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第一話春風の出会い

 四月。

 新しい制服の襟元にまだ慣れないまま、僕は高校生活の第一歩を踏み出した。

 校門の前には、同じように緊張した顔をした新入生たちが次々と吸い込まれていく。

 胸の奥に小さな不安を抱えながら、僕――


**篠原悠真しのはらゆうま**は校舎の中へと足を踏み入れた。


 入学式が終わり、初めてのホームルーム。

 担任が名簿を読み上げ、生徒たちの自己紹介が始まる。

 まだ誰もが「よそ行きの自分」を演じているようなぎこちなさ。

 そんな空気を破ったのは、教室の扉が開いた瞬間だった。


「遅れてすみません」


 澄んだ声が響く。

 振り返った僕の目に映ったのは、一人の少女。

 艶のある黒髪が肩に流れ、整った顔立ちにはどこか影のような静けさが漂っていた。

 彼女が立つだけで、教室の空気が一瞬で変わった気がした。


「転入生を紹介する。今日からこのクラスに加わる――**綾瀬美月あやせみつき**さんだ」


 担任の言葉に、教室がざわめいた。

 転入生。それも、まるで小説から抜け出したような美少女。

 僕の胸は、不意に高鳴った。


「綾瀬美月です。よろしくお願いします」


 彼女は控えめに微笑む。

 その笑顔が不自然に整いすぎていて、なぜか少し冷たいようにも感じた。

 けれど、僕の目は彼女から離れなかった。

 ――その瞬間、僕は恋に落ちたのだ。


 昼休み。

 クラスの中心にいるのは、僕の幼なじみであり親友の**佐藤隼人さとうはやと**だった。

 明るくて社交的で、誰とでもすぐ打ち解ける。

 彼の周りにはすでに数人が集まっていて、笑い声が絶えない。


「おー、悠真! こっち来いよ!」


 隼人が手を振る。

 僕は少し迷ったが、そこに綾瀬さんの姿を見つけて、胸が跳ねた。

 彼女は新しい環境に戸惑っているのか、少し距離を置いた椅子に座っていた。

 隼人が当然のように声をかける。


「綾瀬さん、一緒に食べない? ここ座れよ」


「……うん、ありがとう」


 そうして、僕たち三人は初めて机を並べて昼食を取った。

 隼人が場を盛り上げ、綾瀬さんが時折小さく笑う。

 僕は二人の会話を聞きながら、ただ必死に箸を動かしていた。


 ――もっと話したい。

 でも、声が出ない。

 彼女の横顔を見るだけで、胸がいっぱいになってしまうから。


 放課後。

 帰り支度をしていると、廊下で綾瀬さんの姿を見かけた。

 窓の外に視線を向け、じっと空を見上げている。

 夕焼けに染まるその瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。


「……きれい」


 彼女の唇がかすかに動いた。

 僕は声をかける勇気を出そうとしたが、その一歩が踏み出せない。

 代わりに隼人が背後から現れ、軽快に話しかける。


「お、夕日か。綾瀬さん、ロマンチストだな!」


「……そう、なのかな」


 彼女は小さく微笑み、再び窓の外へと視線を戻した。

 その横顔を見つめながら、僕の胸の奥に不思議なざわめきが広がっていった。

 ――彼女はどこか、この世界から浮いている。

 そんな違和感と同時に、どうしようもなく惹かれてしまう想い。


 帰り道、隼人と並んで歩きながら、僕はつい口にした。


「……綾瀬さんって、なんか不思議な雰囲気あるよな」


「おー、やっぱそう思う? でもさ、美人だし性格も悪くなさそうだし、俺は結構好きだぞ」


 隼人の言葉に、胸がちくりと痛んだ。

 彼の人懐っこさなら、きっとすぐに綾瀬さんとも仲良くなる。

 その光景が、目に浮かぶ。

 僕は笑顔を作りながら、心の中で小さくつぶやいた。


(……俺なんかが、敵うわけないよな)


 その夜。

 机に突っ伏して、窓の外を見上げる。

 春の星空は霞んでいるけれど、どこか切なく輝いていた。


「愛を捨てる……って、どういうことなんだろうな」


 まだ始まったばかりの高校生活。

 まだ、始まったばかりの恋。

 でも、この胸の痛みは、すでに僕に問いかけていた。


 ――果たして、この想いを抱き続けることが正しいのか。

 それとも、いずれ捨てなければならないのか。


 答えの出ない問いを抱えたまま、僕は静かに目を閉じた。



ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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