第2章 【ユメハミ】 2話 第一の夜
「シロ、しばらく頼みますよ。一週間後、ここで」
必要な荷物だけを持った一行はレディアの前で馬車から降りた。馬車を引く白馬、シロは静かに馬車を引き町から離れて行った。
「あの馬さん、大丈夫なんですか?」
「ええ、彼は少し普通の馬とは違いますから。まあ、彼の話はその内また……」
当然の疑問を抱くロザだが、旅人がそう言うのならと、とりあえず納得する事にした。去っていく白馬を見送り、ロザは旅人に尋ねる。
「一週間ここに滞在するんですか?」
「ええ、『魔宝』はそう簡単には回収できませんしね。それに折角の旅でしょう!楽しむ時間くらい取らなくては!」
にんまりと笑いながら旅人がくるりと回る。
「ロザさん、お教えしてませんでしたが、基本僕らは自由行動ですよ!町を楽しみ、そのついでに『魔宝』を探す!ロザさんも存分に楽しんできてくださいな!」
「つ、ついでって……」
既に町を見て、目を輝かせている旅人を見て、その言葉はあながち冗談ではないのだとロザは理解した。『魔宝探し』とは言っているものの、彼は旅自体も楽しんでいるようだった。
「……じゃあ、私も好きに動かさせてもらいます!ちょっとやりたい事があるので!」
「…………やりたいこと?……なに?」
鼻息を荒くして、目をぎらぎらと輝かせているロザにクロがぼそりと尋ねる。
「『アルバイト』です!」
「ええええ!何でですか!わざわざこんな遊びの町に来たのに?」
「…………アルバイト?」
驚く旅人と首をかしげるクロに向き合って、ロザは申し訳なさそうに……けれど何処か楽しそうに語った。
「私、旅人さんに助けられて、感謝しなくちゃ、お礼をしなくちゃいけない立場なのに、旅の面倒まで見てもらって……これじゃあ、駄目なんですよ!」
「え?いや、別にそんなことは……」
「駄目なんですよっ!」
珍しく強い口調のロザの旅人は思わずたじろぐ。
「だから!せめてできるだけ!私が邪魔をする分の旅の資金集めだったり、私が皆さんにできる事はなんでもやりたいんです!」
「え、ええ……そうですか?」
苦笑いする旅人。
「私、短い期間でもお仕事出来る場所、探してきます!もちろん、『魔宝』の情報集めも!では!」
「あ!ちょっと!集合場所やら泊る宿屋の事ぐらいは決めてから……!」
旅人が声をかける間もなく、ロザの姿は町の中に消えていた。『赤黒い靴』のおかげで、足だけはやたらと速い。旅人はほぼ確実に迷子になるであろう、仕事を見つけても確実に大変な事になるだろうロザの事を考えると頭が痛くなった。
「クロ、悪いけど……ロザさんを探して、面倒見てあげてもらえます?」
「…………うん」
結局、旅人の予感は的中することとなるがソレはしばらく後のお話。
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「うう~~~……」
ロザは途方に暮れていた。仕事を探すと言ったものの、ついこの間まで自分の住んでいた田舎の町から出た事もなかった世間知らずの彼女は全く何をしていいのか分からなくなっていた。
いろんなお店を覗き、話をしたが、どうもそう簡単に雇ってくれるような所はない。しかも、彼女はいつの間にかこの賑やかな町で迷子になっていた。
「どうしよう……」
……ロザ、アイツ、待チ合ワセ場所決メヨウッテ言ッテタ
……ウッカリシスギ。人ノ話ハヨク聞クベキ。
『赤黒い靴』にも怒られて、ロザはすっかり落ち込んでしまった。次第にその目に涙がたまっていく。残念すぎる所有者に、『赤黒い靴』は心の中でため息を漏らした。……その意識の奥底では少し違う感情を押し殺しながら
(……デモ、ソレガ、イイ!)
失敗して涙目の彼女を見ると、無性にいじりたくなる『赤黒い靴』。久しぶりに少しロザに悪戯したくなる。靴は少しだけ自らの体に力を加え、ロザの足を少しだけ動かす。すると彼女の足はもつれて、『赤黒い靴』がしばしば楽しんでいた光景が再現される。
「あ、あわわ!」
ぐらりとバランスを崩すロザ。倒れ込んだロザの目の前には、『狐の面』をつけた女性が立っていた。
「おっと」
ふわっと軽い動きでロザを女性は受け止める。奇妙な服に身を包んだ彼女は、特に迷惑といった様子も見せずに優しく声をかけた。
「大丈夫か?怪我はないか?」
「え……はい……あ、ごめんなさい!ありがとうございます!」
その女の人の顔は見えないが、『笑っている』という事を分かりやすく表現する為か、わざとらしく「フフ」と笑い声を出した。
「例などいい。それよりどうした?泣いているのか?」
「え、いや……その……」
……後にこの出会いにより、ロザは運よく一週間働く場所を見つける事が出来るのだった。
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「…………『魔宝』の気配がちらほら……やっぱり大きな町だとあるものなんだ……」
一際強い気配を追いながら、ゆっくりと町を見回っていくクロ。この時から彼女はこの町に漂う違和感も感じ取っていた。
「邪魔な……気配……」
この町には大きな力が複数ある。その内、彼女が今追っているのはロザの持つ『赤黒い靴』のものと2つの『未確認』ものの気配。本来、彼女は『魔宝』のある場所を近づけばある程度ピンポイントで感知できるのだが、この町では勝手が違った。
町全体を覆うように広がる気配。それがロザと大きな気配を追う邪魔をしている。
(多分……この『もや』が大きな気配のひとつ……)
町全体に均等に広がるその気配は、中心となるような色濃い気配を持つ場所も見つからず、彼女の探知能力を邪魔していた。しかも、その『もや』のような気配が他の『魔宝』の気配をも覆い隠す。それに加えて、大きな町なので、意外と低級な『魔宝』もちらほら存在しているようで、なおさら彼女を悩ませた。
「……はぁ。……ロザだけでも……見つけよう」
多分そこらで観光を楽しんでいる旅人に変な期待は寄せず、比較的気配を知っていて追いやすいロザの捜索を最優先目標とし、クロは騒がしい町の中を黙々と歩き続ける。
「お嬢ちゃん!面白いものがあるんだ!見てかない?」
「そこのお嬢さん……占ってあげようか?安くしとくよ……」
「おっと、ここはお子様は入れないよ!大人になってからだ!」
あちこちを歩き回って、かけられる声を鬱陶しく思ったり、たまにイラっとしながらクロはロザを探す。あちこちに置いてある、町の地図を手に取り、気配を感じる方向にある施設を確認する。
レディアの町は上から見ると丸い形をしている。それを中央、東西南北の5つに分けて構成されている。旅人達が入ってきたのは南部、『娯楽店エリア』。様々な娯楽の店が並ぶエリアである。クロの現在地もここである。
ココ付近には大きな気配がない。このエリアにいるのなら、それだけ気配を色濃く感じるはず。
東の『遊園地』と西の『ショーエリア』にはまずいないだろう。彼女は仕事を探すと言っていた。仕事がなさそうなこのエリアにはいかないと予想する。実際、感じる気配もきわめて薄い。
北の『住居、統治エリア』はこの町の住人の家や統治機関があるエリア。ここにも大きな気配はないし、やはり仕事探しでそこに行くわけがない。
気配がするのは中央部の生活にかかわる店が並ぶ、この町の住人が主に集まる『生活エリア』。クロは『もや』に惑わされながらも、自分なりの推測を立てて、目的地を決めた。
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―――――――中央部『生活エリア』
ここは中央部の『生活エリア』。様々な食糧や生活用品といったものが置いてある店が並ぶ。この町の住人がよく利用するエリアだが、観光客も意外と取り揃えられた珍しい品を見に、多くやってくる。
「お主のような娘が働くのに『娯楽店エリア』はよろしくない。こっちの方なら比較的安全じゃろ」
狐の面をかぶった女性は、ロザの事情を聞くと「わっちにまかせろ」と彼女の手を引いて、中央部まで連れてきた。
「あと、宿をとる時もこの辺りが無難じゃろ。『娯楽店エリア』は女子供にはちょっと危険じゃ」
女性はロザの手をぐいぐい引きながら、生活エリアを歩いていく。ロザは引っ張られるまま、女性について行った。
「ちょっと待っておれ」
女性はロザの手を離すと、ある一軒の『魔法薬』の店に入って行った。その店はレディアの町のほぼ中央に位置する店だった。かなり多くの客が出入りしている事から、相当繁盛していることがうかがえる。しばらくして、女性が店から顔を出す。
「よし、娘。入ってこい」
言われるがまま、店の中にロザが入っていくと、そこにはたくさんの瓶に詰まった魔法薬が並んだ立派な光景が目の前に広がっていた。
「うわぁ……すごい」
故郷の魔法用品店も多くのものが置いてあったが、それよりも多いくらいの魔法薬の瓶の量にロザは目を丸くした。店の奥には、穏やかな笑顔を浮かべる、白いひげを生やした老人が客からお金を受け取り、薬の瓶を渡していた。狐の面の女性がその老人に声をかけると、老人は店の入り口を見て、にっこりと笑った。
「この娘だ、店主殿」
「おお、そうかい。君かい?1週間程働きたいってのは?」
「え?」
よぼよぼとゆっくり喋る老人は首をこくこくと動かし頷くと、またゆっくりと口を動かした。
「感心するねぇ。働く気があるってのはいいことだ。わしも人出が欲しかった所だ。お嬢ちゃん、1週間だけでも手を貸してもらえんかね?」
ぽかんとしているロザに狐の面の女性は「ははは」と笑って、手招きする。
「悪いな。わっちが勝手に話をつけて。ここはこの町で最も人が来る店。しかし、この御老人が1人で営んでおるからの、手が足りてないと思ってな。ここで働かせてもらったらどうじゃ?」
「是非頼むよ、お嬢ちゃん」
ロザは、しばらく黙りこくっていたが、息をふぅとはき出して、頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
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店から立ち去ろうとする狐の面の女性と向き合って、ロザは頭を下げた。
「ありがとうございます。ぶつかって迷惑をかけたのに、仕事探しまでしてもらって……」
「『してもらった』などと言うな。『お主が必要とされた』から仕事が見つかった、それだけじゃ。礼などいらんよ」
「でも……」
女性は人差し指を立てて、面の上から口元にそれを当てる。「これ以上言うな」という意味だとロザにも分かった。
「卑屈になるな。凛としろ。施しを拒むな。……それだけ守ればよい」
狐の面をかぶった女性はすっと背を向けると、「ふふふ」と笑った。
「あと、『狐』に平気でついていくもんじゃあない。……化かされるかもしれんぞ?」
「へ?」
「ふふふ……なぁに、ちょっとした冗談じゃ。今宵のお主には『ツキ』があるの」
そう言うと、彼女は店の明かりがともる夜道をするすると歩いていった。
「……不思議な人」
ロザはぼそりと呟き、彼女の言葉の意味を深く深く考えた。
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―――――――北部『町長宅』
「……『魔宝』ねェ……噂にゃ聞いてたが……実在するたァねェ……!」
「やはり貴方が持っているわけではなさそうですね……」
サングラスをかけ、派手な毛皮のコートに身を包み、ぎらぎらとしたアクセサリで全身を彩る、派手なチンピラのような男がソファに足を組み、腰をかけている。いかにも『悪』といった感じの男は、先ほど訪ねてきた旅人を自らの屋敷に招き入れていた。
『魔宝』を得る機会を持つ者は限られている。権力者だったり、研究家だったりと、相当特別な場合でない限り、普通の人間には『魔宝』と出会う機会がほとんどない。
そこで、旅人はまずこの町の町長を訪ねていた。
最初は警備の人間に屋敷に通してもらえそうもなかったが、『魔宝』の話を持ちかけると、町長は思いのほか簡単に中に通してくれた。『魔宝』の話に興味を持ったことから、もしかしたらとは思ったが……
この町長はどうやら『魔宝』に『興味がある』だけで、どうやら『知っている』わけでも『持っている』わけでもない。おそらく有益な情報は得られないだろう、と旅人は思った。
きっと色々と話を聞かれるだろうと考え、旅人は失敗したなと公開する。
これから話をするのが面倒臭そうですね……
しかし、チンピラ町長、ゼパルドは意外な言葉を口にする。
「……おれァ、そんなモン持っちゃいねぇが……もしかしたら、いや、確実に『ソイツ』はこの町にあるだろうなァ?」
「……どういう事です?」
ゼパルドはクックと笑うと、タバコを咥え、立ち上がった。
「まァ、今日はもう『面倒』だしなァ?明日また昼頃に話そうや?飯でも食いながらなァ……どうだ?旅人さんよぉ?」
おや、嫌な顔をしたのがばれてましたか?
やってしまったと、ぺちんと額を軽くたたく旅人。今日は話が出来ないなと判断して、素直にここから立ち去る事にした。
「では失礼。また明日」
「おう、また明日なァ……っと、あと1つ言っとくぜェ……」
ゼパルドはタバコを握りつぶし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。そして、『警告』するかのように、威圧的な態度で言った。
「せっかくこの町に来たんだ……『今夜は寝ずに楽しんでけ』……!ハハハハ!」
この男に嫌な空気を感じつつ、旅人は屋敷から出て行った。
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「話すのですか?」
「……どうしようかねェ?……明日までにゃあ決めるさ……ハハ!」
町長ゼパルドは秘書の男に命じる。
「あの男……あの旅人をちゃんと見張っとけ……分かってンな?」
「……はい」
タバコの煙を漂わせながら、ゼパルドはまだ明けない夜の街並みを見下ろした。
「この町は渡さねェ……絶対になァ……!」
サングラスを外し、鋭い眼光を窓の外に向けるゼパルド……
その恐ろしいまでの執念のような感情が重々しく、刺々しく煌びやかな部屋の中に漂っていた。その気迫に耐えられなくなった秘書は黙って、音も立てずに部屋から立ち去った。
「ようこそ、『眠れない町』へ……な~んてな……!ハハハハハハ!」
旅人達のレディア第1の夜は過ぎていく……