第一話 彷徨い
少しでも見てくださると嬉しいです。
ここはとある文明に栄えた帝国、ヴァルデリア。
数々の魔法使いや戦闘の実力者達が集い、多くの功績を残していた。
そんなヴァルデリアに、普通結界師を目指すある少女がいた。結界師の役割は、危険区域と王国との境に魔力を使って境界を作る重要な職種だ。
長い栗毛をなびかせて杖を振る彼女の名はローレル。まだ14歳の見習い結界師だ。
「結界解放」
その言葉を言った瞬間、杖の先が光り、瞬く間に緑入りの結界が目の前にできる。
「いい調子だよローレル。乱気もなく、殺気も感じない。この結果は成功だ」
「ありがとうございます。師範」
ローレルを褒めたのは元王国結界魔道士のグラファム。結界師として数々の危険から王国を守り、引退後は弟子たちに結界魔法を教えている。
実力があり名高いグラファムに教えを受けようとする人達は毎年多い。
鍛錬が一息つき、隅の岩にローレルは腰掛けた。
「なあ、お前さ。さっき師範から何て言われた?」
少し休憩しようとした矢先、声が聞こえた。
グリス。彼はローレルと同じように普通結界師を目指し、グラフィムに仕える弟子の一人だ。
しかし性悪なことで弟子たちからは知られている。
「グリス。師範からは結界が成功していると言って頂いた」
「それだけか?どこがどんな風にだ」
グリスは眉を上げて、は?と言わんばかりの顔をした。
「うーん…乱気も殺気もないってさ」
「へー…にしても、あの方は本当にお前が好きだよな。そうじゃなきゃこんな奴に結界なんか教えないぜ
」
嫌味ったらしく言うグリスの顔を見てローレルも目を細めた。
「聞きたいことが済んだなら向こうへ行ってくれるかな」
「はぁ?何で?そんなの俺が決めることだろ」
「じゃあ私が行く」
そう言って立ち上がった瞬間だった。
ドン!
鈍い音がした。気づくとグリスはローレルのすぐ後ろにある岩を蹴りつけていた。
「そういうところが気に入らねえんだよ」
くだらない。そう思ったが、グリスの口は止まらなかった。
「お前に結界師なんか向いてねえよ。精々農民にでもなっておけばいいんだよ」
グリスからの文句はいつものことだった。もともとそういうのは気にする性格じゃないし、無視していればいいと思った。
でもそれが不可能だと気づいたのはすぐだった。
「ローレル。何だこれは?」
普段温厚なグラフィムが珍しく険しい顔をしているのかと思ったら、その原因は自分だった。
グラフィムが叩きつけた紙には“グラフィム暗殺計画書”と記されていた。
こんな分かりやすい偽造を作るのはグリスしかいない。
「師範…こんなもの私は知りません」
「じゃあ誰がやるんだ」
「それは…」
その時だった。後ろから聞き慣れた声がしたのは。
「騙されないでください師範。そいつが書いたっていう証拠はありますよ」
そこにいたのはグリス。余裕に満ちた顔をした彼が持っていたのは魔法瓶だった。
その魔法瓶から取り出した粉を紙にかけると、その紙はローレルの手の中へと入っていく。
「この粉は還り星の粉といって、かけたものは持ち主のもとに戻るんです。」
「私は滅多に文字なんか書かないけど…てか、こんな紙は知らないよ」
「じゃあなんでお前の手元に紙が渡ってるんだよ」
それはそうだ。かといっても、知らないものは知らない
「ローレル、お前が書いたという証拠はあるんだよ。大人しく白状したらどうなんだい」
いつものグラフィムの優しい顔からは想像できない程、怒りに満ちたその顔は、ローレルの胸を締め付けるようだった。
「師範まで私を信じてくれないのですか…」
「どう信じろと言うんだい」
もう、きっと無理だ。そんな気がしてきて、結局ローレルは無理やり自白させられることになった。
それからは部屋に弟子たちが交互に監視しており、外出許可は出なかった。
5日後、国王からは処罰が下り、森への追放が行われた。
“森”…それは、恐ろしい言葉だった。
大昔に森の怪物との戦争が起こり、王国に多大な被害をもたらした怪物たちの巣窟であった。
終戦後は森と王国との間に結界が張られ、怪物の侵入を阻止してきた。
そんな森への追放は死が意味されるのだ。
でもこんな簡単に処罰が決まって良いのか。こんな子供がやりそうなことを、師範は簡単に信じてしまうのかと。
それからすぐに北の森の方へと送られ、馬車は結界のすぐ手前にローレルを降ろした。
御者の男は立ち尽くすローレルを見て言う。
「ほら、とっとと行くんだ。今は一時的に結界は張られてない。だが逃げたりでもしたらすぐに殺されるぞ」
「あの、ちょっと質問が」
「なんだ」
「この森に入ったら出てこれないんですか」
「何をいまさら質問しているんだ。当たり前だろ。この森に入ると二度と出てこれない」
「…そうですか」
短いやり取りを済ましてローレルは森の暗闇の中へと入っていく。姿が見えなくなるとすぐ、結界は元通りへとなった。
これから森に隠れる脅威にはなぜだか恐怖は感じなかった。