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第5話 ライフゲージ残り3ピクセル



一旦落ち着こう!


さっきから落ち着こうとひたすら念仏のようにお経まがいの呪文を頭の中で唱え続けているが、これといって成果は得られそうにない。だがこのままでは俺の精神が崩壊して社会復帰できないレベルにまで脳が焼き切れてしまうのも時間の問題のため、別の方向から思考を張り巡らせることにする。


そう、これは戦いだ。オープニングにしてクライマックス同然のラストバトル。RPGで言うなら“正規ルート”ガン無視で突き進んだダンジョンの最奥。その最果てで出会(でくわ)した作中最強の「裏ボス」との邂逅である。ターン制バトルの選択画面でポーズ画面を連打した後のあの静寂な時間を思い出せ。一歩でも間違えれば全滅必至の緊張感溢れるあの局面。チェス盤の上の駒のように、チェックメイト寸前の窮地を脱するための重要な一手を、何がなんでも導き出さなければならない。相手はAクラスの“天才少女”。生半可な一手は自らの首を絞めるただの悪手になりかねない。


(くそっ……俺の残機、いまゼロだぞ!? 一ミスで即ゲームオーバーとか鬼畜難易度すぎるだろ……!)


俺は心の中でコントローラーを握りしめる。

目の前に表示されているのは選択肢——いや、バッドエンド直行の分岐点だ。


【1】今すぐ解除する。だが、バレる。バレた瞬間「変態」の称号確定。即退学エンド。

【2】このまま維持する。だが、寮まで同行してしまう。下着視点の共同生活が始まる。死亡フラグ。

【3】奇跡的に気づかれず解除する。だが、そんなウルトラCが俺にできるのか?


(……なあ、神様。チュートリアル飛ばしていきなりラスボス投げるのやめてもらえませんかね!?)


だが、逃げ場はない。彼女は寮の自動ドアをくぐり、今まさに階段を上り始めている。

一段一段、揺れるたびに俺の視界は揺さぶられ、世界が歪み、理性ゲージが確実に削られていく。


(やべぇ……もうライフゲージ残り3ピクセルくらいしかねぇ……!)


それでも俺は考える。

ここで折れたら本当に終わりだ。社会的にも、人格的にも、人間としての尊厳的にも。


つまり——この窮地を突破するための“必勝法”を見つけなければならない。


俺は自分の中で静かに戦術会議を始める。

敵の強さは規格外。だが、どんな裏ボスにだって必ず攻略の糸口はあるはずだ。


(いいか……落ち着け……。これはただの帰宅。夕飯を食べて、風呂に入って、寝るだけの平凡な日常……のはずだ。そこに俺が勝手に混ざってるだけ。逆に言えば、それさえ乗り切れば……!)


俺は覚悟を決めた。



今、目の前に広がっているのはただただ圧巻で壮大な光景だ。——そう、世界遺産やユネスコに登録されてもいいレベルの。あろうことか彼女は寮に帰るなりそそくさと部屋の中に入ったらしく、そのままワンルームのソファに腰掛けてテレビのスイッチをオンにしたご様子。彼女の体重がお尻に乗っかってくる感触はなんとも言えない刺激的な感覚を連れてきており、俺の精神ゲージはもう“超臨界”に突入しつつあった。


(おいおいおい……ここにきて質量攻撃とか反則だろ……!? こっちは防御力ゼロの布ポジションなんだぞ!?)


目の前に展開されているのはただのワンルーム。テーブルの上にはコンビニ弁当の袋、隅には教科書やノートが積み上がり、カーテンの向こうには日没の光がまだ残る青みがかった夕暮れ時の夜景がぼんやりと浮かんでいる。

だが俺にとっては、ここが“ラスダン”だ。いや、むしろ最深部の玉座の間。彼女というラスボスが余裕の態度でテレビを見ているこの状況は、完全に“戦術的時間”を要求してくる。


——戦術的時間。

それはチェスや将棋で、追い詰められたプレイヤーが一手一手を全力で考え抜き、脳内で無限の未来シミュレーションを展開するあの思考力全開の“ゾーン突入”モード。

俺の思考はすでに現実時間から乖離し、脳内に仮想の戦場を広げていた。


「作戦会議開始」


脳内に立ち上がる戦術マップ。コマは俺と彼女、そして無数の“危険イベント”が散りばめられている。

・ソファに深く座り込む彼女 → 圧壊ダメージ

・スカートの裾を直す仕草 → 視界ジャック

・弁当を開く → 嗅覚暴走

・携帯を取り出す → 位置ズレの危険


(……詰んでる……。いやまだだ、まだ諦めるには早い……!)


俺は額に汗を浮かべながら、選択肢を洗い出す。


【1】テレビに集中している隙に解除 → しかし集中が途切れた瞬間、彼女が妙な気配に気づくリスク大。

【2】寝落ちを待つ → その場合、朝まで布ポジションで徹夜コース。精神死。

【3】奇跡的に“ノイズ”を偽装して解除 → 高度な集中が必要。いまの俺の動揺では成功率わずか5%。


(5%……ファイアーエムブレムなら必殺技が刺さる確率……! でも俺の人生、セーブ&ロードできねぇんだよなぁ!?)


その時、彼女がふとテレビに笑い声をあげた。

一瞬、ソファの揺れが俺を襲い、意識が白く飛びそうになる。


(やばいやばいやばい……! 精神崩壊カウントダウン始まってる……!)

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