っ白な世界で少年が呟く。その白い世界には無数の窓があった。その奥には明るい様々な光景が映る。
「……まぁ、彼には『夢』があるようだね。よし、ならば見せてあげよう」
パン!
少年が手を叩くと、無数の窓は一瞬で白に覆われて見えなくなる。少年は不気味に、禍々しく微笑むとこれから増えるであろう『窓』の事を思い浮かべた。
「さあ、見ようか」
少年の名は……『ユメハミ』。
「君の追う夢をね……!」
この町を飲み込んだ最強の『魔宝』
最悪の『呪い』が旅人達を蝕もうとしていた……